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カウドゥール

兄の日記を読む6世

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 整った文章の羅列を特に読み込みもせず、目だけを滑らせていると、時折現れる『愚弟』の単語に顔を歪まされる。
 
『愚弟が言う事を聞かない』。

 確かに事実であり、この日記を書いた当の本人にもよく注意されたものだが、文章で淡々と書かれたものは十数年経った今の『元・愚弟』の胸に突き刺さる。
 
 今の“自分”は『愚弟』と呼ばれるほど愚かでもない。……はずだ。
 しかし、この日記の主の中で今でも自分は別離した当時の『愚弟』のイメージのまま固定されている。そう思うと、悲しくなってくる。

「今は別にそうでもないですよ」と、弁解したくとも、会えないし会いたくないし、会えたとして「君が子供の頃と比べて何がどう良くなったの?」と問われてしまったら、いつものようにすらすらと自らを自慢げに、過大評価気味に語れるだろうか。
 
 
 Pは、失踪した兄の部屋の机の引き出しを漁り、ソファーでくつろぎながらそれを読んでいた。護衛のZnはPのそばに立ち、そんなPの挙動を無表情で見張っていた。
 
 十数年、兄の部屋はそのままにしてあるが、使用人の1人が定期的に、別に言いつけられてもいないのに勝手に部屋の掃除をしているので、部屋内にはあまりホコリが積もっていない。
 
 兄の日記の中で、自分は「まったくもう。しょうがないなぁ」的に気楽に書かれている箇所が多々あった。
 が、時折「死ねばいいのに」レベルで嫌悪されている箇所があった。当時、まさか自分がそんなに嫌われているとは知らなかったので、日記の初見時はショックだった。
 
「……なんでそんなものを再度、読んでいるのですか?」
 護衛のZnが心配する。Znも、日記の内容は6世自身に見せられていて知ってはいた。再読して楽しい事など、あまりないはずである。
 仕事の話と、若干の愚痴。それだけである。
 
「なんとなく」
 Pが適当に応える。そして、そのまま言葉を続ける。
「……死にたい時って、精神に悪いモノを見たくなるじゃん? ヒトの、暗黒面とか」
「そんな気分になった事がないので、全然わかりません」
“精神的にダークサイドに堕ちた事のない完全なる真人間”がばっさり切り捨てる。
 
「どんよりしている時は、更にどんよりするものを見聞きしたくなるんだよぉ。けなされたいんだよぉ、汚されたいんだよぉん」
 茶目っ気たっぷりにPがおどけるが、Znはノリが悪く、表情を微動だにさせない。
 
「……普通に『思い出に浸りたくなった』とかの理由で読んでいる、という事でいいじゃないですか……いてっ!」
 Znの主は微笑みながら、Znの腰に水平に手刀をめりこませた。
 
「オモイデ? ナニソレ。ソンナ“オセンチ”ナカンジョウデ、ミテルンジャナイデスゥー」
 Pは口を尖らせながらカタコトにそうふざけると、机の引き出しに日記を乱暴に入れた。
 そのまま、兄の部屋を後にし、自室までの廊下を颯爽と歩き出す。
 
 
 日記を読むのは、ただ、たまに兄の真意・本性が知りたくなってたまらなくなるからだった。
 自分は、兄の“表面”しか知らなかった。凛々しく、落ち着いており、賢いイイ子ちゃんオーラを常に漂わせている兄の姿しか知らなかった。

 稀に慌てたり、泥酔状態になって醜態を晒す事があったが、やはりそれはまだ“本当の兄上”ではなかったような気がした。
 まだ、何かを押さえ込んでいる……ような気がしていた。
 
 日記すらも、なんだか“人に見られる前提で書かれている”ような気がしないでもない、とても優等生な文面なのだが、自分の事を『愚弟』と、吐き捨てている箇所だけは、“兄の本音”が感じられるような気がして、読んでいて不思議と安心した。
 
「あぁ、この人もちゃんと黒い事を言えるんだぁ。人間だったんだなぁ」という、ゲスな安堵。
 自分に対して『頭が悪い』だの『品がない』だのの「すいませんでした」と、思わず謝りたくなるような本音の数々。
 
 というか、実はP自身も兄に対して苦手意識があった。
 基本、ちゃらけている楽観的な自分と、勤勉で悲観的……な部分を無理して押さえ込んでいる感の漂う兄。
 やはり、向こうもこちらを苦手に感じていたのか。よかったよかった。
 気が合いますね。さすが兄弟ですね。
 
 
 かといって、別にそんな“嫌い”でもないので、Znの言う通り「思い出に浸りたくなった」というのも、悔しい事に事実であり。
 認めたくないこっ恥ずかしい感情をいちいち言葉にしてくんじゃねぇよ、このクソ眉ナシ。
 
 Pはそんな戯言を悶々と考えながら廊下を歩いていたが、仕事モードに戻るのにいいかげん邪魔な思念だったので、その悶々を振り払おうと後方を歩くZnの胸板を何の前触れもなく、振り向き様に殴……ろうとしたが「何ですか!?」と、Znに寸差でガードされた。
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