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第ニ幕 王宮生活編
24 ワタクシは一人しか居ないのよ?
しおりを挟む「ヴァイオレッタ。僕からお前の部屋へ出向いてやったぞ。さぁ、この広い王宮を僕が案内してやろう」
王宮での生活が始まって暫く経った。
ようやく落ち着いて来たものの、暫くはほぼ毎日、国の宰相、王家と深く繋がる公爵。クラウン王子の世話係である執事のスミス。メイド長。王宮の調理長。教会の神官長と、次から次へと挨拶に来る者が絶えなかった。モブメイドの時には気にもしていなかったが、これは覚えきれない。幾らモブメイド時代に記憶力がよかったワタクシでも、全数百人にも及ぶ王宮の人物を全員覚えるなど、到底無理な話である。
モブメイド時代の記憶と照らし合わせ、主要な人物をチェックしておく。そんな中、この日はアイゼン第ニ王子がワタクシの部屋へとやって来たのだ。どうやら午前中、クラウン王子はお隣の領主と謁見中らしい。
いや、ちょっと待って。前回の記憶では、クラウン王子が居ない隙を狙ってワタクシの部屋へ来るような子じゃなかったわ。少なくともこの王子は、モブメイドには優しかったものの、ワタクシとは常に敵対していた筈。あの魔法訓練の日々だけで、こうも変わるものなのかしら? 人の心とは移ろいやすいものね。
「アイゼン王子。結構よ。ワタクシ、何度か王宮へ訪れた事はあるし。案内されずともだいたいの場所は把握しているわ」
「そんな訳ないだろう? ほら、まだ行った事のない部屋もあるだろう? そうだ、騎士団の訓練場なんかはどうだ? 時期王女となるヴァイオレッタが訪れたのなら、彼等の士気もきっと上がると思うよ?」
嗚呼、騎士団の訓練場ならモブメイド時代に行った事があるわね。あのときは全員お着換え中で、鍛え抜かれた肉体を目の当たりにして、当時まだウブだったモブメイドは羞恥に顔を真っ赤にしていたものよ。
「アイゼン王子、お誘いは嬉しいですが、騎士団長とは既に先日ご挨拶を終えておりますわ。わざわざワタクシが出向いて訓練の邪魔をする必要はないかと」
「まぁそう言わずに、この国の騎士団がどれだけ優れているか、見ておいて損はないだろう?」
「そうですわね」
アイゼン王子。どうやら引く気はないらしい。何かしら理由をつけて此処からワタクシを連れ出したいらしい。ワタクシが誘いに乗ろうか考えていると、閉じられていた部屋の扉が思い切り開いた!
「お姉様~~。ヴァイオレッタお姉様~~♡ 今日はスミスに言って厨房を貸して貰えるよう手を回しておきましたわ。さぁ、私と一緒にあま~いひと時を過ごしましょう♡」
うん、いま彼女の桃色の唇から紡がれた台詞に、何か違うルビが振ってあるように見えた。
翠髪のツインテールを揺らして入室して来た女の子……いや、お姫様。クラウンとアイゼンの妹であるフィリーナだ。彼女はワタクシが王宮へ引越して来る日を今か今かと待ちわびていたらしい。あの、あなたもかつてワタクシがモブメイドだった頃、ワタクシを排除しようとあの手この手を使って嫌がらせをしていた張本人でしたわよ?
「残念だったな、フィリーナ。ヴァイオレッタはこのあと、僕と騎士団の訓練を観に行く予定になっているんだよ」
「アイゼン王子。どうしてお姉様がそんな漢だらけのむさ苦しい場所へ出向かなければなりませんの? ヴァイオレッタ様は今からワタクシと乙女の時間を過ごしますのよ?」
乙女の時間って何だ? いや、一体何なのこの状況は? ワタクシを前にして、仲の良い筈の兄妹が言い争いをしているではないか?
うーん、騎士団の皆さんはモブメイド目線ではカッコイイし、お菓子作りも好きだから問題はないのだけれど、この状況はどうしたらいいものか。脳内で考えあぐねいていると、二人が突然こちらへ向き直り……。
「よし、じゃあヴァイオレッタに決めて貰おう! さぁ、騎士団の訓練へ向かうよな?」
「いえ、お姉様、私とお菓子作りですわよね?」
「えっ!? えっと、そうねぇ……」
この場は適当にどうにか切り抜けよう……そう思っていたまさにその時、再び部屋の扉が開いて、ワタクシのよく知る銀髪メイドが入室して来た。まさかの部屋の中に王子と王女が居る事に一瞬驚きの表情を見せた第一メイド――ローザであったが、すぐに恭しく一礼し、ワタクシへ用件を伝える。
「アイゼン王子とフィリーナ王女がいらっしゃるとは露知らず、大変失礼致しました。ヴァイオレッタ様、お取込み中失礼致します。ショーン伯爵家三女――ミランダ様がいらっしゃいました。ヴァイオレッタ様にご挨拶したいとの事です」
「え、ミランダですって!?」
「あら、アイゼンお兄様が誕生日に口説いていたお方ね♡」
「フィリーナ、その言い方はよせ!」
まさかのミランダにワタクシも驚いたが、今、アイゼン、フィリーナまで揃っているこの状況は渡りに船。この場をうまく切り抜ける方法を思いつきましたわ。
「丁度良かったわ。さぁ、アイゼン王子。せっかくミランダが来てくれたんですもの。お城を案内しなくてはいけないわね? そうね、騎士団員さんの勇姿を観覧した後は、フィリーナと三人で王宮の厨房でも案内しましょうか? お菓子でも作りながら」
「お姉様~~♡ それは賛成ですわ。では、私は自室で待っております故、騎士団の観戦が終わったらスミスを通じてお呼び下さいませ」
フィリーナはお菓子作りが出来るだけで満足らしく、弾む足取りで部屋を出て行った。アイゼンは何やら溜息をついている様子。まぁ、ワタクシを誘って城内デートの予定が、ミランダが登場したんだから複雑な想いなのであろう。
「さ、行きますわよ? アイゼン王子」
「あ、嗚呼。行こうか、ヴァイオレッタ」
敢えてワタクシから王子の手を取り、部屋を出る。そして、アイゼン王子とワタクシは、ミランダ伯爵令嬢の下へと向かうのでした。
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