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2巻

2-2

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「いい魔獣だな、ティオグ」
「ありがとうございます。先生にそう言ってもらえると、本当に嬉しいです」

 爽やかな笑顔でそう答えるティオグ。

「先生はずっと僕の目標でした」

 うんうん、俺としても鼻が高いよ。


「またこうして先生と一緒にお話ができるなんて夢のようです。先生がこのセラノスに来ているというのはだいぶ前にノエリーやミネットから聞いてはいたのですが仕事が忙しくてなかなか会いに行ける機会がなくようやく会えると思ったら交易路に住み着いた魔獣の討伐をするため遠征に出られた直後で自分のタイミングの悪さというか運のなさというかとにかくそれをのろいながらも次の機会を待っていたらまさか先生の方からこうして会いに来てくださるなんて僕はもう本当にどうかなってしまいそうな――」
「…………」

 おいおい、ティオグさんや。
 それはちょっとめすぎじゃないかな?
 なんかノエリーと似た空気を感じるぞ?
 あと、いつになったら終わるんだ……この講演会。

「あぁ……ティオグ? ボチボチ終わらせないか? 君もこれから大臣と会う約束があるんだろう?」
「――はっ! も、申し訳ありません。つい熱が入ってしまって」

 ラングトンからの指摘でようやく我に返ったティオグ。
 そういえば、熱くなったら一直線なのも昔からだっけ。
 しかし、大人となった今は自分のやるべきことを優先させなくてはいけない。これから大臣と会う予定があるならそちらに集中してもらわないとな。

「それでは、この辺で失礼します」
「ああ。仕事頑張れよ」
「はい――そういえば、ラングトン騎士団長はこれからバーツ先生にお話があるから呼びに行くと言っていませんでしたか?」
「おっと、そうだった」

 手をポンとたたくラングトン。
 俺に用事となると、やっぱり先日の交易路に現れた魔獣絡みの話題かな。
 こちら側の報告は終わっているので、調査した結果、新しい事実が浮かんできたとかそういうたぐいの話だろうか。

「では先生、また今度ゆっくりお話ししましょう」
「ああ、楽しみにしているよ」

 ティオグは最後にペコリとお辞儀じぎをして去っていく。
 いやはや、他のみんなもそうだけど、本当に真っすぐ育ってくれたみたいで嬉しいよ。

「しかし、君は本当に弟子たちから愛されているな」
「ありがたい限りだよ」
「特にティオグの熱の入れようは以前から凄かったよ。あれは放っておくとそのうち王都のど真ん中に銅像どうぞうとか建てるタイプだぞ?」
「ま、まさかそんな……」

 さすがのティオグもそこまではやらないだろう……と、断言できないところがちょっと怖い。さっきまでの熱弁ぶりを見ているとそう思ってしまうな。本当に実行しようとしたら全力で反対するけど。


 それから俺たちは、ラングトン騎士団長の執務室へ移動した。
 まず彼が切り出したのは、交易路を襲った魔獣たちについての話だった。

「まず、あの魔獣たちは人間の手によって強化された種であると判明した。バーツたちが予想していた通りだな」
「そんなことが可能なのか?」
「研究者に確認したら、一応はできるらしい……ただ、それでも断言はできないと言っていた。普通は失敗して死んでしまうものなんだそうだ。だから、何万分の一の確率で生まれる突然変異種だった可能性もあるようだが……それがあのタイミングで現れ、しかも交易路を占拠せんきょする理由がない。つまり、誰かが意図的に強化してやらせたと考えた方が現実的だって話だ」

 ふむ……問題は誰が何の目的でそれを実行したか、だ。
 しかしその犯人につながるヒントは、俺の手にはなかった。

「なんとも厄介やっかいな事態になったな……」

 大きく息を吐き出したラングトン。
 騎士団長という立場からすれば、気が気じゃないだろうな。
 ただでさえ面倒な相手なのに、人の手が加えられていた形跡けいせきがあったとなったら、そういう反応になるのも無理はない。
 ――と、思いきや、ラングトンには犯人についてある心当たりがあったようだ。

「実は諜報活動をしている者からの報告で、このセラノスに手を出そうとしている組織があるらしいと分かったんだ」
「手を出す? それってつまり――」
侵略しんりゃく行為だ」

 俺の言葉に対し、ラングトンは神妙しんみょうな面持ちでそう付け加えた。

「穏やかじゃないな。というか、勝算があるのか? セラノスは大陸最大国家だぞ? それを相手に侵略だなんて」
「勝算がなければこんなバカげた真似はしないだろうな」

 人口の少ない小国を相手にするのとはわけが違うからな。
 しかし、気になるのはタイミングだ。

「そもそも黒幕くろまくはなぜ今このセラノスを狙おうと?」

 しかしラングトンは首を横に振る。

「むしろ今が絶好機じゃないか? うちは新しい国防組織の設立で内部がごたついているからなぁ。その混乱に乗じて国家の深部にまでもぐり込もうって腹積もりかもしれん。……ちょうどその候補者たちを呼び寄せているところだしな」
「お、おいおい」

 ラングトンの言葉が意味するのって――

「ひょっとして……ラングトンは王聖六将候補の中に、国を乗っ取ろうと画策かくさくしている者がいると考えているのか?」
「おっ、鋭いじゃないか、バーツ。さすがはノエリーたちの師匠だ。なんだかんだ言って、その鋭いかんはもう一種の才能だな」

「はっはっはっ!」と豪快ごうかいに笑い飛ばすラングトンだが……笑っている場合ではないのでは?

「ああ、もちろん、君は真っ先に容疑者から外してあるぞ。ここまでのやりとりでそんなことができるヤツじゃないと分かっているからな」
「信じてくれるのはありがたいが……もしそれが事実だとすると、セラノスにとっては大問題じゃないか?」
「上層部は大慌てだろうな――とはいえ、まだ確証のない案件だ。警戒しておくにこしたことはないのだが、あまり神経質になっても、それはそれで判断を誤りかねない」
「確かにそうだな」
「なので、君はこれまで通りに過ごしてくれ」

 今は騒ぎ立てず、相手の出方をうかがうということだろう。
 緊張きんちょう状態が続けば、いざという時に実力を発揮はっきできないだろう。それに何より、さっきのは仮説のいきを出ない。ここからより詳細な調査を続けていき、黒幕に近づこうってわけだ。
 かといって、無防備すぎるのもよくない。さじ加減が難しいな。
 それにしても……まだ全員会ったわけではないが、王聖六将候補にそのような存在がいる可能性も出てくるとは。
 ニーナについては、少しの間だけ行動をともにしたけど裏のある気配を感じなかった。何よりフィオナがとても尊敬をしている人物というのもあって、可能性は低いだろう。
 ……残りは四人。
 その中に、怪しげな計画を練っている者がいるというのか?

「他の王聖六将の候補者たちはいつ頃この王都に?」
「受けてもらえる場合は、近々集結することになる――が、それぞれ多忙な身だからな。諸々もろもろ落ち着かせてからこちらに合流する手筈てはずとなっている。すでに王都内にいる者もいるがね」

 それはそうか。
 三流テイマー兼冒険者である俺は基本的に年中フリーみたいなものだし、同業者であるニーナは多少事情が異なるかもしれないが、他の候補者たちに比べたら比較的動きやすいだろうからな。
 けど、これで残りの四人がかなり立場のある人物であるというのが分かった。
 しかし、その中に黒幕がいるかもしれないとなれば、迂闊うかつに相談もできないだろう。

「……なあ、ラングトン」
「うん? どうした?」
「俺に協力できることがあれば何でもするぞ」
「ありがとう、バーツ。その時が来たら頼らせてもらうよ」

 笑みを浮かべるラングトンだが、どこか疲れているようにも映る。
 今の俺ができること……少し考える必要がありそうだな。


 ラングトンの執務室から家に帰る途中、俺はこれまでの経緯を整理する。
 一つの謎が解決したと思ったら、新しい謎が生まれた。
 例の交易路に居座っていた魔獣たちは、何者かの手で強化された可能性が高い。しかも王聖六将の候補者たちの中に黒幕がいる可能性もある。
 ……この国の治安維持を任されているラングトンには頭の痛い話だろうな。
 一緒に酒でも飲み、うまい飯でも食いながら愚痴ぐちのひとつでも聞こうかと思ったが、どうやらそのような暇もないくらい忙しいらしい。

「何か……彼の力になれたらいいんだけどな」

 運河のほとりにある我が家へ戻ってきて一息ついた俺は、夜のやみの中を優雅ゆうがに舞うホタルのあわい光を眺めながらつぶやく。
 ノエリーたちだって、彼が俺の頼みを律義りちぎに守り続けてくれたからこそ、立派に育ったのだ。
 教育費として預けたのは大金だったし、あれから一度も王都を訪ねていないのだからそのまま自分の金にしてもバレはしなかったはず。
 だが、ラングトンは最後まで約束を守ってくれた。
 俺は当時、子どもたちの今後について真摯しんしに悩みを聞き、アドバイスをしてくれた彼だから、信頼して大金を預けた。
 もちろん、ノエリーやミネットたちもそれを重々承知している。
 だからみんなラングトンをしたっているのだ。
 当然、俺だって彼には深く感謝しており、だからこそなんとかしたいと頭をひねっていた。

「力になるって……騎士団に入るんすか?」
「バカなことを聞くものじゃないぞ、クロス。すでに主は王聖六将として交易路をふさぐ魔獣たちを蹴散けちらすという功績をあげたじゃないか」
「言われてみれば――って、誰がバカだ、コラ!」
「まあまあ、落ち着いて」

 クロスの言葉にシロンが皮肉を足し、それをクウタがなだめる。
 うん。
 いつも通りの流れだな。
 さっきまでいろいろと深刻に考えていたが、急にスッと身も心も軽くなったよ。さすがは俺の頼れる相棒たちだ。
 一人うなずいていると、そこへシロンが口を開く。

「しかし、ラングトン殿の心労を考慮すると、あまり暢気のんきに構えてはいられないのでは?」
「そ、そうだな」

 真正面から放たれた正論に、俺は一瞬返事に詰まる。
 王聖六将なんて大層な立場に立ってみても、悩める騎士団長を救えないのでは意味がない。
 こういう時に力を発揮する――それが俺に求められることだと思うんだよな。
 けど、具体的に何から始めていいものやら。

「……独自に調査をするしかないか」
「なら、ミネットの姐御あねごにでも協力を頼んでみるっすか?」
「そうしたいのは山々だけど、あまり派手にやるわけにもいかないだろうしなぁ――うん?」

 星空を眺めながらそう吐き出した直後、俺は付近に人の気配を感じた。

「……旦那」
「分かっているよ、クロス。誰か来たみたいだな」

 この近辺は中心街からは離れており、ちょっとした森のようになっているが、れっきとした王都の中。
 変なやからがうろついているはずもないので不審者ではないと思うのだが……さっきの話を思い出すと、不審者ではなく侵入者なのかもしれない。
 俺たちはすぐに臨戦態勢へと移る。
 もしかしたら、例の黒幕が暗殺者でも差し向けてきたか?
 派手に暴れたらすぐに兵士がけつけるだろうが、相手が暗殺のプロだったなら、音もなく静かに俺を殺すこともできるはず。
 それに気配はひとつではなかった。
 複数の人間が近くにいて、おまけに少しずつだが距離を詰めてくる。
 警戒を強めたまましばらく様子を見ていると、やがてしびれを切らしたのか気配の正体が姿を現した。
 あまりにも普通に出てきたものだから、俺たちは拍子抜ひょうしぬけしてしまう。
 おまけに気配の持ち主が視界に入った瞬間、その予想外な正体に、思わず武器を握る手の力が弱まってしまった。

「あっ、え、えっと……夜分遅くにすみません」

 おずおずとそう尋ねてきたのは男の子だった。
 年齢は十一か十二ってところか。
 それでもだいぶ小柄だし、それに随分と気が弱そうだ……そんな子が、この時間帯にこんな場所で何をしているんだ?
 そこまで考えたところで、ゆるんでいた警戒心が一瞬で引き締められた。
 考えすぎかもしれないが、もしかしたら、例の交易路にいた魔獣を仕込んだ黒幕の送り込んできた刺客しかくかもしれない。
 とりあえず、警戒を強めつつ、もう少し様子を見てみるか。

「こんな遅い時間にどうかしたかい? ひょっとして、迷子かな?」
「い、いえ、実は人をさがしていて……バーツという方なんですが」
「うん? バーツは俺だが?」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」

 少年は驚いているが、それはむしろこちらがすべき反応だ。
 俺は彼と面識がない。
 なのに、なぜ彼は俺の名前を知っているんだ?
 そもそもなぜ俺を捜しているんだ?
 さまざまな可能性を考慮しているうちに、さっきのラングトンとの会話が脳裏によぎる。ここはやはり追及してみる必要がありそうだ。

「あぁっと……悪いが、君と以前どこかで会ったかな?」
「い、いえ、顔を合わせるのは今日が初めてです。――でも、いずれは僕と同じ立場の仲間となる人だから、一度会っておきたいと思って捜していたのですが……迷いに迷っていたらこんな時間になっちゃいました」
「そうか――って、同じ立場?」

 何気なく少年が放ったひと言に、俺は戸惑う。
 どういう意味だ?
 俺と彼が同じ立場?
 可能性があるならひとつしかないが、まさかこの少年が?
 困惑している俺の様子に気づいたのか、少年は「コホン」とわざとらしく咳払いをして自己紹介をする。

「申し遅れました。僕の名前はトラビス――あなたと同じ、王聖六将候補の一人として招かれた者です」
「なっ!?」

 まさかの予感的中。
 それにしても……うそだろ?
 こんな少年が王聖六将だって?

「君が……王聖六将……?」

 王聖六将は、大国セラノスの新たな国防組織の幹部だ。
 俺がこれまでに顔を合わせているのはニーナだけだが、彼女は超一流の冒険者パーティーを束ねるリーダー。今日ティオグから聞いた他の候補者候補で断られたという人たちも、それに劣らぬ実力者ばかりだ。
 なので、ノエリーやミネットよりもずっと若いこの少年がその幹部に名を連ねるなんて何かの間違いか、あるいは嘘なんじゃないか。
 ……いや、まったく可能性がないわけでもないのか。
 つまり、このトラビスという少年もニーナに匹敵するとんでもない実績をあげていれば招かれてもおかしくはない。
 けど、あのニーナと肩を並べるほどなんて、一体彼の正体は何者なのか。

「き、君は一体――」
わかっ! こちらでしたか!」

 俺がトラビスの正体について尋ねようとした時、一人の女性が割って入ってくる。
 長い金髪のその女性は二十代半ばだろうか。
 ノエリーたちよりも少し年上かな。
 かなり慌てているらしく、肩で息をしながらトラビスへと近づく。
 きちんとした身なりから察するに、冒険者のたぐいではなさそうだな。ティオグと同じく、文官って雰囲気が漂っている。トラビスのお姉さん――と言うには二人の顔立ちはまったく似ていない。
 ……というか、今トラビスのことを「若」って呼ばなかったか?

「あれ? どうしたの、エリカさん」

 当のトラビス本人は、突然のことにキョトンとしていた。
 どうもこの反応がエリカと呼ばれた女性の怒りを招いたらしく、彼女は大声でこれまでの経緯を語り始めた。

「どうしたのじゃありませんよ! 夕食が終わったら何も言わずにいなくなっちゃって、みんな心配しているんですよ!」
「えっ? 王都の運河のほとりにいる王聖六将へ会いに行くって伝えたはずだけど?」
「……それ、誰に伝えましたか?」
「えっとぉ……あはは」
「笑って誤魔化ごまかさないでください!」

 な、なんだ、この微笑ましいやりとりは。
 やっぱり二人は年の離れた姉弟なのか?
 でも、さっきトラビスはエリカを「さん」付けで呼んでいたし、どこか他人行儀たにんぎょうぎなところがあるからそういう間柄じゃなさそうだ。
 だからといって恋人同士の痴話喧嘩ちわげんかという感じでもない。
 ……いや、そう捉えるにはさすがに両者の年齢が離れすぎているか。
 二人のやりとりをどう反応すべきかと眺めていたら、エリカと呼ばれている女性の方がようやく俺の存在に気づいた。

「あなたは確か……テイマーの」
「あ、あぁ、バーツという者だ。そちらのトラビスくんと同じように、王聖六将の一人としてこの王都に招かれている」
「えぇ、存じ上げております」

 うん?
 さっきまでとはまるで雰囲気が違うぞ?
 まるで数多あまたの戦場を駆け抜けてきた歴戦の戦士が放つような威圧感いあつかんがある……ひょっとして、俺は彼女にめちゃくちゃ警戒されているのか?
 というか、ますますトラビスの正体が分からなくなった。
 エリカの先ほどの話を聞く限り、トラビスには仲間がいる。そうなると真っ先に思いつくのはニーナと同じ冒険者という線だが……どうもそんな風には見えない。
 だとしたら、彼は一体何者なのだろうか。今度こそ詳しく聞き出そうとしたのだが――

「さあ、そろそろ参りましょう。でないと、待ちくたびれてみんなが暴れ出してしまいますよ?」
「そ、それは大変だ! じゃ、じゃあ、バーツさん、またお会いしましょう!」
「えっ!? あっ、ちょっと!」

 結局、何ひとつ聞き出せないまま、二人は去っていった。

「あ、あらしのような連中っすね」
「とても王聖六将の一人に選ばれるような男とは思えないが……」
「少なくとも、戦闘が得意分野というわけではなさそうだね」

 クロス、シロン、クウタはそれぞれのトラビス評を口にするが……俺としてはクウタの意見がもっとも近いかな。
 間違いなく、トラビスの得意分野は戦闘ではない。
 となると、それ以外でひいでた才能を持っているってわけか。自分よりずっと年上の大人であるエリカが敬語で接しているくらいだから、相当なのだろう。

「……明日、ラングトンに聞いてみるか」

 とりあえず、今日のところは疲れたし早めに寝るとしよう。
 明日こそは平穏へいおん無事に一日を過ごしたいところだ。


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