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第8話 ミリア・グリンハーツ
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父上の屋敷から戻って数日。
リーノ村の人たちと協力しながら農作業に勤しむ合間に、俺は婚約者であるミリア・グリンハーツについて考えていた。
原作には登場しないどころかそもそも存在が描写されていない人物。
果たしてこれは作者が意図してのことなのか、それとも単に忘れていただけなのか。
こればっかりはただの読者である俺に知る術はない。
その婚約者が近々うちの屋敷で同居する予定になっているという。
まあ、結婚が近いからお互い一緒に暮らして慣れておけってこと……なのか?
父上が言うには相手側からの提案らしいが、狙いが見えてこないな。
「領主様、どうしたの?」
「お腹痛いの?」
「えっ?」
農作業を終え、畑近くにあった岩に腰を下ろしていたら村の子どもたちに心配をされてしまった。
俺はふたりの頭を優しく撫でながら告げる。
「大丈夫だ。ちょっと疲れただけだよ」
「本当に?」
「痛くない?」
「ああ、問題ない」
「ならよかった!」
「うん! よかったよかった!」
俺に異常がないと分かると、ふたりは手をつないで川の方へと走っていった。
……昔はだいぶ怖がられていたが、今では普通に会話ができるようになったな。
子どもたちの笑顔にほっこりしていると、すぐ近くからなぜか嗚咽が聞こえてくる。
「よがっだ! ソリス様が立ち直られで! 私は今猛烈に感動しでおりまず!」
振り返ると、護衛騎士のローチが号泣していた。
その横では若干引いているジェニーの姿も。
「ローチさん、暑苦しいので泣き止んでください」
「ず、ずばばい……」
もはや何を言っているのかよく分からないな。
ていうか、ローチってこんなに涙もろかったんだな。
過去のソリスは他者にまったく関心がなかったせいか、周りにいる者たちの情報がほとんどないので困る。
ともかく、俺がまともになって喜んでくれているというのは伝わった。
午後は屋敷に戻って今後の計画を練らなくてはならない。
何せ半年後には父上の定めた収穫量に達していなければ……恐らく俺は領主として失格の烙印を押される。
それを回避するためにも結果を出さなければ。
せっかく村のみんながヤル気になってくれているんだし。
「さて、お昼ご飯を食べたら午後も頑張っていくか」
「はい」
「ばい!」
ローチはまだ泣き止んでいなかったのか――と、肩をすくめた瞬間だった。
「助けて! 誰か! 流されちゃった!」
それほど遠くない距離から聞こえてくる悲痛な子どもの叫び声。
情報が断片的なものでしかないため詳細に把握はできないが、恐らくさっき俺と話をしていた子たちだ。
もしかして、どちらかが川に落ちて流されてしまっているのか?
「ローチ! ジェニー!」
「「はっ!」」
さっきまでの緩い空気から一変し、ふたりとも表情が引き締まる。
泣きじゃくっていたローチもこの時ばかりはいつもの鋭い眼光へと戻っていた。
全力疾走で川へたどり着くと、やはり村の子どもが流されていた。
「っ! 川の水が増水している?」
上流で何かあったのか、いつもより水量が多くて流れも速い。
いつも魚獲りをして家の食卓を助けていたふたりだが、増水している時は気をつけるように言い聞かせていたはず――って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「今行くぞ!」
「お待ちください、ソリス様! この流れに身を投じるのはあまりに危険です!」
「ここは私にお任せください!」
ジェニーに止められた後、ローチが川へ飛び込もうとした。
するとその時、俺はすぐ近くにある橋の上に人影を発見する。
「あれは……」
太陽を背にしているため、その人物の顔はよく見えない。
だが、次の瞬間、その人は思いもよらぬ行動をとる。
なんと、橋の上から激流へと飛び込んだのだ。
その際にようやく顔を確認できたのだが、予想外すぎる人物だったので思わず叫んでしまった。
「あれは……ミリア・グリンハーツ!?」
子どもを救うために川へ飛び込んだのは――間違いなく俺の婚約者であるミリア・グリンハ―ツであった。
リーノ村の人たちと協力しながら農作業に勤しむ合間に、俺は婚約者であるミリア・グリンハーツについて考えていた。
原作には登場しないどころかそもそも存在が描写されていない人物。
果たしてこれは作者が意図してのことなのか、それとも単に忘れていただけなのか。
こればっかりはただの読者である俺に知る術はない。
その婚約者が近々うちの屋敷で同居する予定になっているという。
まあ、結婚が近いからお互い一緒に暮らして慣れておけってこと……なのか?
父上が言うには相手側からの提案らしいが、狙いが見えてこないな。
「領主様、どうしたの?」
「お腹痛いの?」
「えっ?」
農作業を終え、畑近くにあった岩に腰を下ろしていたら村の子どもたちに心配をされてしまった。
俺はふたりの頭を優しく撫でながら告げる。
「大丈夫だ。ちょっと疲れただけだよ」
「本当に?」
「痛くない?」
「ああ、問題ない」
「ならよかった!」
「うん! よかったよかった!」
俺に異常がないと分かると、ふたりは手をつないで川の方へと走っていった。
……昔はだいぶ怖がられていたが、今では普通に会話ができるようになったな。
子どもたちの笑顔にほっこりしていると、すぐ近くからなぜか嗚咽が聞こえてくる。
「よがっだ! ソリス様が立ち直られで! 私は今猛烈に感動しでおりまず!」
振り返ると、護衛騎士のローチが号泣していた。
その横では若干引いているジェニーの姿も。
「ローチさん、暑苦しいので泣き止んでください」
「ず、ずばばい……」
もはや何を言っているのかよく分からないな。
ていうか、ローチってこんなに涙もろかったんだな。
過去のソリスは他者にまったく関心がなかったせいか、周りにいる者たちの情報がほとんどないので困る。
ともかく、俺がまともになって喜んでくれているというのは伝わった。
午後は屋敷に戻って今後の計画を練らなくてはならない。
何せ半年後には父上の定めた収穫量に達していなければ……恐らく俺は領主として失格の烙印を押される。
それを回避するためにも結果を出さなければ。
せっかく村のみんながヤル気になってくれているんだし。
「さて、お昼ご飯を食べたら午後も頑張っていくか」
「はい」
「ばい!」
ローチはまだ泣き止んでいなかったのか――と、肩をすくめた瞬間だった。
「助けて! 誰か! 流されちゃった!」
それほど遠くない距離から聞こえてくる悲痛な子どもの叫び声。
情報が断片的なものでしかないため詳細に把握はできないが、恐らくさっき俺と話をしていた子たちだ。
もしかして、どちらかが川に落ちて流されてしまっているのか?
「ローチ! ジェニー!」
「「はっ!」」
さっきまでの緩い空気から一変し、ふたりとも表情が引き締まる。
泣きじゃくっていたローチもこの時ばかりはいつもの鋭い眼光へと戻っていた。
全力疾走で川へたどり着くと、やはり村の子どもが流されていた。
「っ! 川の水が増水している?」
上流で何かあったのか、いつもより水量が多くて流れも速い。
いつも魚獲りをして家の食卓を助けていたふたりだが、増水している時は気をつけるように言い聞かせていたはず――って、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「今行くぞ!」
「お待ちください、ソリス様! この流れに身を投じるのはあまりに危険です!」
「ここは私にお任せください!」
ジェニーに止められた後、ローチが川へ飛び込もうとした。
するとその時、俺はすぐ近くにある橋の上に人影を発見する。
「あれは……」
太陽を背にしているため、その人物の顔はよく見えない。
だが、次の瞬間、その人は思いもよらぬ行動をとる。
なんと、橋の上から激流へと飛び込んだのだ。
その際にようやく顔を確認できたのだが、予想外すぎる人物だったので思わず叫んでしまった。
「あれは……ミリア・グリンハーツ!?」
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