上 下
53 / 63

第53話 合否

しおりを挟む

「切り札……ですか?」
「そうだ」

 ニカッと笑うハインリッヒ。
 先ほどの割れた皿を元に戻した修復魔法の効力を考えるに、ハインリッヒがイリーシャに何を求めているのか、それはなんとなく理解できた。

「あの子にも、次元亀裂の修復に協力をさせる――と?」
「現状、修復にはギデオンとヴェロニカのふたりに頼り切りとなっている。何せ、普通の人間には扱いづらい代物でな。長命で頑丈な竜人やらエルフでないと習得は難しいとされているんだ」
「なるほど……そういった事情が……」
 
 竜人やエルフといった、いわゆる異種族――彼らは普段こそ人間側と接点を持たないようにしているが、今は非常事態ということもあり、ラドム王国を中心にして各種族へコンタクトを取っているところらしい。

 だが、進捗状況は順調とは程遠い。
 なので、ギデオンとヴェロニカは、数少ない貴重な協力者であった。

「それで前線からなかなか戻って来られない、と」
「あいつらがいなくなったら、もう亀裂の広がりを止めることはできないからな。今だってなんとか食い止めるだけで精一杯だというのに」

 そう語るハインリッヒの表情は、先ほどまでとは違いどこか冴えない。あのふたりに頼り切りとなっている現状が歯がゆいのだろう。

「どんな凶悪なバケモノが相手でも、戦えと言われれば俺は戦うし、必ず勝つ。……だが、あればっかりはどうすることもできねぇ」
「ハインリッヒさん……」
「だが、そこにイリーシャが加われば、あいつらの負担軽減にもなるし、何よりおまえたちの旅の最終目標である両親に会わせるという願いも叶えられる」

 確かにそれは魅力的な提案であった。
 ドミニクはすでにイリーシャの戦闘面での実力は把握している。それを教えれば、ハインリッヒは喜んでさらにイリーシャ入団へ熱を入れるだろう。

 だが、ドミニクには葛藤があった。

「…………」

 シエナやエニスと楽しそうに食後のケーキを口にしているイリーシャ。
 そのあどけない表情を見ていると、命の危険が伴う最前線に送り出すのは気が引けた。
 しかし、それができる人材がないというのも深刻な問題だ。

「!」

 ふと、イリーシャと視線が合う。
 イリーシャはドミニクが自分に用事があると思ったらしく、スプーンを置くとドミニクの方へと歩み寄る。

「どうかした、ドミニク」
「あ、いや……」

 ドミニクが答えあぐねていると、

「イリーシャよ。さっきの力を使ってパパとママを助けるんじゃ」
「! エヴァさん!?」

 思わず叫ぶドミニク。
 エヴァの姿が見えていないハインリッヒは、「どうした?」と不思議そうにドミニクの顔を覗き込んでいた。

「私の力が……」
「で、でもな、イリーシャ、そこはとても危険な――」

 言いかけて、ドミニクは二の句を呑み込んだ。
 これまでに見たことがない、イリーシャの強い決意がにじむ瞳。

「ドミニク、私……パパとママの力になりたい」
「イリーシャ……」
「おぉ! そう言ってくれるか!」

 ハインリッヒは嬉しそうにしているが、ドミニクとしては複雑な心境だった。
 しかし、ずっと会いたかった両親が目前に迫り、しかも自分の持つ力が両親の役に立てるとわかったら、きっと誰だってそう言うだろうとも思った。

 結局、ドミニクはイリーシャの願いを聞き入れることにした。



 その後、具体的な今後の行動について話し合われた。
 まず、騎士団と行動を共にすることとなったドミニクとイリーシャは、ラドム王国の王都へ到着次第、正式な手続きを持って入団を完了する。
 その後、他の部隊のメンバーと合流し、ギデオンとヴェロニカが亀裂の修復作業をしている最前線へ向けて出発――と、ここまでの段取りは問題ない。

 気になっているのはアンジェ、シエナ、エニスの三人について。

「彼女たちは王都で待機してもらう」

 当然の配慮だ。
 しかし、ハインリッヒの言葉に三人は納得していなかった。

「私たちもその現場へ向かいます」
「無茶を言うな。さすがにそれは叶いきれん」
「でしたら、すぐ近くまででいいので同行させてください」
「俺からもお願いします」
「うぅむ……」

 ドミニクとアンジェは必死に何度も頭を下げて願い出る。
 その根気に、ハインリッヒは負けた。

「分かった。すぐ近くまでだからな」
「! はい! ありがとうございます!」

 こうして、アンジェたちも旅に同行することが決定したのだった。

  ◇◇◇

 翌朝。

「もう行ってしまわれるのですね……」

 ラドム王都へ向けて発つドミニクたちを見送りに来たカタリナは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「大丈夫。パパとママに会えたら、一緒にまた遊びに来る」
「! ぜ、絶対ですわよ!」

 カタリナとイリーシャは固い握手を交わした。
 一方、大人組は泣かないまでも一時の別れに寂しさを感じているようだった。

「道中、気をつけてな」
「何から何まで、本当にお世話になりました」
「何を言う。それを言うならこちらも同じだ。君にはカタリナが本当に世話になった。心から感謝している」
「ドミニク様のおかげで、カタリナ様はこれまで以上に元気になりました」

 イザベラが嬉しそうに報告してくれた。
 以前のカタリナを知らないドミニクやアンジェだが、少なくともかつて病弱だった少女とは思えないほど、今はパワフルだ。

「どうか、お元気で」
「ありがとうございます」

 ドミニクたちはカルネイロ家の人々に別れの挨拶を済ませると、ランドが引く荷台に乗り込んで王都を目指した。



 ラドム王国の王都は馬車で一時間ほど移動した先にあった。

「うおっ!? こりゃ凄い!?」

 冒険者パーティーの銀狐を訪ねて訪れたゼオ地方の大都市コルドーも活気があって凄かったが、さすがに大国の王都となるとスケールが違う。

「あの大きな川は運河になっているのか……おぉ! あんなに大きな船が何隻も停泊しているなんて!?」
「あれは海につながっているからな。重要な交易路だよ」
「ほぉ……」

 道中、当人の強い要望により、ドミニクたちの馬車に乗ることとなったハインリッヒが、王都の情報をいろいろと教えてくれた。

 そこからさらに進むと、ゴルトーと同じく検問所が出現。
 だが、ここはもう立派に騎士団のメンバーとして名を連ねるようになっただけあり、ほとんど審査なく通れた。それほど、五剣聖のハインリッヒは信頼を置かれている人物ということになる。

「さて、まずは騎士団長に挨拶へ行かないとな」

 ランドを騎士団が管理している厩舎に預けたドミニクたちは、いよいよラドム王国の騎士団長と面会する運びとなった。

 騎士団長の名はヴィンクラーと言い、歴代騎士団長の中でも上位に来る実力者であるとされている。そのため、あれだけ明るかったハインリッヒも、騎士団長室へ入る時は妙に緊張した面持ちであった。

 王都の中央にたたずむ、ラドム国王の居城。
 その西側に、騎士団の本部はあった。
 赤い絨毯の敷かれた廊下は、先の方が霞むほど長く、ハインリッヒ曰く、その先にある部屋に騎士団長のヴィンクラーが待ち構えているらしい。

 入団審査の結果は昨日のうちに使い魔を通して送っているとのことなので、ヴィンクラーとしても新入りの顔がどんな者なのか、興味深げに待っているだろうとハインリッヒはドミニクたちへ告げた。

 やがてたどり着いた一室。
 荘厳な扉の先に、目的の人物はいた。

「戻ったか、ハインリッヒ」
「はっ!」

 姿勢よく敬礼するハインリッヒ。
 その視線の先にいたのは初老の男性だった。

 この人物こそ、多くの騎士たちをまとめあげる騎士団長――ヴィンクラーである。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

じいちゃんから譲られた土地に店を開いた。そしたら限界集落だった店の周りが都会になっていた。

ゆうらしあ
ファンタジー
死ぬ間際、俺はじいちゃんからある土地を譲られた。 木に囲まれてるから陽当たりは悪いし、土地を管理するのにも金は掛かるし…此処だと売ったとしても買う者が居ない。 何より、世話になったじいちゃんから譲られたものだ。 そうだ。この雰囲気を利用してカフェを作ってみよう。 なんか、まぁ、ダラダラと。 で、お客さんは井戸端会議するお婆ちゃんばっかなんだけど……? 「おぉ〜っ!!? 腰が!! 腰が痛くないよ!?」 「あ、足が軽いよぉ〜っ!!」 「あの時みたいに頭が冴えるわ…!!」 あ、あのー…? その場所には何故か特別な事が起こり続けて…? これは後々、地球上で異世界の扉が開かれる前からのお話。 ※HOT男性向けランキング1位達成 ※ファンタジーランキング 24h 3位達成 ※ゆる〜く、思うがままに書いている作品です。読者様もゆる〜く呼んで頂ければ幸いです。カクヨムでも投稿中。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

処理中です...