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第98話 隠された力
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「わあ! 凄いですね!」
「あんまり身を乗り出すと危ないですよ?」
浮かれるリウィルと美弦を横目に、優志とベルギウスは神妙な面持ち。
原因はもちろん――喋る魔人についてだ。
「何かあったんですか?」
「逆だよ。――何も起きていないんだ」
「? それなら特に問題ないのでは?」
「だといいけどね。ほら、よく言うだろ? ――大嵐の前ほど波は静かなものだと」
不吉な物言いのベルギウス。
いつもは軽い感じのベルギウスがそんなことを口走るとは、どうやら余程のことがあるのだと優志は嗅ぎつけた。
「何もないってわけではなさそうですね」
「何もないよ。――だから気になっているんだ」
「どういうことですか?」
「あの魔人……まだ目覚めていないんだ」
重苦しそうに、ベルギウスは答えた。
「目覚めていない?」
すでにあれから数日が経過している。
だが、あの魔人は優志の回復水を飲み干して意識を失ってからまだ起き上がってこないというのだ。
それを聞き、優志はベルギウスの言葉の真意を知る。
「なるほど……たしかにそれは不気味ですね」
「我々はいつ目覚めてもいいように万全の準備を整えていた。まあ、まだ油断するには早いのだが、それでもやはり肩透かしを食らったという気分だ」
眠ったままの魔人。
そのまま眠っていてもらった方がいいのだが、やはりそうは問屋が卸さないだろう。これから一波乱がありそう――いやが上でも、優志の心の中に不安が渦巻き始める。
しかし、意外にもベルギウスは飄々としていた。
いつもと変わらないといえばそうなのだが、いくらなんでも焦りの色が薄過ぎる。優志から眼差しを向けられていたベルギウスは、その意味をすぐさま理解して自身の態度について言及した。
「たしかに魔人は目覚めていない。それはまるで嵐の前の静けさのように不気味な感じがするし、警備をしている騎士たちの間にも動揺が広まっている――が、僕にはどうにもあの魔人が暴れ出すようには思えなくてね」
「それはまたどうして?」
「楽観視していると怒られるかもしれないが――実に安らかなものなのだよ。彼の寝顔が」
「へ?」
安らかな寝顔。
ベルギウスの予想外の言葉に、優志は思わず言葉が出なくなる。
「最初に運び込まれた時、彼の顔をじっくりと眺めていたのだが……それはまるで邪気の塊のような禍々しさがあった」
それについては直接対峙した優志も頷く。
戦闘狂というか、戦うことに対して快楽され覚えているかのような振る舞いだった。それだけにとどまらず、まだ子どもだったザックにも容赦なく攻撃を浴びせるという残虐性も秘めている。
あのまま放っておけば、一体どれだけの被害が出たか――想像するだけで背筋がゾッと冷たくなる。
「それがどうだい。日を追うごとにその顔は純粋無垢な子どものような寝顔に変わっていくんだよ」
「あの顔が子どものように?」
にわかには信じられない言葉であった。
「もしかしたら、君の回復水の効果かもしれないね」
「俺の回復水の?」
「以前からもしやとは思っていたんだ。悪しき者の心を浄化させる作用――荒くれ者の多い冒険者たちが、君の店の風呂に入った途端に落ち着きを持ち始めているのも、実はそういう効能があるからかもしれないと思ってね」
その話は以前ダズからも聞かされたことがある。
冒険者たちは常に戦いの場に身を置いている。
例え仲間であっても、周りのことを気遣う余裕がない状況下に置かれることだって少なくはない。
現に、仲間を見捨ててダンジョンから逃げ出した冒険者も数多くいる。
「君の回復水の効果はただ傷を癒すだけでなく――その者の心さえ綺麗に洗い流してくれるのかもしれないね」
「なら、魔人が善人に?」
「まだ何とも言えない。彼が目覚めてくれないとね」
その辺りが複雑なのだ、とベルギウスは付け足した。
本当に回復水にそのような効果があるのだとすれば、今後の戦術についても変わってくる可能性がある。しかし、もしも依然と変わらぬ魔人であったなら――食い止めるのは容易ではないだろう。
今回だって、偶然、あの魔人が優志の回復水を口にしたから捕獲できたが、次に目が覚めた時は同じ過ちを繰り返しはしないだろう。それくらいの知性はあるように感じられたし、何より学習能力があるというのが厄介だ。
「何はともあれ、まずは彼が目を覚まさないことには――」
言いかけて、ベルギウスは言葉を呑んだ。
優志も異変に気づく。
わずかだが、テーブルに置かれたコップが揺れ、紅茶が波打っている。
「嵐の前の静けさは――どうやら通り越したようだ」
意味深に呟いて、ベルギウスは空を見上げる。
頭上に起きていた異変をより詳しく知るために。
「あんまり身を乗り出すと危ないですよ?」
浮かれるリウィルと美弦を横目に、優志とベルギウスは神妙な面持ち。
原因はもちろん――喋る魔人についてだ。
「何かあったんですか?」
「逆だよ。――何も起きていないんだ」
「? それなら特に問題ないのでは?」
「だといいけどね。ほら、よく言うだろ? ――大嵐の前ほど波は静かなものだと」
不吉な物言いのベルギウス。
いつもは軽い感じのベルギウスがそんなことを口走るとは、どうやら余程のことがあるのだと優志は嗅ぎつけた。
「何もないってわけではなさそうですね」
「何もないよ。――だから気になっているんだ」
「どういうことですか?」
「あの魔人……まだ目覚めていないんだ」
重苦しそうに、ベルギウスは答えた。
「目覚めていない?」
すでにあれから数日が経過している。
だが、あの魔人は優志の回復水を飲み干して意識を失ってからまだ起き上がってこないというのだ。
それを聞き、優志はベルギウスの言葉の真意を知る。
「なるほど……たしかにそれは不気味ですね」
「我々はいつ目覚めてもいいように万全の準備を整えていた。まあ、まだ油断するには早いのだが、それでもやはり肩透かしを食らったという気分だ」
眠ったままの魔人。
そのまま眠っていてもらった方がいいのだが、やはりそうは問屋が卸さないだろう。これから一波乱がありそう――いやが上でも、優志の心の中に不安が渦巻き始める。
しかし、意外にもベルギウスは飄々としていた。
いつもと変わらないといえばそうなのだが、いくらなんでも焦りの色が薄過ぎる。優志から眼差しを向けられていたベルギウスは、その意味をすぐさま理解して自身の態度について言及した。
「たしかに魔人は目覚めていない。それはまるで嵐の前の静けさのように不気味な感じがするし、警備をしている騎士たちの間にも動揺が広まっている――が、僕にはどうにもあの魔人が暴れ出すようには思えなくてね」
「それはまたどうして?」
「楽観視していると怒られるかもしれないが――実に安らかなものなのだよ。彼の寝顔が」
「へ?」
安らかな寝顔。
ベルギウスの予想外の言葉に、優志は思わず言葉が出なくなる。
「最初に運び込まれた時、彼の顔をじっくりと眺めていたのだが……それはまるで邪気の塊のような禍々しさがあった」
それについては直接対峙した優志も頷く。
戦闘狂というか、戦うことに対して快楽され覚えているかのような振る舞いだった。それだけにとどまらず、まだ子どもだったザックにも容赦なく攻撃を浴びせるという残虐性も秘めている。
あのまま放っておけば、一体どれだけの被害が出たか――想像するだけで背筋がゾッと冷たくなる。
「それがどうだい。日を追うごとにその顔は純粋無垢な子どものような寝顔に変わっていくんだよ」
「あの顔が子どものように?」
にわかには信じられない言葉であった。
「もしかしたら、君の回復水の効果かもしれないね」
「俺の回復水の?」
「以前からもしやとは思っていたんだ。悪しき者の心を浄化させる作用――荒くれ者の多い冒険者たちが、君の店の風呂に入った途端に落ち着きを持ち始めているのも、実はそういう効能があるからかもしれないと思ってね」
その話は以前ダズからも聞かされたことがある。
冒険者たちは常に戦いの場に身を置いている。
例え仲間であっても、周りのことを気遣う余裕がない状況下に置かれることだって少なくはない。
現に、仲間を見捨ててダンジョンから逃げ出した冒険者も数多くいる。
「君の回復水の効果はただ傷を癒すだけでなく――その者の心さえ綺麗に洗い流してくれるのかもしれないね」
「なら、魔人が善人に?」
「まだ何とも言えない。彼が目覚めてくれないとね」
その辺りが複雑なのだ、とベルギウスは付け足した。
本当に回復水にそのような効果があるのだとすれば、今後の戦術についても変わってくる可能性がある。しかし、もしも依然と変わらぬ魔人であったなら――食い止めるのは容易ではないだろう。
今回だって、偶然、あの魔人が優志の回復水を口にしたから捕獲できたが、次に目が覚めた時は同じ過ちを繰り返しはしないだろう。それくらいの知性はあるように感じられたし、何より学習能力があるというのが厄介だ。
「何はともあれ、まずは彼が目を覚まさないことには――」
言いかけて、ベルギウスは言葉を呑んだ。
優志も異変に気づく。
わずかだが、テーブルに置かれたコップが揺れ、紅茶が波打っている。
「嵐の前の静けさは――どうやら通り越したようだ」
意味深に呟いて、ベルギウスは空を見上げる。
頭上に起きていた異変をより詳しく知るために。
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