上 下
8 / 51

第8話【幕間】私の英雄様

しおりを挟む
 子どもの頃の記憶はほとんどなかった。
 気がつくと、私は教会の前に泣きながら立っており、それより以前のことは何も覚えていない。

 唯一あった記憶は名前がコニー・ライアルだということのみ。
 
 どこで生まれ、誰に育てられたか。
 本来であれば覚えているはずの情報を一切忘れ去っていた。

 何もかも覚えていない私を受け入れてくれた教会の人たちには深く感謝している。
 変な勘繰りをされてもいけないからと、私の素性も生まれ間もなく教会に捨てられていたと変更された。

 その後、人一倍の魔力量があるからと王立学園に入学が決まった際、お世話をしてくれたシスターたちはみんな泣いていた。

 同じく教会で暮らす他の子どもたちも喜んでくれて、いつか私と同じく学園に入りたいと口にしていた。

 私の入学を認めてくれた入試担当のクレイグ先生は「君の頑張り次第では他の教会の子たちも学園に入れるよう便宜を図ろうじゃないか」と言ってくれた。

 嬉しかった。
 何もできなかった私だけど、初めて人の役に立てるって思えた。

 私が学園で認められたら、他のことたちの道標になれる。

 孤児というだけでいわれなきレッテルを張られてしまい、生きづらくなるというのはよく分かっていたから、みんなが通えるように私はクレイグ先生の研究を手伝おうと決めた。

 だから……心苦しかったけど、レーク様からのお誘いは断った。

 本当は一緒に踊りたかったけど、貴族ではないとはいえあの方だって素晴らしい家柄。
 私のような者とは育ってきた環境が違いすぎる。
 一緒に楽しみたいというのはおこがましい考えだ。

それにしても……どうしてクレイグ先生はあのタイミングで工房へやってきたのだろう。

 今回だけじゃない。
 私が誰かと長く話をしていると、先生はいつの間にかそこへやってきて私を研究の手伝いに誘うのだ。

 もしかして、常にどこかから監視している?

 自分だけでは無理でも、使い魔を利用すればそれも可能なはず。

「いいよぉ……実にいい! 素晴らしい!」

 中央校舎の一角にあるクレイグ先生の研究室。
 普段は魔法史を教えているが、彼の本来の専門は魔法薬学。

 ここにはさまざまな薬が取り揃えられており、すべてクレイグ先生が調合したものだ。

 そんな彼は今、私の魔力量を測定して満足そうに笑っている。

「これほどの数値は今までに見たことがない。設備も充実しているし……苦労して学園長を説得し、増設をした甲斐があったというものだな」

 ブツブツと何事かを呟きながら、机の上に置かれた紙に何事かメモをしていく。

「あ、あの、先生……」
「うん? どうした?」
「もうよろしいでしょうか……そろそろ戻って課題をやらないと」
「……そうですねぇ」

 先生はゆっくり私の方へ近づいてくる。
 その目は――あきらかに異常だ。
 焦点が合っていないようだったし、何より息遣いが荒すぎる。
 まるで獲物を前にした腹ペコの猛獣を彷彿とさせる眼光だった。

「せ、先生?」
「寮へ戻る前に……もうひと仕事していただきましょう」

 そう言うと、クレイグ先生は制服に手をかけ、力いっぱいボタンごと引きちぎった。
 下着も破れてしまい、私は必死に両手で胸を隠す。

 この仕草が彼を余計に刺激してしまったらしく、鼻息はさらに増していく。

「その豊満な体で研究の疲れを癒してもらいましょうかね」
「い、いや!」

 必死に抵抗をするが、成人男性の力には勝てない。
 いっそ魔法を使って反撃しようかと魔力を高めていくのだが、クレイグ先生はそれを予想して対抗策を用意していた。

「いいのかなぁ、僕に逆らって?」
「えっ?」
「僕は長年この学園の入試担当の長をしている。この意味が分かるかい? ――僕の一存で教会からの合格者をひとりも出させないようにさせることもできるんだよ?」
「っ!? そ、そんな……」
「残念だねぇ。君が我慢するだけで他の子たちに明るい未来が待っていたかもしれないというのに」
「あ、あぁ……」

 教職に身を置く者とは思えない卑劣さに、私は言葉を失った。

 これが……この世界の現実?
 弱者はただ強者に奪われるだけ?

 それなら、私たちのような孤児はどう足掻いても幸せにはなれないということ?

 家柄に力のない者は、卒業後の就職に困る。
 よほどの好成績でなければ騎士団や魔法兵団には入れない……そういった組織の人たちにも気に入られなければ、働く場所すらなくなってしまう。

 今さらながら、私は理解した。
 この世界の不条理を。

「おっ? ようやく状況を理解しましたか。賢い子は好きですよ」

 もう何も考えられなくなった私は抵抗をやめた。
 せめて、この人が喜ぶ顔だけは見たくない。
 その気持ちが私の目を閉じさせた。

 ひどいことを言ってごめんなさい、レーク様。
 上流階級の中にもあなたのような人がいると知れただけでよかったです。

「さて、それでは早速――」

 クレイグ先生の腕が私の肩に触れそうになった――次の瞬間、大きな物音が研究室の入り口から響いてきた。

「な、何事だ!?」

 狼狽える先生の声がする。

「バ、バカな……なぜおまえがここにいる!? あの結界魔法はそう簡単には破れない! ましてや魔法が使えないおまえたちには突破など不可能なはず!」

 声を震わせながら早口で捲し立てる先生。
 魔法が使えない?

 まさか……いやでも……そんなことあり得るはずがないのに――

「課外授業にしてはやりすぎですね、クレイグ先生――いや、変態クソ教師とお呼びした方がいいか?」
「きょ、教師に向かってなんだ、その口の利き方は!」
「今俺の目の前で行われている行為を教育の一環とおっしゃるつもりですか? でしたら記録した先ほどの映像と音声を学園長含め他の先生方にもご覧いただき、忌憚のないご意見を求めるとしましょうか」

 ここにいるはずのないあの方が……レーク様が研究室のドアを蹴破っていた。彼だけではなく、世話役を務めるメイド(?)のルチーナさんもいる。

「ど、どういう意味だ! 記録なんて――まさか!」
「そのまさかです。私の世話役を務めるルチーナが持つ水晶の効果はご存じでしょう? ――観念するんだな」
「ぐっ!?」
 
 あの水晶……確か、音声や動作を記録できる能力があるという魔道具?
 工房で見せてもらったけど――そうか。レーク様は最初からクレイグ先生の言動を怪しいと睨み、その悪事を暴くために用意していたんだ。

 ……凄い。
 そこまで先読みして行動していたなんて。

 相手は名家の出身でしかも学園の教員ともなれば、その行いを証明するのに決定的な証拠がいる。

 だから、あれを学園側に提出すれば、いくら後ろ盾の強いクレイグ先生であっても無事では済まないはず。

「もう大丈夫だぞ、コニー。あとはこの俺にすべて任せておけ」

 そう言って、レーク様は自分の上着を差しだす。
そして、私に向けられた一点の曇りもない微笑みを見て確信した。
 
 この方は将来とんでもない英雄になる、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜

撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。 そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!? どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか? それは生後半年の頃に遡る。 『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。 おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。 なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。 しかも若い。え? どうなってんだ? 体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!? 神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。 何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。 何故ならそこで、俺は殺されたからだ。 ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。 でも、それなら魔族の問題はどうするんだ? それも解決してやろうではないか! 小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。 今回は初めての0歳児スタートです。 小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。 今度こそ、殺されずに生き残れるのか!? とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。 今回も癒しをお届けできればと思います。

ノンケDK♡痴漢メス堕ち♡性処理担当

BL
真面目でノンケなDK、「結城陸」が痴漢に遭い、未挿入で散々アクメでメス堕ちさせられたのち、同級生から襲われてハメハメ♡ドスケベ性活を謳歌するようになる話。フィクションとして切り分けてお楽しみください。 Skebでのコミッション作品です。ありがとうございました! pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。   なにかありましたら(web拍手)  http://bit.ly/38kXFb0   一次Twitter垢・拍手返信はこちらから行っています https://twitter.com/show1write

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

シンデレラ。~あなたは、どの道を選びますか?~

月白ヤトヒコ
児童書・童話
シンデレラをゲームブック風にしてみました。 選択肢に拠って、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドに別れます。 また、選択肢と場面、エンディングに拠ってシンデレラの性格も変わります。 短い話なので、さほど複雑な選択肢ではないと思います。 読んでやってもいいと思った方はどうぞ~。

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

異世界往来の行商生活《キャラバンライフ》:工業品と芸術品でゆるく生きていくだけの話

RichardRoe(リチャード ロウ)
ファンタジー
【短いあらすじ】 ・異世界と現世を往来できる不思議な鏡を見つける ・伝統工芸品を高値で売りさばいて大儲けして、裕福な生活を送る ・ホームセンターは最強() 【作品紹介】 「異世界と日本を行き来できるって、もしかしてすごく儲かるんじゃないか……!?」  異世界に転移できる鏡を見つけてしまった灰根利人(はいね りひと)。転移した先は、剣と魔法のいわゆるナーロッパ世界。  二つの世界を見比べつつ、リヒトは日本の物を異世界に持ち込みつつ、日本にも異世界の映像などを持ち込むことで一儲けすることを企むのだった――。  可愛い亜人娘たちに囲まれる生活もいいが、コツコツ副業に精を出すのもいい。  農業、商業、手工芸、あれもこれもと手を出して進める。  そんな異世界まったりスローライフ物語。 ※参考:出てくる工芸品・織物等(予定含む)  江戸切子  津軽塗(唐塗梨子地)  九谷焼(赤色金襴手)  ベルナルド<エキュム・モルドレ>  シフォン生地のシュミーズ  ベルベット生地(天鵞絨)  カガミクリスタル<月虹>  西陣織(金襴生地・七宝柄)  マイセン<ノーブルブルー> ※参考:出てくる金儲けネタ(予定含む)  しいたけ栽培  Amazon Kindle出版  キャンドル作り  仮想通貨マイニング  歌ってみた  Vtuber稼業  イアリング作り  ライトセイバーバトル ※参考:出てきた魔道具(予定含む)  遠見の加護の首飾り  快眠の指輪  匂いくらましの指輪  深呼吸の指輪  柔軟の加護の耳飾り  暗視の加護の首飾り  鼻利きの加護の指輪  精神集中の指輪  記憶の指輪

処理中です...