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3巻

3-3

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 しばらくして、湿原の先にある森に入ると、真っ先に小川が出現。
 さっきの大河から分岐してきたものだろうか。近くには小高い丘もあり、周囲を見渡せる環境であることから、ここを調査の拠点地に決めた。
 大雨など、状況が変化した時には中継地点の屋敷へ避難すればいいし、本当に便利な存在となってくれたな。
 改めてターナーには感謝しないと。

「よし。それじゃあ手分けしてテントの用意をしようか」

 俺がそう指示を飛ばすと、すぐさま作業を開始。
 この辺の手際のよさはさすがだな。
 テント以外にも、ウェンデルお手製の万能家具はジャクリーヌが魔法で生み出した空間にしまっておいたため、それを取り出して配置していく。
 これにより、テント生活でありながら快適さが大幅に増した。

「さすがだな、ふたりとも」
「これくらいお安い御用ですよ!」
「調子に乗るんじゃありませんわ」

 ウェンデルとジャクリーヌの、このやりとりも変わらないな。
 とりあえず、雨風をしのげる寝床の用意が完了。
 テントで昼食を取りながら、今後の進路について確認する。

「まだ足を延ばしていないのは……こっちからのルートだが」
「そこは特に草木が鬱蒼うっそうとしていて、前進するのが難しいですね」

 昨日、ブリッツたちがあきらめた場所か――
 けど、ここを乗り越えない限り、新しい発見は得られないだろう。
 俺たちよりも先に島へ上陸していたと思われるオズボーン・リデア――レゾン王国の副騎士団長である彼の痕跡も、島を探索しているうちに見つかったものだしな。

「なんとかして先に進みたいものだな」
「危険地帯というわけではないので、時間をかければ進むこと自体は可能です。昨日は時間と適した装備がなかったので引き返しましたが……今日はイケます」

 冷静に分析し、最後に頼もしい言葉をくれたブリッツ。
 後ろで聞いていた他の三人も、「任せてくれ!」と言わんばかりに自信溢れる表情をしていた。
 新しい場所への挑戦……本格的に取り組むのは明日からになりそうなので、とりあえず近場から少しずつ状況を把握するために分散して見て回ろう。
 今後の行動が決まったので、テントの外に出る――
 と、視界に入ったのはイムが空をジッと見つめているところであった。
 そういえば、昨日も似たような状況になっていたな。

「イム? 何かあったのか?」
「先生……空が変なような気がする」
「空が?」

 何やら上空に異変を感じたというイム。
 確認するために俺も見上げてみたが……朝と変わらず、雲ひとつない晴天という印象以外には、別段変わった様子は見受けられない。

「どうしてそう思うんだ?」
「わ、分からないけど……」

 感覚的なものというわけか。
 これはイムの父親であるセルジさんに話を持っていった方がいいかもしれないな。何か知っているのかもしれないし。
 イムの様子は変でパトリシアも心配していた。テントで休息を取ったらどうかと提案するも、体調面に異常はないらしい。
 ただ、おかしいと感じたらすぐに知らせるように条件をつけておいた。

「イムさん、気分が悪くなったらすぐに教えてくださいよ」
「うん。その時はお願いね、パトリシア」
「もちろんです!」

 仲睦なかむつまじいふたりのやりとりを眺めつつ、俺たちは周辺の調査へと向かうのだった。


 †


 そしてその後、集めた情報を持ち寄りテントで話し合う。
 入念な調査の結果、いくつか新規ルートになり得そうな場所を発見。
 さらに地図と照らし合わせてみたら、意外な事実が明らかとなった。

「うん? もしかして……農場の北側から回っていけば、湿原を通らずにこちら側へ来られるんじゃないか?」

 湿原地帯を無事に通り抜けられたのは黄金世代やイムがいたから。
 もしあそこへ別の人間が少数で入り込んだら、モンスターに襲われるかもしれない。
 この先にも拠点地を作るとなったら物資を送るための安全なルートが必要になってくるが、農場側からの道がそれにもっとも適している。
 ただ、こちらもまだ直接確認したわけではないので、今後の調査対象となってくるだろう。

「農業用水の件も含め、明日はこちらへ向かって進むとするか」
「ならば、あの草木が生い茂る森を突破する必要がありますね」
「だな」

 今日の下調べにより、俺たちの想定を遥かに超える大規模な森であるというのが新たに発覚した。これまで野外鍛錬の一環としてさまざまな森へ足を運んだ俺と黄金世代の四人だが、さすがにこれは経験がない。
 あの大河にしろ、この森にしろ、ついにラウシュ島がその本領を発揮してきたと見ていいだろうな。
 手つかずの大自然はダンジョンのトラップよりずっと厄介だし脅威だと、改めて思い知らされるよ。
 明日の行動が決まると、俺たちはテントから出て夕食をいただく。
 発光石が埋め込まれたランプの淡い光と、焚火たきびによって生まれた力強い光――ふたつの光に照らされながら、いつもの調子で明るく楽しいディナーが始まる。
 心配していたイムの体調だが、本人は至って健康そのものだった。昼間に感じた変な感じも今はしないという。
 元気な笑顔でおかわりをしている姿を見る限り、病気のたぐいというわけじゃなさそうだけど……気にはなるな。
 とりあえず、経過を注視しつつ現状維持で大丈夫そうか。

「先生、おかわりはいかがですか?」
「いただくよ。ありがとう、エリーゼ」
「いえいえ」

 辛気しんき臭い思考はここまでにしよう。明日は大移動になるからな。
 今日は早く休んで備えるとするか



 第4話 未知の領域


 翌朝。
 本日は多少雲があるものの、天候自体は晴れ。気温は昨日よりちょっと暑いかな。
 朝食を終えてテントを片づけてから、近くにある丘へと移動し、そこから改めて周囲を見回してみる。

「うーん……これは思っていた以上に広いな」

 島の大きさについては、船から見た島の大きさや地図による情報を総合して、大体の見当をつけていたのだが……見通しが甘かったようだ。
 マリン船長から譲り受けた船を使って、島の反対側から上陸して調査するのはもうちょっと後にしようかと思っていたが、この調子だとその時期を早める必要が出てきたな。
 そう思わせる最大の要因は、視界の先に広がる深い森林にあった。
 一面が濃緑で埋め尽くされており、先の方が見えないほどだ。
 具体的にどれほどの大きさなのか……皆目かいもく見当もつかないな。
 ジャクリーヌの探知魔法があるため、遭難の危険性は皆無なのでまだ安心だが……魔法を知らない島民たちでは一度迷うと二度と外へは出られないだろう。
 彼らが足を踏み入れるのをためらう理由がよく分かる。生きて帰ることはできそうにないからな。

「どれほど続いているのでしょうか、この森は」

 すぐ横に立つブリッツも、不安げにそう漏らす。

「ここまで広大だと、まったく読めないな」
「湿原の前に中継地点を用意しましたが、この辺りにも用意しておく必要がありそうですね」
「あぁ……港の整備が終わって、周辺の安全を確保できたら、近いうちにターナーを呼んで相談してみるか」

 パトリシアの言うように、この辺りに第三拠点を構え、運用していった方がよさそうだ。

「では、探知魔法で森の様子を探ってみますわ。パトリシアさん、お手伝いしてくださるかしら」
「お任せください!」
「頼むよ、ジャクリーヌ、それにパトリシア」

 森の中に危険がないかどうか、うちの優秀な魔法使いコンビが早速さっそくその腕を披露してくれるようだ。ここにルチアも加われば完璧なのだが、彼女にはカークたちとともに農場開拓という大事な任務があるからな。

「ふぅむ……」

 キリッとした表情で森を見つめるジャクリーヌ。
 彼女はもともと運動神経に難があり、かつ本人が汗をかくことを嫌うので格闘系の鍛錬はしていなかった。
 しかし、そんなジャクリーヌの横で同じく探知魔法を発動させているパトリシアは異なる成長を遂げている。
 当初、彼女は剣士を目指して鍛錬を積んでいたが、俺としては魔法使いとしての高いセンスを評価していた。もちろん、剣士としての才能もないわけじゃない。むしろ、同学年の子たちに比べたらトップクラスだ。
 ただ、その評価を遥かに凌駕するほど、魔法使いとしてのポテンシャルは高かった。
 今後はイムが本格的に剣術の鍛錬に挑む予定なので、パトリシアにもそろそろ本格的に魔法使いとしての道を歩むよう話をしてみるか。
 きっと、立派な大魔導士だいまどうしとなって国を導いてくれるだろう。
 それがこのエストラーダなのか、はたまたまったく違う国なのか……
 それは成長した彼女が決めることだ。まだ幼さが残るとはいえ、顔立ちは文句なく美人だし、成長したらさらに美しい女性となる――となれば、きっと求婚してくれる貴族も多いだろうし、その頃の出会いによって変わりそうだな。
 もし島を出たいというなら、引き留めるつもりはない。
 過去につらい体験をしている分、パトリシアにはパトリシアの人生を後悔なく歩んでもらいたいからな。
 しかし……そうなるとやっぱり寂しいな。

「先生、探知魔法を使った結果、森の中に不審な物やモンスターの気配はありませんでした」
「っ!」
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ。ジャクリーヌはどうだ?」
「こちらも同じですわ……逆に不自然ですわね」

 ジャクリーヌは眉をひそめて森を見つめる。彼女にしか分からない何かがこの森に潜んでいるというのか。

「不自然な点というのは?」
「これだけ広大な森なのに、モンスターが一匹もいないという状況そのものですわ」
「なるほど……それは言えているな」

 モンスターがいないという報告で安心をしていたが、その状況自体が不自然というジャクリーヌの着眼点はさすがだ。
 おまけにここはパジル村の人たちの手が一切加えられていない、いわば手つかずの状態となっている。
 それでもモンスターがいないという……それは果たして何を意味しているのだろうか。
 とりあえず、危険ではないと判断されたのでこのまま森へと入っていく。
 人の手が加えられていないということは、植物なども自由に生え放題――つまり、人が進みやすいように道を作っていてはくれないのだ。
 逆に言うと、これまでこの島にはパジル村の人たち以外にも誰かが住んでいる形跡がいくつか見られた。
 しかし、ここから先にはそれすら見られない。ということは、まさに真の意味で未知の領域といえた。これでこそ、調査のやりがいがあるというものだ。

「どうしましょうか、先生。わたくしの炎魔法で焼き払います?」
「島が丸裸になってしまうからその案は却下だな」

 指先に魔法で生み出した小さな炎を浮かべて、ジャクリーヌがそんな提案をする――が、即座に却下。
 調査をする上で手っ取り早いといえばそうなのだが、この素晴らしい自然環境を極力壊したくはない。
 ここで力を発揮するのがブリッツの剣術だ。

「ふん! はあ!」

 相変わらず見事な剣さばきで草木をり、道を生み出していく。
 さらに、ブリッツだけでなくパトリシアやイムも加わった。それだけでは終わらず、ジャクリーヌは風を刃のように飛ばす魔法で、ウェンデルは魔道具で切り拓いていき、最終的に俺も参加して作業速度は劇的に加速していった。
 エリーゼとクレールのふたりは直接作業に関わる手段を持たないため、エリーゼの方は得意の回復魔法で他のメンバーの疲労を回復していき、クレールの方は地図とにらめっこしながらルートを確認していく。
 それぞれが自分のやれる範囲で仕事をこなす。
 おかげで想定していたよりもずっとペースは速かった――が、ここで緊急事態が発生する。

「っ!? せ、先生! 来てください!」

 第一発見者はパトリシアで、驚きながら俺を呼ぶ。かなり焦っているようだったので、俺は急いで駆けつけた。

「どうしたんだ、パトリシア!」

 俺の後を追う形で、他のメンバーもパトリシアのもとへと急いだ。



 第5話 新発見


 パトリシアが発見したのは岩壁に開いた大きな穴だった。
 まるで俺たちを呑み込もうとしているように見えるそれはまるで――

「ダンジョンの入口か?」

 以前にも、ラウシュ島の別の場所でダンジョンを発見したが、あそこの入口とよく似ているな。
 ただ、あのダンジョンでは特にこれといった発見がなかった。
 しかし、今回はあの時と状況が違う。
 わざわざ奥深くまで探索しなくても状況を把握できるすべがあるのだ。

「――ジャクリーヌ」
「ダンジョン内部に探知魔法をかけて探ればよろしいのですね?」
「さすがだな。頼むぞ」
「お任せください」

 こちらの意図をしっかりと理解しているジャクリーヌは、早速得意の魔法でダンジョンの中を調査する。
 さっきの森でもそうだったが、魔法で分かるのはダンジョンの規模やモンスターの配置程度で、たとえばモンスターがどれほど強いのかといったような詳細な情報は分からない。
 その辺は自分の足で確認をする必要があるんだ。
 そんな探知魔法でダンジョン内の情報を探るジャクリーヌの顔は、いつもの顔つきから徐々に険しい表情へと変わっていく。

「……かなり深いですわね。ここまで深いダンジョンというのは過去に見たことがありませんわ」

 学生時代、よくみんなで課外授業と称してダンジョンに潜っていたジャクリーヌ。
 そんな彼女でも過去に経験がないほどの大きさとは……
 これは、全容を掴むのにはかなりの時間を要するだろうな。

「オーリン先生……このダンジョンは一筋縄ではいきそうにありませんね」
「ブリッツもそう思うか?」
「はい。なので、専門家を派遣してもらった方がいいかもしれませんね」

 ジャクリーヌからの情報を分析したブリッツが、そう告げる。

「俺もそれは考えていた。まもなく、拠点となる村が完成するから、それに合わせて有力な冒険者をこの島に派遣してもらえないかグローバーに相談してみよう」

 ダンジョンへは何度か挑戦してきたが、それはあくまでも教育の一環。
 あそこで得られるアイテムを売って生計を立てている本職の冒険者たちでしか知り得ない知識もあるだろうし、そのように提案してみようと思う。
 それと、もうひとつ考えている案があった。

「冒険者たちが寝泊まりできるような、小規模の村をここへ作るのもいいな」

 近くには小川があり、見晴らしのいい丘もある。
 昨日見つけたあの大河からは距離もあるため、水害の影響も出ないだろう。実現できるかどうかはさておき、環境としては大変望ましいものが揃っていると評価していいだろう。
 あとは肝心の冒険者だが……果たしてどれだけ集まるか。
 小国であるエストラーダで活動している冒険者のレベルで、このダンジョンを突破できるのかは分からない。
 あのジャクリーヌが引くくらい大きなダンジョンだからな。やはり実績のある人物やパーティーでなければ務まらないだろう。

「あの、先生」

 冒険者をどうやって集めようか悩んでいると、ウェンデルが声をあげる。

「どうかしたか、ウェンデル」
「いや、その……あくまでも僕個人の意見なのですけど……『彼』に頼んでみてはどうでしょう?」
「「「っ!?」」」

 ウェンデルの言う『彼』――それが誰なのか瞬時に悟った黄金世代の面々は一様に驚いた表情を浮かべる。

「僕はギアディスで冒険者を相手にする商売をしていたましたから、その手の話をよく聞いていたんです。かなり凄腕の冒険者になったみたいですよ」
「『彼』の噂でしたら、わたくしの耳にも届いていますわ」
「私も、教会に来る方から話を聞いたことが……」
「俺も任務でダンジョンを訪れた際にあいつの名前を聞いたな」

 ともに学んだ黄金世代の四人は、卒業後に『彼』の噂話を耳にしていたらしい。
 かく言う俺も、当時の同僚から情報を得ていた。
 学園を中退した『彼』は、己の実力だけで飯を食っていこうと冒険者になり、成功をおさめた、と。
 ……しかし、まさかここでそう来るとは思わなかった。
 とはいえ、現状を振り返ってみればまったくない話ではないか。
 有名な冒険者になったのなら、協力を要請してみてはというウェンデルの提案は採用すべきだろう。
 問題はその『彼』が応じてくれるかどうか……いや、それ以前に今どこで何をしているのかさえ分からないんだった。
 俺と黄金世代の四人が神妙な面持ちになる中、まったく事情を呑み込めていないパトリシアとイムとクレールはポカンとしていた。

「あ、あの、先生に先輩方、一体どうされたんですか?」
「その『彼』というのは誰なのでしょう?」
「強い人なの?」

 事情を知らないパトリシアやイムたちは困り顔。
 ……そりゃそうだろうな。
 ここはきちんと説明すべきだろう。

「三人とも、よく聞いてくれ。ウェンデルが言った『彼』というのは――黄金世代の《まぼろしの五人目》と呼ばれた男だ」
「えっ!? 黄金世代ってブリッツ先輩たち四人だけじゃないんですか!?」

 他のふたりは「ブリッツたちと同じくらいの実力者が他にもいるんだ」というような反応だが、同じ学園出身のパトリシアは驚愕きょうがくの表情を浮かべる。
 そうか……『彼』が学園を去ったのは、パトリシアが入学してくるよりも前だったな。これもいい機会だから、三人にも話しておこう。
 これ以上の調査はいったん取りやめ、中継地点にある屋敷へと移動。
 そこで、『彼』についての詳しい話をする流れとなった。



 第6話 五人目の黄金世代


 屋敷に到着すると、すぐにクレールがお茶の準備に取りかかってくれる。
 俺たちは荷物をおろし、体を伸ばしたりストレッチをしたりとそれぞれ思い思いに過ごしていた。
 それから間もなくしてクレールがお茶を淹れ終えて戻ってくる。全員揃ったのを確認してから、俺は自分の記憶を掘り起こしながら語り始めた。
 あれはもう何年前の話になるか……


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