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第ニ幕 王宮生活編

33 運命の社交界 中編

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「マーガレット王女様。このタルトはクイーンズヴァレー名産の星林檎ステラアップルを使ったタルトですのよ! 甘くて美味しいでしょう?」
「ええ、とっても美味しいですね。フィリーナ王女」

 隣国より招待された王女様は星林檎を口に含み優しく微笑む。肩までかかる橙色の髪と真ん丸の瞳。蒲公英色の美しいプリンセスドレス。彼女がもし、此処で一人佇んでいたのなら、近くに居た貴族の者が放っておかないところだったであろう。

 しかし、今、隣国のお姫様を囲むは、淡翠色ライトグリーンのツインテールを揺らす、可愛らしい桃色のドレスを身につけた王女と、肩周りを出したワインレッドのストラップレスドレスを華麗に着こなす第一王子の許嫁であるワタクシの二人。

 可憐かれん淡翠石エメラルド――フィリーナ、清楚せいそ炎橙石トパーズ――マーガレット、優艶ゆうえん紫水晶アメジスト――ヴァイオレッタ。今、社交界というこの舞台で恐らく一番目立っているであろう三原色トリコロールが揃っているのだ。

 貴族達の視線はワタクシ達三名の一挙一動に釘付けだ。ワタクシの中のモブメイドがかつて経験した一度目の社交界には無かった光景。
 
 社交界の裏方仕事をかつてやっていたモブメイドの記憶を辿ると、フィリーナ王女は当時、王子へ近づく毒女へ敵意を剥き出しにしては、クラウン王子、アイゼン王子の間を行ったり来たりしていた。

 ワタクシ、ヴァイオレッタはクラウン王子からの寵愛を信じていた事もあり、王子を放置したまま有力貴族達と話していた。マーガレット王女など眼中にも無かった筈。そう、ダンスの時間になる迄は。あの日、クラウン王子は真っ直ぐマーガレット王女へ向かい、彼女をダンスへ誘った。それまで親し気に話す様子もなかった隣国の王子と王女は、社交界よりもっと前に出逢っており、あの日、二人がダンスを踊る事は既定事項だったのだ。

 ヴァイオレッタは王子が誘う。そう思っていた貴族の者達は、誰も彼女を誘っていなかった。生演奏の中、始まる舞踏の時間。令嬢達にとって至福の時間であるこのひと時は、ヴァイオレッタにとって地獄の時間だった。

 これが、モブメイドが記憶している一度目・・・の社交界。
 だからこそ、同じ歴史を繰り返させないため、悪役令嬢は主役として、この舞台に立つ。

「マーガレット王女様。舞踏の時間は幾つか曲目があるの。せっかく隣国からゲストとして来たんですもの。最初の曲だけ・・・・・・ワタクシ・・・・のクラウン王子と踊ってもよくてよ?」
「え? それは?」

 マーガレットからするとこの提案は、全く予想していなかったであろう。でも、この時ワタクシは既に各所への根回し・・・を済ませていた。ワタクシからマーガレットへの提案を横で聞いていたフィリーナ王女は、まだマーガレットを完全に信用してはいないのだろう。逡巡した様子を見せる。

「でも……ヴァイオレッタお姉様……。それはクラウン王子がどう思うか、分かりませんわ?」
「いえ、クラウン王子にも既に話を通してあります・・・・・・・・・。フィリーナ、彼女は公爵・・の爵位を持ったミュゼファイン国王のお姫様よ? 当然有力貴族である侯爵家やその下の伯爵家よりも爵位は上。彼女と踊る男性は、現大公の爵位を持つクイーンズヴァレー国王の子であるクラウン王子かアイゼン王子しか釣り合わない。社交界という場で、隣国から遠渡遥々来ていただいた王女様に恥をかかせる訳にはいかないでしょう?」

 恐らくだが、生前の社交界、クラウン王子は事前に国王と王妃へ上記のような理由をつけ、ヴァイオレッタを選ばない事を承諾させたのだと思う。もっと言えば、鉱山の交渉へ来ているミュゼファイン王国の王女が恥をかくような事態となれば、隣国との関係性が悪化するとも言えるのだ。だからこそ、あの日、ヴァイオレッタは選ばれなかった・・・・・・・。マーガレット王女とクラウン王子が事前に繋がっていた事実を知った時、ワタクシは一つの仮説を立てたのである。

「うわぁ、お姉様! そこまでお考えとは流石ですわ! マーガレット王女様。最初の曲だけなら、クラウン王子と踊ってもいいですよ? あ、そうだ! 二曲目からは特別にアイゼン王子と踊る事を許可致しますわ」
「え、あ……はい。ありがとうございます」

 勢いよく迫るフィリーナ王女に思わず苦笑するマーガレット王女。マーガレットが本当に炎橙石トパーズならば、誠実で潔白の意味を持つ宝石。だが、彼女がもし、イエローアパタイトならば、それは周囲を惑わす宝石。もし、ワタクシの知らないところでマーガレット王女が暗躍していたとしても、その上を行く動きで翻弄する必要があるのだ。

 食事と歓談の時間がこうして過ぎていき、王様のひと声により、皆が注目する。

「皆も知っている通り、クラウン王子とカインズベリー侯爵家の令嬢であるヴァイオレッタ嬢は許嫁の関係である。本来であれば、我が息子のクラウンは、ヴァイオレッタ嬢と踊るところであるが、なんとヴァイオレッタ嬢が、それでは隣国ミュゼファイン王国から遥々来てくれたマーガレット・ミュゼ・クオリア第一王女の立場がないと自ら身を引く提案を申し出た。なんと心の広い令嬢であろう。やはり我が息子にはヴァイオレッタ嬢が相応しい女性であると、余は考える」
 
 ワタクシが恭しく一礼すると、拍手と共に称賛の声があがる。王様は、その流れでゲストであるマーガレット王女を紹介し、クラウン王子がそのまま彼女の手を取る。ワタクシは当然、カイン伯爵のご令息と踊る。この流れは父、グランツへ手を回しておいたのだ。ご令息はワタクシの胸元を見ては足元が覚束ない様子で鼻息を鳴らしていた。これでは、まるで猪ね。

 マーガレット王女とクラウン王子が中央で踊っている様子はとても美しく、貴族達を惹きつけるには充分だった。だが、この二人が舞台に並ぶ事をコーディネートした人物は、ワタクシ、ヴァイオレッタ。彼女が目立てば目立つ程、ヴァイオレッタの評価が上がっていく。

 あくまでヴァイオレッタは悪役令嬢。悪役令嬢は表からも裏からもこの場を掌握するのよ?

「待たせたな、ヴァイオレッタ。流石だな」
「いえ、ワタクシは何も?」

「さぁ、一緒にワルツを踊ろうか?」
「ええ、喜んで」

 マーガレット王女との舞踏を終え、ワタクシの手を取るクラウン王子。
 こうしてワタクシは、周囲の注目を充分惹きつけた状態で、社交界の舞台中央へと躍り出るのであった。
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