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第15話  真夜中の探索

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 一旦王都へと戻り、宿屋のジームに事情を説明し、帰りが遅くなるということを伝えた。

「ああ……そういやそんな噂話を聞いたことがあったな」
「ジームさんもですか?」
「ここには王都で武器を購入していった冒険者が泊まっていくこともあるんでね。それにあそこは元同業者ってことで知らないヤツじゃないからな」
「未だに騎士団に捕まったままなんですか?」
「とっくに追い出されたよ。もっとも、そこが廃屋になっているというなら、あいつはもう宿屋の店主って道を捨てたんだろうけど」

 言われてみれば、同じ宿屋の店主であるジームとは顔馴染みであっても全く不思議ではなかった。

「火のないところに噂は立たないと言うし、気をつけろよ」
「用心していきますよ」
「よし。なら、夜食でも作って帰りを待っておくよ」
「そんな、悪いですよ」
「どのみちうちの宿屋は交代で真夜中も店に誰かがいることになっている。ちょうど俺が今日その当番だからついでみたいなもんだ」
「本当にすいません」
「謝るなよ。これが仕事だし、おまえの職が決まるかどうかの瀬戸際だ。俺にしてやれることはこれしかなくて逆に悪いが」
「とんでもない。とても助かっています」

 雨風をしのげる部屋を格安で提供してもらっているだけでもありがたいのに、今の立場でそれ以上を求めるのは贅沢の極みだ。
 
 優志とリウィルはジームにお礼を述べ、薄暗くなり始めた空のもと、再びフォーブへと出発する。

 ◇◇◇

 夜になった。

 淡い月明かりを背に受けて、優志とリウィルは例の廃宿屋の入り口付近に立つ。

「夜に来るとますます不気味ですね」
「そうだな」

 オカルト否定派の優志でも、背中に冷たいものを感じてしまうほど「それっぽい」雰囲気が建物全体から漂っているのを感じる。

 しかし、これは言ってみれば人間の本能のようなもの。

 暗い。
 古い。
 事前情報。

 さまざまな情報が脳内に飛び交っているせいでそう感じてしまうだけだ。いわゆる心霊スポットにやってきた人間の心理状態と同じ。先に「出る」という情報があるので、余計に恐怖心を掻き立てられるのだ。

「じゃあ、入るぞ」

 ――しかし、だからといって尻尾を巻いて撤退するわけにもいかない。
 フォーブの街とダンジョンのちょうど間にあるここは、冒険者と街の人間が利用するのに最適な立地と言えた。癒しのスキルを使った商売をやる以上、客層にこだわりを持つことはないのでどちらの客も呼び込めるここがもっとも理想的だと優志は分析していたのだ。

 それを、わけのわからない幽霊なんて存在に妨害されてたまるか。

「絶対に正体を暴くぞ」
「はい!」

 ヤル気満々の優志。
 それに触発されてか、先ほどまで不安な表情を浮かべていたリウィルでさえ、体に力と熱が宿るのを感じ取っていた。

 触れただけで崩れ落ちそうなドアを慎重に開ける。
 ギギギ、と不気味な音を立てながら開かれたその先は巨大な闇に支配されて全容をつかむには至らない。おまけに、足を置いた床はぐにっというあり得ない感触で、いつ抜け落ちてしまうかもわからないスリル満点の仕様になっていた。

「足元に注意しながら進んでいこう」
「はい」

 こんなことなら昼間にもう一度くればよかったかもしれないと後悔しつつ、せっかくの来たのだからという貧乏性から前進する優志。
 
 ジームから借りたランプに照らされた室内は、まるでホラーゲームに出て来る洋館そのものであった。元宿屋ということで部屋数が多く、どこに幽霊が出るのか探しているうちに迷ってしまいそうなほどだった。

「思ったより探すのは骨だな」
「というか、幽霊って探し出すものでしたっけ?」
「! そうだった!」

 幽霊を探していた優志だが、本来幽霊と呼ばれるものはあちら側からエンカウントしてくることがほとんどだ。

「なら、少し止まってみるか」

 食堂と思われる部屋の真ん中で、優志とリウィルは動きを止める。
 その時、窓の外で吹くイタズラな夜風がギシギシと古びた窓枠をまるで楽器のようにして音を響かせ、優志たちを驚かせた。

「び、ビックリした」
「も、もう帰りませんか?」
「まだ何も見つけてないじゃないか」

 すでにやりきった感を出しているリウィルだが、現状の成果はゼロに等しかった。
 それからというもの、雰囲気こそ一流お化け屋敷のそれだが、まったく内容が伴っていない展開が続く。――だが、これが当たり前なのだ。
 
「幽霊の『ゆ』の字も見えない……所詮、噂は噂止まりということか」
「ほ、本当にそうなのでしょうか……?」
「俺たちがこれだけ探し回って見つからないんだからな。――でも、いいじゃないか。下手に幽霊が出て騒がれるより、ただの偽物でしたと言われた方が被害は減るだろうし」

 イメージ戦略の重要性を知る優志には、それが店舗経営にとってどれだけ致命傷となるかよくわかっている。なので、何も出ないという結果はこれ以上ない最高のものと言えた。

「とりあえず調査はこれで――」
「きゃっ!?」

 切り上げて帰ろうとした優志だったが、リウィルの悲鳴がその足を止める。

「ど、どうした?」
「い、今そこで何かが動いたんです!」

 震えながらリウィルは一点を指さす。
 目を凝らして見ると、そこには乱雑に散らばる木製の箱や椅子などがある――その陰に隠れて、こちらの様子をうかがう3つの小さな光が。

「! だ、誰かいるのか!?」

 優志が光の見えた地点へ向けてランプをかざす。
 すると、予想外の事態が。

「グルル……」

 低い唸り声をあげて出てきたのは――犬。
 もちろん、ただの犬じゃない。
 大きい――いや、大き過ぎる。
  
「な、なんてサイズだ!?」

 2mはゆうに超える超大型の犬。おまけにその額には第3の目があった。あの3つ目が、先ほど目撃した光なのだろう。

「こいつがバケモノの正体……あれってモンスターなのか!?」
「た、たぶん!!」

 体にしがみつくリウィルを自分の背に回し、優志は護身用にと渡された短剣を構えた。

「き、来てみろ!」

 強がって見せるが、そこは元普通のサラリーマン。
 剣術のいろはなど知るわけがない。

 これならばまだ幽霊に遭遇していた方が遥かにマシだった。


 優志にとって、異世界初となるモンスターとのエンカウント。
 生き延びるための戦いが始まろうとしていた。
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