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2巻

2-3

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「おのれぇ……またあの男か!」

 常連客たちが次々と契約を打ち切り、業績が悪化している原因のすべてをずっと見下していたウィルムに押しつけている彼らにとって、ここでその名を目にするのは耐えがたい屈辱くつじょくであった。
 ちなみに、自分たちの方から難癖つけて追いだしたという都合の悪い記憶はとうの昔に消し去っている。
 しばらく沈黙が続いていたバーネット親子であったが、息子のラストンが何かを思いついたようで、静かに語り始めた。

「な、なあ、親父……次の標的はいっそウィルム本人を狙ってみるのはどうだ?」
「ウィルムを?」
「ヤツさえいなくなれば、常連客も俺たちを頼らざるを得なくなるし、俺たちのやり方に首を突っ込んでくることもなくなるぜ?」
「なるほど……それは盲点だったな」

 ラストンからの提案に、ジェフは乗り気だった。

「くくく、ラストンよ。やればできるではないか」
「へっ、俺だってこれくらいのことは思いつくぜ」
「ならば……少し動くか」

 あごでながら、ジェフは得意の悪巧わるだくみを思いつく。

「何かいい案があるのか、親父」
「まあな。先日、ちょっと変わった客から武器の調達依頼があったが……ヤツらは住んでる場所的にな、ウィルムの妨害に利用できそうだ」
「変わった客? ――ああ、あいつらか」

 その「変わった客」というのはラストンも知っていた。とても珍しい種族で、普段は人間と関わらない。なので、利用価値がないと判断して交渉をしていなかったのだが――うまくいけばウィルムたちにひと泡吹かせられると考えを改めた。
 さらに都合がよかったのは、彼らが武器を欲している理由だった。

「ヤツらの狙いをうまく利用できれば、ウィルムだけでなくガウリー大臣の顔も潰せるぞ」

 バーネット商会からすれば、まさに天の助けと言って過言ではないほど打ってつけの取引相手だった。

「すぐに使いを手配しよう。これがうまくいけば、形勢逆転となる」
「そいつはいい……親父、俺にやらせてくれよ」
「何?」

 形勢逆転という話を聞くと、手柄をあげようとラストン自ら名乗りをあげた――が、

「ウィルム程度の小物が、俺たちをコケにしたことを後悔させてやるぜ」

 言うまでもなくそこには私怨しえんが多分に含まれている。

「いいだろう。ではこの件はおまえに任せる」
「おっしゃあ!」

 すでに成功した気でいるバーネット親子は、早速ウィルム暗殺計画を実行へ移すため、まず「変わった客」に接触すべく、行動を開始した。
 ――が、これが商会にとって真の意味での終焉しゅうえんに向けた第一歩だと、ふたりはこの時夢にも思っていなかったのである。




 第二章 発展していく村



 夜が明け、朝がやってきた。
 今日はハバートへ出向いてルート開拓の進捗状況を町長であるマーカムさんへと伝える予定となっている――が、その前に、俺は最近のルーティーンとも呼べるべき「あること」をするために屋敷の外にいた。

「では、もう一度やってみましょう」
「おう」

 それは――魔法の特訓だった。
 バーネット商会を去る際、倉庫で眠っていた神杖しんじょうリスティックを退職金代わりにいただいてきたのだが……どうにもこいつの扱いに慣れない。
 普段、俺はクラフトスキルを駆使して物づくりに励んでいる。あっちでも魔力を使うには使うのだが、魔法の場合はそれとはまったく違うアプローチで魔力を使わなければならず、悪戦苦闘あくせんくとうの日々が続いていた。

「ぐっ……うっ……」

 汗だくになりながら、必死に魔力を制御しようと試みる。
 だが、このリスティックが生みだす強大な力をコントロールできず、しまいには吹き飛ばされてしまい強制終了。少しずつその間隔は長くなっているものの、実際に魔法を扱えるのはまだ遠い先の話となりそうだ。

「やれやれ……俺にもうちょっと魔法の才能があったらよかったのになぁ」


「そ、そんなことないですよ! ウィルムさんは頑張っていますし、徐々に制御できているじゃないですか!」
「ははは、専門職のミミューにそう言ってもらえるのは励みになるな」

 俺に魔法を教えてくれるのは、ミミューだ。
 教え方はうまいんだけど、いかんせん俺にセンスがなさすぎてうまくいっていない。
 でも、いつか魔法が自在に操れるようになったら楽しいと思うし、何より村づくりの大きな助けになってくれるはず。
 成果はすぐに出なくても、毎日少しずつ着実に修行を重ねていこう。
 ちりも積もれば山となる。
 この精神が大事だと思うんだよな。
 ちなみに、修行をしているのは俺だけじゃない。

「ミミューさん、どうでしょうか?」
「素晴らしいですよ、レメットさん!」

 修行仲間のレメットは、俺よりもだいぶレベルの高い技術をみがいていた。この前のマージェリーさん救出作戦では女性陣で唯一待機組だったからなぁ。それが影響しての特訓っぽい。


 ◇ ◇ ◇


 いつもの修行を終えると、屋敷に戻ってアニエスさんの作ってくれた朝食をいただく。
 それが終わったら身支度を整えて屋敷の外へ出る――と、早くも村づくり作業を始めている者がチラホラ目に入った。
 もとから積極的に動いてくれていたけど、ここ最近は以前よりも精力的な感じがする。やっぱり要因となっているのはガウリー大臣による条約改正だろう。
 あれにより、今後メルキス王国は貿易において注目国となるのは間違いない。
 言い換えれば、商人たちにとって大きなビジネスチャンスとなる。
 そんな商人たちにとって、王都と港町ハバートを結ぶこの村は中継地点として重宝される。だからみんなも作業に熱が入っているのだ。
 村の規模はさらに大きくなる。
 それを予感させる賑わいだった。

「ウィルム殿、ちょうどいいところに」

 早朝からの頑張りに目を細めていると、ひとりの中年男性が声をかけてくる。彼の名はエドモンドと言い、元同業者でよく情報交換をしていた。

「どうしました、エドモンドさん」
「実はひとつ提案がありましてな」
「ほぉ……その提案とは?」
「農場の近くに牧場を作ってみてはどうでしょう?」
「牧場……いいですね!」

 俺は即答する。
 いや、本当に凄く良いアイディアだと思ったのだ。
 ちなみに、農場も拡大中である。
 俺たちが王都から帰ってくると、ちょうどベルガン村から野菜の種をもらってきたという村人たちとばったり道で出くわし、どんな種を調達してきたかの報告を受けていた。今朝も早くからアキノを中心に種まきにいそしんでいる。
 現在農場としているすべての土地で野菜を育てるとなったらかなりの重労働になるだろう。一部は牧場として家畜の飼育スペースにててもよさそうだ。

「でも、そうなると飼育する家畜をどこから連れてくるのかが問題ですね」
「その件についてはご心配なく。本格的に建設となったら知り合いに良い業者がいますので見繕ってもらいましょう」

 そこまで考慮したうえでの提案というわけか。
 商売上手だな。

「それじゃあ、早速その件をアキノたちに伝えてきます」
「い、いいのかい? 今日はハバートへ行くのでは?」
「まだ時間も早いですし、報告だけですから」

 それに……なんだか牧場づくりってワクワクする。乳牛を育てたらおいしいミルクを飲めるし、にわとりを飼育すれば生みたての卵が毎日食べられるからな。今の食生活に不満があるわけじゃないけど、選択肢が広がるのはいいことだ。
 といったわけで、アキノたちの種まき状況を確認しつつ、牧場の件を話しに行こう。


 屋敷から少し離れた位置にある畑では、アキノと複数の村人が作業をして――いると思ったら、何やら腕組みをして難しい顔をしている。

「あれ? どうかしたのか?」
「っ! ウィルム殿!」

 アキノが驚いたような声を出してこちらへと視線を向ける。他の村人たちもまったく同じリアクションだった。
 これは……何かトラブルだな?

「問題が発生したって顔をしているけど、どうしたんだ?」
「そ、それが……畑に水をやる際に少し距離があるなぁと話していて」
「ふむ」

 水となると、近くにある小川からんでくるわけだが、確かに遠いか。
 距離自体はそれほどではないのだけれど、これだけ広い農場で使用するとなったら何往復もしなければならない。そう考えると、不便ではある。

「なら、この近くにまで水を引っ張ってきましょう」
灌漑かんがい施設というわけですね」

 村人のひとりがそう提案すると、みんなも乗ってきてくれたのだが……問題はその方法だろう。そこが解消されない限り、根本的な解決にはならないのだ。
 でも、それならいい案がある。

「川の近くに水車を設けるというのはどうかな?」
「す、水車ですか!?」

 途端にざわつき始める面々。
 そう簡単にできるのかという反応だが――こういう時こそ、俺のクラフトスキルが生きるというものだ。

「そこは俺のクラフトスキルと職人さんたちの頑張りでどうとでもなりますよ」
「さすがはウィルム殿! 頼もしいですな!」

 アキノは真っ直ぐこちらを見つめながら言う。
 ……普通に照れるな。
 話の流れで、牧場づくりも視野に入れていると告げたら、これまた周りの村人たちから「それはいい!」と賛成してもらえた。
 けど、そうなったらますます水車の存在が重要になってくるな。


 というわけで、俺は村へ戻って職人たちのまとめ役であるビアードさんにすぐさま相談してみた。

「水車ねぇ……いい案だと思うが、完成にはかなりの時間を要するぜ」
「どうしてですか?」
「何せ、普通の建物とは構造が違うからなぁ。実際に川を見て、かなめとなる水車づくりから始めないと」
「それなんですけど……俺のクラフトスキルで水車自体は作れると思います」

 俺がクラフトスキルというワードを口にした瞬間、ビアードさんは「あっ!」と何かに気づいたかのような反応で俺を見る。

「だっはっはっ! 忘れていた! おまえさんのクラフトスキルがあれば大幅に工期を短縮させられるじゃねぇか!」

 いつものように豪快な笑い声を響かせるビアードさん。


 話がまとまったところで、ビアードさんと仲間の職人たちを連れて水車を設置する予定の川へと移動。
 すると、そこにはすでにアキノたち農場組が先に到着していた。どうやら、周辺を調べて適した場所を探していたらしい。

「いい場所は見つかったか?」
「候補としては、この辺りが最適ではないかと」

 アキノが示したのは水車を回すのに必要な流量を備えている、まさに理想的と呼べる場所だった。
 この川の水を農業用に活用するため、水車で水を汲み上げた後、水路へと流し込める仕組みを造り上げる。

「水車自体は俺がクラフトスキルで用意します」
「なら、俺たちは小屋や水路を造るぞ」

 ビアードさんの呼びかけに、職人たちは「おう!」と勇ましく返事をした。そちらは農場担当のエドモンドと打ち合わせてもらい、俺は水車づくりに専念しよう。

「まず、素材となる木が必要だな」
「でしたら、私に任せてください」

 そう言って、アキノは愛用の薙刀を構える。
 名前は《雪峰ゆきみね》――これもまた、俺のクラフトスキルによって作りだした武器だ。もうかなり年月が経っているはずだが、毎日手入れを欠かしていないため、今でも新品のような美しさを保っている。ここまで大切に扱ってもらえると、工芸職人クラフトマン冥利みょうりに尽きるというものだ。

「はあっ!」

 短い雄叫びが森にこだました直後、アキノの放った薙刀からの一撃によって三本の木が斬り倒される。派手な動作があったわけじゃないのに、あの一瞬で三本も……クラフトスキルによる追加効果で威力が増しているとはいえ、それをあの若さで自在に使いこなせているのは、凄いのひと言に尽きる。まったく……末恐ろしい女の子だよ。

「これだけあれば足りますか?」
「十分だよ。ありがとう、アキノ。また腕を上げたな」
「そ、そんな……私なんてまだまだですよ」

 謙遜けんそんするアキノ。
 普通、あの域まで達するには相当な鍛錬と経験が必要なのだが、彼女が目指しているのは母親であり、大陸では名の知れた一流冒険者のエリ・タチバナさんだ。あの人の実力を知っていると、「まだまだ」と語ったアキノの気持ちも分かる。
 さて、この木材に村から持ってきた金属片をかけ合わせれば素材はバッチリ。早速取りかかるとするか。今日はこれからハバートにも出向かなければいけないし、手早くやっていかないと。

「ふぅ……」

 意識を集中し、スキルを発動させる。
 もう何百回とやってきた動作だけによどみはない。
 ただ、武器や農具はこれまでもたくさん作ってきたから、こうすればいいという大体の目安みたいなのはあるんだけど、水車となると初挑戦だ。慎重に取り組んでいかなくてはならないだろう。
 アキノが用意してくれた木材に手をかけながら、川の大きさなども考慮してイメージを膨らませていく。
 光に包まれていく木材は、少しずつその形を変えていった。
 ――数分後。
 バラバラだった木材はクラフトスキルの力でひとつの大きな水車となって俺たちの前に現れた。

「お見事です、ウィルム殿!」
「うまくいってくれてよかったよ……」

 初めて造るだけじゃなく、構造も複雑だしサイズも大きいから苦労させられたよ。これまでで一番しんどかったかもしれないな。
 呼吸を整えていると、農場までのルートを確認し終えたビアードさんたちが戻ってきた。

「うおっ!? もう完成したのか!? さすがはクラフトスキルだな!」

 水路などの細かな手入れなどが必要な作業は職人さんたちの方が向いているはずだ。

「俺たちはこれからハバートへ行ってきますので、あとはよろしくお願いします」
「任せろ!」

 あっ、アキノにはハバートへの同行をお願いしなくちゃな。


 ◇ ◇ ◇


 一度屋敷へと戻り、全員揃ったのを確認してからハバートへと発つ。
 メンバーはレメット、アキノ、リディア、ソニル、そして新加入のミミューの五人にルディを足したいつもの面々。
 到着してみると、まだ港に大きな変化は見られない。
 いろいろと交渉に時間がかかっているという事実もあって、まだまだ平常通りといったところか。ただ、こちらも条約改正に向けて港の規模を拡大する計画があるらしく、先ほどから職人たちがせわしなく町中を行き来している。

「こちらもだいぶ忙しそうですね」
「状況は私たちの住む村と同じ――いえ、国にとって玄関口となる大きな港を抱えている分、重要性では上かもしれませんし」

 アキノとレメットは、にわかに活気づいてきたハバートの様子をチェック。
 この辺りは貴族と冒険者というそれぞれの立場から自然とそういう目で見てしまうのだろうな。特にハバートを領地とするレメットの実家のアヴェルガ家にとっては気になってしょうがないだろう。
 そういえば、アヴェルガ家の使いと思われる人も何人かいるな。屋敷で顔を合わせているから分かる。彼らは使用人ではなく、言ってみれば秘書みたいなものだ。
 今後、ハバートは劇的な変化を遂げるだろう――それを予感させる喧騒けんそうだった。
 期待を抱きつつ、俺たちはマーカム町長の家を訪ねる。

「やあ、待っていたよ」

 笑顔で迎えてくれたマーカム町長。
 アポなし訪問だったので、もしかしたらいないかもしれないという不安はあったが、どうやら使い魔を通してジュリスから連絡を受けていたらしい。さすがはガウリー大臣が信頼を置く有能補佐だな。
 しかし、心なしか疲れているようにも映った。やはり、条約改正による町の整備に追われているようだ。

「どうかしたかい?」
「いえ、なんだかお疲れのようで……」
「ははは、それはお互い様だろう?」

 ニッと笑うマーカム町長。
 疲れてはいるのだろうけど、気持ちのいい疲労ってヤツか。
 俺にも思い当たる節があるな。
 というか、今がまさにその状況だな。村づくりの関係で方々を行ったり来たりしているのだが、肉体的な疲労はありつつも精神的にはむしろ前のめりというか、やってやろうって気迫に満ちていた。
 たぶん、マーカム町長も同じ気持ちだろう。

「君の村と、私が町長を務めるこのハバートはこれからこの国にとって重要な役割を占めることになるだろう。今後もうまく連携を取っていきましょう」
「はい。よろしくお願いします」

 疲れているはずなのに、マーカム町長はとてもいい笑顔でそう語った。
 やっぱり、俺と同じでハイな状態って感じだな。
 ……負けてはいられない。
 俺たちは俺たちで、そして同志であるハバートと連携を取り、やれることを全力でやろう。

「では、今後のことについてゆっくりと話し合おうか」
「分かりました」

 俺たちは応接室へと入り、マーカム町長との会談に挑む。
 今回は他のメンバーも村人代表として同席し、今後について話し合うつもりだ。
 といっても、緊張感のあるものではなく、お互いの町村の未来像を語る。
 まず、ハバートはやはり港の大規模な増設&改装を計画しているらしい。
 条約通りに貿易の規制が緩まるのはまだ数ヶ月かかるだろうから、それまでに可能な限りやっていきたいという。

「すでに他の国から使者を通して港の見通しについて問い合わせがいくつか来ている。その数を考慮すると、今よりもずっと大きな港にしていかなくてはいけない」

 港は国にとって海の玄関口。
 メルキス王国としても、こちらの整備を最優先に考えるだろう。
 俺たちの方はあくまでも中継地点だし、俺のクラフトスキルで細かな部分については作業工程を大幅に短縮できる。
 実際、村の住居スペースを除く、宿屋やアイテム屋などの店舗に関しては出来上がりつつあるが、ハバートの方はまだまだ時間がかかりそうだ。
 俺のクラフトスキルで整備を手伝えないかと申し出たが、これは断られた。


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