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佐城沙知はまだ恋を知らない

十三話 『用とはなんだ?』

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 沙知に勝つと猛り立った翌日、僕は教室で一人頭を悩ましていた。

「どうしたら勝てるんだろ……」

 正直その問題に直面していた。沙知に勝つということ自体僕には非常に難易度が高い。別に成績が悪いわけではないが、学年トップである彼女が相手だ。

 元々、僕は今までテストなんて一夜漬けで赤点を取らないために必死で勉強している程度だ。

 そんな勉強法しか知らないから、上手い方法が全くもって浮かんでこないのが現状である。

 だからといって諦めたくない。

 今の僕にできることを最大限考えなければならない。僕は足りない頭をフル回転させ作戦を考えることにした。

 やっぱり手っ取り早いのは、成績が上の人に勉強を教わることだ。

 ただ問題は誰が成績が良いのか分からないことだ。

 そもそも入学して一ヶ月。つまりこの学校での最初のテストである。そのため誰がどれだけの成績が良いのか本当に分からない。

 だからどうしたらいいかと頭を捻るが、こういうときに限ってアイデアが出ないもの。

「よう、島田」

 僕が机で頭を抱えながらウンウンと悩んでいると、僕に声をかけてくる人物がいた。声の方に目を向けると、佐々木がこちらに近づいてくるところだった。

「佐々木、おはよう」

 僕がそう答えると、彼は前の席に腰を下ろした。

「で、朝からお前なに悩んでんだ?」

「なあ……うちの学年で頭が良いやつって誰か分かるか?」

 僕がそう尋ねると、佐々木は面倒くさそうな表情を浮かべる。

「んなもん、佐城妹に決まってるじゃねぇか」

「だよなぁ……」

 予想通りの答えを佐々木は返す。入試を首席で合格した沙知は、学年の中でも一番成績が優秀なことは明らか。

「じゃあ次に頭が良い人はわかるか?」

「知らねえよ、まだ学校来たばっかだぞ?」

「だよなぁ……」

 僕は佐々木の言葉を最後にため息を吐いて考え込んだ。

 学年でトップの成績を誇る沙知にどうやって勝つのかを……。

 そんなことを考えていると、佐々木は呆れたように僕の顔を覗き込むと、口を開く。

「なにしたんだよお前? お前が頭を抱えるって相当だろ」

「沙知に勝つんだ、テストで」

 僕は真剣な表情をして答える。そう答えた僕を見た佐々木は一瞬キョトンとした後、腹を抱えて笑い出したのだ。いきなり笑われてしまって戸惑う僕に彼は笑いながら口を開いた。

「ギャハハハ、マジで!? お前それで悩んでんのか!?」

「笑わなくてもいいじゃないか……」

 お腹を抱えながら笑っている佐々木に僕はそう口を尖らせる。

 そんな僕の言葉を聞いて、彼は笑いながら口を開いた。

「悪ぃ、ツボに入っちまった」

 それから一頻り笑い終えたのか、呼吸を整えると僕に笑みを浮かべる。

「だけどよ、お前がどれだけ頭良いのか知らないけどよ、そもそもあの佐城に勝つって思っちゃってること自体が俺からしたらやべえよ」

「でも勝たないといけないんだよ、沙知に……」

 僕がそう口にすると、佐々木は頭の後ろで手を組みながら僕に視線をむける。

「まぁお前がどこまで本気なのか知らねえけどさ、それ結構無謀じゃねえの?」

「僕は……本気だ」

 それだけ言って佐々木から顔を背ける。

 そんな僕を見た彼はやれやれと言いたげに肩を竦めると、再び口を開く。

「てっきり佐城のこと、諦めたかと思たんだけどな……あんな扱いされてよ」

「自分でもバカだとは自覚してる……だけど簡単に諦めれないんだ」

 僕がそう言うと佐々木は後頭部で手を組むのを止めると、ニヤリと笑みを浮かべる。

「じゃあ一つだけ教えといてやるよ、俺が知っている学年トップに負けないぐらい成績の良いやつを」

 その言葉に僕は「本当に!?」と彼に詰め寄る。そんな僕の剣幕に、佐々木は苦笑いを浮かべた。それからすぐに表情を戻して話を続けた。

「しかも中学の頃に佐城妹から何度か一位の座を奪い取ったやつだ」

「それ本当!?」

「ああ、ガチなやつ」

 僕は佐々木の言葉に驚いて目を見開いた。まさかそんな存在がいたことに驚きを隠せなかったからだ。

「それで一体誰なんだ? 学年トップに勝てそうな人って……」

 僕がそう言うと佐々木は、僕にその人物の名前を告げた。

「佐城姉だよ」

「そうか……沙々さんが……」

 彼女の名前を聞いて、僕はどこか納得した気持ちになっていた。

 沙知の姉である沙々さんなら、学年でトップクラスの成績を持っていることになんの不思議もなかったからだ。

「俺のいた中学じゃあ佐城姉妹は有名人だったんだぜ? 三年間ずっと学年一位と二位を争ってんだから」

「なるほど……」

 そんな佐々木の言葉に僕も納得した。確かにそれならば彼女の成績が優れていることに納得ができる。

 学年トップの成績を持っている沙知に勝つためには、彼女に勉強を教わるのが一番だと思う。

「佐々木、沙々さんって何組か分かる?」

 僕が佐々木にそう尋ねると、彼はすぐに答えてくれた。
「確か二組だったはずだ」

 ***

 それからお昼休みになると、僕は買ってきたお昼を食べ終わってから沙々さんのクラスに向かった。

 一年が五クラスあるうちの、沙々さんのクラスは二組だ。僕は四組なので三組の教室を挟んで隣にある。

 廊下に出て少し歩くと二組の教室が見えた。クラスの前に来ると僕はから中の様子を窺う。

 今日は沙知が例の如く体調不良で休みだから教室に居ると思う。

 だから教室内を見渡して、彼女を探すと教室の窓際の席に彼女はいた。だが肝心の沙々さんのまわりにはクラスの子が集まっていて、声をかけられる状況ではなさそうだった。

「はぁ……どうしよう……」

 沙々さんに声をかけたいが、みんなの中心にいる彼女にどうやって声をかければいいのだろうか。僕は廊下に突っ立ったまま頭を悩ませていると、扉の近くの席に座っている女子生徒が僕に声をかけてきた。

「誰に用事? 呼んできてあげるよ」

 僕が考え込んでいるのを見かねて助け舟を出してくれた。その気遣いに僕は感謝を覚えながら彼女に沙々さんを呼んでもらうことにした。

「ありがとう、佐城沙々さんに用があるんだ」

「わかった、沙々ちゃんね」

 そう言って彼女は立ち上がると、沙々さんの元へと近づいていく。

 それからしばらくすると、沙々さんが立ち上がってこちらに向かってきた。

「誰かと思えば、島田か」

 僕の前までやってきた沙々さんは少し驚いた表情を浮かべながらそう呟いた。

「いきなり押しかけてごめん……沙々さんに少し用事があるんだ」

「別に構わない」

 僕の突然の誘いに嫌な顔をせず笑顔で答えてくれる。そんな彼女の対応に感謝しつつも僕は言葉を続けていく。

「実は沙々さんに……」

 頼み事を口にしようとしたけど、やたらと視線を感じた。恐らく沙々さんにクラスの人だろう、遠巻きに僕たちの様子を見ているのが何人もいるのが分かった。

(あの野郎……一体どんな用なんだか……)

 そんな声が聞こえてくる気がするほど、視線が僕に向けられるのだ。普通に考えて男子である僕が沙々さんを訪ねて来たから気になるんだろう。

「場所……変えるか?」

 そんな僕の様子を見て、沙々さんは心配そうな表情でそう尋ねてくれた。ただこれだけ注目を集めている状況なので正直ありがたい。僕が頷くと、沙々さんは僕を教室から連れ出してくれたのだ。

 いつもの中庭にやって来た僕と沙々さんはベンチに座ると早速話を始めた。

「それでオレに用とはなんだ?」

 沙々さんがそう尋ねてきたので、僕は口を開き彼女に伝えた。

「実は勉強を教えてほしいんだ」

 そんな僕のお願いに彼女は不思議そうな顔で首を傾げる。それもそのはずだ。急にそんなお願いをされてもなんのこっちゃ? と思うのは当たり前だ。

 なので僕は沙知との勝負の経緯を話すことにした。沙々さんは静かに僕の話に耳を傾け、僕はこれまでの経緯を丁寧に説明する。

 僕が一通り話し終えると、沙々さんはしばらく思案した後、納得したように頷いた。

「なるほどな……つまり沙知に勝ちたくてオレに勉強を教えてほしいと」

 沙々さんの確認するような問いに僕は首を縦に動かして答える。それを確認した彼女の口角は少しだけ上がっているように見えた。

「しかし、良いのか島田……あの愚昧……沙知と本気で付き合うつもりか?」

 沙々さんが問いかけるのは無理もない。沙知の体質について誰よりも知っているからこその反応だと思う。僕はまっすぐ彼女の瞳を捉えて大きく頷く。

「沙知のこと好きだから」

 はっきりとした口調でそう伝えると、沙々さんは一瞬目を丸くしたが、すぐに元の表情に戻して笑みを浮かべる。

「そうか……そうか!! ハハハ、そうかぁ!!」

 どこか嬉しそうに沙々さんはそう声を漏らす。そんな彼女の反応に僕は首を傾げていると、彼女は再び口を開いた。

「いやなに、ここまでストレートに言ってくるとは思ってなくてな」

「そ、そう……」

 沙々さんの言葉になんだか急に恥ずかしくなる。別に事実を言っただけだから問題ないとは思うが。それでもそんな風に言われると僕も照れ臭い気持ちになる。

「惚れた相手のために努力するか、なかなかの根性で気に入ったぞ、島田」

「ありがとう、それで沙々さんにお願いしたいんだけど……」

 僕は照れくさくなる気持ちを抑えながら本題に入ろうとする。だけど僕がその言葉を口にする前に彼女は先に口を開いた。

「了解した、オレが島田に勉強を教えてやる」

「本当!?」

 そんな沙々さんの言葉に僕は嬉しさのあまり大きな声が出てしまう。まさか、こんなに簡単に了承してくれるなんて思ってなかったから素直に嬉しい。そんな僕に彼女は笑うのだった。

「ああ、ちゃんと面倒を見てやるよ。その代わりしっかり勉強してテストでうちの愚昧……いや沙知に勝つんだぞ?」

「もちろん!!」

 僕の言葉を聞くと、沙々さんは立ち上がって制服のスカートをパンパンとはたく。

「よし、なら早速今日から始めよう、放課後は空いているか?」

「うん、大丈夫」

 僕が返事をすると沙々さんは再び嬉しそうな表情を見せる。そんな彼女の顔がとても沙知にそっくりだった。やっぱり双子よく似ているなって思ってしまった。

「なら放課後は家で勉強するとしよう、その方が集中できるからな」

「いいよ……えっ!?」

 僕は沙々さんの言葉を聞いて頷きかけたのだが、ある事実を気づいて動きが止まる。そんな僕を不思議そうに見つめていた沙々さんに慌てて声を掛ける。

「僕の家?」

「いや、オレの家だ、問題あるか?」

 そんな僕の反応に小首を傾げる沙々さんだが、問題は大ありだ。女子の家に男子が行くのも問題だが、ましてやそれが沙々さんとなればなおさらだ。

 沙々さんの家ということは沙知の家ってことになる。つまり沙知の家に上がり込むということに。

「ん? 何か問題あるか?」

「いや、その……」

 言葉を濁す僕に対して彼女はそんな僕の表情を読んでか小さく笑う。

「ああ、さすがに年頃の男子が女子の家に上がるとなると抵抗があるか」

「うん……まあ……」

 そんな僕の反応に沙々さんは「ふむ」と小首を傾げる。

「しかしな、オレの家は島田も知っているし、それに一度来ていたと思うが?」

 沙々さんの言う通りだ。僕は彼女の家に一度来たことがある。そのときは沙々さんとは会わなかったけど。

「いや、そうなんだけどさ……」

 そんな僕の様子に沙々さんはニヤリと笑みを浮かべる。

「オレに簡単に手を出すほど、島田の沙知への思いは低いものなのか?」

「それは違う!!」

 僕は間髪入れずに声を上げる。そんな僕の言葉に沙々さんは嬉しそうに微笑んだ。

「なら何も問題はないだろ? お前のその覚悟を見込んで誘っているんだから」

 その問いかけに僕は力強く頷き返す。そんな僕を見て沙々さんは笑うのだった。

「なら決まりだ」

 どこか楽しげな様子の沙々さんの言葉は僕の心にストンと落ちていく。彼女に誘われるまま、放課後の勉強会が決定したのだ。

「放課後待っているぞ、場所は校門前で会おう」

 そんな沙々さんの約束の言葉に僕は静かに頷いたのだった。
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