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第一幕 モブメイド令嬢誕生編
12 この世界のモブメイド
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(いやいや、どうしてこうなった……)
おかしい。何かがおかしい……。
何がおかしいのかですって? そんなワタクシの口からはとてもとても話せませんわ。
ひとつ言える事は、ヴァイオレッタは今、昨晩クラウン王子の自室へ宿泊し、馬車に乗って自宅へと帰ってます。馬車の窓から見える景色が美しいですわね。って、そんな事を言っている場合ではないのです。その場の雰囲気に流されてしまっては、真実は闇の中ですわ。相手は腹黒王子。裏で何を考えているか分からない相手よ。緩む口元を思わず引き締めるワタクシ。
そう、これは作戦よ。相手の懐に入り込み、相手の真意を探る作戦。
でも、あの甘い言葉に嘘は見えなかったように見えるんだけどなぁ~。どうしてあのとき、ヴァイオレッタ様は裏切られてしまったのか。全ての鍵を握るのは、やはりあのマーガレット王女だ。まだヴァイオレッタ様の中に入ってから、一度も彼女を見ていない。毎年国の生誕祭には顔を見せていた記憶はある王女様。あの王女様をはっきり意識したのは、来年行われる王家主催の社交界。あの腰までかかる橙色の髪と瞳。彼女の真ん丸で曇りのない真っ直ぐな眼差しは忘れない。ん……どこかであの眼差し……既視感が……きっと気のせいね。
二度とあのような結末にならないよう、クラウン王子との関係を維持しつつ、あくまで追放されないよう、今の立ち位置を崩さないようにしなければならないのだ。
幸い、今のクラウン王子は嘘をついているように見えない。もし、あの甘い言葉が嘘ならば、それこそクラウン王子は文字通りゲス王子という事になる訳で。
「――ヴァイオレッタ様、ヴァイオレッタ様?」
「え? あ、どうしたのグロッサ」
黄色い髪を束ねた第二メイド、グロッサがワタクシの顔を覗き込んでいた。あ、どうやら考え事をしていて周囲が見えていなかったらしい。
「いえ、口元が緩んでいましたので。最近ヴァイオレッタ様の表情が柔らかくなった気がして、グロッサも嬉しゅうございます」
「そう……かしら。ワタクシはワタクシ。今までもこれからも変わらないわよ?」
「勿論でございます。ヴァイオレッタ様はいつまでも私達のヴァイオレッタ様です」
表情を引き締めたワタクシ。この馬車にはワタクシの隣に恋話が大好きなグロッサ、そして、向かいにメイド長である第一メイド――ローザが同乗しているのだ。瞳の色を輝かせているグロッサに対し、向かいに座るローザが咳払いをする。恐らく『これ以上はヴァイオレッタ様に失礼でしょう』と第二メイドを牽制しているのでしょう。
「失礼しましたヴァイオレッタ様」
「いえ、結構よ」
「あの、ヴァイオレッタ様?」
「何、グロッサ」
「愛のある王宮での生活。楽しみですね♡」
「なっ……」
「グロッサ!」
天下の悪役令嬢ヴァイオレッタにグロッサは昔からこんな直球な質問を入れていたのだろうか。この子は少し天然が入っていると思ってはいたけれど、ある意味裏表ないこの性格をヴァイオレッタ様は気に入っていたのかもしれない。この後、ローザの雷がグロッサへ落ちた事は言うまでもないのだけれど。
街道を走る馬車は揺れ、侯爵家が見えて来る。
ワタクシの馬車が到着し、侯爵家の扉を開けると、残りのメイド達が両側一列に並んだ状態でワタクシを出迎えるのです。
「「「お帰りなさいませ、ヴァイオレッタお嬢様」」」
ワタクシは一旦自室へ続く階段へと向かう。このあと、髪を整え、衣装を着替えた後、午後からはいよいよメイド選抜試験が待っているのだ。
試験の内容はヴァイオレッタの父である侯爵――グランツ・ヴィータ・カインズベリーが決めたものだ。
モブメイドとして前回参加しているワタクシは、その内容を知っている。
テーマはメイド一人一人の〝個性〟。
メイドとしての教養を問う筆記試験が五十点満点。
続いて、制限時間内にヴァイオレッタが好きな料理を一品作る実技試験。こちらはメイド長とヴァイオレッタ、父グランツ侯爵が十点ずつの持ち点で審査する。この合計点上位四十名が最終試験へと進む。
そして、最終試験は面接。メイド長ローザの質問に答えていき、自己アピールタイムで自身の特技をアピールしていくのだ。
そう、モブとして埋もれてしまえばそれで終わり。王宮へワタクシ、ヴァイオレッタと共に行く事は叶わなかったのだ。あのとき、88番目のモブメイドは一瞬だけ、モブから脱出すべく羽搏いたのだ。
侯爵家の人々が教養を学ぶために設けられた広い部屋。規則正しく並べられたテーブル。椅子にはメイド達が全員座っている。
黒髪、黒髭を携えたグランツ侯爵は、メイド達を見回して、開会の言葉を述べる。
「誰がヴァイオレッタの傍につき、王宮にて我が娘を支えていくか。今日決めようと思う。此処に居るメイド全員にチャンスがある。全霊を持って臨むが良い」
メイド達、それぞれ真剣な表情だ。部屋の奥、ワタクシのために設けられた椅子に座った状態で、一人一人の表情を見ていく。そう、みんなヴァイオレッタの事を思い、この場へ挑んでいたのね。視線をだんだんと部屋の奥へと送っていくワタクシ。
この世界は時間が巻き戻った先なのか、全く違う世界なのかは分からない。88番目のモブメイドだったわたしは今、ヴァイオレッタとして生きている。
部屋の一番奥、ワタクシが座る位置から一番離れた位置。真剣な表情で下を向いている女の子。黒髪のモブメイドはやはりこの場では目立っていない。でも、確かに88番目のモブメイドであるわたしは、この世界、この時間軸にも存在していた――
おかしい。何かがおかしい……。
何がおかしいのかですって? そんなワタクシの口からはとてもとても話せませんわ。
ひとつ言える事は、ヴァイオレッタは今、昨晩クラウン王子の自室へ宿泊し、馬車に乗って自宅へと帰ってます。馬車の窓から見える景色が美しいですわね。って、そんな事を言っている場合ではないのです。その場の雰囲気に流されてしまっては、真実は闇の中ですわ。相手は腹黒王子。裏で何を考えているか分からない相手よ。緩む口元を思わず引き締めるワタクシ。
そう、これは作戦よ。相手の懐に入り込み、相手の真意を探る作戦。
でも、あの甘い言葉に嘘は見えなかったように見えるんだけどなぁ~。どうしてあのとき、ヴァイオレッタ様は裏切られてしまったのか。全ての鍵を握るのは、やはりあのマーガレット王女だ。まだヴァイオレッタ様の中に入ってから、一度も彼女を見ていない。毎年国の生誕祭には顔を見せていた記憶はある王女様。あの王女様をはっきり意識したのは、来年行われる王家主催の社交界。あの腰までかかる橙色の髪と瞳。彼女の真ん丸で曇りのない真っ直ぐな眼差しは忘れない。ん……どこかであの眼差し……既視感が……きっと気のせいね。
二度とあのような結末にならないよう、クラウン王子との関係を維持しつつ、あくまで追放されないよう、今の立ち位置を崩さないようにしなければならないのだ。
幸い、今のクラウン王子は嘘をついているように見えない。もし、あの甘い言葉が嘘ならば、それこそクラウン王子は文字通りゲス王子という事になる訳で。
「――ヴァイオレッタ様、ヴァイオレッタ様?」
「え? あ、どうしたのグロッサ」
黄色い髪を束ねた第二メイド、グロッサがワタクシの顔を覗き込んでいた。あ、どうやら考え事をしていて周囲が見えていなかったらしい。
「いえ、口元が緩んでいましたので。最近ヴァイオレッタ様の表情が柔らかくなった気がして、グロッサも嬉しゅうございます」
「そう……かしら。ワタクシはワタクシ。今までもこれからも変わらないわよ?」
「勿論でございます。ヴァイオレッタ様はいつまでも私達のヴァイオレッタ様です」
表情を引き締めたワタクシ。この馬車にはワタクシの隣に恋話が大好きなグロッサ、そして、向かいにメイド長である第一メイド――ローザが同乗しているのだ。瞳の色を輝かせているグロッサに対し、向かいに座るローザが咳払いをする。恐らく『これ以上はヴァイオレッタ様に失礼でしょう』と第二メイドを牽制しているのでしょう。
「失礼しましたヴァイオレッタ様」
「いえ、結構よ」
「あの、ヴァイオレッタ様?」
「何、グロッサ」
「愛のある王宮での生活。楽しみですね♡」
「なっ……」
「グロッサ!」
天下の悪役令嬢ヴァイオレッタにグロッサは昔からこんな直球な質問を入れていたのだろうか。この子は少し天然が入っていると思ってはいたけれど、ある意味裏表ないこの性格をヴァイオレッタ様は気に入っていたのかもしれない。この後、ローザの雷がグロッサへ落ちた事は言うまでもないのだけれど。
街道を走る馬車は揺れ、侯爵家が見えて来る。
ワタクシの馬車が到着し、侯爵家の扉を開けると、残りのメイド達が両側一列に並んだ状態でワタクシを出迎えるのです。
「「「お帰りなさいませ、ヴァイオレッタお嬢様」」」
ワタクシは一旦自室へ続く階段へと向かう。このあと、髪を整え、衣装を着替えた後、午後からはいよいよメイド選抜試験が待っているのだ。
試験の内容はヴァイオレッタの父である侯爵――グランツ・ヴィータ・カインズベリーが決めたものだ。
モブメイドとして前回参加しているワタクシは、その内容を知っている。
テーマはメイド一人一人の〝個性〟。
メイドとしての教養を問う筆記試験が五十点満点。
続いて、制限時間内にヴァイオレッタが好きな料理を一品作る実技試験。こちらはメイド長とヴァイオレッタ、父グランツ侯爵が十点ずつの持ち点で審査する。この合計点上位四十名が最終試験へと進む。
そして、最終試験は面接。メイド長ローザの質問に答えていき、自己アピールタイムで自身の特技をアピールしていくのだ。
そう、モブとして埋もれてしまえばそれで終わり。王宮へワタクシ、ヴァイオレッタと共に行く事は叶わなかったのだ。あのとき、88番目のモブメイドは一瞬だけ、モブから脱出すべく羽搏いたのだ。
侯爵家の人々が教養を学ぶために設けられた広い部屋。規則正しく並べられたテーブル。椅子にはメイド達が全員座っている。
黒髪、黒髭を携えたグランツ侯爵は、メイド達を見回して、開会の言葉を述べる。
「誰がヴァイオレッタの傍につき、王宮にて我が娘を支えていくか。今日決めようと思う。此処に居るメイド全員にチャンスがある。全霊を持って臨むが良い」
メイド達、それぞれ真剣な表情だ。部屋の奥、ワタクシのために設けられた椅子に座った状態で、一人一人の表情を見ていく。そう、みんなヴァイオレッタの事を思い、この場へ挑んでいたのね。視線をだんだんと部屋の奥へと送っていくワタクシ。
この世界は時間が巻き戻った先なのか、全く違う世界なのかは分からない。88番目のモブメイドだったわたしは今、ヴァイオレッタとして生きている。
部屋の一番奥、ワタクシが座る位置から一番離れた位置。真剣な表情で下を向いている女の子。黒髪のモブメイドはやはりこの場では目立っていない。でも、確かに88番目のモブメイドであるわたしは、この世界、この時間軸にも存在していた――
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