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2巻
2-3
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◇ ◆ ◇ ◆ ◇
トラビスの来訪から一夜が明け、俺は朝食を作りつつ、昨日一日を振り返っていた。
今思い出しても、「嘘なんじゃないか」という気持ちが抜けない。
まさか俺と同じ王聖六将の候補者の一人が、あんな子どもだったとなんて。
明らかに戦闘職ではなさそうだが、エリカという女性の態度を見る限り、お飾りで今の地位を築いたというわけでもなさそうだ……ていうか、並みの子どもだったらそもそも王聖六将として推薦されたりはしないか。
ただ、前回のニーナ同様、まったく話の分からないワンマンタイプではなさそうで、そこは救いだった。
実はラングトンもそこを懸念していたんだよな。
大国の国防組織で幹部をやってくれと頼まれるほどの人材であれば、プライドの高い者や、癖の強い者もいるだろう。
その辺も考慮して人選していると言っていたが、実際に顔を合わせて会話をしてみなければ分からないこともあるだろうし、まだまだ手探り状態って感じがする。
そんな王聖六将の候補者で、俺がまだ顔を合わせていない者は残り三人。
最終決定がなされたわけじゃないので、今のメンツがそのまま名を連ねるわけではないかもしれないが……できれば、残り三人もニーナやトラビスのようにそれなりに話が通じるタイプだと非常にやりやすいから助かるな。
驚いたといえば、再会したティオグの現状もそうだ。
まさか国政に携わる仕事をしていたなんて……ここは王国だから、あの手の職は、出自も重要になってくる。いくら王都の養護施設で育ったとはいえ、平民出身、しかも孤児となれば偏見の目もあったはず。
それを乗り越えて今の地位にいるんだから、きっと凄まじい努力を重ねてきたのだろう。師匠としては鼻が高いよ。
「さて、今日は何をしますかね、旦那」
朝食後のコーヒーを楽しんでいると、クロスがそう尋ねてきた。
「そうだなぁ……トラビスが一体何者なのか、ラングトンに聞いてみようと思ったが……彼は忙しいだろうな」
騎士団長であるラングトンは、俺と違って暇ではないのだ。何せまともに帰宅すらできないほどらしいからな。
となると、他にトラビスのことを知っていそうな人物は……もしかしたら、商会を運営するミネットなら何か情報を持っているかもしれない。その手の話題に詳しそうだしな。
ただ、あっちはあっちで忙しそうなので、長居はせずちょっと話を聞くだけにしておこう。
とりあえず、今日の行動が決まったな。
クロスたちにそれを伝えようと思ったら――
「あっ、先生。おはようございます」
俺たちの住む小屋にティオグがやってきた。
「ティオグ? どうしたんだ、こんな早くに」
「実は、昨夜の会議でひとつ決定したことがあって……今、王聖六将の候補者たちへ、そのことを伝えに回っているんです」
「王聖六将に?」
「はい。現在候補にあげられている六名を最終的なメンバーとして国王陛下に承認していただき、お披露目のパレードとパーティーを開催しようと考えています」
「っ!?」
思わず目を見開いた。
ついに王聖六将が決まるのか。
まあ、国としては一刻も早く態勢を固めたいだろうから、むしろ遅い方なのかもしれないけど。
――というか、そうなると……
「現在の候補で確定になるって話だったが……俺もか?」
「もちろんですよ! 経験豊富な先生にはぜひとも名前を連ねていただき、いろいろと助言をいただきたいと思っています!」
「そ、そうか……」
煌めく瞳から放たれる輝きが眩しい。
それにしても……経験豊富、ねぇ。
ニーナとトラビス以外のメンバーについてはまったく知らないから何とも言えないけど、間違いなく俺以外のメンツの方が濃い経験をしていそうなのだが。
こっちはうだつの上がらない三流テイマー兼冒険者だったからな。他から不満の声が出ないかだけが心配だよ。
他のメンバーがどんな人材か不安を覚えたところで、トラビスの顔が浮かんだ。
ちょうどいい機会だからトラビスについて聞いておこうかな。
「なあ、ティオグ」
「なんでしょうか?」
「実は昨夜、俺と同じ王聖六将の候補者になっているトラビスという少年が訪ねてきたんだけど――」
「トラビス……」
途端に、ティオグの顔から明るさが消える。
えっ?
何かよからぬワードでもあったかな?
しかし、本当に王聖六将の候補者として招かれているなら問題ないはずなんだけど。
「あ、あのトラビスという少年に何か問題があるのか?」
「いえ……彼は優秀な人材です」
険しい表情なので、厳しい言葉を聞くことになるかと思っていたのだが、意外にもティオグは彼を褒めた。となると、引っかかっているのは……やはり彼の年齢か?
「王聖六将に名を連ねるには若すぎる――と考えてるのか?」
「いえ、そこは気にしていません。王聖六将のコンセプトは、性別や年齢、種族に関係なく、とにかく優れた人を採用しようというものでしたので」
だとすると、ティオグはトラビスの何が気になっているのだろう。
ティオグはしばらく逡巡していたが、重そうに口を開く。
「実は……彼は大陸でもトップクラスの実績を誇る、『傭兵派遣商会』の代表を務めているんです」
「傭兵派遣商会だって?」
噂くらいは耳にしたことがある。
商品の売買ではなく、各地に兵を派遣する商会。当然のように批判的な意見を持つ国民も多いと聞いていたが、まさかその商会のトップを王聖六将に招き入れるとは。
――って、待てよ。
「あの少年が傭兵派遣商会のトップ……」
にわかには信じがたい。
勝手なイメージだが、傭兵と呼ばれる連中は粗暴で屈強な猛者揃いって印象だ。
そんな連中が、あの十歳をやっと越えたくらいな少年の指示を、素直に聞くとは到底思えなかった。
「それは本当なのか……?」
「僕も最初は疑っていましたが……彼の専属秘書であるエリカという女性の態度や、付き従う多くの兵士たちの姿を見て事実であると知りました」
それはなんとも……いや、ティオグを疑うわけではないし、実際に俺もエリカという女性には会っている。
言われてみれば、彼女のトラビスに対する態度は確かに秘書と雇い主という感じだった。
ただ、やはりまだ信じられないな。
「ティオグは、なぜトラビスがあの若さで傭兵派遣商会のトップになれたのか知っているのか?」
「はい。もともと傭兵派遣商会の土台を作ったのは、彼の父親でした。しかし、病が原因で亡くなり、以後は息子であるトラビス殿が新しい代表へ就任しました」
なるほど。
つまりトラビスは二代目というわけか。
「しかし、それだけで兵士たちが言うことを聞くと思えないが……」
子どもの言いなりになって働くくらいなら商会を出ていこうと考える者がいても、不思議ではない。
「それが……そういう判断を下す者はほとんどいなかったんです。なにせトラビス代表は、先代が亡くなる前から戦術顧問としても力を発揮していたそうで」
「っ! あの若さで、か?」
「はい。我々が彼を王聖六将に招いた最大の理由はそこにあります」
「戦術顧問か……」
つまり、代替わりの前から指揮をとり、傭兵たちの信頼を得ていたというわけだ。
まあ、それなら納得できるな。
その傭兵派遣商会とやらの実績については何も知らないが、セラノス王国上層部が注目をするくらいだからよっぽどなのだろう。
ただ、だからと言ってその手の人間を国防にかかわる重要なポストに据えるというのは、かなりリスキーではないだろうか。
ティオグやラングトンもその辺は重々承知しているはずだが……それでも、二人は彼を王聖六将に招き入れることを、最終的には承諾したのだ。
「先ほどは年齢など関係なく優れた人材を王聖六将に、と言いましたけど……さすがにトラビス代表を王聖六将に加えるという話が持ち上がった際は、議会で賛否両論ありました」
そりゃそうだろうな。
優秀な人材を招きたいっていう国の意向については反対する余地こそないものの、あの年齢はどう考えても若すぎる。
それを起用しようというのだから、かなり思い切ったと思う。
ここまでの話を聞き、ひとつ気がかりなことがあったのでティオグに尋ねる。
「ティオグ、君の意見はどうなんだ?」
「ぼ、僕ですか?」
大臣の右腕として働いているというティオグ。
国の重鎮からも一目置かれる彼は、トラビスをどう捉えているのか。
「僕は……賛成派です」
……即答ではなかったな。
彼にも迷いがあったのか。
「そう言える根拠は?」
「彼に王聖六将の話を持ちかけて以来、いろいろと話をしてきましたが、非常に誠実で物腰が柔らかく、好感の持てる人物でした。また彼が掲げる理念と、セラノスの目指す未来の姿はピタリとマッチしていたんです」
国が求めるコンセプトに合った人材……それはさっきも口にしていたな。
「それらの情報を総合的に評価した上で、国は王聖六将の一人として招きたいという判断に至ったのです……ただやはり、年齢からくる精神面での脆さが危ういかな、と。ですが、これはあくまでも僕のイメージにすぎません。話をしてきたと言っても、まだまだ彼について知らないことは多いですから」
「これからの付き合い次第って面もあるな」
「そうですね。ただ、現段階では賛成したいという気持ちが強いです」
ティオグは真っすぐ俺を見つめながら言う。
迷いはあったが……吹っ切れて覚悟も決まっているようだな。
本音を口にできるのが彼のいいところだし、きっと大臣もそういうところを気に入ったんじゃないかな。
なら、俺がとやかく言う必要はない。
「分かった。俺も同じ王聖六将として、彼と協力してこの国をもり立てていくよ」
「よろしくお願いします!」
笑顔で頭を下げるティオグ。
とりあえず、トラビスの正体が分かってよかったよ。
第二章 テイマー指導者を探せ
ティオグから王聖六将が決定したという話を聞いてから、およそ三週間。
その間、俺は新米テイマーであるデリックたちの特訓を行っていた。
テイマーとしての心得を説いたり、実戦形式の鍛錬で、テイマーと魔獣を同時に鍛えたりと、ハードではあるが確実に実力のつくやり方だ。
次第に、俺たちの鍛錬に関心を持った若者たちが集ってきて、新たなテイマー志願者が増え始めていた。
「ふぅむ……」
この日、俺はラングトンに時間を作ってもらい、今後のことを相談するべく彼の執務室を訪ねていた。
今後のことというのは、人数の増えてきたテイマー志願者に対してどう対応すべきかということだ。こればかりは俺の一存では決められないからな。
という相談を持ちかけたら、逆に「君はどうしたい?」と質問をされた。
――で、その答えを考えて、さっきから唸っているというわけだ。
そんな俺の様子を見かねたのか、ラングトンが助言をくれる。
「ノエリーが隊長を務め、デリックたち若手テイマーは目覚ましい活躍をしている。大臣たちも目を細めるほどだ。すべては彼らに適切な指導をした君の成果だよ」
「いやいや、あれは彼らに才能があっただけで、俺はちょっと手伝っただけさ」
「今のうちに必要なのは、そのちょっとした手伝いができる人材なんだよ」
ニカッと太陽のように明るい笑顔を俺に向けるラングトン。それを見た瞬間、すんなりと言葉が出た。
「どうしたいかって話だけど……できることなら全員の希望に沿いたいが、これ以上人数が多くなると俺一人じゃ見きれないんじゃないかなって不安があるんだ」
「だったら、もう少しテイマー部隊の規模を大きくしてもいいかもな。今の調子ならテイマー志願者もまた増えそうだし……指導者も増やす方向で検討しよう」
「そ、そんなにあっさり決めてしまっていいのか?」
俺としては嬉しいのだけど……いくら騎士団長という立場とはいえ、そう簡単に決められるものではないだろう。
だが、ラングトンは首を横に振る。
「もともと、デリックたちの後のテイマー部隊については、志願者を募ろうと考えていたんだが……遅かれ早かれ、指導者不足の問題には直面していただろうから、新しいテイマー指導者を増やすっていうのは上も問題なく通してくれるはず」
ラングトンの言葉に、俺は納得する。
「なるほど。そうだったのか」
この国の防衛組織には過去にテイマーが一人もいなかった。
騎士団は剣術を。
魔法兵団は魔法を。
それぞれの得意分野を徹底的に磨き上げ、国家の平穏を乱す者が現れれば、容赦なくその腕を振るう。
――だが、騎士団や魔法兵団を統合し、新たな国防組織を作ることになった。
そして現在この国では、騎士団ではノエリー、魔法兵団ではメイ、市井では冒険者のフィオナや商人のミネット、さらに文官においてもティオグといった、若きテイマーたちが才覚を発揮している。
加えて、新米テイマーであるデリックたちの評価が上がっていることもあり、テイマーはさらに注目されてきていた。
今後の国防組織において、テイマーが活躍することは間違いないだろう。
となれば、よりよいテイマーを育て、組織を作っていくために、多少の無茶を国も聞いてくれるだろう。
「……しかし、そうなってくると問題は講師役の人選だな」
「それなんだよなぁ」
新しい国防組織の指導者だからな。腕はあっても裏で何をやっているか分からないってヤツを抜擢するわけにはいかない。
……そうなると採用基準はかなり厳しくなりそうだ。
「なあ、君の知り合いにいないか?」
不意にラングトンがそう尋ねてくる。
「えっ? 何が?」
「テイマーだよ。国防組織の若手を育成できるくらいの指導力がありながら、信頼のおける人物に心当たりはないか?」
「うーん……」
テイマーで信頼のおける人物、か……これまでパーティーにも所属せず、ずっとフリーでやってきたからなぁ。
おまけにこなすのはもっとも簡単な採集クエストばかり。なのでテイマーや冒険者の知り合いが多くないのだ。
と、そこで思い出した。
「あっ」
「うん? 心当たりがあるのか?」
「たった一人だけ、な」
かつて一緒に仕事をしたテイマーで、パートナー魔獣との接し方や育成の仕方が俺とよく似ている女性がいた。
彼女ならば、ラングトンにも推薦できる。
ただ、問題は二つある。
一つは、彼女の居場所を知らないということ。
そしてもう一つは、そもそも彼女が冒険者稼業をやめているかもしれないということ。少し前に、風の噂で冒険者を続けていると聞いたが、今はどうだか分からない。
最悪なケースとしては……常に危険がつきまとう冒険者という仕事をしている以上、ダンジョン探索中に凶悪な魔獣と出くわして亡くなっているかもしれない。最近見かけなくなったヤツが魔獣の胃袋の中に収まっていた……なんて話はよく聞いた。
……まあ、考えていても仕方がないので、とりあえず彼女がかつて拠点としていた町へ出向いてみるとするか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日。
俺は出発の準備を進めていた。
デリックたちの鍛錬は一週間ほど休みになり、彼らは他の部隊と合流して哨戒任務につくこととなっている。例の交易路に居座っていた魔獣が出現した国境付近に向かうそうだ。
あの魔獣たちは人の手によって生み出された可能性があるという話だから、国境付近を重点的に警戒するのも当然のことだな。
ちなみに、友好関係にある近隣諸国で似たような事案が発生していないか、情報収集も積極的に行っているそうだ。今のところ、特に情報はないようだが……
デリックたちといえば、最近の彼らは自信に溢れた顔つきをしている。
鍛錬によって成果が出ているからなんだろうけど、こういう時こそ油断せずに慎重な行動を心がけるようにと念を押しておいた。
好調な時ほど気を引き締めて動くのが一流ってものだからな。
準備が完了し、クロス、シロン、クウタを連れて小屋を出ようとした時、急な来客があった。
「師匠、準備はできていますか?」
「ノ、ノエリー?」
やってきたのはノエリーだった。
そういえば、国境付近の警備任務の名簿に彼女の名前はなかったな。
「ラングトン騎士団長から連絡がありまして、同行させていただくことになりました」
「やっぱり……」
一人でも問題はないんだけど、ラングトンが気を回してくれたか。
まあ、頼もしいから嫌ではないんだけどね。
パートナー魔獣である鋼鉄魔人のアインはいないみたいなので、どこかで待機しているのか。だいぶ目立つから、必要な時に召喚術で呼び出すつもりなのだろう。
トラビスの来訪から一夜が明け、俺は朝食を作りつつ、昨日一日を振り返っていた。
今思い出しても、「嘘なんじゃないか」という気持ちが抜けない。
まさか俺と同じ王聖六将の候補者の一人が、あんな子どもだったとなんて。
明らかに戦闘職ではなさそうだが、エリカという女性の態度を見る限り、お飾りで今の地位を築いたというわけでもなさそうだ……ていうか、並みの子どもだったらそもそも王聖六将として推薦されたりはしないか。
ただ、前回のニーナ同様、まったく話の分からないワンマンタイプではなさそうで、そこは救いだった。
実はラングトンもそこを懸念していたんだよな。
大国の国防組織で幹部をやってくれと頼まれるほどの人材であれば、プライドの高い者や、癖の強い者もいるだろう。
その辺も考慮して人選していると言っていたが、実際に顔を合わせて会話をしてみなければ分からないこともあるだろうし、まだまだ手探り状態って感じがする。
そんな王聖六将の候補者で、俺がまだ顔を合わせていない者は残り三人。
最終決定がなされたわけじゃないので、今のメンツがそのまま名を連ねるわけではないかもしれないが……できれば、残り三人もニーナやトラビスのようにそれなりに話が通じるタイプだと非常にやりやすいから助かるな。
驚いたといえば、再会したティオグの現状もそうだ。
まさか国政に携わる仕事をしていたなんて……ここは王国だから、あの手の職は、出自も重要になってくる。いくら王都の養護施設で育ったとはいえ、平民出身、しかも孤児となれば偏見の目もあったはず。
それを乗り越えて今の地位にいるんだから、きっと凄まじい努力を重ねてきたのだろう。師匠としては鼻が高いよ。
「さて、今日は何をしますかね、旦那」
朝食後のコーヒーを楽しんでいると、クロスがそう尋ねてきた。
「そうだなぁ……トラビスが一体何者なのか、ラングトンに聞いてみようと思ったが……彼は忙しいだろうな」
騎士団長であるラングトンは、俺と違って暇ではないのだ。何せまともに帰宅すらできないほどらしいからな。
となると、他にトラビスのことを知っていそうな人物は……もしかしたら、商会を運営するミネットなら何か情報を持っているかもしれない。その手の話題に詳しそうだしな。
ただ、あっちはあっちで忙しそうなので、長居はせずちょっと話を聞くだけにしておこう。
とりあえず、今日の行動が決まったな。
クロスたちにそれを伝えようと思ったら――
「あっ、先生。おはようございます」
俺たちの住む小屋にティオグがやってきた。
「ティオグ? どうしたんだ、こんな早くに」
「実は、昨夜の会議でひとつ決定したことがあって……今、王聖六将の候補者たちへ、そのことを伝えに回っているんです」
「王聖六将に?」
「はい。現在候補にあげられている六名を最終的なメンバーとして国王陛下に承認していただき、お披露目のパレードとパーティーを開催しようと考えています」
「っ!?」
思わず目を見開いた。
ついに王聖六将が決まるのか。
まあ、国としては一刻も早く態勢を固めたいだろうから、むしろ遅い方なのかもしれないけど。
――というか、そうなると……
「現在の候補で確定になるって話だったが……俺もか?」
「もちろんですよ! 経験豊富な先生にはぜひとも名前を連ねていただき、いろいろと助言をいただきたいと思っています!」
「そ、そうか……」
煌めく瞳から放たれる輝きが眩しい。
それにしても……経験豊富、ねぇ。
ニーナとトラビス以外のメンバーについてはまったく知らないから何とも言えないけど、間違いなく俺以外のメンツの方が濃い経験をしていそうなのだが。
こっちはうだつの上がらない三流テイマー兼冒険者だったからな。他から不満の声が出ないかだけが心配だよ。
他のメンバーがどんな人材か不安を覚えたところで、トラビスの顔が浮かんだ。
ちょうどいい機会だからトラビスについて聞いておこうかな。
「なあ、ティオグ」
「なんでしょうか?」
「実は昨夜、俺と同じ王聖六将の候補者になっているトラビスという少年が訪ねてきたんだけど――」
「トラビス……」
途端に、ティオグの顔から明るさが消える。
えっ?
何かよからぬワードでもあったかな?
しかし、本当に王聖六将の候補者として招かれているなら問題ないはずなんだけど。
「あ、あのトラビスという少年に何か問題があるのか?」
「いえ……彼は優秀な人材です」
険しい表情なので、厳しい言葉を聞くことになるかと思っていたのだが、意外にもティオグは彼を褒めた。となると、引っかかっているのは……やはり彼の年齢か?
「王聖六将に名を連ねるには若すぎる――と考えてるのか?」
「いえ、そこは気にしていません。王聖六将のコンセプトは、性別や年齢、種族に関係なく、とにかく優れた人を採用しようというものでしたので」
だとすると、ティオグはトラビスの何が気になっているのだろう。
ティオグはしばらく逡巡していたが、重そうに口を開く。
「実は……彼は大陸でもトップクラスの実績を誇る、『傭兵派遣商会』の代表を務めているんです」
「傭兵派遣商会だって?」
噂くらいは耳にしたことがある。
商品の売買ではなく、各地に兵を派遣する商会。当然のように批判的な意見を持つ国民も多いと聞いていたが、まさかその商会のトップを王聖六将に招き入れるとは。
――って、待てよ。
「あの少年が傭兵派遣商会のトップ……」
にわかには信じがたい。
勝手なイメージだが、傭兵と呼ばれる連中は粗暴で屈強な猛者揃いって印象だ。
そんな連中が、あの十歳をやっと越えたくらいな少年の指示を、素直に聞くとは到底思えなかった。
「それは本当なのか……?」
「僕も最初は疑っていましたが……彼の専属秘書であるエリカという女性の態度や、付き従う多くの兵士たちの姿を見て事実であると知りました」
それはなんとも……いや、ティオグを疑うわけではないし、実際に俺もエリカという女性には会っている。
言われてみれば、彼女のトラビスに対する態度は確かに秘書と雇い主という感じだった。
ただ、やはりまだ信じられないな。
「ティオグは、なぜトラビスがあの若さで傭兵派遣商会のトップになれたのか知っているのか?」
「はい。もともと傭兵派遣商会の土台を作ったのは、彼の父親でした。しかし、病が原因で亡くなり、以後は息子であるトラビス殿が新しい代表へ就任しました」
なるほど。
つまりトラビスは二代目というわけか。
「しかし、それだけで兵士たちが言うことを聞くと思えないが……」
子どもの言いなりになって働くくらいなら商会を出ていこうと考える者がいても、不思議ではない。
「それが……そういう判断を下す者はほとんどいなかったんです。なにせトラビス代表は、先代が亡くなる前から戦術顧問としても力を発揮していたそうで」
「っ! あの若さで、か?」
「はい。我々が彼を王聖六将に招いた最大の理由はそこにあります」
「戦術顧問か……」
つまり、代替わりの前から指揮をとり、傭兵たちの信頼を得ていたというわけだ。
まあ、それなら納得できるな。
その傭兵派遣商会とやらの実績については何も知らないが、セラノス王国上層部が注目をするくらいだからよっぽどなのだろう。
ただ、だからと言ってその手の人間を国防にかかわる重要なポストに据えるというのは、かなりリスキーではないだろうか。
ティオグやラングトンもその辺は重々承知しているはずだが……それでも、二人は彼を王聖六将に招き入れることを、最終的には承諾したのだ。
「先ほどは年齢など関係なく優れた人材を王聖六将に、と言いましたけど……さすがにトラビス代表を王聖六将に加えるという話が持ち上がった際は、議会で賛否両論ありました」
そりゃそうだろうな。
優秀な人材を招きたいっていう国の意向については反対する余地こそないものの、あの年齢はどう考えても若すぎる。
それを起用しようというのだから、かなり思い切ったと思う。
ここまでの話を聞き、ひとつ気がかりなことがあったのでティオグに尋ねる。
「ティオグ、君の意見はどうなんだ?」
「ぼ、僕ですか?」
大臣の右腕として働いているというティオグ。
国の重鎮からも一目置かれる彼は、トラビスをどう捉えているのか。
「僕は……賛成派です」
……即答ではなかったな。
彼にも迷いがあったのか。
「そう言える根拠は?」
「彼に王聖六将の話を持ちかけて以来、いろいろと話をしてきましたが、非常に誠実で物腰が柔らかく、好感の持てる人物でした。また彼が掲げる理念と、セラノスの目指す未来の姿はピタリとマッチしていたんです」
国が求めるコンセプトに合った人材……それはさっきも口にしていたな。
「それらの情報を総合的に評価した上で、国は王聖六将の一人として招きたいという判断に至ったのです……ただやはり、年齢からくる精神面での脆さが危ういかな、と。ですが、これはあくまでも僕のイメージにすぎません。話をしてきたと言っても、まだまだ彼について知らないことは多いですから」
「これからの付き合い次第って面もあるな」
「そうですね。ただ、現段階では賛成したいという気持ちが強いです」
ティオグは真っすぐ俺を見つめながら言う。
迷いはあったが……吹っ切れて覚悟も決まっているようだな。
本音を口にできるのが彼のいいところだし、きっと大臣もそういうところを気に入ったんじゃないかな。
なら、俺がとやかく言う必要はない。
「分かった。俺も同じ王聖六将として、彼と協力してこの国をもり立てていくよ」
「よろしくお願いします!」
笑顔で頭を下げるティオグ。
とりあえず、トラビスの正体が分かってよかったよ。
第二章 テイマー指導者を探せ
ティオグから王聖六将が決定したという話を聞いてから、およそ三週間。
その間、俺は新米テイマーであるデリックたちの特訓を行っていた。
テイマーとしての心得を説いたり、実戦形式の鍛錬で、テイマーと魔獣を同時に鍛えたりと、ハードではあるが確実に実力のつくやり方だ。
次第に、俺たちの鍛錬に関心を持った若者たちが集ってきて、新たなテイマー志願者が増え始めていた。
「ふぅむ……」
この日、俺はラングトンに時間を作ってもらい、今後のことを相談するべく彼の執務室を訪ねていた。
今後のことというのは、人数の増えてきたテイマー志願者に対してどう対応すべきかということだ。こればかりは俺の一存では決められないからな。
という相談を持ちかけたら、逆に「君はどうしたい?」と質問をされた。
――で、その答えを考えて、さっきから唸っているというわけだ。
そんな俺の様子を見かねたのか、ラングトンが助言をくれる。
「ノエリーが隊長を務め、デリックたち若手テイマーは目覚ましい活躍をしている。大臣たちも目を細めるほどだ。すべては彼らに適切な指導をした君の成果だよ」
「いやいや、あれは彼らに才能があっただけで、俺はちょっと手伝っただけさ」
「今のうちに必要なのは、そのちょっとした手伝いができる人材なんだよ」
ニカッと太陽のように明るい笑顔を俺に向けるラングトン。それを見た瞬間、すんなりと言葉が出た。
「どうしたいかって話だけど……できることなら全員の希望に沿いたいが、これ以上人数が多くなると俺一人じゃ見きれないんじゃないかなって不安があるんだ」
「だったら、もう少しテイマー部隊の規模を大きくしてもいいかもな。今の調子ならテイマー志願者もまた増えそうだし……指導者も増やす方向で検討しよう」
「そ、そんなにあっさり決めてしまっていいのか?」
俺としては嬉しいのだけど……いくら騎士団長という立場とはいえ、そう簡単に決められるものではないだろう。
だが、ラングトンは首を横に振る。
「もともと、デリックたちの後のテイマー部隊については、志願者を募ろうと考えていたんだが……遅かれ早かれ、指導者不足の問題には直面していただろうから、新しいテイマー指導者を増やすっていうのは上も問題なく通してくれるはず」
ラングトンの言葉に、俺は納得する。
「なるほど。そうだったのか」
この国の防衛組織には過去にテイマーが一人もいなかった。
騎士団は剣術を。
魔法兵団は魔法を。
それぞれの得意分野を徹底的に磨き上げ、国家の平穏を乱す者が現れれば、容赦なくその腕を振るう。
――だが、騎士団や魔法兵団を統合し、新たな国防組織を作ることになった。
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加えて、新米テイマーであるデリックたちの評価が上がっていることもあり、テイマーはさらに注目されてきていた。
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となれば、よりよいテイマーを育て、組織を作っていくために、多少の無茶を国も聞いてくれるだろう。
「……しかし、そうなってくると問題は講師役の人選だな」
「それなんだよなぁ」
新しい国防組織の指導者だからな。腕はあっても裏で何をやっているか分からないってヤツを抜擢するわけにはいかない。
……そうなると採用基準はかなり厳しくなりそうだ。
「なあ、君の知り合いにいないか?」
不意にラングトンがそう尋ねてくる。
「えっ? 何が?」
「テイマーだよ。国防組織の若手を育成できるくらいの指導力がありながら、信頼のおける人物に心当たりはないか?」
「うーん……」
テイマーで信頼のおける人物、か……これまでパーティーにも所属せず、ずっとフリーでやってきたからなぁ。
おまけにこなすのはもっとも簡単な採集クエストばかり。なのでテイマーや冒険者の知り合いが多くないのだ。
と、そこで思い出した。
「あっ」
「うん? 心当たりがあるのか?」
「たった一人だけ、な」
かつて一緒に仕事をしたテイマーで、パートナー魔獣との接し方や育成の仕方が俺とよく似ている女性がいた。
彼女ならば、ラングトンにも推薦できる。
ただ、問題は二つある。
一つは、彼女の居場所を知らないということ。
そしてもう一つは、そもそも彼女が冒険者稼業をやめているかもしれないということ。少し前に、風の噂で冒険者を続けていると聞いたが、今はどうだか分からない。
最悪なケースとしては……常に危険がつきまとう冒険者という仕事をしている以上、ダンジョン探索中に凶悪な魔獣と出くわして亡くなっているかもしれない。最近見かけなくなったヤツが魔獣の胃袋の中に収まっていた……なんて話はよく聞いた。
……まあ、考えていても仕方がないので、とりあえず彼女がかつて拠点としていた町へ出向いてみるとするか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日。
俺は出発の準備を進めていた。
デリックたちの鍛錬は一週間ほど休みになり、彼らは他の部隊と合流して哨戒任務につくこととなっている。例の交易路に居座っていた魔獣が出現した国境付近に向かうそうだ。
あの魔獣たちは人の手によって生み出された可能性があるという話だから、国境付近を重点的に警戒するのも当然のことだな。
ちなみに、友好関係にある近隣諸国で似たような事案が発生していないか、情報収集も積極的に行っているそうだ。今のところ、特に情報はないようだが……
デリックたちといえば、最近の彼らは自信に溢れた顔つきをしている。
鍛錬によって成果が出ているからなんだろうけど、こういう時こそ油断せずに慎重な行動を心がけるようにと念を押しておいた。
好調な時ほど気を引き締めて動くのが一流ってものだからな。
準備が完了し、クロス、シロン、クウタを連れて小屋を出ようとした時、急な来客があった。
「師匠、準備はできていますか?」
「ノ、ノエリー?」
やってきたのはノエリーだった。
そういえば、国境付近の警備任務の名簿に彼女の名前はなかったな。
「ラングトン騎士団長から連絡がありまして、同行させていただくことになりました」
「やっぱり……」
一人でも問題はないんだけど、ラングトンが気を回してくれたか。
まあ、頼もしいから嫌ではないんだけどね。
パートナー魔獣である鋼鉄魔人のアインはいないみたいなので、どこかで待機しているのか。だいぶ目立つから、必要な時に召喚術で呼び出すつもりなのだろう。
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お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
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※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
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※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
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