上 下
78 / 168

第78話  お披露目

しおりを挟む
 国王専用風呂の着工から1週間。

 とうとう、


「「「「「「完成だぁ!!!」」」」」」

 
 優志と職人たちは一斉に叫び、ハイタッチを交わしていく。
 特に、年齢が近く、もっとも多く議論を交わしたクリフとは抱擁まで交わすほど喜びを爆発させていた。

 風呂自体の外観は、優志の店にあるさほど変化はない。
 だが、風呂のそこにはびっしりとエアーの魔鉱石が含まれており、これがジャグジー効果を生み出すのである。

 それと、もうひとつの風呂を実現する大きな仕掛け。
 ただ、これが露骨に見えていては興醒めもいいところなので、こうした仕掛けが視界に入らないよう、植物などを駆使してなんとか隠していた。

「いやはや……これはまた驚きましたな」

 完成した風呂を眺めながら、ショーンも呟く。
 職人たちのこだわりや苦労を間近で見ていたからなのか、片眼鏡の奥にある瞳は、うっすら潤っていた。感極まって涙が出たらしい。

「では、早速国王陛下にご報告をしてきます」
「お願いします」

 完成を心待ちにしている国王陛下を呼びに、ショーンは部屋をあとにした。

「ようやく完成したけど……国王陛下は気に入ってくださるだろうか」

 やり遂げた達成感で気分が高揚していた職人たちであったが、何気なく発せられたその言葉をきっかけに静まり返ってしまった。

 自信はある。

 ジャグジーと秘策である「あの風呂」は、きっと国王陛下に気に入ってもらえる。

「大丈夫さ。この風呂は俺たちの集大成……きっとうまくいく」

 優志の言葉を受けて、職人たちの顔から不安の色が消えた。
 この1週間――職人たちは一切の妥協を許さず、己の持てる技術を余すところなく絞り出した、優志の言った通りまさに集大成と称して過言ではない仕上がりになった。

 改めて自信を持ったところで、


「とうとう完成したそうだな」


 いよいよフィルス国王がやって来た。
 風格ある佇まいで、ゆっくりと風呂場へと入って来る。

 その視線の先には――すでに湯が張られた風呂がある。
 職人たちのこだわりが詰まった風呂を目の当たりにしたフィルス国王の反応は、

「ふむ……」

 心なしか、落胆したように映った。

 しかし、それは無理もないこと。
 なぜなら、パッと見は特に変化の見られない、ただの風呂だったから。
 
「特にこれといって変わったところはないな」
「ご安心ください。――入っていただければ、その違いに驚くはずです」
「ほぅ……」

 自信たっぷりな優志の言葉に、少し影がさしていたフィルス国王の顔に明るさが戻る。


 優志の自信の根拠を知るため、フィルス国王は早速服を脱いで風呂へとその身を預ける――だが、

「…………」

 特に変化はない。 
 ただの湯に浸かっているだけだ。

 そこへ、

「では――始めます」

 優志が職人たちへ合図を送る。
 それを受け取った職人たちは、風呂の底に仕掛けられたエアーの魔鉱石へ魔力を供給し始めた。これにより、

「む?」

 なんの変哲もないただの風呂に、劇的な変化が訪れる。

 ボコボコボコ――

「な、なんだ!?」

 風呂の底から湧き上がってくる空気。
 たまらず、フィルス王は立ち上がった。

「ご安心ください、国王陛下。それはただの空気です」
「く、空気? ……しかし、これは……」

 躊躇いがあるのか、国王はその場に立ち尽くしたままの状態となってしまった。
 それもそのはずで、エアーの魔鉱石の影響を受けた風呂はボコボコと泡立ち、まるで沸騰した鍋の中のようになっている。
 ただ、これはあくまでも熱によるものではなく、エアーの魔鉱石によって生じたものであるため、温度に変化はない。ただ、ビジュアル的に初見の人には警戒心を持たれてしまうのは仕方がないと優志は思っていた。

 それが見事にフィルス国王にも当てはまった形だ。

「御心配には及びません。むしろのその湧き上がる泡こそがこの風呂の肝なのです」
「こ、これが、か?」

 半信半疑のフィルス国王であるが、実績十分な優志が言うならと再びその身を湯船の中へと沈める。すると、

「お? おおっ!?」

 不安げな表情から一変、硬直していた頬はだらんと力なく垂れ下がり、目はキュッと細められた。

「なんという快感……まるで全身をもみほぐされているような感覚だ」

 優志からすればそれは大袈裟な表現だと感じる。
 だが、これまで入浴に関する文化が皆無だったこの世界の住人にとって、このジャグジー風呂というのはこれまでのどの風呂よりインパクトを与えるものになったようだ。
 その証拠に、側近の騎士や神官たちが興味深げにフィルス国王の一挙手一投足に注目をしている。

「ふあ~……驚いたなぁ。よもやここまでとは」

 すっかり優志たちの風呂を気に入ったフィルス国王。
 ――だが、まだ終わらない。

「お次はこんな風呂はどうでしょうか」
「何? まだあるのか?」
「ええ。――今度もまた一風変わったものになります」

 そう言って、優志は再び職人たちへ合図を送る。

「場所を移しましょう」
「移動すると言っても……どこへだ?」

 パッと見渡しても、湯船は今自分が浸かっているジャグジー風呂しかない。
 一体、どこにその風呂があるというのか。

「次の風呂はそこで座っていただければわかりますよ」
「座る?」

 優志が指定した場所――それはただの床だった。
 お湯どころか水さえなさそうな場所を指定されたフィルス王は混乱気味だ。

「い、一体、何をはじめようと言うんだ?」
「これもまた、俺の世界にある風呂の一種なんですよ」

 あたふたする国王を尻目に、準備を整えた優志が告げる。

「その名は――打たせ湯です」
しおりを挟む
感想 188

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

処理中です...