佐城沙知はまだ恋を知らない

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佐城沙知はデートをしてみたい

三十三話『ごめんね……』

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『ごめんなさい、体調悪くなったからデート行けない』

 そう書かれたメッセージが送られてきた。

『いや、大丈夫だよ』

 沙知からのメッセージに対して僕はすぐさま返信する。体調が悪いと書かれてある以上、今日のデートは中止だ。

『気にしないでゆっくり休んで』

 続けざまにそうメッセージを送ると、すぐに既読がつく。すると数秒ほど経ってからまたメッセージが送られてくる。

『ごめん』

 沙知からのメッセージはたった一言だけ。それ以上はなにも返ってこなかった。

『お大事にね』

 そんなメッセージを送ると、僕はスマホの画面を消す。

「まあ、仕方ないか……」

 僕は小さく呟く。沙知が体調を崩すのは今に始まったことじゃない。むしろ最近はずっと調子が良かった方だ。

 だからどこかで帳尻合わせみたいに体調が崩れる日が来るのは分かっていた。それがたまたま今日だったって話だ。

 それについては僕は気にしていないけど……。

 沙知本人はどうだろうか? 今日の映画をずっと楽しみにいていたみたいだし、落ち込んでいるんだろうな……。

 多分、絶対。

「……よし」

 僕はあることを決意すると、スマホの通話アプリからある人の名前を探し出す。

 通話ボタンを押すと数回コール音が鳴ったあと、その人物が電話に出る。

『もしもし?』

「もしもし、沙々さん、朝早くにごめん」

 僕はすぐに通話相手の沙々さんへと謝罪の言葉を口にする。そんな僕の言葉に対して、沙々さんは笑いを溢す。

『何を気にしているんだ、別に構わないさ』

「ありがとう、それでちょっと聞きたいことがあって……」

『沙知の様子だろ?』

 僕が話を切り出す前に、沙々さんは僕の聞きたいことをズバリと当てる。流石は沙々さんといったところか。

「うん……やっぱり元気ない?」

『そうだな……体調を崩すのはいつものことだが……かなり落ち込んでいる』

「……そっか」

 やっぱりか……。ずっと楽しみにしていた映画に行けないってなったら、そりゃあ落ち込むよな……。

「沙々さん、今日お見舞いにそっちに行っても大丈夫?」

『ああ、構わないぞ』

「ありがとう」

 僕は沙々さんにお礼を言うと、電話を切る。それから朝食を手早く済ませると、身支度を再び整える。

「じゃあ行ってくる」

 僕は母さんにそう告げてから、リビングを出ていくと沙知の家へ向かって歩き出す。

 沙知の家に到着すると、インターホンを鳴らす。するとすぐに沙々さんが出迎えてくれた。

「おはよう、沙々さん」

「ああ、おはよう島田、わざわざすまないな」

「いや、気にしないでいいよ、こっちこそ朝早くにごめん」

 僕は改めて沙々さんに謝罪すると、彼女の家の中に入る。

「お邪魔します……」

 玄関を上がり家の中に入ると、沙々さんと一緒に沙知の部屋へと向かう。

 そして、部屋の前に到着すると沙々さんが扉をノックする。

「沙知、島田が来たぞ」

 そう部屋の中にいる沙知へと告げるが返事が返ってこない。

「……まあいい、島田入ってくれ」

「けど……」

「大丈夫だ」

 沙々さんの言葉に僕は小さくうなずくと、恐る恐る部屋の中へと入っていく。部屋の中は暗く、カーテンも閉められている。

 そんな暗い部屋の中、ベッドの上で布団を被りながら沙知は横になっていた。

「オレは少し席を外すからな、お前たちでゆっくりと話すといい」

「あ……うん、ありがとう沙々さん」

 そう言って沙々さんは部屋から出ていく。そして部屋には僕と布団を被っている沙知の二人だけになってしまう。

 僕はベッドの前に腰掛けると、沙知に声をかける。

「……具合はどう?」

 沙知から返事はない。布団を被っているため表情は分からない。

「もしかして……映画行けないのを気にしている?」

 僕がそう訊ねると、少し間を開けてから沙知がポツリと口を開いた。

「……ごめんね」

 そんな弱々しい声を漏らしながら、沙知は布団の中からゆっくりと顔を出す。

 その顔はいつもの元気で笑顔が似合う沙知のものではなく、今にも泣き出しそうな悲しげなものだった。

「本当に……ごめんね……」

 そんな弱々しい声を漏らす沙知に、僕は優しく声をかける。

「謝らないで大丈夫だよ」

 僕の言葉に沙知は小さく首を横に振る。その様子はとても痛々しいもので見ているこっちも辛くなってくるほどだ。

「けど……頼那くん、あたしと一緒にデートしたかったでしょ? 」

「もちろん、一緒にデートしたかったよ」

 沙知の言葉に僕は即答する。それは紛れもない僕の本心だ。

「……けど、いつでも行けるデートよりも沙知の身体のほうが大事だから」

 そう答えると、沙知はベッドの布団に顔を埋めてしまう。そんな沙知に対して僕は言葉を続ける。

「それに映画なら来週も行けるから」

「……来週も体調悪いかもしれないよ」

「それなら、再来週行けば良いよ」

「……再来週もその次もずっと体調が悪くなるかもしれないんだよ、だってあたし……身体弱いから……」

 沙知はそう言い終えると、再び布団を被ってしまう。どうやら本格的にナーバスになって泣き出してしまったらしい。

「あたし……いつもそうなんだ……どこか行きたいって思っても……結局、体調が悪くなったりして……」

 そう話す沙知の声は段々と涙声になっていく。僕はそんな沙知に対して慰めの言葉を言うわけでもなく、ただただ彼女の言葉に耳を傾けていた。

「……家族とだって……一緒に……出掛けられたの……片手で数える……くらい……なんだ」

 途切れ途切れになりながらも、沙知は思いを紡ぐ。時折、嗚咽が漏れて、声が途切れながらも。

「それで……頼那くんが……あたしのこと……映画に……誘ってくれたの……すごく……嬉しかった」

 沙知はしゃくりあげながら、そう告げる。その言葉に僕は少しだけ嬉しかった。そんなことを思っていたのは知らなかったから。

「あたしが……少しでも……多く……歩けるように……ちょっとでも……体力が……つくようにって……あたしなんかのために……一緒に……歩いてくれて……」

 確かに沙知が少しでも歩けるように、デートの約束をしてから昨日まで登下校は数分だけ歩いてからセグウェイに乗るようにした。

 僕としても沙知と一緒に歩くのは楽しかったから、苦ではなかった。むしろ楽しい時間だったといってもいい。

「最近は……調子も良かったから……今度こそはって思ってたのに……なのに……」

 そこで沙知の言葉は途切れてしまう。そして、部屋の中は静寂に包まれたのだった。

 沙知の思いを聞いて、彼女があそこまで映画を楽しみに待っていた理由も理解できる。

 人からすれば何てことない、普通のこと。当たり前にできること。

 でも、沙知にとってどこかへ出かけることは、それだけで特別なことなんだ。

 きっと今日の映画のために体調管理だってしていたのだろう。だけど、それが上手くいかなかった。運がなかったなんて言葉では片付けられない。

 今まで何度も何度も度重なる体調不良よって、沙知は楽しみにしていたことを台無しにしてきたのだろう。

 その度に彼女は自分の体質を呪ったに違いない。自分が普通の健康な身体に生まれていたらって。

 それは僕なんかの想像を絶するほどに、辛くて悲しいことなのだろう。理解しようだなんておこがましいことだ。

 そもそも僕が沙知を映画に誘わなければ、彼女は今日こんな思いをせずに済んだのに。

「頼那くん……ごめんね……」

 だけど、彼女は僕を責めない。むしろ、まるで自分が悪いように謝る。

 僕の心の中に罪悪感が募っていく。己の不甲斐なさが嫌になる。

 むしろ、沙知に何で映画になんか誘ったのって、責められたほうが彼女の鬱憤も晴れただろう。だけど、彼女はそうしなかった。自分の体質を呪うことはあっても他人を恨むことはなかった。

「こんなのが……恋人で……ごめんね……頼那くん……めんどくさいよね……頼那くんが……嫌なら……別れて……」

 そんな沙知の言葉に、僕は思わず目を見開いてしまう。まさかこんな言葉が出てくるとは思いもしなかったからだ。

「嫌じゃないよ……沙知と別れるなんて絶対に嫌だ」

 僕がはっきりと答えると、沙知は嗚咽を漏らしながら泣き出してしまう。

「でも……普通の……健康な……女の子だったら……何回だって……普通に……お出かけできるし……」

「僕はそんなの気にしない」

「でも……一緒に……歩くことさえ……まともに……できないんだよ……こんなのどう考えても……普通じゃないよ……」

 沙知のナーバスの状態が、かなり悪化してきているのが、ひしひしと伝わってくる。

 僕としてもこんな沙知は見たくはない。でも、僕が何かを言ったところで彼女の中でこのもやもやした気持ちは晴れないのも理解している。

 だから僕は一度深呼吸をして心を落ち着ける。それから僕はゆっくりと口を開く。

「ねえ……沙知……」

 僕の呼びかけに、沙知は布団を被ったまま、反応を示す。

「何……」

 そんな沙知に対して、僕は言葉を続ける。

「一ヶ月前に君に初めて僕の気持ちを伝えたときのこと覚えている?」

「うん……」

 僕の言葉に対して沙知は頷く。
 一ヶ月前、僕が沙知に告白したあと、僕は彼女にこう告げたんだ。

「運動もできない、料理だってできない、一人でまともに校内を歩き回れない、人をからかうのが好きだし、勝手に実験のモルモットにしたり、正直まともじゃない人だって分かってる」

「正直……そこまで言わなくても……って思ったよ……事実だけど……」

 沙知のツッコミに僕は小さく笑う。そんな僕に対して、沙知は不満そうな声を漏らす。

「でも……それでも沙知と恋人になりたいって、僕が言ったのは知ってるよね」

「……うん、けど……それはまだ……あたしのことを知らないからって……」

「ねえ、沙知」

 僕はそう呼びかけて布団に包まった彼女の頭を優しく撫でる。

「何?」

 そんな僕の行動に対して、沙知は疑問の声を上げるが、僕は構わず言葉を続ける。

「確かに僕はまだ沙知のこと全然知らないよ、結局、この一ヶ月間恋人らしいこと一切できなかったし、沙知の体質がこんなにも大変だなんて思いもしなかったよ」

「じゃあ……」

「でもね、それでも君が僕のことを恋人って認めてくれた一ヶ月間は僕にとって、とっても楽しい時間だったよ」

 ただ一緒に登下校したり、お昼ご飯を食べたり、おしゃべりをしたり、テスト勉強したり、そんな何でもない時間が僕にとってはとても楽しくて、幸せだった。

 初めて一緒に歩いて下校したときに沙知と手を繋いだことだって、鮮明に覚えている。

 彼女の手の温もりと柔らかさにドキドキしたことを今でもはっきりと覚えている。

 それは僕にとってとても大切な思い出だ。だからこそ僕はその想いを沙知へはっきりと伝える。

「好きな人と過ごす時間は僕にとってどれも大切で、かけがえのない時間だってことに気づけた」

「頼那くん……」

 僕の言葉に対して沙知は小さく呟く。

「だから僕はこれからも沙知と一緒に居たい、恋人としてね」

 僕がそう言うと、持ってきていた自分の鞄から小さな袋を沙知の枕元に置いた。

 枕元に何か置いたのに気づいて沙知は布団から少し顔を覗かせて、袋を見つめる。

「これは?」

 沙知の疑問に対して僕は少し恥ずかしそうにしながら答える。

「開けてみて」

「……うん」

 沙知は小さく頷いてから袋の中身を確認する。そして、中に入っていたものを手の上に取り出す。

「これ……ヘアピン?」

 中に入っていたのは、キリンのシルエットのワンポイントが入ったヘアピンだった。
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