38 / 57
カウドゥール
鳥の盗み聞きする人vs鳥から庇われる人
しおりを挟む
「あぁ、雨が降るってよ」
窓際の壁にもたれかかりながら小休憩をとっていた5世の呟きを、ゼアは訝しんだ。
空には多少の雲があったが、それでもさほど「雨が降るぞ」という気配はなかった。晴天である。
が、空気が若干の湿り気を帯びているから、もしかしたらその可能性はあるかもしれないが「雨が降る」と断定するのは、いささか微妙なところだ。
「……とても、いい日和ですが」
護衛という従者の身で主に口答えするのはいかがなものかとも思ったが、主である5世がボケだしたのなら早期発見が望ましいと考えて提言する。
「僕もそう思うんだけどね、外の鳥がそう騒いでるんだよ」
いよいよもって5世がどうかしてしまったのかと、ゼアは息を飲んだ。窓の外を見やる5世の端正な顔つき……その視線に狂気性は感じられないが、それが尚更恐ろしいと思った。
無表情なゼアの熱視線と目の奥のその真意に気付き、5世が慌てる。
「ちょ……何、その目。いやいや、僕は人間以外の思考も聞こえる事あるんだよぉ」
「え」ゼアが小さく反応する。
人の思考と過去の行動を何らかの力で見聞している事実は知っていたが、それが人間外にも適用されるとは露知らずだった。
「……鳥がどのように『雨』だと仰っているのです?」
単純に疑問に思ったので、ゼアは素直に訊いてみた。
「えっ……えーと……『アメー』『アメフルゥ~』って」
5世が鳥の真似をして甲高く、カタコトに“鳥の思考(?)”を再現した。ゼアは無表情でそれを見つめた。
「なんだよ、その目! 鳥が人間みたいに流暢に喋るわけないでしょっ?! とにかくっ! なんとなく、そんな感じに聞こえてるのっ!」
5世がズレたメガネを直しながら憤慨する。ゼアは「はぁ、そうですか」と淡々と返した。
「鳥たちがそんなん言い合って向こうに飛んでいくのが、たまたま聞こえたのっ!」
ゼアが窓の外を見ると確かに、遠くの方でかすかに薄灰色の雲がこちらに迫って来ているのが見えてきていた。
鳥の話を聞いて、ゼアは“本当の主”の事をふっと思い出した。
幼少期に“本当の主”と開放的な中庭で『主からの鞠を一方的に受ける蹴鞠』を楽しんでいた時、突如空から無数の小鳥が降りてきた。
小鳥らは主に懐いてるかのように辺りを飛び回ってピィピィ鳴いた。と、鳥の数羽が主の袖をついばんで引っ張りだしたので、ゼアは「わぁ、なんて無礼を」と怯えた。
何かを察した主が小鳥に引っ張られるがまま歩き、ゼアもそれについていった。屋敷の屋根がある箇所にまで行くと、途端に激しい夕立が降りしきった。二人が今まで遊んでいた中庭はあっという間に雨飛沫にまみれた。
ゼアが呆気にとられていると、主が「ほぉ。夕立が降るから、我を屋敷に戻したのか」と笑った。小鳥らは、主の足元でじっと空を見上げていた。
鳥が「この方を濡らすのははばかれる」と、わざわざ降りてきて辺りを舞ったのか、とゼアは酷く感動した。
詳しくは知らないが、ゼアの主は動物に好かれやすかった。凶暴なはずの獅子も、主には腹を見せて寝転んだ。
動物・虫……もしかしたら、その力は人にも作用していて、だから自分はこの方を慕っているのかと考えたこともあった。が、自分はこの方に恩義があるから慕っているのであって、そんな【能力】で強制的に慕わされているわけではない。はずだ。
【能力】とつい言ってしまったが、ゼア自身はこれは【主の人徳が成せる技】と思っていた。
一方、こちらの国の5世様とやらが今披露した芸は『鳥らの雑談をたまたま耳に入れた』という芸であった。
私の主は人徳で『鳥らから身を庇われた』が、こちらの5世は鳥の盗み聞き……と、悶々と思考すらのをやめた。あまりにも強い思念をいだき続けると、その5世に心を読まれる可能性があった。
ゼアはすん、と心を落ち着かせて「鳥めらの話の盗み聞きするなんて……いやらしい」と普段通りの無表情で手厳しい言葉を5世に投げて5世をからかった。
盗み聞きなんて人聞きが悪い……!と、5世がぷりぷりと憤慨する後ろの窓の外は、もうだいぶ空の曇天化が進んでいた。
窓際の壁にもたれかかりながら小休憩をとっていた5世の呟きを、ゼアは訝しんだ。
空には多少の雲があったが、それでもさほど「雨が降るぞ」という気配はなかった。晴天である。
が、空気が若干の湿り気を帯びているから、もしかしたらその可能性はあるかもしれないが「雨が降る」と断定するのは、いささか微妙なところだ。
「……とても、いい日和ですが」
護衛という従者の身で主に口答えするのはいかがなものかとも思ったが、主である5世がボケだしたのなら早期発見が望ましいと考えて提言する。
「僕もそう思うんだけどね、外の鳥がそう騒いでるんだよ」
いよいよもって5世がどうかしてしまったのかと、ゼアは息を飲んだ。窓の外を見やる5世の端正な顔つき……その視線に狂気性は感じられないが、それが尚更恐ろしいと思った。
無表情なゼアの熱視線と目の奥のその真意に気付き、5世が慌てる。
「ちょ……何、その目。いやいや、僕は人間以外の思考も聞こえる事あるんだよぉ」
「え」ゼアが小さく反応する。
人の思考と過去の行動を何らかの力で見聞している事実は知っていたが、それが人間外にも適用されるとは露知らずだった。
「……鳥がどのように『雨』だと仰っているのです?」
単純に疑問に思ったので、ゼアは素直に訊いてみた。
「えっ……えーと……『アメー』『アメフルゥ~』って」
5世が鳥の真似をして甲高く、カタコトに“鳥の思考(?)”を再現した。ゼアは無表情でそれを見つめた。
「なんだよ、その目! 鳥が人間みたいに流暢に喋るわけないでしょっ?! とにかくっ! なんとなく、そんな感じに聞こえてるのっ!」
5世がズレたメガネを直しながら憤慨する。ゼアは「はぁ、そうですか」と淡々と返した。
「鳥たちがそんなん言い合って向こうに飛んでいくのが、たまたま聞こえたのっ!」
ゼアが窓の外を見ると確かに、遠くの方でかすかに薄灰色の雲がこちらに迫って来ているのが見えてきていた。
鳥の話を聞いて、ゼアは“本当の主”の事をふっと思い出した。
幼少期に“本当の主”と開放的な中庭で『主からの鞠を一方的に受ける蹴鞠』を楽しんでいた時、突如空から無数の小鳥が降りてきた。
小鳥らは主に懐いてるかのように辺りを飛び回ってピィピィ鳴いた。と、鳥の数羽が主の袖をついばんで引っ張りだしたので、ゼアは「わぁ、なんて無礼を」と怯えた。
何かを察した主が小鳥に引っ張られるがまま歩き、ゼアもそれについていった。屋敷の屋根がある箇所にまで行くと、途端に激しい夕立が降りしきった。二人が今まで遊んでいた中庭はあっという間に雨飛沫にまみれた。
ゼアが呆気にとられていると、主が「ほぉ。夕立が降るから、我を屋敷に戻したのか」と笑った。小鳥らは、主の足元でじっと空を見上げていた。
鳥が「この方を濡らすのははばかれる」と、わざわざ降りてきて辺りを舞ったのか、とゼアは酷く感動した。
詳しくは知らないが、ゼアの主は動物に好かれやすかった。凶暴なはずの獅子も、主には腹を見せて寝転んだ。
動物・虫……もしかしたら、その力は人にも作用していて、だから自分はこの方を慕っているのかと考えたこともあった。が、自分はこの方に恩義があるから慕っているのであって、そんな【能力】で強制的に慕わされているわけではない。はずだ。
【能力】とつい言ってしまったが、ゼア自身はこれは【主の人徳が成せる技】と思っていた。
一方、こちらの国の5世様とやらが今披露した芸は『鳥らの雑談をたまたま耳に入れた』という芸であった。
私の主は人徳で『鳥らから身を庇われた』が、こちらの5世は鳥の盗み聞き……と、悶々と思考すらのをやめた。あまりにも強い思念をいだき続けると、その5世に心を読まれる可能性があった。
ゼアはすん、と心を落ち着かせて「鳥めらの話の盗み聞きするなんて……いやらしい」と普段通りの無表情で手厳しい言葉を5世に投げて5世をからかった。
盗み聞きなんて人聞きが悪い……!と、5世がぷりぷりと憤慨する後ろの窓の外は、もうだいぶ空の曇天化が進んでいた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる