異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした

鈴木竜一

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第79話  打たせ湯

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「打たせ湯? 湯船のない風呂とは一体……」
「では、その全容をお見せします。――どうぞ」

 優志から送られた合図をきっかけにして、


 ドドドドドッ!!!

「うおっ!? 何事だ!?」

 突然の轟音に驚くフィルス国王。
 合図を送った優志も、想定以上の音に一瞬ビクッと体が強張った。

 その轟音の正体は、

「おお……これほどの量のお湯が降り注ぐ様は壮観だな」

 まるで滝のように天から降るお湯であった。
 これこそが異世界流の打たせ湯――その迫力は優志がこれまで体験してきたものとはケタ違いの迫力だった。

「早速入ってみても?」
「ええ。どうぞ」

 優志にたずねてはいるが、すでにその足は打たせ湯へと向かっていた。

「おおう!? 凄まじい勢いだ!」

 その姿はさながら滝に打たれる修行僧のごとし。威厳ある風格も相まって絵になる光景となっている。

「似合うなぁ……」

 思わず優志が呟いてしまうほどだ。

「大層気に入られているようですな」

 いつの間にか隣に立っていたショーン。打たせ湯にすっかり夢中となっている国王を見つめるその眼差しは保護者のようだった。

「あれもまたあなたの世界にある風呂なのですか?」
「ええ。――ただ、打たせ湯は現在、その数が少なくなってきているんです」
「ほう? 私としては見栄えも良いし、あれだけの勢いで水を浴びればマッサージ効果も抜群のように思いますが」
「仰る通りのメリットはたしかに期待できます。ですが、こいつには他の風呂にないあるデメリットがあるんです」
「そのデメリットとは?」
「あれです」

 そう言って、優志は未だに滝へ打たれ続ける国王に目を向けた。

「国王陛下が?」
「いえ――ああ……あながち間違いというわけではないですが」
「と、言うと?」
「問題なのはあの水しぶきなんです」

 激しい水の流れが体に当たることで生じる水しぶき。優志はそれを問題視していた。

「水しぶきが?」
「ええ」

 なぜ水しぶきが――そんな疑問を抱いているであろうショーンに、優志が説明を始めた。

「まあ、打たせ湯に限ったことではないですが、お湯を循環させるのならば気をつけなくてはいけないのは衛生面です」

 特に打たせ湯の場合、何かしらの菌が発生した際には水しぶきを通して広まりやすいという難点がある。今回は公共の湯ではなく完全プライベートな風呂ということなので、優志の店にある循環機能を少し改良し、消毒機能を搭載したものとした。ちなみに、その消毒にもまた魔鉱石が使われている。

 優志の店の場合はそもそも風呂の湯が優志のスキルによって強化されたもののため、菌の繁殖はなく、汚れた湯を取り替えるという作業がメインになる。

 だが、ここの湯は国王しか使用しないとはいえ、衛生面の管理をキチンと行わなければならない。

 当然、そうした配慮等については城の使用人たちにしかと伝えてある。



 その後、風呂から上がった国王に呼ばれた優志と職人たちは、王の間へと招待され、その仕事ぶりを絶賛された。 

 そして、待ちに待った報酬を受け取る。

「おおう……」

 優志と職人たちは見たことのない数の金貨を前に「ゴクリ」と唾を飲んだ。
 だが、その顔はリアクションとは対照的に落ち着いている。

「随分と落ち着いているな」

 フィルス国王が優志たちに問う。
 互いに顔を見合わせる優志と職人たち――それで、どんな気持ちでいるのかは手に取るように理解できた。代表して、優志が国王へと話す。

「我々は満足しているからです」
「そうであろう。それほどの大金は滅多にお目にかかれんはずだ」
「あ、いえ、金額のことじゃないんです。――ああ! もちろん、この金額も凄くて一瞬思考が停止したのは事実ですが……違うんです」
「ではなんと申すか」
「大仕事をやってのけたという充足感です」
 
 それは、前職であるサラリーマン時代にも何度か感じたことがあった。
 プロジェクトに関わり、多くの人たちと意見交換をしてまとめる。

 面倒で大変で、投げ出したいくらいのプレッシャーに苛まれても、終わってみればなんだか名残惜しさを感じてしまう。

 今回の風呂造りも、これで優志たちは御役御免。
 あとは城の使用人たちがこの風呂を清潔に保ち続け、フィルス国王が使用する際には全力で仕上げてくるだろう。

 達成感と同時に訪れる胸にポッカリと開いた不思議な寂しさ。

「ふふふ、そうか。君たちは生粋の職人というわけか」

 フィルス国王も優志たちの心意気を高く評価し、今後は王都でもいろいろと仕事を頼みたいと告げ、公務へと戻って行った。


  ◇◇◇

 
「そうでしたか。そんなことがあったんですね」

 フォーブの街へと戻る職人たちと別れて店へと帰って来た優志は、早速、今日の出来事をリウィルへと報告する。

「さ、さすがは国王陛下……凄い報酬ですね」

 同席していた美弦が、持ち帰った金貨を前に眉をピクピクさせて金貨を眺めていた。

「これは金庫にしまっておきますね」
「頼むよ」

 店の売り上げなどはすべてリウィルに管理を任せている。
 城でのドジっぷりから美弦は密かに不安がっていたようだが、あれは神官としての地位がそうさせていただけで、落ち着いたいつも通りのリウィルはそんなつまらないミスをするようなボンクラじゃない。

 優志はそのことを見抜いていたからこそ、リウィルに金銭の管理を任せたのだ。

「あ、ここにいましたか」

 食堂でまったりしていた3人のもとへ、ライアンがやって来た。

「何か用があったか?」
「はい!」

 元気の良い返事。
 心なしか、表情も晴れ晴れとしている。
 と、なると、

「ひょっとして……いよいよか?」
「いよいよです! ――とうとう絵が完成しました!!!」

 夜のしじまを裂くように、ライアンは高らかに言い放った。
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