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第一幕 モブメイド令嬢誕生編

20 星降祭《ステラフェスタ》後編

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「んーーーっ、ん”んーーーっ!」
「心配するな、俺様はお前の味方・・だ」

 そんな事を言われて信じる訳がない。外套の中に身体を引き寄せられ、王宮側から見えない死角へと移動される。どうしよう、これじゃあ気づかれない。切れ長の双眸そうぼうは鳶色。艶やかな黒髪。身につけている礼装からして高貴な者にも見えるが、どう考えてもクイーンズヴァレーの王家関係者ではない。

「じっとしてろ。今日は挨拶に来ただけだ。それにしてもヴァイオレッタになっているとはな、88番目・・・・モブメイド・・・・・
「え?」

 今、こいつなんて言った? 有り得ないのだ。その名でワタクシの事を呼ぶ事自体が。ヴァイオレッタの中身が88番目のモブメイドである事実を知っている者など、居る筈ないのだから。抵抗する様子が無くなった事を確認した男は、ワタクシの腕を掴んでいた力を少し弱める。

「あなた……誰?」
「いま、その質問に応える事は出来ん。だが、一つ忠告しておく。敵はいつでもお前のすぐ近くに居る」
「どういう……事よ」

 こいつは何者なのか? モブメイドが時間を逆行し、繰り返している事を知っているの? 何故? それに敵が近くに居るって……。様々な疑念が渦巻く中、バルコニーへ通じる広間の扉が開く。

「おい、お前。何奴だ!」
「クラウン、助けて!」

「貴様! 姫から離れろ!」

 バルコニーへやって来たのは、クラウン王子と騎士団長だった。星降りのときが近づき、ワタクシが居ない事に気づいて、探してくれていたのかもしれない。ワタクシが声をあげた事で、王子と騎士団長が剣を引き抜く。男はワタクシから離れ、バルコニーの柵の上へと飛び上がる。

『また来るぞ、モブメイド』

 ワタクシに聞こえる程度の声で確かにそう呟いたその男は、バルコニーから飛び降りる。王宮の樹木より高い位置から飛び降りたにも関わらず、地面へ華麗に着地した男は高速で逃げていく。

「賊だ! 追え!」

 この後、騎士団の者達が彼を追うも、行方を見失ってしまう。クラウンはワタクシの身体を抱き寄せ、『怪我はないか?』と心配してくれた。クラウンの温もりが、少しずつワタクシの不安を浄化してくれる。でも、あまりに突然の出来事に、酔いも醒めてしまった。

 中庭に移動する事無く、ワタクシと王子はこのまま二人きりで星降りのときを迎える。王子と二人きりで見る流星群はとても美しく、幻想的な光景だった。だが、この日、ワタクシと王子が口づけを交わす事はなかった。

 美しい流星群は、この世界で命を落とした者達の魂が、生まれ変わる前に光輝く様が流星群に見えるとも言われている。
 あの日、モブメイドとして燃えたわたし・・・の命は、星屑となった後、こうして生まれ変わったのだろうか?

 このままヴァイオレッタが、そして、ワタクシの周囲の人々が平穏に過ごしていけますように。

 再び来るであろう近い未来を予見し、ワタクシは女神様へ祈りを捧げるのでした――


◇◇◇
 第一幕「モブメイド令嬢誕生編」は、ここで終了です。謎の男は何者なのか? ヴァイオレッタの敵とは誰なのか? 「88番目のモブメイド」続きも楽しんで貰えると嬉しいです。感想なんかもお気軽に。いつでもお待ちしています。今後ともよろしくお願いします!
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