上 下
40 / 168

第40話  深夜の捕獲作戦

しおりを挟む
「たださえ薄気味悪かったダンジョンが夜になるとよりその色が濃くなるな」

 岩壁にヒカリコケムシが張りつき、淡い幻想的な光に包まれている夜のダンジョン。その光景は幻想的でこそあるが、いつどこからモンスターが飛び出してくるかわからないという不安も相まって、優志の足は昼間に入った時よりもずっと動きが鈍くなっている。

 一方、すでに何度もダンジョンへ潜っているエミリーの足取りは昼間と大差がなかった。相手が獰猛だと聞いて心配していたが、よくよく考えたらダイヤモンドウルフやフレイムコングを相手に臆することなく戦って勝利を収めてきたエミリーなら、単体の一角牛相手に遅れを取ることはないだろう。

「ユージ殿、そう怖がらなくても、私がいるから大丈夫だ」

 本来ならずっと年上で男の優志が言うべきセリフである。

 しかし、回復する術はあっても戦う術を持たない優志にとって、情けないと思いつつ暗闇のダンジョンに物怖じしないエミリーの姿は最高に頼もしく映った。

「――て、さすがにこのままじゃまずいよな。ダズにお願いして剣術でも教えてもらおう」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでも」
 
 適当に誤魔化してさらに奥へと進もうとするが、

「ユージ殿、こっちだ」
「え?」

 エミリーの指さす方向は冒険者が魔鉱石採掘へと向かう正規ルートを外れた道であった。

「そっちにいるのか?」
「ダズ殿に教えてもらったのだ」

 あのダズの情報となれば信頼度は高い。
 優志はエミリーの指示に従い、正規ルートを外れて細い道へと入って行く。少し歩きづらいが、めげずに歩き続けていくと視線の先にポッと光が浮かんだ。

「あれは――出口か?」
「そのようだ」

 自然と足早にはるふたり。
 光が広がると共に狭い道から解放された直後、

「おお……」

 そこは外でこそあるが、四方を高い岩壁に囲まれているため、まだダンジョンの中にいると錯覚しそうになる空間であった。
 足元はまるで緑色のカーペットを敷き詰めたように背の低い草が生い茂っており、青白い月明かりに照らされて輝いているように見えた。四方に岩壁こそあるが、その場所自体はかなり広く、どことなく牧歌的な空気が漂ってくる。

「牧場で牛を放牧するにはもってこいの場所だな」

 一角牛が優志のいた世界でいうところの牛だとすれば、この場所はまさに生息場所としてうってつけだ。

 その優志の見立ては正しかったようで、

「いたぞ。お目当ての一角牛だ」

 早くもターゲットを視認するエミリー。
 優志も追ってその場所へ視線を移す。

 そこには優志の知る「牛」がいた――あれが一角牛らしい。
 群を成すという習性の通り、ざっと見回してみただけでも10頭以上の姿が確認できる。
一角牛の体はホルスタイン牛に似た白と黒の斑模様もしており、瞳を爛々と赤色に輝かせながらのんびりと草を食べていた。

 特筆すべきはやはり名前にもある角だ。

 ドリルのような螺旋状の角は頭蓋骨が変化してできた代物らしく、雄雌両方に存在が確認できる。だが、ダズが言ったように個体によって角の大きさが違っており、角の小さな個体は体つきもどこか小柄なようだ。

「群れの中に何匹か小さな個体がいるな」
「小さな個体が雌だというのが定説ではあるが……」

 近場にあった大きめの岩に身を潜めたふたりは静かに一角牛の生態を観察していた。
 ダズの話では、一角牛は仲間想いのモンスターであり、群れの1匹が窮地に陥ると全員で助けに向かうほどだと言う。

 なので、不用意に手を出してしまうとあそこにいるすべての一角牛を相手にしなければならなくなる。そうなると、さすがのエミリーでも苦戦は必至となるため、出来る限りそのような事態は避けたい。

「こりゃ1匹だけに狙いを定めて生け捕りというのは難しそうだな」
「そうだな――あ」

 何かを発見したエミリーが声をあげる。
 
「どうした?」
「あそこに1匹だけ群れから離れた一角牛がいる。大きさからして、雌である可能性が高い小柄なものだ」

 エミリーの言う通り、優志たちから8mほど離れた位置に1匹だけポツンと孤立している一角牛がいた。おまけに、月明かりが雲によって遮られ、辺りは薄暗くなっている。
 
「絶好のチャンスだな」

 早速エミリーは鞘から剣を引き抜く。
 闇夜によって視界はかなり限定されているが、相手の一角牛の巨体は少し闇に目を慣らせば捉えられる。
 もちろん、生け捕りを目的としているため倒すのではなくあくまでも弱らせるためだ。その後で、ダズから譲り受けたモンスターを昏睡状態にさせる薬を使ってしかし、群れから離れているとはいえ、あの一角牛が仲間に助けを求めれば一目散に逃げ出さなくてはならない。
 うまくいくかどうかは半ば賭けではあったが、

「エミリーの早業ならいけるはずだ」

 優志はエミリーの腕を信じ、この場を任せることにした。

「頼むぞ」

 期待を背負ったエミリーは静かに、だが着実に一角牛との距離を詰めていく。黙々と食事に夢中となっている一角牛は、エミリーの接近に気づいた様子はなかった。

 チャキ。

 剣の柄を持つ手に力が入り、腰を落とした。

 仕掛ける。

 優志が息を呑んだ瞬間、ザッと力強く大地を蹴ったエミリー。
 その剣先は真っ直ぐ一角牛に向かって飛んで行く――が、

 ギィン!!

 鈍い金属音が夜空に響き渡った。
 明らかに一角牛への攻撃によって生じた音ではない――何者かが金属製の道具を使ってエミリーの剣を弾き飛ばしたのだ。

「ぐっ!?」

 手首に強い衝撃を受けたエミリーは慌てて飛び退き、手放した剣を拾って構え直した。
 
「あのエミリーの一撃を弾き返すなんて……」

 信じがたい光景に我が目を疑う優志。
 だが、エミリーの一撃を弾き返した者は――一角牛を守るように、今も悠然とふたりの前に立ちはだかっていた。

 やがて雲が晴れ、淡い月明かりが捕獲を阻止した者の姿をあらわにする。
 その正体は、

「! お、女の子!?」

 美弦と同じ年くらいの少女だった。
しおりを挟む
感想 188

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

処理中です...