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第17話【幕間】ある情報屋の独白

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 変わった人だった。
 これまで何度も商人と呼ばれる連中を相手にしてきたけど、まるで違う人種を相手にしていると錯覚してしまうほどに。

 彼の――レーク・ギャラードの噂自体は前々から耳にしていた。

 騎士団や魔法兵団でさえ取り締まりに苦労していた裏闘技場を潰し、家柄をいいことに学園の女子生徒へ猥褻な行為を繰り返していたクレイグ・ベッカードを国外追放にまで追いやった人物。

 あの男が命じて部下にギャラード商会の新しい店舗を襲撃させた件は知っていた。
同じ商会の別店舗はすでに支配下となっており、レーク・ギャラードが泣きついたところで手を貸さないだろう。

それほど、あの男の影響力はこの町において絶対なのだ。

 だから……私は商人が嫌いになった。
 この町を変えてしまった、あの男も商人だったから。
 
 金儲けしか興味がなく、利益のためなら平気で人を騙す。
 ……昔は違った。

 このガノスで商売をする者たちは、みんな優しかった。
 そりゃあ、利益をあげなくちゃ生活できないけど、人を欺いてまで儲けてやろうという人を見たことがない。

 ただ、十年ほど前から少しずつ町の様子は変わってしまった。
 ――いや、正確には変えられてしまったというべきか。
 
 私はこれからその原因となった人物に会うため、町の酒場へと足を運ぶ。
 一歩中に入れば、そこは酒に酔って暴れるチンピラ、淀んだ目で男を見つめる娼婦、そしてあの人と同業者と思われる狡猾な商人たちで溢れていた。

 誰とも目を合わせないようにしながら、店の奥を目指して進む。
 そこは彼のために設けられた特別な部屋。

 悪巧みが外へ漏れないように防音加工された壁に二重のドア。

 警戒心の塊ともいえる彼らしい仕様だった。

 二重ドアの前は警備兵まで立たせておく念の入りようだし。

 その警備兵に私の名前と用件を告げる。
 彼は少し待つように伝えると、ノックをしてから中へと入り、確認。

 非常に面倒な手続きを経てからようやく会うことが許された。

「よぉ、アルゼか。何かいい儲け話でも持ってきたのか?」

 部屋の奥に置かれたソファには、両脇に女性ふたりずつの計四人を侍らせた男が足を組んで座っている。

 名前はザルフィン。

 元々はどこかの国で兵士をしていたらしいが、組織からありったけの武器を盗み出して売り飛ばし、財を得た。
 それからこのガノスへと移り住み、非合法の商売を始める。

 最近はまた新しい商売を思いついたようで、忙しくしていたが……どうせろくなものではないだろうな。

 彼のやり口はとにかく暴力で相手をねじ伏せるという商人とは思えないものだった。

 同業者たちは店を破壊され、さらに夜道で襲われるなど命の危険にまで晒される。

 おかげで、生き残ったのはザルフィンの傘下に入った店のみ。
 ギャラード商会も例外ではない。
 恐らく、本店に知られるのが怖くて報告をしていないのだろう。
 
 代表の息子であるレーク・ギャラードはまったく知らない様子だったし。

「どうした? 用件があるならさっさと言え。俺は愚図が嫌いなんだ」
「も、申し訳ありません。実はお耳にいれておかなければと思う情報がありまして」

 その場に跪き、報告する。
 
「情報だと? 言ってみろ」
「先ほど、このガノスにレーク・ギャラードが現れました」
「レーク? ああ、ギャラード商会のボンボンか」

 ザルフィンはテーブルの上に置かれたグラスに手を伸ばすと、注がれていた果実酒を一気に飲み干した。

「しかし、ヤツには感謝しているんでねぇ。大人しくしていてもらいたいもんだ」
「感謝?」
「例の裏闘技場の件は知っているよな? あれで刺激を失ったイカレ貴族どもがうちのオークションに参加したがっているんだよ。おかげで売り上げは当初の三倍にまで膨れ上がる想定になっている」

 そうなのだ。
 世間では裏闘技場を潰したということで一躍注目を集めたが、そこの常連だった貴族たちはこちら側に流れてきていたのだ。

「ガーベルもバカな男だぜ。イキってド派手に客を集めやがるから目をつけられるんだ。悪事を働くなら《静かに堅実に》が基本だろうに。おまえたちもそう思うだろ?」
「もっちろん!」
「さっすがザルフィン様!」
「カッコいい~!」
「だっはっはっ! そうだろう? ほれ、正直者たちにはご褒美だ!」

 女たちから褒められて浮かれるザルフィンは、彼女たちのわざとらしく開かれた胸元へ金貨を挟み入れていく。

 こんな下劣な男のせいで私が大好きだった町は汚された。

 本当ならすぐにでも逃げだしたいところだが、それでは腹の虫がおさまらない。
 必ずやり返そうという復讐心が、今の私を形作っている。
 
「しかし、捉え方によってはチャンスだな。味方に引き入れるもぶっ潰すのも……俺のホームに入り込んでくれたのは喜ばしい」
「ここまでの功績を見る限り、レーク・ギャラードがこちらになびく可能性は低いように思われますが……」
「まあ、やっていることは正義の味方そのものだからな。――しかし、そんなヤツほどえげつない本性を隠し持っているってもんだ」

 本当にそうだろうか?
 今日直接会って話した限りではそのような気配はなかったが。

 ともかく、私の情報で彼は上機嫌となったようだ。

 彼はおもむろに立ち上がると、視線を部屋の奥にあるもうひとつのドアへと向けた。

「ヤツにはこちらから使者を出しておくとして……そうだな。今日は気分が良い。特別に良い物を拝ませてやるよ、アルゼ」
「な、何をですか?」
「ついてくれば分かる」

 言われるがまま、私はザルフィンのあとを追った。
 ドアの向こうは通路になっており、いざという時の非常出口の役割を果たしているようだ。

 その先にまた別のドアがあって、そこを開けると――私は言葉を失った。

 部屋の中にはいくつもの牢屋があって、そこに小さな子どもたちが押し込まれていた。
 こちらへと向けられる瞳には光が灯っていない。
 閉ざされた未来に絶望した目の色だ。

「こ、これは……」
「明日の夜のためにかき集めた奴隷どもだ」
「明日の夜……?」
「こいつらを商品としたオークションが開催される日だよ」
「なっ!?」

 つまり奴隷商というわけか。
 これもまた法律で禁じられている違法行為。

 おまけに罰則はかなり厳しい。
 見つかれば牢獄で少なくとも五十年は暮らさなければならないだろう。
 
 しかし、ザルフィンの表情を見る限り、自分が捕まらないという絶対的な自信があるのだろう。
 金で集めた私兵集団に、裏闘技場を失って娯楽に飢えている変態貴族たちの後ろ盾――ヤツを増長させるのには十分すぎるほどの要素が揃っている。

「ははははっ! 明日が待ち遠しいなぁ!」

 高らかに笑うザルフィン。

 ふん。
 せいぜい今のうちに喜んでおけ。

 私の希望は現実となりつつある。
 彼ならば……人を信じる心を持ったレーク・ギャラードならば、この大悪党ザルフィンを倒せる、と。
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