上 下
90 / 168

第90話  次の仕事場

しおりを挟む
「なるほど、たしかにこいつは魔人だ。かなり小型のようだが」

 意識を失い、チェーンの魔鉱石で身動きが取れない状態となっている魔人を前にしてそう語るのはベルギウスであった。
 今回はいつものようなお忍びのお遊びではなく、大勢の騎士たちを率い、魔人を連れ帰るという任務を受けて正式にやって来ていた。

 その陣容は戦闘でもおっぱじめそうな本格的なもの。
 ただの魔人であれば、ここまで大掛かりにはならないし、そもそもわざわざベルギウスが出て来ることはないのだが、

「それで、本当にこいつは喋るのかい?」

 今回の魔人の一番の相違点はまさにそこ――この魔人とは会話が可能なのだ。

「はい。俺も言葉を交わしましたし、ダズやエミリーも同じです」
「わかった。では、こいつの身柄は僕が預かろう」
「引き渡しておいてなんですが……まさか城へ?」
「いや、国王陛下がいらっしゃるのに、いつ暴れ出すかもしれぬこいつを城へ置いておくのは危険だろう。……決して君を疑うわけではないが、君から教えてもらった対策法も、完全に効果があるかどうかは定かではないし」
「俺もそこが気になっていました。でも、城に運ばないなら安心です。それで、どちらに?」
「この近くにある砦だ。それなりに大きいし、警備兵の数も増やす予定だからまず問題ないだろう」

 ベルギウスは優志から購入した回復水の入った水筒を手にしながら笑う。
 
 魔人の動きを封じた優志の回復水を、ベルギウスは念のためにとありったけの量を購入すると申し出た。優志としてはタダで譲る気であったが、「それでは僕の気が収まらないよ」と言ってきっちりと料金を支払って行った。

「取り扱いにはくれぐれもご注意を」
「ははは、心配はいらないさ。……せっかくの貴重な情報源だからね」
「!?」

 一瞬、ゾクッと背筋が寒くなった。
 普段はおちゃらけているベルギウスがわずかに見せた表情。
 端正な顔立ちも相まって、言葉を失うくらいの静かな迫力に満ちていた。

「? どうかしたかい?」
「い、いえ」
「そうか。――む?」

 優志との会話中に何かを発見したベルギウスが目を細める。そして、


「ジョゼフ!? ジョゼフじゃないか!!」
 
 ベルギウスが見つけたのは息子と生還を喜び合う木こりのジョゼフであった。

「し、知っているんですか、ベルギウス様」
「知っているも何も、彼は元王国騎士団の人間だ」
「! そうだったんですね」

 どうりであの魔人相手に勇ましく立ち向かえるわけだ。
 戦うことに不慣れとか言いながらも、実は戦闘経験豊富な歴戦の勇士であったのだ。

「べ、ベルギウス様……」

 ベルギウスに見つかってはもう誤魔化しきれないと悟ったのか、特に誤魔化すことなく会釈をするジョゼフ。
 一方、ベルギウスの方はニコニコと柔和な笑顔をたたえながら近づく。

「君が騎士団を辞めると報告を受けた時は本当に驚いたぞ。今は何をしている?」
「木こりをしていました。――ですが、仕事場である森に異変が起きて、廃業を余儀なくされてしまったのです」
「異変?」
「ええ。それで、こちらの回復屋さんで雇っていただけないかと相談に来たんです」

 森で起きた異変。

 ベルギウスはそれに何か引っかかりを感じているようだった。
 それは優志も同じで、もう少しジョゼフの話を聞こうと会話に混ざる。
 
「森で一体何が起きたんですか?」
「木々が一斉に枯れ始めたんだ」
「枯れ始めた!?」

 聞き慣れない現象に、あのベルギウスが声を荒げる。

「そんなバカな……」
「本当なのです。そのせいで、うちの村に住む木こりたちは職を失いました。――木こりたちだけではありません。農家を営んでいた者たちも、野菜が収穫できなくなって困り果てている現状です。私たちのような動ける若者は村を出ましたが、長距離を移動できないお年寄りも多く、このままでは……」

 ジョゼフの話しは嘘ではないだろう。
 涙混じりに訴えるその姿が嘘だとしたら、もうこの世の何もかもが信用できなくなってしまう――そう思えるほど、切羽詰まった様子であった。

「……あの」

 話が途切れたところで、優志が手を挙げる。

「その村の様子を見せてもらいたいのですが」
「む、村の様子を?」

 突然の提案に、ジョゼフとベルギウスは互いに顔を見合わせる。

「枯れ果てた規模にもよりますが、もしかしたらこいつでなんとかなるかもしれません」

 そう言って優志が手にしたのは――回復水の入った水筒だった。

「! そうか! 君の回復水がもしかしたら植物にも作用するかもしれない!」
「そうなれば森を救えます。お年寄りたちも、これまで通りの生活ができるはずです」
「ゆ、ユージ殿!!!」

 興奮のあまり、優志の手を潰さんばかりの強さで握るジョゼフ。

「……また君の力を借りることになるとは」
「城は今、魔王討伐で人員が手一杯でしょうし、俺にやれることであるならこなしてみせますよ」
「なんと頼もしい……だが、くれぐれも無茶はしないでくれよ」
「お任せを」

 モンスターと戦うわけじゃない。
 回復こそが優志の仕事。

 ただ今回はこれまでとは一味違う。


 回復させるのは――木こりの森だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?

N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、 生まれる世界が間違っていたって⁇ 自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈ 嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!! そう意気込んで転生したものの、気がついたら……… 大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い! そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!! ーーーーーーーーーーーーーー ※誤字・脱字多いかもしれません💦  (教えて頂けたらめっちゃ助かります…) ※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

甘党羊
ファンタジー
唐突に異世界に飛ばされてしまった主人公。 降り立った場所は周囲に生物の居ない不思議な森の中、訳がわからない状況で自身の能力などを確認していく。 森の中で引きこもりながら自身の持っていた能力と、周囲の環境を上手く利用してどんどん成長していく。 その中で試した能力により出会った最愛のわんこと共に、周囲に他の人間が居ない自分の住みやすい地を求めてボヤきながら異世界を旅していく物語。 協力関係となった者とバカをやったり、敵には情け容赦なく立ち回ったり、飯や甘い物に並々ならぬ情熱を見せたりしながら、ゆっくり進んでいきます。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...