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第48話 神官長が来た
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神官長ガレッタが優志の店にやって来た。
――が、その日はすでに営業が始まっており、すでに大勢の客が店の近くで待っていたということもあり、優志はすぐに店へ戻ろうと要件を聞き出そうとした。
「君と話がしたい」
ガレッタは短く優志に伝えた。
「…………」
優志はしばらくためらった後、
「フォーブの街にある時計塔の近くにモニカという女主人が経営している食堂があります。もし時間ができたなら、今晩そこで落ち合いましょう」
「わかった。必ず行く」
ガレッタの表情は真剣そのものだった。
てっきり、自分たちの噂を耳にして様子をのぞき見に来たと思っていた優志だが、どうやら事態はそんな軽い雰囲気を消し飛ばすほど深刻なようだった。
優志とガレッタはお互い仕事の後で会う約束を交わし、そのまま無言で背を向け合ってそれぞれの向かう道へと歩き出した。
神官長ガレッタ――勇者召喚の儀を執り行う最高責任者。
一体何が目的でこの店を訪れたのだろうか。
「ユージさん? 何かありましたか?」
店に戻ると真っ先にリウィルと出くわし、優志が険しい表情をしていることに気づいて声をかけてきた。
「なんでもないよ。さあ、お客さんを待たせないようにしないとな」
優志はガレッタの件について、その要件を聞くまではリウィルに黙っておくことにした。優志とリウィルを王都から追い出したのは間違いなくガレッタであるが、けして悪い人間でないとも感じていた。
リウィルとは幼い頃から面識があったようだし、もしかしたら――リウィルを再び神官へ呼び戻そうとしているのかもしれない。
ともかく、真相がわかるのは閉店後。
それまでは仕事に全力を注ごうと、優志は気持ちを切り替えた。
◇◇◇
評判を聞きつけた冒険者たちにより、店はあっという間に満員となった。
風呂場ではまず客たちに入浴時のマナーを徹底づけることから始めなくてはならず、これがなかなかに難航した。
そもそも、彼らには「肩まで湯に浸かる」という習慣がない。
現代日本で生まれ育った優志や美弦ならば、最低限の入浴マナーというのは身に染みて理解している。
だが、根本の知識がないこの世界の住人に入浴時のマナーを教えるのはひと苦労だ。
それでも、優志は根気強くお客たちに入浴のイロハを叩き込んだ。
ひとり、ふたりと理解者が増えていくとあとは彼らが他の入浴者たちにそのマナーを説いていくという流れが生まれたため、閉店間際になる頃には優志の仕事の大半は客に奪われる形となっていた。
そうこうしているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
「もうこんな時間か……」
サラリーマン時代は長く感じた就業時間も、この仕事では一瞬のように思えた。それだけ忙しく、また充実していたとも言えるが。
宿泊を希望している客には先着順で部屋を用意。
その他、ひと通りの後始末を終えると、
「リウィル、美弦ちゃん、俺はちょっと街へ行ってくるよ」
「こんな時間にですか?」
さすがにちょっと不審と思われたようだが、
「仕入れみたいなものさ。先に寝ていてもいいから」
「わ、わかりました」
了承はしたが、腑に落ちていないといった様子だ。
リウィルには申し訳ないと思いつつ、ガレッタの狙いが明らかになるまでもう少しの間は秘密にしておかなくてはならない――余計な心配をかけないためにも。
店を出た優志は真っ直ぐフォーブの街へと向かった。
夜の街は昼の喧騒が嘘のように静まり返っており、行き交う人の数もまばらだ。
――だが、今日に関してはその人々の中に紛れて数名の「一般人」じゃない者たちが存在していた。
「あの人の護衛ってとこか……どうやら俺よりも先に到着していたみたいだな」
ダズやエミリーといった強者とダンジョンを渡り歩いたためだろうか、優志には一般人に紛れて護衛の騎士たちがいることを瞬時に見破った。
騎士たちも優志が来たことを察知し、視線を送る。その視線には「ガレッタ様はすでに到着しているから早く行け」と告げているようだった。
騎士たちの視線を背中に受けて、優志は食堂へと入って行く。
「いらっしゃい」
迎えてくれたのは女主人のモニカだった。
実は、店にこの食堂の従業員が優志の店に訪れており、その際、今夜店を貸し切りにできないかと相談をしていた。
その従業員は優志の意向を聞き届けるとすぐにモニカへと相談し、話を耳にしたモニカは快く貸し切りを承諾してくれた。
モニカならば、優志とガレッタの話を吹聴したりはしないだろうと優志は踏んでいた。
「わざわざ貸し切りにしてくれるよう頼んでくれたそうだな。その心遣いに感謝する」
店内のカウンター席には、すでにガレッタが座っていた。
ガレッタは優志の来店に気づくと、すぐに立ち上がって深々とお辞儀をした。
「が、ガレッタさん!?」
突然のお辞儀に優志は驚きを隠せなかった。
まさか、神官長という立場にいるガレッタがそのような行為に出るなどまったく予想していなかったからだ。
「頭を上げてください、ガレッタさん」
「……君には感謝してもしきれないんだ」
とりあえず、ガレッタと共に着席し、ドリンクを注文する。
「それで、話というのは?」
「ああ……何から話すべきなのか」
ガレッタは何か言い辛そうにしながらも、まずはこう切り出した。
「さっきの続きだ。……君に感謝している」
「俺は感謝されるようなことをした覚えはありませんよ?」
「生きている――ただそれだけで、私は感謝したいんだ」
「? ……と、いうと?」
優志にはいまひとつガレッタの言葉の意味が理解できないでいた。
「突然この世界へ呼び出された挙句、勝手に放り出される。その精神的なプレッシャーは計り知れない」
「それは……」
たしかに、最初はどうしたものかと悩んだ。
しかし、すぐにスキルが発覚し、それを生かした道を進もうと思考を切り替えた。
悩むよりもまず前進する。
優志の座右の銘とも言える前向きな姿勢が、今もこうして元気に暮らしている何よりの原動力であった。
「それと、あとひとつ」
「なんですか?」
「リウィルのことだ」
ガレッタの口からリウィルの名前が飛び出した。
――が、その日はすでに営業が始まっており、すでに大勢の客が店の近くで待っていたということもあり、優志はすぐに店へ戻ろうと要件を聞き出そうとした。
「君と話がしたい」
ガレッタは短く優志に伝えた。
「…………」
優志はしばらくためらった後、
「フォーブの街にある時計塔の近くにモニカという女主人が経営している食堂があります。もし時間ができたなら、今晩そこで落ち合いましょう」
「わかった。必ず行く」
ガレッタの表情は真剣そのものだった。
てっきり、自分たちの噂を耳にして様子をのぞき見に来たと思っていた優志だが、どうやら事態はそんな軽い雰囲気を消し飛ばすほど深刻なようだった。
優志とガレッタはお互い仕事の後で会う約束を交わし、そのまま無言で背を向け合ってそれぞれの向かう道へと歩き出した。
神官長ガレッタ――勇者召喚の儀を執り行う最高責任者。
一体何が目的でこの店を訪れたのだろうか。
「ユージさん? 何かありましたか?」
店に戻ると真っ先にリウィルと出くわし、優志が険しい表情をしていることに気づいて声をかけてきた。
「なんでもないよ。さあ、お客さんを待たせないようにしないとな」
優志はガレッタの件について、その要件を聞くまではリウィルに黙っておくことにした。優志とリウィルを王都から追い出したのは間違いなくガレッタであるが、けして悪い人間でないとも感じていた。
リウィルとは幼い頃から面識があったようだし、もしかしたら――リウィルを再び神官へ呼び戻そうとしているのかもしれない。
ともかく、真相がわかるのは閉店後。
それまでは仕事に全力を注ごうと、優志は気持ちを切り替えた。
◇◇◇
評判を聞きつけた冒険者たちにより、店はあっという間に満員となった。
風呂場ではまず客たちに入浴時のマナーを徹底づけることから始めなくてはならず、これがなかなかに難航した。
そもそも、彼らには「肩まで湯に浸かる」という習慣がない。
現代日本で生まれ育った優志や美弦ならば、最低限の入浴マナーというのは身に染みて理解している。
だが、根本の知識がないこの世界の住人に入浴時のマナーを教えるのはひと苦労だ。
それでも、優志は根気強くお客たちに入浴のイロハを叩き込んだ。
ひとり、ふたりと理解者が増えていくとあとは彼らが他の入浴者たちにそのマナーを説いていくという流れが生まれたため、閉店間際になる頃には優志の仕事の大半は客に奪われる形となっていた。
そうこうしているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
「もうこんな時間か……」
サラリーマン時代は長く感じた就業時間も、この仕事では一瞬のように思えた。それだけ忙しく、また充実していたとも言えるが。
宿泊を希望している客には先着順で部屋を用意。
その他、ひと通りの後始末を終えると、
「リウィル、美弦ちゃん、俺はちょっと街へ行ってくるよ」
「こんな時間にですか?」
さすがにちょっと不審と思われたようだが、
「仕入れみたいなものさ。先に寝ていてもいいから」
「わ、わかりました」
了承はしたが、腑に落ちていないといった様子だ。
リウィルには申し訳ないと思いつつ、ガレッタの狙いが明らかになるまでもう少しの間は秘密にしておかなくてはならない――余計な心配をかけないためにも。
店を出た優志は真っ直ぐフォーブの街へと向かった。
夜の街は昼の喧騒が嘘のように静まり返っており、行き交う人の数もまばらだ。
――だが、今日に関してはその人々の中に紛れて数名の「一般人」じゃない者たちが存在していた。
「あの人の護衛ってとこか……どうやら俺よりも先に到着していたみたいだな」
ダズやエミリーといった強者とダンジョンを渡り歩いたためだろうか、優志には一般人に紛れて護衛の騎士たちがいることを瞬時に見破った。
騎士たちも優志が来たことを察知し、視線を送る。その視線には「ガレッタ様はすでに到着しているから早く行け」と告げているようだった。
騎士たちの視線を背中に受けて、優志は食堂へと入って行く。
「いらっしゃい」
迎えてくれたのは女主人のモニカだった。
実は、店にこの食堂の従業員が優志の店に訪れており、その際、今夜店を貸し切りにできないかと相談をしていた。
その従業員は優志の意向を聞き届けるとすぐにモニカへと相談し、話を耳にしたモニカは快く貸し切りを承諾してくれた。
モニカならば、優志とガレッタの話を吹聴したりはしないだろうと優志は踏んでいた。
「わざわざ貸し切りにしてくれるよう頼んでくれたそうだな。その心遣いに感謝する」
店内のカウンター席には、すでにガレッタが座っていた。
ガレッタは優志の来店に気づくと、すぐに立ち上がって深々とお辞儀をした。
「が、ガレッタさん!?」
突然のお辞儀に優志は驚きを隠せなかった。
まさか、神官長という立場にいるガレッタがそのような行為に出るなどまったく予想していなかったからだ。
「頭を上げてください、ガレッタさん」
「……君には感謝してもしきれないんだ」
とりあえず、ガレッタと共に着席し、ドリンクを注文する。
「それで、話というのは?」
「ああ……何から話すべきなのか」
ガレッタは何か言い辛そうにしながらも、まずはこう切り出した。
「さっきの続きだ。……君に感謝している」
「俺は感謝されるようなことをした覚えはありませんよ?」
「生きている――ただそれだけで、私は感謝したいんだ」
「? ……と、いうと?」
優志にはいまひとつガレッタの言葉の意味が理解できないでいた。
「突然この世界へ呼び出された挙句、勝手に放り出される。その精神的なプレッシャーは計り知れない」
「それは……」
たしかに、最初はどうしたものかと悩んだ。
しかし、すぐにスキルが発覚し、それを生かした道を進もうと思考を切り替えた。
悩むよりもまず前進する。
優志の座右の銘とも言える前向きな姿勢が、今もこうして元気に暮らしている何よりの原動力であった。
「それと、あとひとつ」
「なんですか?」
「リウィルのことだ」
ガレッタの口からリウィルの名前が飛び出した。
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