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第49話  おっさんふたりの密会

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「リウィル……ですか?」
「ああ」

 グラスに注がれた淡い桃色の酒を口に含み、大きく息を吐いてからガレッタは続ける。

「あの子は努力家だ。神官になるため、日々弛まぬ努力を続けてきた。……しかし、残念ながら結果が伴わなかった」
「ガレッタさん……」
「才能がないわけじゃない。ただ、なんというか、あの子は肝心なところでやらかす癖があるんだ。そこは父親似だな」
 
 小さく笑って、ガレッタは再び酒を口に運ぶ。

 優志にはガレッタの心境が理解できた。
 きっと、物凄く葛藤しただろう。
 友人の娘であるリウィルを贔屓すれば、神官長として他の物へ示しがつかなくなる。それはつまり、王国における神官の立場そのものが危うくなる行為だ。
 だから、ガレッタはリウィルを追放した。
 最後の望みをかけ、無断で勇者召喚をした挙句、なんでもないおっさんの優志を呼び出したことで、もうその判断を下さなければならなくなってしまったのだ。

「リウィルが外の世界で暮らしていけるのか……正直なところ、気が気ではなくてね」

 ガレッタにとって、リウィルは娘同然の存在なのだろう。
 だから、

「気になって様子を見に来た、と?」
「そうだ。城に来ていた行商から、偶然君が店をオープンすることを聞いた。――その店にはリウィルに特徴のよく似た女性が店主の手伝いをしていると」

 その情報でピンときたらしかった。

「実を言うとな……今日が初めてではないんだ」
「え? そうだったんですか?」

 どうやら、ガレッタの様子見は以前から行われていたらしい。優志はその気配にまったく気づくことはなかった。

「まあ、君が勘付かないのも無理はない。様子を見ていたと言っても、それは私の送った使いだ。私は彼らが集めた君に関する情報を聞いていたにすぎない」
「なら、どうして今日は直接店に?」
「一度この目で確かめたかった――そういうことだ」
「確かめる?」
「君の強さをだ」

 グラスの酒を飲み干したガレッタは、モニカに別の酒を注文する。
 その横で、優志はガレッタの放った言葉を今一度頭の中で繰り返し流した。それでも理解ができなかったので、素直にたずねてみる。

「あの……俺が強いと言うのは?」
「肉体的なものではなく精神的な話ということだ」

 フィジカルではなくメンタル――どんな逆境に陥っても、あきらめずに道を開拓していくその根性が、ガレッタの胸に響いたのだ。

「報告を受けるたびに、君がこの世界でどう生きていこうとしているのか……そのあがきが強く伝わってきた」
「必死だっただけですよ」
「だが、その必死さはうまく実を結んでいるじゃないか。必死にやって、誰もがいい結果を導き出せるわけじゃない。君にはその結果を出すために必要な資質が備わっていたということだよ」

 神官長であるガレッタに称えられて、優志は体が熱くなる思いだった。

「……でも、それならなぜ逃げ出したのですか?」
「あれはまあ……君への後ろめたさもあったからな」

 多少なりとも罪悪感があったので、顔を合わせ辛かったというところか。

「それからもうひとつ――タカサゴ・ミツルについてだ」
「美弦ちゃんですか?」

 正式な手続きを経て勇者召喚された美弦――だが、彼女は戦いに怯え、後に優志たちの店となる廃宿屋に隠れていた。

「……ここだけの話だが」

 急に、ガレッタの声のボリュームが下がった。
 どうやら、外にいる護衛役の騎士たちには聞かせられない話らしい。

「私は彼女たちのような異世界から来た若者が魔王討伐に行くことについて……懐疑的な意見を抱いている」
「そうなんですか?」

 意外だった。
 むしろ立場上、率先して勇者召喚を行っていそうなものだが。

「そもそも、私は魔王などと呼ばれる者が本当に存在しているのか――そこにさえ疑問を持っている」
「魔王がいない?」

 そうなると、勇者召喚という儀式そのものの意味がなくなってしまう。

「でも、美弦ちゃん以外の召喚された勇者たちは、魔王を討伐するため未だ旅を続けている、と」
「そうなのだが……」

 ガレッタは言いよどんだ。
 さすがにそこから先は言えないらしく、口をつぐんだ。
 ここまで言っておいてなんだよ――と思わなくもないが、神官たちのトップに立つ者として譲れない部分もあるのだろう。中間管理職の悲哀とはよく言ったものだ。

「とにかく、彼女が戦線を離脱したと報告を耳にした時は肝を冷やしたが、君が身柄を預かってくれていて助かったよ。本当にありがとう」

 再びガレッタは深々と頭を下げた。

「いえいえそんな」と頭を上げるよう頼む優志だが、ガレッタが胸の奥にしまい込んでいた本音を聞くことができてホッとしていた。

「最後にもうひとつ――これを君に託したい」

 頭を上げたガレッタは、そう言って胸ポケットから何かを取り出す。
 それは真っ白な石だった。

「まさかこれ……」
「《コール》の魔鉱石だ」

 やはり魔鉱石だった。
 それも、これまでに聞いたことのない種類だ。

「こいつはふたつ揃うことで初めて力を使うことができるんだ」
「どういう効果が?」
「この石を持っている者同士ならば遠く離れていても会話をすることができる」

 つまり、携帯電話のような役割を持っているらしい。

「これの対となる魔鉱石は城内にある私の私室に置いてある」
「ガレッタさんの私室に?」
「そうだ。……たまにでいいから、様子を報告してもらいたいのだ」

 ガレッタの要求――明言はしなかったが、リウィルのことが気になるのだろう。

「わかりました。これは私が預かります」
「! ありがとう!」

 固く手を握られてビックリする優志だが、これも親心だと思うとほっこりした気分になってくる。

「こんなことを頼める立場でないことは重々承知しているが……これからもリウィルを頼む」
「彼女はよくやってくれています。彼女がいたから、私はここまで来ることができました。あなたの姿を見かけた時は、リウィルを連れ戻しに来たのではないかと冷や冷やしたくらいです」
「そう言ってもらえると助かる。……本当にありがとう」


 ――おっさんふたりによる密会はこうして幕を閉じたのだった。
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