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第69話  思案

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「ただいまー」
「おかえりなさい、ユージさん」
 
 優志が店に戻って来た時にはすっかり夜が更けていた。
 国王からの要望を聞いたあと、どういった風呂にしようか部屋に残っていろいろと思案を重ねていた。その際、優志を城まで案内した執事にもさまざまな情報を提供してもらった。

『国王陛下の顔色が優れないようでしたが』
『はい……恐らく、原因は魔王討伐にあるのではないかと城の者たちは考えております』
『やっぱりか。心労を重ねているというのが手に取るようにわかったよ。目の下にクマもあったようだし、きっとしっかりと睡眠をとれていないんじゃないかな』
『このままでは魔王討伐を果たす前に陛下の御身体が……』
『そうならないために、きっと俺を城へ呼んだのでしょう』

 執事からもらった情報と自分の目や耳で得た情報を総合し、優志は今のフィルス国王に一番合った風呂を造ろうと考えていた。

 すでに業務は終わっていたため、店には宿泊客しか残っていない。
 美弦は自室で休んでおり、ライアンは浴場という名のアトリエにこもって例の絵の続きを描いている最中だ。
 一方、食堂では夜の静寂を楽しむようにまったりとコーヒー牛乳を飲みながら会話を交わす冒険者や街の人たちの姿があった。

 そんな食堂のテーブルを使って、優志はアイディアを練る。


 今回もっともポイントとなるのは己のスキルを使わないという点だ。

 入浴剤の使用も検討したが、現在用意されているすべての入浴剤は騎士たちのもとへ送ることになっているらしい。国王としても、騎士たちが万全の状態で戦える環境を優先せよと命を出している以上、そう簡単に入浴剤を使うわけにもいかないだろう。
 それに、あれも優志のスキルを使うため、なくなったら作らなければいけない。

 店の風呂は優志の超回復スキルを最大限に利用した格好で成り立っている。なので、優志が入浴剤作りに専念するあまり、風呂を使えない状態が続き、商売が成り立たなくなる――フィルス国王はそうした状況をなるべく避けようと、スキルを使わない風呂を考えるよう提示したのだと優志は自分なりに分析をしていた。

 フォーブの街や王都で優志の店を知らない者などほとんどないほど評判になっていた。

 特に冒険者を商売相手としているフォーブの街にとって、激務である冒険者という仕事の疲れや怪我を癒す優志の店はありがたい存在と言えた。優志の店があることで、多くの冒険者がこの街に滞在できるようになり、結果として周辺の店も儲かるからである。

 そんな中で、優志が密かに懸念していた事態があった。


 それは――魔鉱石の価格の下落である。


 多くの冒険者が残るということはダンジョン内で採掘される魔鉱石の数が増えることにつながる。そうなると、一部レア物を除いた一般的な魔鉱石は、採れ過ぎに伴って価格が大幅に下がるのではないかと優志は心配していたのだ。

 だが、これにはある解決策があった。

 実は、フォーブの街を越して西へ進むと、大きな港町があり、そこで冒険者たちはよその国から来た商船の乗組員に魔鉱石を売りさばいていたのだ。

 これは国が正式に認めたビジネススタイルであり、法律上はなんの問題もないとされている行為だ。現に、ダズやエミリーもその商売の経験者である。

 なので、冒険者たちは心置きなく魔鉱石の採掘に心血を注ぐことができるのだ。


 ――話を戻そう。


「むむむ……」

 優志は悩んでいた。

 最大のネックは「スキルの不使用」――これは国王の配慮であるため、それ自体はありがたい話ではあるが、逆にその条件がアイディアを限定する要素ともなっていた。

「スキルを使わず……それでいてスキルを使用した時とさほど変わらない効果を生み出すために必要なこと……」

 そうなると、アレを有効活用するしかないだろうというのが優志の見解だった。


 魔鉱石だ。


「まだ俺の知らない効果を持った魔鉱石があるはず」

 ヒートやアクアのように、それこそ魔法に匹敵する効果を得られる魔鉱石をうまく活用すれば、国王の疲れを癒せる風呂が造れるはず。
 問題は、

「どんな魔鉱石をどう使うか――だな」

 ようは「魔鉱石を使う」という漠然とした骨組みだけが出来上がっただけだった。

「お悩みのようですね」

 そこへリウィルがやって来た。
 優志へコーヒー牛乳を渡すと、対面側の椅子に座ってこれまでの経緯を聞く。

「そうですか……国王陛下が……」

 朝とは打って変わって静かなリアクション。
 もう慣れたということなのだろうか。

「スキル無しで回復効果が得られるお風呂ってあるんですか?」
「そもそも入浴という行為自体に回復効果はあるんだけど……」

 それでは物足りない。
 あともうちょっと、何かアクセントがほしい。
 それが優志の本音であり、フィルス国王が望んでいる風呂の姿だろう。

「何かいい案はないものか……」
「思い悩んでいても出ない時は出ないものですよ? コーヒー牛乳でも飲んで少し休憩しましょう?」
「そうだな」

 リウィルに促されて、優志はコップを手に取った。
 それを何気なく眺める。

 薄茶色をしたコーヒー牛乳の表面には小さな気泡がいくつか浮かび、ほんのりとした甘みを感じさせる香りが鼻腔をくすぐる。

「……ん?」

 一口飲んでから――優志にある閃きが舞い降りる。

「もしかしたら――いけるかもしれない! いけるかもしれないぞ!」


 だんだんと声のボリュームが上がっていく優志。思いがけないヒントを得たことにより、その頭には突破口となる考えが舞い取りていた。

 突然の叫びにポカンとしているリウィルを横目に、優志は成功を確信してほくそ笑むのだった。
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