風竜の力を宿した少年は世界最強の風使いとなる。

鈴木竜一

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第1話 風を支配する者【前編】

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 俺――デューイ・ハウエルは死を覚悟していた。

 追われている。
 気配は全部で三つ。
 
 つかず離れず、一定の距離を保ちつつ取り囲み、俺が肉体的にも精神的にも弱るのを今か今かと待っている。
 狡猾で悪趣味な連中だが……同時に、こういったことには手慣れている印象を受ける。


 ――事のはじまりは数時間前に遡る。
 その日、俺は故郷である風の里から少し離れた場所にある清流へ釣りをしに来ていた。夕方近くまで粘り、まずまずの釣果を得て家路に就くところであったが、その時に異変を感じて空を見た。

 夕暮れの空には、黒い影が走っていた。

 それはよく見ると影ではなく、煙であった。
どこからの煙だろうと目で追っているうちに、俺の顔はみるみる青ざめていく。その先にあるのは住み慣れた風の里だった。
 大急ぎで里へ戻る道中、気がつくと、周囲に数人の気配を感じ、今に至る。
 
 一連の経緯から、俺はある仮説を立てていた。
 すでに風の里は正体不明の敵の手によって陥落しているのではないか。

 でなければ、武装しているよそ者とこんな長時間追いかけっこはしていない。この風の里は王国の最高機密。一流の魔法使いが、幾重にも高度な認識阻害魔法をかけて他者の侵入を防いでいる。
それにもかかわらず、こうしてよそ者が入り込んでいることと、事態を察知した援軍が到着してもいい頃合いはとっくに過ぎているというふたつの事実が俺を焦らせた。

 それが意味するものとは即ち……親も、師も、友も、無事でいる可能性は極めて低いという可能性が濃厚。

 常に最悪の事態を想定しろと教えてくれた師を、俺は生まれて初めて恨んだ。どれだけ払拭しようにも、頼れる者は自分しかいないという最も考えたくない状況が浮かんできてしまうからだ。

 やがて、俺は足を止めた。
 逃げ回っても意味がないというあきらめと、殺されただろう仲間たちの敵討ちというふたつの気持ちが混じり合い、足を止めたのだ。
 そしてついに――追ってきていた三つの影が姿を現す。

「もう終いか?」

 影のひとつがそう訊ねてくる。

「まだ十五、六の若造とはいえ、風の里を守る風守衆のひとりだけはあるな。我ら三人と交戦しつつ、かなりの速度で走り続けた……こちらも本気を出さねば、危うく見失うところであった」
「……なぜ、風の里を襲った?」

 呼吸を整える間もなく、俺はそう返し、携えた剣の柄に手をかけた。里一番の腕を持つ鍛冶屋が作ってくれた剣だ。

「答えろ!」

 俺は怒りのままに叫び、敵を睨みつけている。
 すると、突風が巻き起こり、男たちは少し後退した――が、こちらが風の里の人間であることを知っている連中を撤退させるまでには至らなかった。

「激情家だな」

 影のひとりはいやらしく笑って、

「しかし、何もかも失い、こうして限界まで追い込まれた状況でありながらも、その心は死なず……否、むしろその全身を覆う風は激しさを増していく……その強さ、まさに脅威だ」
「なんだと!?」

 予感は的中していた。
 ヤツらは以前からこの国を狙っていると噂された某国からの刺客だったのだ。

 ……しかも、かなりの腕前だ。
 こうして話している間も、ずっと肌が粟立っている。

「我らに協力せよという書状が届いていたはずだ」
「協力? 奴隷になれの間違いだろう?」

 書状の件は、俺も知っていた。
 送ってきたのは……グワーム帝国といったか。
しかし、あれはとても協力を要請するといった、かしこまったものじゃなかった。文面は最初から最後まで、『配下になれねば滅ぼす』という悪意で埋め尽くされた、いわゆる脅迫文だった。

「協力できないというのであれば致し方ない。歯向かう風の里の者はひとり残らず殺せということだったが……」

 影のひとつからため息が漏れ聞こえた。

「しかし、おまえたち風の里の者たちも哀れよな」
「哀れだと!?」
「おまえたちの主――シルヴァスト王国のルドガー王といえば、戦争嫌いの軟弱者で有名だからな。そんな貧弱な主のもとで命を賭けるおまえたちが哀れで仕方がない」
「貴様! 国王陛下を愚弄するか!」

 さらに怒りの炎が勢いを増す。
 俺にとって、主である心優しいルドガー王をバカにされることが何よりも嫌いであった。
 ルドガー様はグワーム帝国からの書状が届いてからは心労が重なり、すっかりやつれてしまった。
いつも民を第一に考えていた国王様にとって、帝国が突きつけた条件を呑んでしまえば、民がどれほど困窮した生活を送らねばならないか理解していたからこその苦悩だった。

「陛下は争いではなく、和平を願った! 悲しみも憎しみもない平和な世を願って!」
「それが軟弱だと言うのだ。そのような甘ったるい理想を掲げているようでは、この乱世を生き抜くことは不可能。死んで当然だ。そのような世迷言に付き合わされて死んでいった兵士たちはさぞ無念であったろうな」
「貴様ぁ!」

 もはや我慢の限界。
 俺の瞳は怒りに満ちていた。

「ふっ、いくら気迫を見せたところでもう遅い」
「なんだと!? どういう意味だ!?」
「お主の主であるルドガー王の首はすでに我らの手にある」
「なっ!?」

 予感は的中していた。

「そ、そんな……ルドガー様が……」

 すでに、王家の居城は敵の手に落ちていたのだ。
 それは同時に、この国の敗北にもつながる。

「本来ならここでおまえも殺しておくのだが……どうだ? 俺たちの仲間にならないか?」
「……何?」
「その若さでかなりの実力者と見える。まあ、もちろん、条件はつくが」
「! ……そうか。おまえたちの狙いは――風竜の力か!」

 この風の里に封じ込められているという四大聖竜の一体・風竜シルヴァスト。
 王国の名前にもなっているこの竜の力が眠っている場所こそ、この風の里であり、俺たち風守衆が守り続けていたのがまさにその力なのだ。

 連中はその情報までかぎつけており、俺にその力を渡せば仲間にしてやるし、命は助けてやるという条件をつけてきた。

 その提案に対する俺の答えは――決まっている。

「たとえ主が死んでいたとしても……シルヴァスト王国を! そして風の里を滅ぼした帝国に加担することはない!」

 真っ向から拒否の姿勢を示す。

「俺はこの風の里の民だ! 誉れ高き風守の騎士だ! 浅ましく敵に情けを乞うほど落ちぶれてはいない! 最後まで足掻き抜き、最後は自ら死を選ぶ! だが、たとえこの身が朽ち果てようとも、風の里の魂はけして死なぬ! 絶対に風竜の力は渡さない!」

 親や仲間、そして何より、この国を殺した帝国軍に加わるのだけは我慢ならなかった。かといって、この場を無事に逃げ切れるかと言われると、首を横に振らざるを得ない。

「申し訳ありません、ルドガー様……いつかの約束は果たせそうにありません……最後まで風の里の風守として生きることをお許しください……」

 小声で、一足先にあの世へと旅立った主君へ謝罪を述べる。きっと、この場でくたばったのなら、あの世で耳が腫れ上がるほどの説教が待っているだろう。
 ……けど、今の俺には、その説教さえ楽しみに思えてくる。

「死を楽しむなど……昔ならあり得ないな」

 絶体絶命の窮地。
 なのに、どこか気分は晴れやかだった。

「……こうなれば……ひとりでも多くの首を……空の上で待つみんなへの手土産にしていかなくてはな……」

 大きく息を吸い込んでから、

「いくぞ!」

 そう叫び、影に向かって突進していった。

「愚かな。シルヴァストの風の騎士は噂通りの実力者揃いだったが……義のために死を選ぶ愚か者の集まりでもあったか」

 三つの影は俺を迎え撃とうとしているが――その瞬間を俺は待っていた。
 懐から取りだした小さな球体。
 それを地面に勢いよく叩きつけると、破裂音とともに白煙が立ち込めた。

「!? 煙幕弾か!?」

 臨戦態勢に入っていた三人は、突然の白煙に動揺。
 俺はその隙に連中の間をかいくぐってある場所を目指した。

 それは――風竜が眠る里の外れにある洞窟だ。



※次は正午に投稿予定!
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