20 / 24
第20話【幕間】レディオス鉱山の魔女たち
しおりを挟む
ノエイル王国北部。
ここにはかつてレオディス鉱山と呼ばれていた山がある。
ここで採掘される上質な魔鉱石はさまざまな用途で使われ、最盛期には千人規模の鉱山町があるなど賑わいを見せていたが、やがて採掘量が減ってしまい、今では町も廃墟同然となって人は住んでいない――たったふたりを除いて。
「やれやれ……こいつは厄介なことになったねぇ」
ため息交じりに語るのは廃坑となったレオディス鉱山に住み着く老婆の名はアンバー。
魔女である彼女は誰もいなくなった鉱山でのんびり過ごしながら好きな魔法の研究を続けて楽しく暮らしていたのだが、アントルース家から来たという使いが残していった手紙を読んでそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
「ハリスが本当にいなくなってしまうとは……まいったねぇ。ワシの腰にはあの子が栽培していた魔草が一番よく効くというのに……」
魔女の名をもってしても治せない、長らく患っているアンバーの腰痛――だが、なぜだかハリスの持ってくる不思議な力が秘められた魔草を煎じて飲むと痛みがピタリと収まるのだ。効果は二週間ほどだが、長く悩まされ続けていた彼女にとっては非常に喜ばしいことであった。
だが、そんなハリスが突然勤めていた聖院を辞めて独立すると言いだした。
聖院との関係は先々代の院長から続いていたため、一線を退いて隠居状態となっているアンバーを知る者はほとんどいないだろう。なので、ハリスがいなくなると彼女のもとを訪れる後任の者はいつまで経っても挨拶にすらやってこなかった。
そんな時、聖院を出たハリスについて話がしたいと辺境領主であるアントルース家から使いがやってきた。
本来そういう場には興味も魅力も感じないアンバーだが、今回ばかりはそうも言っていられないと数年ぶりに外出をする決意を固める。
だが、他にもハリスの治癒魔法や魔草を扱う技術に助けられている者がいると知り、このままでは彼がそちら側へ流れてしまう恐れもあると警戒したアンバーは、自分の生涯最後の弟子であるマクティを先に彼のもとへと向かわせることにした。
「いいかい、マクティ。ハリスの動向を注視してよそに流れていかないようにするんだ」
「りょうかーい」
「そのためならば、あんたのその無駄に成長した体を使って誘惑をしておやり」
「それセクハラだし!」
真顔で返したマクティは藍色の髪をファサッとかきあげ、緋色の瞳でアンバーを見つめながら言う。
「ハリスには個人的に恩もあるからお助けするのはいいんだけどさぁ……お師匠はちゃんと他の人たちの前で話せるの?」
「どういう意味だい?」
「だって、アントルース家には他にも凄い人たちが集まるんでしょ? お師匠は魔法の腕こそ世界でもトップクラスだけど、コミュ力はちょっと……」
「たわけ! それくらいワシにもできるわ!」
相変わらずノリの軽い弟子のマクティにツッコミを入れてから、コホンとわざとらしい咳払いを挟んで仕切り直す。
「ヤツの魔草を扱う腕はたいしたものじゃが、聖院の新しい院長はそれを嫌っているようなのじゃ」
「魔法の力で人々を助けたいっていう純粋な気持ちを持っている治癒魔法師って、今や絶滅寸前だもんねぇ。まあ、あたしはハリスのそういうところが大好きなんだけど」
愛用の杖をクルクルと器用に回しながら、マクティはニコッと微笑む。
「そのお手伝いができるよう、ハリスのところへ行ってくるわ」
「うむ。ヤツの力になっておやり」
アンバーがそう言うと、やはりマクティは「はーい」と軽く返事をし、旅立っていった。
「まったく……あれで若い頃のワシより才能溢れておるというから手に負えんのぅ」
大きくため息を吐きながら呟き、アンバーも旅の支度を始めるのだった。
ここにはかつてレオディス鉱山と呼ばれていた山がある。
ここで採掘される上質な魔鉱石はさまざまな用途で使われ、最盛期には千人規模の鉱山町があるなど賑わいを見せていたが、やがて採掘量が減ってしまい、今では町も廃墟同然となって人は住んでいない――たったふたりを除いて。
「やれやれ……こいつは厄介なことになったねぇ」
ため息交じりに語るのは廃坑となったレオディス鉱山に住み着く老婆の名はアンバー。
魔女である彼女は誰もいなくなった鉱山でのんびり過ごしながら好きな魔法の研究を続けて楽しく暮らしていたのだが、アントルース家から来たという使いが残していった手紙を読んでそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
「ハリスが本当にいなくなってしまうとは……まいったねぇ。ワシの腰にはあの子が栽培していた魔草が一番よく効くというのに……」
魔女の名をもってしても治せない、長らく患っているアンバーの腰痛――だが、なぜだかハリスの持ってくる不思議な力が秘められた魔草を煎じて飲むと痛みがピタリと収まるのだ。効果は二週間ほどだが、長く悩まされ続けていた彼女にとっては非常に喜ばしいことであった。
だが、そんなハリスが突然勤めていた聖院を辞めて独立すると言いだした。
聖院との関係は先々代の院長から続いていたため、一線を退いて隠居状態となっているアンバーを知る者はほとんどいないだろう。なので、ハリスがいなくなると彼女のもとを訪れる後任の者はいつまで経っても挨拶にすらやってこなかった。
そんな時、聖院を出たハリスについて話がしたいと辺境領主であるアントルース家から使いがやってきた。
本来そういう場には興味も魅力も感じないアンバーだが、今回ばかりはそうも言っていられないと数年ぶりに外出をする決意を固める。
だが、他にもハリスの治癒魔法や魔草を扱う技術に助けられている者がいると知り、このままでは彼がそちら側へ流れてしまう恐れもあると警戒したアンバーは、自分の生涯最後の弟子であるマクティを先に彼のもとへと向かわせることにした。
「いいかい、マクティ。ハリスの動向を注視してよそに流れていかないようにするんだ」
「りょうかーい」
「そのためならば、あんたのその無駄に成長した体を使って誘惑をしておやり」
「それセクハラだし!」
真顔で返したマクティは藍色の髪をファサッとかきあげ、緋色の瞳でアンバーを見つめながら言う。
「ハリスには個人的に恩もあるからお助けするのはいいんだけどさぁ……お師匠はちゃんと他の人たちの前で話せるの?」
「どういう意味だい?」
「だって、アントルース家には他にも凄い人たちが集まるんでしょ? お師匠は魔法の腕こそ世界でもトップクラスだけど、コミュ力はちょっと……」
「たわけ! それくらいワシにもできるわ!」
相変わらずノリの軽い弟子のマクティにツッコミを入れてから、コホンとわざとらしい咳払いを挟んで仕切り直す。
「ヤツの魔草を扱う腕はたいしたものじゃが、聖院の新しい院長はそれを嫌っているようなのじゃ」
「魔法の力で人々を助けたいっていう純粋な気持ちを持っている治癒魔法師って、今や絶滅寸前だもんねぇ。まあ、あたしはハリスのそういうところが大好きなんだけど」
愛用の杖をクルクルと器用に回しながら、マクティはニコッと微笑む。
「そのお手伝いができるよう、ハリスのところへ行ってくるわ」
「うむ。ヤツの力になっておやり」
アンバーがそう言うと、やはりマクティは「はーい」と軽く返事をし、旅立っていった。
「まったく……あれで若い頃のワシより才能溢れておるというから手に負えんのぅ」
大きくため息を吐きながら呟き、アンバーも旅の支度を始めるのだった。
54
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
騎士団の落とし物係
鈴木竜一
ファンタジー
エリート街道を進み続けていた騎士ブラント。彼は作戦中に功を焦るあまりモンスターからの攻撃で重傷を負い、剣を持つことができなくなってしまう。絶望するブラントへ追い打ちをかけるように、前線任務からは外され、落ちこぼれの集まりと言われている遺失物管理所――通称・落とし物係の所属となる。
これまでの厳しい職場環境とは違い、全体的にゆるゆるな遺失物管理所の実態を目の当たりにしたブラントは、なんとか前線任務に復帰すべく奮闘。しかし、ある分団の戦闘後の後始末としてアイテム回収の任務に就いた際、彼は戦いの場にそぐわない物を発見する。それは、のちに彼の人生を一変させることとなる《戦場の落とし物》であった。
付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~
鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。
だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。
実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。
思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。
一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。
俺がいなくなったら商会の経営が傾いた?
……そう(無関心)
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
国外追放者、聖女の護衛となって祖国に舞い戻る
はにわ
ファンタジー
ランドール王国最東端のルード地方。そこは敵国や魔族領と隣接する危険区域。
そのルードを治めるルーデル辺境伯家の嫡男ショウは、一年後に成人を迎えるとともに先立った父の跡を継ぎ、辺境伯の椅子に就くことが決定していた。幼い頃からランドール最強とされる『黒の騎士団』こと辺境騎士団に混ざり生活し、団員からの支持も厚く、若大将として武勇を轟かせるショウは、若くして国の英雄扱いであった。
幼馴染の婚約者もおり、将来は約束された身だった。
だが、ショウと不仲だった王太子と実兄達の謀略により冤罪をかけられ、彼は廃嫡と婚約者との婚約破棄、そして国外追放を余儀なくされてしまう。彼の将来は真っ暗になった。
はずだったが、2年後・・・ショウは隣国で得意の剣術で日銭を稼ぎ、自由気ままに暮らしていた。だが、そんな彼はひょんなことから、旅をしている聖女と呼ばれる世界的要人である少女の命を助けることになる。
彼女の目的地は祖国のランドール王国であり、またその命を狙ったのもランドールの手の者であることを悟ったショウ。
いつの間にか彼は聖女の護衛をさせられることになり、それについて思うこともあったが、祖国の現状について気になることもあり、再び祖国ランドールの地に足を踏み入れることを決意した。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
地方勤務の聖騎士 ~王都勤務から農村に飛ばされたので畑を耕したり動物の世話をしながらのんびり仕事します~
鈴木竜一
ファンタジー
王都育ちのエリート騎士は左遷先(田舎町の駐在所)での生活を満喫する!
ランドバル王国騎士団に所属するジャスティンは若くして聖騎士の称号を得た有望株。だが、同期のライバルによって運営費横領の濡れ衣を着せられ、地方へと左遷させられてしまう。
王都勤務への復帰を目指すも、左遷先の穏やかでのんびりした田舎暮らしにすっかりハマってしまい、このままでもいいかと思い始めた――その矢先、なぜか同期のハンクが狙っている名家出身の後輩女騎士エリナがジャスティンを追って同じく田舎町勤務に!?
一方、騎士団内ではジャスティンの事件が何者かに仕掛けられたものではないかと疑惑が浮上していて……
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる