4 / 24
第4話 挨拶回りを終えて
しおりを挟む
アントルース家の屋敷を出て、過去に訪問診察を行った場所を巡って一ヵ月。
俺は約束通りデロス村へと戻ってきた。
ここも以前から訪問診察のために何度か訪れたことがある。
「変わらないなぁ、この村は」
遠くに見える風車を眺めながら呟く。
今は穀物の収穫時期らしく、いつもはのんびりしている村人たちがどことなく忙しないように映った。
俺はここから少し離れた位置にある森で新たな生活を始めようと考えている。
あの森にはだいぶ前に使われていた水車小屋があるらしく、かつてはそこで人も暮らしていたようだが、近年は空き家になっていると前の訪問診察の際に村長のラッセルさんから聞いていたので、それが残っていれば再利用したい。
というわけで、ラッセル村長の家を目指していたのだが、村人のひとりが俺の存在に気づいて声をかけてくる。
「せ、先生? ハリス先生ですよね? どうしてデロス村に?」
「ちょっと用事があってね。ここで暮らすための準備をしようとこれからラッセル村長の家に行くつもりなんだ」
「こ、ここで暮らす!?」
……しまった。
あまりにも迂闊だった。
一応、ベイリー様にはその旨を伝えてあるし、ラッセル村長にも話は通っているはず。
でも、まだ村民たちまでには届いていなかったようだ。
彼の叫び声を聞いた村人たちがだんだんと俺の来訪を知り、集まってきた。あまり騒ぎになると収拾がつかなくなる恐れが出てくる――が、それを防いだのは俺が捜しているラッセル村長であった。
「こらこら、あまり先生を困らせるんじゃないぞ」
獲物を狙う猛禽類のような鋭い目に輝くスキンヘッド。おまけにあの筋骨隆々とした鋼の肉体……一見すると村長には見えないのだが、彼は立派なこの村の長だ。
「待っていたぜ、ハリス。話はすでにベイリー様から聞いている」
「村の人たちにはまだ言っていなかったんですか?」
「おまえが挨拶をして回ったという場所にはたくさんの大物が暮らしているからな。そういった連中に破格の条件を積まれて向こうに居座るって可能性もなくはないと踏んで黙っておいたんだ。期待をさせておいて何もないっていうのが一番辛いからな」
なるほど。
ラッセル村長なりの優しさってわけか。
「だが、こうして戻ってきてくれて嬉しいよ」
「とどまってくれという誘いもいくつかありましたが、クビを宣告された時にすぐ思い浮かんだのがこの村の光景でしたので。ロザーラ様の容態が心配というのもありますし、魔草の研究という視点からもここが一番適していましたから」
あらゆる観点から総合的に判断した結果、俺は第二の居住地としてこのデロス村を選んだ。
ロザーラ様の件もあるけど、この村は若者が少なく、病を抱える高齢者が多い。そういった事情もあった。
「それで、住む家の話だが――」
「すでに決めています。森の中の水車小屋を利用しようかなと」
「水車? ああ、確かにあったな、そんなの。しかし、あれはもう何十年と使われていないボロ小屋だぞ?」
「俺ひとりが暮らすのなら、それくらいで十分ですよ。近くを流れる清流は魔草の栽培に必要ですし」
むしろそれが大事だったりするんだよな。
魔草は栽培するのに場所を選ばない。
必要なのは水と日光と少量の魔力のみ。
荒れた荒野でも成長が確認できた。おまけに多少の雨風や乾期でも乗り越えるタフさを持っている。これで抜群の治癒効果が見込めるというのだから研究しないわけにはいかない。
まあ、こうした万能性が広まってしまうと治癒魔法使いとしての地位が危ぶまれるから、ドレンツ院長はなんとしても研究から手を引かせようと躍起になっていたんだろうな。彼にまとわりつく甘いおこぼれ狙いの小悪党たちも結託し、グスタフ先生の遺志をなかったことにしようとしたのだ。
とはいえ、俺よりも先に辞めた三人の先輩たちが、魔草の研究自体も中止してしまったとは思えない。彼らは今も世界のどこかで魔草の研究を続けているはずだ。いつかどこかで再会できればいいのだが。
ちなみに、ラッセル村長からの呼びかけにより、今日の夜は俺の歓迎会を盛大に開いてくれるという。
こういうノリのいいところも、この村を選んだ理由のひとつだったりするんだよな。
俺は約束通りデロス村へと戻ってきた。
ここも以前から訪問診察のために何度か訪れたことがある。
「変わらないなぁ、この村は」
遠くに見える風車を眺めながら呟く。
今は穀物の収穫時期らしく、いつもはのんびりしている村人たちがどことなく忙しないように映った。
俺はここから少し離れた位置にある森で新たな生活を始めようと考えている。
あの森にはだいぶ前に使われていた水車小屋があるらしく、かつてはそこで人も暮らしていたようだが、近年は空き家になっていると前の訪問診察の際に村長のラッセルさんから聞いていたので、それが残っていれば再利用したい。
というわけで、ラッセル村長の家を目指していたのだが、村人のひとりが俺の存在に気づいて声をかけてくる。
「せ、先生? ハリス先生ですよね? どうしてデロス村に?」
「ちょっと用事があってね。ここで暮らすための準備をしようとこれからラッセル村長の家に行くつもりなんだ」
「こ、ここで暮らす!?」
……しまった。
あまりにも迂闊だった。
一応、ベイリー様にはその旨を伝えてあるし、ラッセル村長にも話は通っているはず。
でも、まだ村民たちまでには届いていなかったようだ。
彼の叫び声を聞いた村人たちがだんだんと俺の来訪を知り、集まってきた。あまり騒ぎになると収拾がつかなくなる恐れが出てくる――が、それを防いだのは俺が捜しているラッセル村長であった。
「こらこら、あまり先生を困らせるんじゃないぞ」
獲物を狙う猛禽類のような鋭い目に輝くスキンヘッド。おまけにあの筋骨隆々とした鋼の肉体……一見すると村長には見えないのだが、彼は立派なこの村の長だ。
「待っていたぜ、ハリス。話はすでにベイリー様から聞いている」
「村の人たちにはまだ言っていなかったんですか?」
「おまえが挨拶をして回ったという場所にはたくさんの大物が暮らしているからな。そういった連中に破格の条件を積まれて向こうに居座るって可能性もなくはないと踏んで黙っておいたんだ。期待をさせておいて何もないっていうのが一番辛いからな」
なるほど。
ラッセル村長なりの優しさってわけか。
「だが、こうして戻ってきてくれて嬉しいよ」
「とどまってくれという誘いもいくつかありましたが、クビを宣告された時にすぐ思い浮かんだのがこの村の光景でしたので。ロザーラ様の容態が心配というのもありますし、魔草の研究という視点からもここが一番適していましたから」
あらゆる観点から総合的に判断した結果、俺は第二の居住地としてこのデロス村を選んだ。
ロザーラ様の件もあるけど、この村は若者が少なく、病を抱える高齢者が多い。そういった事情もあった。
「それで、住む家の話だが――」
「すでに決めています。森の中の水車小屋を利用しようかなと」
「水車? ああ、確かにあったな、そんなの。しかし、あれはもう何十年と使われていないボロ小屋だぞ?」
「俺ひとりが暮らすのなら、それくらいで十分ですよ。近くを流れる清流は魔草の栽培に必要ですし」
むしろそれが大事だったりするんだよな。
魔草は栽培するのに場所を選ばない。
必要なのは水と日光と少量の魔力のみ。
荒れた荒野でも成長が確認できた。おまけに多少の雨風や乾期でも乗り越えるタフさを持っている。これで抜群の治癒効果が見込めるというのだから研究しないわけにはいかない。
まあ、こうした万能性が広まってしまうと治癒魔法使いとしての地位が危ぶまれるから、ドレンツ院長はなんとしても研究から手を引かせようと躍起になっていたんだろうな。彼にまとわりつく甘いおこぼれ狙いの小悪党たちも結託し、グスタフ先生の遺志をなかったことにしようとしたのだ。
とはいえ、俺よりも先に辞めた三人の先輩たちが、魔草の研究自体も中止してしまったとは思えない。彼らは今も世界のどこかで魔草の研究を続けているはずだ。いつかどこかで再会できればいいのだが。
ちなみに、ラッセル村長からの呼びかけにより、今日の夜は俺の歓迎会を盛大に開いてくれるという。
こういうノリのいいところも、この村を選んだ理由のひとつだったりするんだよな。
57
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

記憶喪失の逃亡貴族、ゴールド級パーティを追放されたんだが、ジョブの魔獣使いが進化したので新たな仲間と成り上がる
グリゴリ
ファンタジー
7歳の時に行われた洗礼の儀で魔物使いと言う不遇のジョブを授かった主人公は、実家の辺境伯家を追い出され頼る当ても無くさまよい歩いた。そして、辺境の村に辿り着いた主人公は、その村で15歳まで生活し村で一緒に育った4人の幼馴染と共に冒険者になる。だが、何時まで経っても従魔を得ることが出来ない主人公は、荷物持ち兼雑用係として幼馴染とパーティーを組んでいたが、ある日、パーティーのリーダーから、「俺達ゴールド級パーティーにお前はもう必要ない」と言われて、パーティーから追放されてしまう。自暴自棄に成った主人公は、やけを起こし、非常に危険なアダマンタイト級ダンジョンへと足を踏み入れる。そこで、主人公は、自分の人生を大きく変える出会いをする。そして、新たな仲間たちと成り上がっていく。
*カクヨムでも連載しています。*2022年8月25日ホットランキング2位になりました。お読みいただきありがとうございます。

クラス転移、異世界に召喚された俺の特典が外れスキル『危険察知』だったけどあらゆる危険を回避して成り上がります
まるせい
ファンタジー
クラスごと集団転移させられた主人公の鈴木は、クラスメイトと違い訓練をしてもスキルが発現しなかった。
そんな中、召喚されたサントブルム王国で【召喚者】と【王候補】が協力をし、王選を戦う儀式が始まる。
選定の儀にて王候補を選ぶ鈴木だったがここで初めてスキルが発動し、数合わせの王族を選んでしまうことになる。
あらゆる危険を『危険察知』で切り抜けツンデレ王女やメイドとイチャイチャ生活。
鈴木のハーレム生活が始まる!

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる