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第40話 初めての宴会
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魔境のヌシの一体である毒蜘蛛のパーディ。
ゲームではユーザーを苦しめる強敵だが、実は娘想いの優しい母親という一面も持っているという事実が明るみとなった。
俺たちとしては、「子どもを大事にする」という人間との共通点を見つけられてホッとしたよ。この世界――【ホーリー・ナイト・フロンティア】の制作側にいたはずの俺でも、危うく見逃すところだったな。
パーディの娘であるホミルは、未だに目覚める素振りはない。
だが、顔色は明らかによくなっており、この調子なら目を覚ますと元気な姿を見せてくれるだろう。
ちなみに、パーディは俺たちに礼を述べたものの、素っ気ない態度に変化はなかった。アルのように俺たちと魔境村で生活する気は毛頭ないらしく、ここでホミルが目覚めるのを待ち続けるらしい。
俺たちは当初すぐに帰ろうと思っていたのだが、ホミルが目覚めた時のことを考慮し、近くでキャンプすることとなった。
「これこそ魔境探索の醍醐味ですね!」
お嬢様であるイベーラが一番張りきって準備を進めていた。
当初、父親であるドリトス家当主からは家に残るよう指示されていたのだが、なんとか彼女の意向を汲んでもらい、こうしてまた一緒にキャンプができるようになった。
結果として、この判断は正解だろう。
あのまま屋敷にとどまっていたとしても、それはイベーラにとって健康的な状態とは到底呼べなかっただろうし。
キャンプのディナーはディエニが担当してくれた。
そのディエニは、村へ戻ってくるなりうちの料理担当であるバーゲルトさんと料理談議に花を咲かせていた。
ふたりの様子を見ていたヴィッキーは「これはきっと将来くっつきますね」と話していたけど……結構年齢も離れているからなぁ。実際は仲の良い兄妹くらいの関係にとどまるんじゃないかな。
慣れた手つきでキャンプの準備を進めていく中、俺もテントの設営に力を貸そうとしていた――と、
「人間というのは本当によく分からない生き物だな」
突然、背後から声がする。
慌てて振り返ると、そこにいたのはパーディだった。
「パ、パーディ……」
「そんなに怯えなくてもいいだろ? ……少なくとも、あんたとその関係者だけは襲わないように決めたのだから」
「えっ?」
思わぬ発言に、俺は思わず硬直。
そこへアルがやってきて会話へと加わった。
「エルカ、こいつは照れ屋なんだ。あのような態度を取ってはいるが、内心、娘を救われたことで人間に対する考え方に大きな変化が起きていると言っていい」
「勝手に人の心情を代弁するんじゃないよ、アルベロス!」
照れ屋というのは本当のようで、そう語るパーディの声は裏返っていた。これまで、人間は敵という固定概念を持っていた彼女の考えに劇的な変化が訪れている――それは歓迎すべき変化だな。
「まあ、娘が元気になったらあんたらに手を出さないというのは約束してもいいけど……他のヌシたちはそう簡単に人間へなびかないよ」
「それは重々承知しているよ」
残り二体となったヌシ。
――ただ、パーディの言う通り、こちらはもっと厄介だろう。今回はたまたま設定を思い出せたからなんとかなったものの……残りのヌシたちについても何か攻略の糸口がないか、記憶を呼び覚ます必要がある。
今後のことについて考えていると、アルとパーディの視線がそれまでとはまったく違う場所へ向けられていると気づく。
「どうかしたのか?」
「別に……ただ、なぜ人間は食事の準備をするだけであんなに楽しそうなのかと思っていただけよ」
言われて、俺もパーディの視線を追ってみる。
そこでは調理中のディエニさんをリリアンとイベーラが囲み、談笑中だった。周りのメンバーも食卓や皿を用意したり、全体的に浮かれた空気が漂っている。
こうした行動が、パーディには新鮮に映ったようだ。
彼女たちにとって、食事とは生命を維持するために取る行動であり、そこに楽しみや喜びは見いだせないと思っているらしい。
まあ、人間である俺たちにしても、毎度今のように浮かれ倒しているというわけじゃない。今はただ、パーディとの関係良好+ホミルの体調がよくなりつつあるって状況もあいまってあのような空気になっているだけだ。
「お気に召さなかったかな?」
「好きにすればいいんじゃない? ――ただ」
「ただ?」
「あたしもあの子が作った料理とやらを食べてみたいわ」
パーディは人間の食事に興味を持ったようだ。
俺は彼女に「分かった」と告げた後、ディエニさんのもとへ行ってパーディの言葉をそのまま伝えた。
「えっ? モ、モンスターの口に合うかしら……」
やっぱり、気になるところはそこだよな。
俺としても、そこはどうなのか……注目している。
しばらくして、料理が完成。
メニューはサンドウィッチと野菜スープ。
キャンプでは定番のメニューだ。
リリアンたちは嬉しそうに料理を食べ始めて、口々に「うまい!」と絶賛。一方、パーディへは作ったディエニさん自身が届けた。
「これは……」
「サンドウィッチという料理よ」
「ほぉ……どれどれ」
長い腕を器用に動かしてサンドウィッチを手にすると、それをササッと頬張る。
その評価は――
「っ! う、うまい」
「ほ、本当? よかったぁ」
安堵のため息を漏らすディエニさんと、無言で食べ続けるパーディ。どうやら、サンドウィッチが気に入ったらしい。
「喜んでもらえてよかったですね」
「あぁ。ディエニさんにとっても、きっといい経験になったよ」
モンスターに料理を振る舞って気に入られるなんて、そうそう経験できるものじゃないからな。これもまた魔境ならではの出来事と言える。
その後はみんなで料理をいただき、おおいに盛り上がるのだった。
ゲームではユーザーを苦しめる強敵だが、実は娘想いの優しい母親という一面も持っているという事実が明るみとなった。
俺たちとしては、「子どもを大事にする」という人間との共通点を見つけられてホッとしたよ。この世界――【ホーリー・ナイト・フロンティア】の制作側にいたはずの俺でも、危うく見逃すところだったな。
パーディの娘であるホミルは、未だに目覚める素振りはない。
だが、顔色は明らかによくなっており、この調子なら目を覚ますと元気な姿を見せてくれるだろう。
ちなみに、パーディは俺たちに礼を述べたものの、素っ気ない態度に変化はなかった。アルのように俺たちと魔境村で生活する気は毛頭ないらしく、ここでホミルが目覚めるのを待ち続けるらしい。
俺たちは当初すぐに帰ろうと思っていたのだが、ホミルが目覚めた時のことを考慮し、近くでキャンプすることとなった。
「これこそ魔境探索の醍醐味ですね!」
お嬢様であるイベーラが一番張りきって準備を進めていた。
当初、父親であるドリトス家当主からは家に残るよう指示されていたのだが、なんとか彼女の意向を汲んでもらい、こうしてまた一緒にキャンプができるようになった。
結果として、この判断は正解だろう。
あのまま屋敷にとどまっていたとしても、それはイベーラにとって健康的な状態とは到底呼べなかっただろうし。
キャンプのディナーはディエニが担当してくれた。
そのディエニは、村へ戻ってくるなりうちの料理担当であるバーゲルトさんと料理談議に花を咲かせていた。
ふたりの様子を見ていたヴィッキーは「これはきっと将来くっつきますね」と話していたけど……結構年齢も離れているからなぁ。実際は仲の良い兄妹くらいの関係にとどまるんじゃないかな。
慣れた手つきでキャンプの準備を進めていく中、俺もテントの設営に力を貸そうとしていた――と、
「人間というのは本当によく分からない生き物だな」
突然、背後から声がする。
慌てて振り返ると、そこにいたのはパーディだった。
「パ、パーディ……」
「そんなに怯えなくてもいいだろ? ……少なくとも、あんたとその関係者だけは襲わないように決めたのだから」
「えっ?」
思わぬ発言に、俺は思わず硬直。
そこへアルがやってきて会話へと加わった。
「エルカ、こいつは照れ屋なんだ。あのような態度を取ってはいるが、内心、娘を救われたことで人間に対する考え方に大きな変化が起きていると言っていい」
「勝手に人の心情を代弁するんじゃないよ、アルベロス!」
照れ屋というのは本当のようで、そう語るパーディの声は裏返っていた。これまで、人間は敵という固定概念を持っていた彼女の考えに劇的な変化が訪れている――それは歓迎すべき変化だな。
「まあ、娘が元気になったらあんたらに手を出さないというのは約束してもいいけど……他のヌシたちはそう簡単に人間へなびかないよ」
「それは重々承知しているよ」
残り二体となったヌシ。
――ただ、パーディの言う通り、こちらはもっと厄介だろう。今回はたまたま設定を思い出せたからなんとかなったものの……残りのヌシたちについても何か攻略の糸口がないか、記憶を呼び覚ます必要がある。
今後のことについて考えていると、アルとパーディの視線がそれまでとはまったく違う場所へ向けられていると気づく。
「どうかしたのか?」
「別に……ただ、なぜ人間は食事の準備をするだけであんなに楽しそうなのかと思っていただけよ」
言われて、俺もパーディの視線を追ってみる。
そこでは調理中のディエニさんをリリアンとイベーラが囲み、談笑中だった。周りのメンバーも食卓や皿を用意したり、全体的に浮かれた空気が漂っている。
こうした行動が、パーディには新鮮に映ったようだ。
彼女たちにとって、食事とは生命を維持するために取る行動であり、そこに楽しみや喜びは見いだせないと思っているらしい。
まあ、人間である俺たちにしても、毎度今のように浮かれ倒しているというわけじゃない。今はただ、パーディとの関係良好+ホミルの体調がよくなりつつあるって状況もあいまってあのような空気になっているだけだ。
「お気に召さなかったかな?」
「好きにすればいいんじゃない? ――ただ」
「ただ?」
「あたしもあの子が作った料理とやらを食べてみたいわ」
パーディは人間の食事に興味を持ったようだ。
俺は彼女に「分かった」と告げた後、ディエニさんのもとへ行ってパーディの言葉をそのまま伝えた。
「えっ? モ、モンスターの口に合うかしら……」
やっぱり、気になるところはそこだよな。
俺としても、そこはどうなのか……注目している。
しばらくして、料理が完成。
メニューはサンドウィッチと野菜スープ。
キャンプでは定番のメニューだ。
リリアンたちは嬉しそうに料理を食べ始めて、口々に「うまい!」と絶賛。一方、パーディへは作ったディエニさん自身が届けた。
「これは……」
「サンドウィッチという料理よ」
「ほぉ……どれどれ」
長い腕を器用に動かしてサンドウィッチを手にすると、それをササッと頬張る。
その評価は――
「っ! う、うまい」
「ほ、本当? よかったぁ」
安堵のため息を漏らすディエニさんと、無言で食べ続けるパーディ。どうやら、サンドウィッチが気に入ったらしい。
「喜んでもらえてよかったですね」
「あぁ。ディエニさんにとっても、きっといい経験になったよ」
モンスターに料理を振る舞って気に入られるなんて、そうそう経験できるものじゃないからな。これもまた魔境ならではの出来事と言える。
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