異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした

鈴木竜一

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第86話  思わぬ来訪者

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「では、これからダンジョンに潜ります」

 リーダーのトラビスが優志とジョゼフに告げる。
 ジョゼフは初のダンジョンとなるため、顔色から緊張している様子がありありと伝わる。優志は数回潜っているが、それでもやはりモンスターと鉢合わせになる可能性があるとなると顔色は自然と険しくなっていく。

 一方で、トラビスたち若き冒険者たちは飄々としていた。

「緊張感がない」ように映るが、言い換えればそれは「慣れている」という頼もしい要素ともなり得る。
 この場合は後者の方だろう。

 以前、トラビスたちの活躍ぶりをダズが褒めていたことを思い出した。

『まだ若い連中だが、腕はある。それに、自分たちの力に溺れず、冷静に立ち回れる頭の良さを備わっていた。あいつらは伸びるよ』

 酒の席だったとはいえ、ダズがあそこまで手放しに褒める冒険者を優志は他に知らない。
 
「そういやそんなことを言っていたな……」

 若いから頼りないと安易には決められない。
 年齢の近い誰かさんと違ってポンコツ感は感じさせない、しっかりとした若者たちだし。

「では、俺たちのあとについてきてください」

 トラビスともうひとりが先頭を切って進んでいく。
 その後ろから優志とジョゼフ。
 最後尾にひとりを配置して優志たちを挟む格好となった。

 捜索場所は入り口付近に限定することとした。

 というのも、あまり深くに入り込めるとは到底思えないというトラビスと優志の思惑が一致したからだ。

 その想定は間違いではないと、ダンジョンへ踏み込んだ優志は確信を得た。
 それほどまでに、ダンジョンとは不気味でおっかない雰囲気に包まれているのだ。

 遠くから聞こえるモンスターの鳴き声。
 じっとりと肌にまとわりつく湿気。

 どれをとっても薄気味悪さ全開である。

「10歳の男の子なら、この辺が限界じゃないでしょうか」

 トラビスの足が止まったのはダンジョンへ入ってからおよそ5分――経過時間だけ聞くとたった5分かと思えるが、それだけでも十分だと優志とジョゼフは感じていた。

「あ、あの子がこんな奥まで来ているとは……」
「まだまだここは入口ですよ?」
「うっ……そうなんですか?」

 トラビスの言葉に信じられないといった表情のジョゼフ。
 だが、それも無理はない。
 見た目はいかつく、持っている獲物は凶悪な巨大斧というまさにお手本のような冒険者スタイルをしているジョゼフだが、ダンジョン初心者であることには変わりなく、今も震えが止まらない状態だ。

 そんなダンジョンにあの少年――ザックが入り込んでいるというのはやはりどうにも信じられない。

 ――そう思っていたが、

「いたぞ! あそこだ!」

 トラビスと共に先頭を進んでいたメンバーが叫ぶ。
 その指さす方向に、

「! ザック!」

 膝を抱えてうずくまるザックの姿があった。
 間違いなく、パン屋のケビンに悪態をついていたあの少年だ。

 慌てて駆け寄るジョゼフ。
 大声で名前を叫んでいたため、ザックもすぐに父の存在に気づく。

「父さん!!」

 感動の親子の対面。
 固く抱きしめ合うふたりを眺めている優志たち――だが、

「まずいな……」

 眉をひそめていたのはトラビスだった。

「どうかしたのか?」
「少し騒ぎ過ぎたのかもしれません」
「……え?」

 気がつくと、他のメンバーは武器を手にして臨戦態勢を整えていた。
 感動のシーンに涙をしている暇はなさそうだ。

「気づかれたか……」

 このダンジョンに生息するモンスターが、虎視眈々とこちらに狙いを定めている。
 ダイヤモンドウルフかフレイムコングか――或は、まったく別のモンスターか。

 未だに感動の対面を満喫している親子を尻目に、優志たちが薄暗いダンジョンの奥へ視線を集中していると、


 ザッザッザッザ――


 何かがゆっくりと近づいてきている。
 耳をすまさなければ聞こえないほど小さな足音が、着実にこちらへと接近してきている。

「なんだ……?」
 
 あまりにも静かでゆったりとした気配に、ほんの一瞬だがその場にいた全員の気が緩んでしまった。

 まず、巨体ではない。
 次いで、スピードもさほどない。

 そのふたつの情報だけで、敵の大体のイメージが形成された。
 情報を総合した結果が、冒険者たちに流れた一瞬の油断――しかし、すぐさまその認識は改められることとなる。

「!?」

 トラビスを含む冒険者たちは緩んでいた体に再び力を込めた。
 
 何かが――来る。

 それも、これまでに感じたことのない気配。
 悪寒が止まらない。
 まるで「絶望」そのものが近づいてくる――そんな気がする。

「一体何が近づいているんだ?」

 優志もまた構える。
 戦えることはできない――だが、傷ついた仲間をスキルで回復させるという形でこの戦闘に貢献することは可能だ。
 仮にも、この中では年長組に当たるのだ。
 そんな自分が指をくわえてただ見ているだけというのは我慢ならない。
 どういう形であれ、傍観者のまま終わることはできなかった。

 決意に満ちていた優志だが、近づくその気配に呑まれ始めると、徐々に体の動きが鈍くなってついには過呼吸へと陥る。


 そして――とうとうその気配の正体が姿を現した。


「! バカな!?」


 優志が目の当たりにしたのは、

「ま、魔人?」

 かつて、このダンジョンを危機に陥れた魔人に瓜二つ。
 身長は2mほどとかなり小柄だが、あの毒々しい紫色をした肌はまさしく魔人のそれだ。
 突然の登場に困惑していると、「ガリガリ」という音が響いた。
 その音の原因は、


「あいつ……魔鉱石を食っているのか?」


 スナック菓子を頬張るような感覚で魔鉱石をかじる魔人。
 だが、以前戦ったヤツと比べて明確な敵意は感じない。

「ぐっ……こいつ!」

 痺れを切らしたひとりの冒険者が剣を構えて飛びかかる。

「よせ!」

 リーダーであるトラビスの声が届くよりも前に、魔人は振り下ろされた剣を鷲掴みにしてそのままヒョイっと放り投げた。

 ズダン、と勢いよくダンジョンの岩肌に叩きつけられる冒険者――その姿を見て、


「やれやれ、せっかちな野郎だ」


 魔人はそう言葉を漏らした。
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