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佐城沙知はまだ恋を知らない

二十三話 『ウソ……つき……』

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 翌日、あたしは学校を休んだ。

 別に体調が悪かったわけじゃない。いつもみたいに熱なんてないし、怠さも吐き気も一切ない。

 ただあるとすればそれは睡魔。前日、あたしはなかなか寝付けず、気づいた頃にはお日様がおはようと昇ってきていた。

 それから一眠りしようとしても眠れず、ベッドでゴロゴロしているとお姉ちゃんがやってきてあたしの部屋に入って来た。

「沙知? 今日は学校行ける?」

 扉から顔を覗かせながらそう聞いてくるお姉ちゃんにあたしは答える。

「休む……」

 それだけ伝えて、あたしはすぐにお姉ちゃんに背中を向けた。

 別に体調が悪いわけじゃないし、寝不足なだけ。けど、なぜだか今日は学校になんて行きたくなかった。多分、おそらく……いや、十中八九、彼と顔を合わせるのがイヤだったというか。

 彼の言葉があたしの頭の中で何度も何度も反復する。

 あたしは信じるとは言ってないのに、あの後も何度も何度も彼の言葉があたしの頭の中を駆け巡って、眠ることができなかった。

 それに彼はあたしと同じクラスらしいし、顔を合わせたらきっとあたしはいつもの佐城沙知を保てなくなって、昨日みたいに動揺するかもしれない。

 そんな姿を見られたくなくて、あたしは学校を休むことにする。


「朝ごはん机の上に置いてあるから、お昼もいつも通りお弁当を置いていくから」

 その言葉だけ残してお姉ちゃんは部屋から出ていく。

 しばらくすると階段を上る音が聞こえたので、あたしは少し安堵のため息が漏れた。そして……あたしは眠ろうと瞼を閉じた。

 それからあたしの意識が途切れるまで、かなりの時間が掛かった。

 目が覚めたのは夕方の五時を回った頃だった。

 カーテンから夕日の光が漏れていて、部屋の中をオレンジ色に染めていた。あたしはゆっくりとベッドから起きてスマホで時間を確認する。

「ヤバイ……めちゃくちゃ寝た……」

 ポツリとそう呟くとあたしはスマホをポケットにしまって、ベッドから下りた。

 何かお腹の中に入れないとと思って、部屋を出てリビングへと向かう。

 部屋を出るときにチラッと玄関の靴を覗いた。お姉ちゃんの靴はあったから帰ってきているのはわかったけど、そこにはもう一足お姉ちゃんの靴以外があった。

 誰のだろう。お姉ちゃんの友達かな? そう推測して、あたしはリビングの扉を開けて中に入る。

 そして冷蔵庫に入っていたお弁当を取り出して、レンジで温めてリビングのテーブルに置いて、ソファーに座りながらテレビを付けて食べ始めた。

 お弁当を食べている間、ずっとボーっとしていたあたしの頭の中にはやっぱり彼の言葉がこびり付いていた。

『好きだ』

 昨日言われたことを思い出すと、やっぱり理解ができない。あたしが彼のことを好きになる理由がわからない。

 何度も何度も仮説を考えるけど、どれもこれも説得力がなくて、すぐに意味を成さないガラクタに変わる……本当に謎。

 やっぱりあたしを好きになる理由なんて分かんない。

 そんなことを考えながらも、お昼ご飯を食べ終え、あたしは自分の部屋に戻る。そして、再びベッドの上で横になった。

「う~ん……」

 枕に顔を埋めながら、唸り声を上げていくと、部屋の外から誰かの声が聞こえてくる。一人はお姉ちゃんでもう一人は誰かわからない。

 あたしは少し気になって部屋の扉を開けると、ちょうど玄関で話しているお姉ちゃんの姿が見えた。

「あれっ? お姉ちゃん、誰か来てるの?」

 そうお姉ちゃんに聞きながら、部屋から玄関を覗くと、そこに居たのは、何故か昨日会ったはずの彼の姿があった。

 彼は驚いた様子であたしのことを見つめていて、あたしも思わず目を見開いて呆然としてしまった。

 なんで彼が家に居るのか分からなかったけど、とりあえず一旦逃げるように部屋に身体を戻して、扉を閉める。

 何で彼が家に居るの? もしかしてお見舞いに……なわけないよね。

 しかも制服姿で、学校が終わってそのままここに来たような感じ。さっきの知らない靴は多分、彼の靴なんだ。でも靴があったのは、三十分以上も前だから、お見舞いに来るにしても長居する理由なんてない。

 じゃあ、何で彼はここに来たの? それに彼はさっきまでどこに居たの? あたしの部屋にも居ない。リビングにも居なかった。となると、考えられる可能性は一つ。

 お姉ちゃんの部屋。

 それはそれで、なんで? お姉ちゃんがあの自分の部屋に友達をそれも男の子を部屋に呼ぶとは思えない。それに少しだけ聞こえた話し声はとても仲が良さそうだったし……。

 この間、あたしの思考はグルグルとあらゆる方向に思考を働かせる。そして、ある結論に達した。

 あっ……これ、出しに使われたんだ……。

 彼がお姉ちゃんと仲良くなるためにあたしを利用しようとしている。だとしたら、納得が行く。
 やっぱりそうなんだ……きっとそうなのね。でもそう考えれば昨日の言葉にも合点が合うし、辻褄があう。

 もう……それならそれでもいいけど別にあたしがどうのこうの言えることないわけで……いや、違うそうじゃない。

 なんであたしはこんなにイラ付いているの? なんでこんなにもムカつくのか自分でも分からない。

 じゃあ、何がムカつくって聞かれたらまた答えられないと思う。それにそんなことを自分で問いかけて自分に答えられるわけない。

 もういいや……何を考えても意味ないし……。

 一人自問自答を繰り返して無駄だと悟ったあたしは考えるのを止めた。

 そして、再び部屋の扉を開けてお姉ちゃんとその友達と思われる彼に対して、あたしは不機嫌さを隠して近づいて二人に言う。

「えっ!? もしかしてお姉ちゃんの彼氏!?」

 驚くような素振りを見せて、あたしは二人を見つめてそう言い放つ。するとお姉ちゃんは呆れた顔でこちらを見ていた。

「おまえは何を馬鹿なことを言っているんだ」

「えぇ~? だってお姉ちゃんが男の子を家に上げているのって初めてじゃない?」

 あたしが記憶している限り、お姉ちゃんが男の人を家に連れて来たことなんて一度もない。だから、目の前に居る彼が来て、お姉ちゃんが連れ込んでいる。それはつまり、そういうことなんだとあたしは推測した。
 するとお姉ちゃんは小さなため息を漏らしてからあたしに言う。

「そもそも島田とはそんな仲じゃない、ただの友だちで、家に上げたのも勉強会のためだ」

「へぇ……そうなんだ……」

 なるほど、あたしとの約束を利用して勉強会という体でお姉ちゃんに近付いた。あくまでもあたしに勝つという大義名分で勝てない約束を利用した。

 ふ~ん……そっか……。そういうことなんだね……。

 全てに合点がいったあたしは、出しに使われた腹いせに彼のことをからかってやることにした。

「もしかして……大人の勉強会って奴?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう聞くと、彼は突然顔を赤くしてあたふたと焦り出した。

 そのまま更に追い撃ちをかけるようにからかっていると、お姉ちゃんに頭を叩かれた。

「イタッ!!」

 突然の痛みに声を上げて、頭をさすりながら涙目になってお姉ちゃんの方をみる。

「もうっ!! 痛いよお姉ちゃん!!」

「おまえが島田をからかっているからだ」

 お姉ちゃんは呆れながらそんなことを言ってきて、あたしはこれ以上はやめてあげようと思う。ただあたしの気持ちは一切晴れなかった。

 それからテストのことを惚けて、彼との約束を忘れたように装い、彼のやる気を削ごうとする。

「でも、テスト勉強ならお姉ちゃんじゃなくてあたしに頼れば良いのに、あたし学年トップだから頭良いよ」

 そう言って何事も無かったように彼にそんな提案をする。約束相手にこんなことを言われればどんな気持ちになるか、それは容易に想像できる。

 案の定彼は痛いところを突かれたのか、苦い顔をした。

「あれ? どうしたの?」

 そんな顔をしていた彼に対して、あたしは追い打ちを掛けるように惚けた顔をする。すると、彼は必死で苦い顔を隠して笑顔を作った。

「い、いや別に何でも……」

「そう? なら良いけど」

 彼の必死な作り笑いに対して、あたしは怪訝な顔をして返す。

 その様子を見てられなかったお姉ちゃんは彼に帰るように促し、彼はそのまま言われた通り帰っていった。

 彼を見送ったあと、お姉ちゃんが口を開く。

「沙知、さっきの発言はなに?」

 案の定、お姉ちゃんはお説教モードになりながらあたしに向かって鋭い視線を向けてくる。けど、その視線は長く続かなかった。なぜなら──

「ウソ……つき……」

 あたしが不意に溢した言葉に対して、お姉ちゃんは目が点になり硬直してしまったから。そして……あたしは泣きそうになっていた。

「え? 沙知?」

 何故か動揺するお姉ちゃんにあたしは感情が抑えられなくなり涙をぽろぽろと溢しながらあたしはそのまま部屋に閉じこもる。

 そして、扉を開けないようにベッドに戻って布団を被ると枕に顔を埋めて泣き崩れた。

 なんで泣いてるのか自分でもわからない。けど、溢れてくるこの涙を止めることなんてできなくて、あたしはひたすら涙を流した。

 あたしのこと、好きだって言っておいて、結局、あたしのこと、都合のいいように利用してるだけじゃん……。

 嘘つき……大嘘吐き……。

 もう嫌だよ……好きなんて言葉二度と聞きたくない……。

 もう誰も信用したくないな……。全部もうどうでもいい……どうでも良いからもう関わらないで……。

 心の中でそう呟くと、あたしはそのまま眠りについた。
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