上 下
34 / 58
第ニ幕 王宮生活編

34 運命の社交界 後編

しおりを挟む
 思うにモブメイドからヴァイオレッタの身体へと産まれ変わってから、今迄本当に怒涛のような毎日だった。

 王子や騎士団長、たくさんの整った顔立ちの人達に囲まれる夢のような日々。裏で悪役令嬢と呼ばれていたヴァイオレッタは本来、破滅的な終幕エンドを迎えていた筈だった。

 しかし今、生前彼女にとって〝地獄の社交界〟と化したこの舞台は、王子と許嫁――優雅で綺羅びやかな二人の未来を祝福する舞台として整ったのだ。

「ヴァイオレッタ、これでお前と俺の婚姻を阻む障壁はなくなった。今はこの二人だけの時間を楽しもう」
「ええ。あなたとこうして踊る事が出来て、ワタクシも光栄です」

 ワタクシのモブメイドは脳内で顔を真っ赤にしたまま頭から蒸気を噴出していたが、ヴァイオレッタは済まし顔で王子と至福のひと時を共有する。

 二人の時間だけが、まるで周囲と隔絶されたかのように、ゆっくりと流れる時間。一度死んでしまった残酷な記憶を忘れてしまいそうになる程、奏でられる音楽も、王子の笑顔も全てが眩しくて。

「嗚呼、この至福のひと時がずっと続けばいいのに」 
「心配するな。俺と一緒に居る限り、お前を不幸にはさせないさ」

 王子に対して懐疑的であったワタクシの心が洗われるかのようで。生前ワタクシを裏切った時のように、この笑顔がもし嘘だったなら、王子は立派な詐欺師だ。大丈夫、眼前に映る彼の真っ直ぐな瞳。彼はいま、嘘をついていない。少なくともワタクシにはそう見える。

 ステップを踏む足取りが軽い。ワルツを踊る事がこんなに楽しい事だなんて、誰も教えてはくれなかった。それは当然だ。ワタクシの中のモブメイドからすると、こんな皆が注目する舞台で王子と踊る経験自体、初めてなのだから。


――ヴァイオレッタ様、モブメイドはぁああああ……このまま天使になって大空へ翼を広げ飛んでいきますわ~~

 
 曲目が代わり、いよいよ最後の曲ラストダンス。帝国の王を倒し、国を救った英雄が、異国の姫と結ばれるお話をモチーフにした曲。クラウン王子はラストダンスになってもワタクシの手を離さない。つまりはワタクシが本命であるという意思表示。

「マーガレット王女じゃなくてよいのですか?」
「何を今更。俺のパートナーはお前だ、ヴァイオレッタ」

 舞台中央、主役となった二人がステップを踏んでいく。ちらりと目をやると、マーガレット王女もアイゼン王子とのダンスを楽しんでいるようだった。アイゼンの事が気になっているショーン伯爵家のミランダは、同じく伯爵家のご令息とダンスを踊っている。きっと、声をかけられたのだろう。一曲目、マーガレット王女がクラウン王子と踊っていた際、彼女はちゃっかりアイゼン王子と踊っていたので、彼女としても問題はないのかもしれない。

 だんだんと終幕に差し掛かる社交界。至福のひと時もこれでおしまい。でも、王子とワタクシの心は、これで強く結びついた筈。マーガレット王女には悪いけど、泥棒猫にはそれ相応の報いを受けて貰わないと。ごめんあそばせ。そう思い、アイゼン王子と踊っている彼女へ視線を向けると、彼女も丁度横目でこちらを見ているようだった。

 そして、目が合った事を確認した彼女が一瞬だけ口角をあげた……ような気がした。

(え?)

 今の何か含みを持たせた笑みは何? クラウン王子と踊れず哀しい訳でもなく、むしろ、勝ち誇った・・・・・かのような笑み。曲は続いており、すれ違ったのは一瞬。彼女は一体何を考えているのか? 考えを巡らせようとしたその時、視界の隅、上空で何かが光った・・・ような気がした。

「え?」

 目の前で風を切る音がした。その後、激しい金属音と共に、ワタクシの眼前、床に何かが刺さっていた。続けて回転しながら床に別のものが突き刺さる。ボウガンの矢と、柄に蛇のような飾りのついた銀色の短剣。

「きゃーーーーー」

 突然の異物に気づいた女性が悲鳴をあげる。ボウガンと短剣。二方向から放たれたそれは、明らかにワタクシを狙っていた。いや、もしかすると、あの金属音は、どちらかがワタクシへ突き刺さる直前、二つの武器がぶつかり合った音。つまりどちらかは攻撃で、どちらかはワタクシを守った?

 方向からして南と北。北側の螺旋階段へ視線を向けると、騎士団の騎士らしき人物が反対方向を指差しながら叫ぶところだった。

「上だーー! 二回の回廊だーー!」

 吹き抜けになっている二階、南側のバルコニーへ続く内側の回廊ギャラリー。そこに立っていた漆黒の外套へ身を包む人物には見覚えがあった。そう、モブメイドの存在を知っているあの男だ。

「くそっ! あいつか! お前たち、ヴァイオレッタを頼む!」

 近くに居た騎士団の者へ声を掛け、王子は素早く外へ向かう。しかし、ワタクシは現場の混乱に乗じて王子の後を追う。ワタクシにはあの男を追う理由があった。テラスから外へ飛び出すワタクシ。ヒールの高い靴を脱ぎ捨て、裸足で王子を追いかける。 

「ヴァイオレッタ様、一人デハ危険!」
「心配ないわ。ブルーム、それよりお願いがあるわ」

 ワタクシと併走する彼女には、現場へ戻ってやって欲しい事があったため、素早く任務を伝える。ワタクシの意図を理解した第3メイドはすぐに現場へと引き返す。

 遥か遠く、王宮を囲む樹々に紛れ、逃走をはかっていた男へ向けて、王子が叫んでいる様子が見えた。

「また逃げるのか!? そうか、俺に負けて捕まるのが怖いんだな?」

 その声を聞いた瞬間、男は背を向けたまま立ち止まる。相手が立ち止まったところで、王子も一定の距離を保った状態で足を止める。男は顔を隠していたフードを脱ぎ、ゆっくりと振り返る。あでやかな黒髪。切れ長の瞳は鳶色。やはり、あの時ワタクシの前へ現れたあの男で間違いない。ワタクシは少し離れた場所で、木陰に隠れた状態で二人の様子を見守る。


「ほぅ、そんなに遊んで欲しいのか? クラウン・アルヴァート」
「やっとやる気になったか? お前は何者だ? ヴァイオレッタの命を狙う悪党め」

「ジルバート・シリウスだ。クラウン・アルヴァート。此処でお前を殺すつもりはないが、少し遊んでやる」
「その余裕、後悔するぞ、ジルバート」

 互いの名を呼んだ瞬間、周囲の空気が一変する。
 ワタクシが見守る中、二人の男はゆっくりと剣を引き抜いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...