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第2話 月下に舞う鍛冶職人

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 ガーベルは去り際にルチーナへと声をかけた。

「ルチーナよ。失礼のないようにな」
「あんたがそんなにへりくだった態度を見せるなんて……この子の家はよほどの良家なんだろうね」
「こ、こら! 口を慎まんか! こちらの御方はあのギャラード商会の御曹司であられるレーク様だぞ!」
「っ! ギャラード商会……?」

 俺が大手商会の御曹司だと知った途端、彼女の目つきが変わる。
 
 ガーベラもそれに気づいて注意をしようとしたが、「構わない」と俺が一蹴。
 早くふたりにしてくれと目配せをしたら渋々と立ち去った。

 さあ……ここからが本番だ。

「ギャラード商会のお坊ちゃまがこんな場所まで何をしに来たというの?」
「あなたを探していたんだ」
「私を?」

 怪訝な表情を浮かべるルチーナ。
 それもそうか。
 俺と彼女にはなんの接点もない。

 王都で見かけたことがあるというだけだし、その時に声もかけなかったからな。

 そもそも彼女は光に照らされた表舞台の人間。
 一方で俺は闇に覆われた裏の人間。

 まともに暮らしていたら交わるはずのない者同士なのだ。
 それに、こうして面と向かって話すのは今日が初めてなので訝しむのも仕方のないこと。

 だが、俺は彼女の身辺情報を徹底的に洗いだしている。
 そこから切り崩していこう。

「例の事件であなたが王都を追われたと知った時、俺は耳を疑ったよ」
「っ!?」

 ルチーナはキッとこちらを鋭い目で睨みつける。
 やはり、例の事件については触れてほしくないようだな。

 ――彼女は若くして王国騎士団長からお墨付きをもらうほど腕の良い鍛冶職人だった。

 ティモンズ家は代々王都で鍛冶職人をしているのだが、彼女は歴代の職人たちの中でトップクラスの腕を持つと評判になり、注目の的だった。

 しかし、そんな彼女にギャラード商会《うち》とはライバル関係にある別の商会が目をつけた。

 その商会は先々代の時代からティモンズ家の工房に素材を卸している業者でもあったが、ある日そこの代表が騎士団に納品する剣の素材を密かに安価な物へとすり替え、支払われる代金の水増しを狙ってはどうかと提案された。

 自分たちが近い素材を手に入れるからと言われたらしいが、当然彼女はこれを断る。

 正義の鍛冶職人と評されるくらい、ティモンズ家の人間は義理堅くバカ正直――言ってみれば昔気質の職人肌ってヤツだった。

 ルチーナもまたそんな一族の血を色濃く受け継いでいる。

 騎士団を裏切るようなマネはできないと突っぱね、逆にその商会の目論見を騎士団へと訴えた。

 だが、結果としてこの提案はルチーナから商会の方へ持ちかけられたと話がすり替えられ、彼女の方が罪に問われることとなった。

 なぜそのような事態になったのかと言えば、商会側が入念な準備と根回しをしていたからということに尽きる。
 
 おまけに騎士団内にも商会とつながっている者が何人かいたため、彼女の証言が聞き入れられることはなかった。

 それからルチーナは工房の営業許可を剥奪され、周りからは白い目で見られるようになってしまい、逃げるように王都から脱出。
 人を信じられなくなった彼女が流れ着いた場所がこの裏闘技場というわけだ。

「残念な話だ。そのような三流商会ではなくうちと契約を結んでいたら、今も王都で腕を振るうことができていたというのに」
「ふん。今さらそんなことを言っても遅い。私は五代続いたティモンズ家の名に泥を塗ってしまったのだ……すべては世間知らずでお人好しだった私自身のせいだ」
「いや、悪いのはあなたを騙したクソ商会の人間だ。あなたは何も悪いことはしていない、ただの被害者じゃないか」
「えっ?」

 ルチーナはキョトンとした顔でこちらを見つめていた。
 ……あと少しだな。

「それに、正義の鍛冶職人と呼ばれたティモンズの名はまだ死んではいない。あなたがこうして生きている限り、挽回のチャンスはいくらでもある」
「し、しかし……どこにもそんなチャンスなんて……」
「ないというなら俺が与える」

 俯いた彼女の両手を俺の両手で包み込む。

「……美しい手だ」
「な、何を言う! 私の手が美しいはずがないだろう! こんな……こんなボロボロになった手など……」

 確かに彼女の手は同年代の女性に比べるとひどく荒れていた。

 しかし、だからこそ俺は美しいと思う。

 職人らしい武骨さと女性らしい繊細さを兼ね備えた手だ。
 それに、洒落っ気とは程遠い使い込まれた作業着も、職人らしさを忘れていない何よりの証拠だ。

 これに関しては嘘偽りのない本音である。

「あなたの手は職人としての魂が込められた素晴らしい手だ」
「そ、そんな……」
「あなたはこんな場所で終わっていい人じゃない。もう一度俺のもとで昔のように輝くんだ」
「あぁ……」

 直後、ルチーナの瞳から大粒の涙がとめどなくこぼれ落ちた。

 彼女の心は大きく揺らいでいる。

 それを見抜いた俺は畳みかけるように続けた。

「ぜひ俺の秘書となってともに覇道を歩んでほしい。あなたの力が必要なんだ」

 最後にそう訴えかけると、それまでくすんでいた彼女の青い瞳に光が灯った。
 そして、おもむろに膝をついて頭を下げる。

「……私のこの両腕をレーク様に捧げると誓います」
「ありがとう、ルチーナ」
 
 ――ふふふ、すべては計画通りに運んだ。
 やはり今世の俺にはツキがある。
 いや、ここまで見事な計画を練りあげた頭脳を褒めるべきか。

 ともかく、これでルチーナ・ティモンズは俺の専属秘書として一生コキ使える社畜第一号となった。

 正義の鍛冶職人というのも目指したらいい。

 だが、俺には関係ない。

 ルチーナの作る上等な武器やアイテムを売りさばき、たんまり儲けさせてもらおう。
 
 それだけじゃない。
 彼女がいなくなれば裏闘技場としても困るだろうから、ギャラード商会の息のかかった職人をひとり代わりに送り込む。
 新しい武器の製造にかかる素材をうちから提供できれば儲けも出るってものだ。

 ガーベルが大人しく応じてくれるかどうかは際どいが、そこはギャラード家に代々伝わる話術で言いくるめてみせる。

 これで覇道への第一段階は完了した――かに思えたのだが、

「そこまでにしてもらいましょうかねぇ、坊ちゃま」

 突然背後から聞こえてきた声。
 振り返ると、そこには大勢の闘士を連れたガーベルが立っていた。

「何か怪しいと思ったら引き抜きでしたか……いけませんねぇ。そいつは私らにとっても大切な金ヅルになる予定なのですから」
「何っ?」

 あの口ぶり……そうか。

 ヤツは気づいていたんだ。

 ルチーナがかつて王都で活躍していた天才鍛冶職人だと。

 俺の前で知らないふりをしたのは様子見のためだったのか。

「さあ、悪だくみはここまでにしましょう。今日のところはお引き取りください」

 丁寧な物腰で語ってはいるが……あれも偽りだろう。

 どうせ配下の者につけさせ、それから夜の闇に紛れて殺そうって魂胆だろう。この場で抵抗するならば容赦なく叩き潰すつもりだ。

 もはや俺に退路はない――が、これも想定の範囲内だ。

 このような状況に陥る可能性はすでに考慮してある。
 ヤツらを懐柔し、意のままに操るため――

「そこをどきなさい、この腐れハゲ」
 
 これからの予定をおさらいしていたら、ルチーナがまさかの暴言をガーベルへと投げつけていた。

「だ、誰が腐れハゲだ! まだハゲてはおらんぞ! ちゃんとサイドは存在感を示しているだろうが!」

 怒る理由はそこかよ、と心の中でツッコミを入れる。
 一方、ルチーナは止まらない。

「あんたはもう終わりよ。私の新しい主はこちらのレーク・ギャラード様だから」
「貴様! 助けてやった恩を忘れて!」
「どうせ私の作った武器を他国の商人に横流しするつもりだったのでしょう?」
「なぜそれを!?」

 マジか。
 それが事実だとすれば、騎士団や魔法兵団が黙っちゃいないぞ。
 
 違法な裏闘技場がまかり通っていたのは、ここのリピーターに貴族がいたからだが、他国に手を出していたとなると彼らからの協力も得られなくなる。

 何よりも保身を重んじる貴族どもからすれば、国家を裏切るような行為をしたガーベル側につくメリットなんてないからな。

「あんたのデスクを調べれば証拠の書類がわんさか見つかりそうね」
「ぐっ……」

 おいおい、もうその辺にしておいてくれ。
 これからこいつを利用してひと儲けしようと考えているのに、それを台無しにしかねない発言だぞ。

「こ、殺せ! こいつらをここで始末するんだ! トドメを刺したヤツには褒美もくれてやるぞ!」

 案の定、ヤケクソになったガーベルは部下をけしかけて俺たちを襲わせる。
 ちっ……いろいろと計画は狂ってしまった。
 ヤツらを説得するのは難しそうだし、ここは一旦退いて態勢を立て直すべきか。

 ルチーナにもそれを伝えようとしたのだが、

「ゾクゾクしてきますね」

 ……えっ?
 なんか雰囲気変わってない?
 君、そんな瞳ギラついてたっけ?

「また正義のために剣を作れる……剣を振れる……ああ……最上の幸福で体が満たされていくのが分かります」

 恍惚とした表情で手にした剣をペロッと舐めるルチーナ。

 ひょっとして……俺はとんでもないヤツを仲間に引き入れてしまったのでは?

 深く追求するよりも先に、ルチーナはすぐ近くに置いてあった剣と斧を手にする。
強い武器と強い武器を掛け合わせたらもっと強くなるというバカの足し算みたいなことを披露するのだが、これが予想外の結果を招いた。

「はああああああああああっ!」

 雄々しい雄叫びが夜空に響く。
 直後、とんでもない瞬発力であっという間に闘士たちの距離を詰めたルチーナは、手にした武器を器用に振り回しながら蹴散らしていく。

 小柄な体格に見合うスピードと、逆に見合わない桁外れのパワーで圧倒。
 
 それに、武器の使い方も豪快だ。

 剣が壊れたら今度は鞭。
 斧が壊れたら今度はハンマー。

 あらゆる武器を使いこなし、自分の身長よりも遥かに大きく、自分の体重よりも遥かに重い相手をバッタバッタとなぎ倒してった。

 な、なんて戦闘力だ。

 ルチーナ・ティモンズ――彼女は鍛冶職人としてだけではなく、闘士としても一流の腕前とセンスを持っていた。

「バ、バカな!?」
 
 事の重大さにようやく気づいたガーベルだが、時すでに遅し。
周りの屈強な闘士たちはルチーナによってあっという間に戦闘不能状態に追い込まれてしまった。

「観念しなさい。あなたの悪事もこれまでです」
「ま、まだだ! 闘技場にはまだ大勢の闘士たちがいる! 私がひと声かければこの場へ押し寄せてくるぞ!」
「なら、さっさとそいつらを全員呼んでください。全滅させる手間が省けます」
「な、何っ!?」
「……今日の私、ワイバーンが束になってかかってきても負ける気がしないんで」

 なんというか……ルチーナの正義感が爆発している。
 そもそも彼女に自分の正義を貫くよう伝えたのは俺自身なのだが、さすがにここまでの効果があるとは思わなかった。案外乗せられやすい性格らしい。

 その後もやってくる闘士を片っ端から蹴散らしていった。

 まるで今まで密かに溜まっていた鬱憤をすべてぶちまけるかのように暴れまくる。
 それはもう、真っ白な月が悪党たちの血で赤く染まりそうなくらいの勢いで。
 俺も一応剣術で援護はしているが、正直必要なさそうだ。

 ついには闘士が誰ひとりとしていなくなってしまった。

「お、おのれ……これでは明日の試合が組めないじゃないか!」

 この期に及んでまだ言うか。
 もういろいろと手遅れなんだよ。

「もう裏闘技場は終わりだと分からないの? あんたがこれから気にしなくちゃいけないのは自分が横たわる棺桶の寝心地だけで十分よ」
「ひいっ!?」

 ついにルチーナの持つ正義の矛先がガーベルへと向けられた。
 
 相手が武器を持っていないということもあってか、ルチーナ自身も素手で挑んでいく。
 それでもあっという間に組み伏せてしまうが……かなり強引な力技だ。
 人体から絶対に聞こえてきてはいけない音がするし。

 あと、棺桶の寝心地を気にしておけと言った割には半殺し程度で済ませていた。
 無益な殺生を好まないというのも彼女なりの正義なのだろう。

「ふぅ……まあ、こんなところで許しましょうか」
 
 全員をぶちのめしてようやく落ち着いたのか、ほっこりした笑みを浮かべる。

 一方、俺はというとげっそりしていた。

 せっかくこいつらをうまく利用し、学園入学前にひと儲けするはずだったのに……落胆していると、ルチーナの視線がこちらへと向けられていることに気づく。

 褒めてくれと言わんばかりに瞳を輝かせているが、正直、大損害なので褒めたくないんだよなぁ。

 それでも、長期的に考えたらここでルチーナのご機嫌を損ねるのは得策と呼べない。

 彼女はこれから俺のためにバリバリ働いてもらわなくちゃいけないんだし、モチベーションを下げるような発言は避けるべきだろう。
 ならば、俺の取るべき行動はひとつ。

「よくやったぞ、ルチーナ」
「悪は滅んで当然ですから! それに、ヤツらはレーク様に危害を加えようとしていましたし!」

 待ってましたとばかりに言い放すルチーナ。
 しかし、ここまで正義感が強く、そして俺に対する忠誠心の高いことには驚かされた。

 ……俺が思いっきり悪寄りの人間だとバレたらまずいんじゃないか?

 ま、まあ、それはうまいこと誤魔化せばいい。
 ギャラード家に代々伝わる話術《トーク力》で乗り切ってみせる。
 逆に信じている間は適当な理由でもこちらの要望をしっかりと実行してくれそうな安心感がある。

 新しいビジネスチャンスを逃す形となってしまったが、ルチーナが当初の計画以上に早く俺を慕ってくれるようになったのは嬉しい誤算だ。

 おかげで次のステップへ前進できる。

 こうして、俺は専属秘書兼社畜第一号の確保に成功したのだった。
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