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3巻

3-2

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 第2話 拠点開発


 昼食後。
 カーク、バリー、リンダ、ルチア、ドネルの五人とともに、農場へとやってくる。
 今回は本人の強い要望もあって、それに加え、パトリシアも同行していた。
 黄金世代の四人は近々行う予定の遠征についてルートの確認をするため森へ出ており、クレールとイムは海岸沿いの調査中。ターナーや職人たちは港の整備と、各々が持ち場での仕事に汗を流していた。
 その農場だが、この短期間のうちに劇的な進化をげている。
 パトリシアやイムが手掛けてくれた時も、完成度の高さに感心したものだが、規模からしても家庭菜園サイズであった。
 あの頃ならそれで問題なかったが、人数が増えたことにより規模の拡大が求められるが――今の農場は、それを見事に実現している。

「ここまで大きくできたのはみんなのおかげだ。素晴らしい働きだよ」
「我々としてはまだまだ大きくしたいと考えています……ただ、それには少々問題がありまして」
「作業に従事する者の数が足りない……端的に言えば、人手不足ということだろう?」
「っ! そ、その通りです!」

 バリーの抱く懸念については、俺も苦慮していた。
 そもそもエストラーダという国自体が小規模で人口が少ない。
 港町として発展しており、王都はにぎわっているのだが、こちらに人手を回せるほどの余裕はないだろう。
 となると、急激に規模を大きくするのは危うい。
 この少人数では管理しきれなく可能性が高いのだ。

「ボチボチ王都へ定期報告に行く時期となるから、その際にグローバーへ相談をしてみようと思っている……けど、期待薄だぞ?」
「承知していますよ」

 この場にいる五人はエストラーダで生まれ育った、いわば地元出身の若手たち。そういう意味では、俺よりも国の内情について詳しいだろう。
 人数が少ないという問題点を抱えつつ、それ以外は至って順調なので慌てる必要はない。
 それと……俺としてはもうひとつの牧場の方が気になるな。

「牧場の方はどうなっている?」
「ターナーさんと話して、厩舎きゅうしゃを作る予定ではいます。飼育するのはにわとり山羊やぎなどを予定しています」

 船で運ぶことになるだろうから、サイズ的にもそれくらいが適当か。
 特に、鶏がいてくれたら卵を収穫できる。これは大きいな。
 これら家畜についてはドネルが関係各所にかけ合い、入手する予定でいるという。その交渉が一段落つくまで、とりあえずは農場の方を優先してやっていくらしい。
 ここの管理は、若い彼らにお任せするつもりだ。
 騎士としての知恵や技術が役に立つかどうかはさておき、決して無駄な行為ではないと俺は考える。
 農作業は肉体的な鍛錬にもなるし、仲間たちと成功に向けて一致団結することによりチームワークをはぐくめるのだ。

「みなさん、とても気合が入っていますね! なんだかこっちまで元気が出てきます!」
「まったくだな」

 元気を分けてもらえたというパトリシアの意見には同感だ。
 この感じ……どことなく、学園時代のブリッツたちを思い出させる。
 今後の成長次第ではあるが、もしかしたら……カークたち五人はブリッツたち黄金世代に匹敵する存在となるかもしれないぞ。


 †


 それから、俺は村からそれほど離れていない場所にある廃墟となっていた港を訪ねた。
 農場と牧場は想定よりもずっと順調に進んでいた。
 ラウシュ島を探検するための拠点が完成し、次は食料確保が最大の課題ともいえる。なので、バリーやカークたちにはバリバリ働いて美味しい野菜や卵を用意してもらわないとな。
 港に着き、ターナーに声を掛ける。

「ターナー、調子はどうだい?」
「あっ、オーリン殿」

 呼びかけに反応してこちらへと振り返るターナーだが、どうにも表情がえない。

「何かトラブルでもあったのか?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが……正直、どこから手をつけていこうかなと悩んでいまして」

 彼がそう思ってしまうのも無理はない。
 長年放置されていたそこは、とにかく目につくところすべてがボロボロ。
 素人考えだが、ここまでひどい状態となると、いっそ全部解体して一から作り直した方が効率的ではないのかとさえ思えてくる。

「どうするのがベストだろうか」
「……ベースはそのままに、小屋や桟橋といった部分を作り直せば低コストで生まれ変わるのではないでしょうか」
「なるほど」

 それがターナーのプランらしい。

「実際にそれは可能なのか?」
「お時間をいただくことになるでしょうが――必ず成功させてみせます」
「頼もしいな。よろしく頼むよ」
「はい!」

 こちらは専門職である彼らに任せるとしよう。長らくやっているターナーたちならば、きっとこの港を素晴らしいものとして復活させてくれるはず。
 それにしても……改めて周囲を見回すと、本当に何を目的に作られた港なのだろうかという疑問がふつふつと湧いてくる。
 恐らく、手掛けたのはエストラーダの先代国王なのだろうが、なぜかここの存在を息子である現国王にすら黙っており、当人は困惑していた。
 仮に、これが何か犯罪めいたものであるというなら隠そうという心情も理解できる。
 しかし、エストラーダの民にとって未開の地と呼んでいい立地条件を除けば、何の変哲へんてつもない普通の港である。それを先代国王が秘密にしていた理由は何だろう。
 この島については国民もずっと気にかけていたのだから、国家事業としてもっと大々的にやっても反対なんてしないだろうし、むしろ支持する層の方が多数派になるはずだ。
 俺は……先代国王の取ったこの不可解な行動が、この島の謎を解く大きなヒントになるかもしれないと予測していた。
 そしてもうひとり――この島にたどり着いたとされる謎の人物、オズボーン・リデア氏も欠かせないキーパーソンとなるだろう。
 ともかく、港が復活して運用できるようになったら、俺たちの活動の選択肢も大幅に増えていく。


 †


 パトリシアも交じえ、ターナーと港のプランについて話し合っているとあっという間に時間が過ぎていく。
 気がつくと夕暮れになっていた。

「おっと、もうこんな時間になってしまったか」
「夢中になっていましたから、気づくのが遅れてしまいましたね」
「でも、有意義な時間でしたよ。おふたりからいただいた意見を参考にして、この港の完成を目指します」
「無理だけはしないようにな」

 若き親方であるターナーは、ついつい頑張りすぎてしまう傾向にある。
 彼の父親の頃からともに働いている職人たちは全員年上ということもあって、「もっと努力しなければ!」という気持ちが強いようだ。
 でも、それで体調を崩してしまっては元も子もない。彼はこの島の調査にとって欠かせない優秀な人材であると同時に、俺たちにとっては友人でもあるからな。
 特に黄金世代は年齢も近いとあってかなり親しくなっているし。


 ターナーたちは片づけを終えてから拠点に戻ってくるというので、俺とパトリシアはひと足先に帰還。ちょうどイムとクレールも帰ってきたので、今いるメンバーで夕食作りを始めることに。
 調理をしながら、拠点周りを視察した内容を頭の中で整理していた。
 すべては順風満帆――と、言いたいが、まだまだ準備段階で、エストラーダからの物資に頼らざるを得ない部分も出てくるだろう。
 実際、今日の夕食はその物資を材料にしているわけだしね。
 人数増加に伴い、食料確保の方法についてもいろいろ考えなくては――
 そう結論付けたとほぼ同じタイミングで、ブリッツたちも帰ってきた。

「ただいま戻りました」
「あら、いい匂いじゃない」
「本当だ! もう歩き回ったからお腹ペコペコなんだよぉ」
「ふふふ、ウェンデルったら」

 いつもと同じ空気感で詰め所として使っている屋敷へと入ってきた黄金世代の四人。
 心なしか表情が晴れやかに見えるのだが……さては何かを発見したな?

「いい表情をしているけど、何かあったのか?」
「はい。実は果実や山菜がたくさんあるポイントを発見したんです」
「それだけじゃなくて、野生の動物もいたんですよ。今回は確認作業ということで狩ってはこなかったけど、明日改めて挑戦するつもりでいます」

 興奮気味に語るブリッツとウェンデル。
 食料問題に関して思い悩んでいたところへこの報告は嬉しい限りだ。

「それなら、明日は全員で山菜と果実の収穫、それと狩りに出ようか」

 俺が呼びかけると、全員が一斉に声を合わせて返事をする。
 舞踏会を通じて交流が深まり、さらには島での共同生活……これら要因が彼らの結束を強めていっているように映った。


 それからしばらくして、ターナーたち職人組やカークたち農場組も仕事を終えて詰め所周りに集まってくる。
 本日の夕食メニューは野菜と肉がたっぷり入ったスープとエストラーダ産のパン。ちなみにおかわりは自由。
 過ごしやすい気候だし、星空も綺麗というわけで今日は外でいただく。
 さて、その夕食だが――どちらもおいしいんだけど、特にスープが絶賛の嵐だった。
 メインで調理を担当したのはクレールだが、このスープはエストラーダの一般家庭で振る舞われる、いわば郷土料理だという。どうりで俺やパトリシア、黄金世代のメンバーといったギアディス出身者には馴染みがないわけだ。
 だが……みんなが絶賛する理由はよく分かる。
 トマトベースのスープはちょっと酸味が利いていてうまい。
 おまけに野菜がかなり細かく刻み込まれているおかげで、野菜を苦手としているウェンデルでさえ気にせず食べ続けられるのだ。きっと、子どもでも食べやすいようにという配慮からだろう。

「いかがですか、オーリン先生」
「おいしいよ、クレール。君はきっといいお嫁さんになれるね」
「まあ……ありがとうございます」

 料理をめられたクレールは上機嫌じょうきげんになっているようだけど……そこまでテンション上がるものかな。
 彼女の料理がおいしいというのは以前から公言しているはずだが。

「くっ……わ、私も修業しておいしいスープを作れるようにならないと!」

 なぜだかクレールに対抗心を燃やすパトリシア。
 それを見たイムは「そういう問題じゃないと思うけどなぁ」と何やら意味深な発言をしているが……ダメだ。意図が読めない。
 最近の年頃の女の子は本当に難しいな。少なくとも、エリーゼやジャクリーヌの学生時代とはまるで違ったのだが。これも時代の流れか。
 しみじみとしなら、俺はブリッツから森の状況を聞く。彼らが今日調べてきたのは俺たちがまだ手をつけていない場所なので、何か新しい発見があるのかと期待して耳を傾ける。

「残念ながら、あらかじめ決めておいた地点までの調査は叶いませんでした」
「そうなのか?」
「思っていたよりも木々がしげっていて、奥へ足を運ぶのが困難だったんです」
「ジャクリーヌは風魔法で木々を吹っ飛ばそうとするし、もう大変でしたよ」
「ウェンデル……余計な話を挟み込まなくてよろしいですわ」

 彼らは彼らで苦労していたようだな。
 だが、ブリッツ曰く、ここからが本題らしい。

「しかし、収穫もありました」
「と、いうと?」
「大きな川があったんです。恐らく、島の中心にあるあの大きな山から流れ出ている可能性が高いかと」
「ふむ」

 なかなか興味深い話だ。
 あの山は、いずれ山頂まで登っていこうと思っていた。近くに川があるなら、周辺に新しい拠点を置いてもいいな。アイディアがどんどん膨らんでいるよ。
 それをより具体的なものとするため、明日はブリッツたちと一緒に現場を訪れようと決めた。島の調査もできるし、一石二鳥だな。
 もちろん、話を聞いていたパトリシアとイム、クレールの三人も同行する。
 島を新たに開拓していく……謎を解くヒントを手に入れらたらいいな。
 とにかく、明日が楽しみになってきたな。


 †


 翌朝。
 空には雲ひとつなく、冒険の成功を予感させる快晴だった。

「いい天気だな」
「本当ですね!」

 パトリシアとともに詰め所の外へ出ると、心地よい潮風が吹いてくる。
 本来ならばピクニックにでも出かけたいところではあるが、そうのんびりもしていられない。島の謎解明は、今やエストラーダ国民からも強い関心を持たれているからな。
 おかげで協力を申し出てくれる商人や漁師も増えているとグローバーが教えてくれた。
 パジル村の人たちは俺たちともすぐに打ち解けられたし、時間はかかるだろうけど、きっとエストラーダの国民とも仲良くなれるはずだ。
 その辺は追々交流の機会を設けるとして……今は探索に力を入れよう。

「先生、こちらは準備が整いました」

 軽く準備運動をしていると、ブリッツたちが呼びにやってきた。
 すでにイムやクレールも準備は万端のようだな。


 俺たちはターナーやカークたちに目的地を伝えてから、森へと入っていった。
 昨日、ブリッツたちが通ったという、これまでとは違ったルートを通って進んでいくと、やがて水の流れる音が聞こえてくる。

「この距離から……どうやら、かなり大きな川のようだな」
「えぇ。俺もこれまでに見たことがないほどのサイズでした」

 ギアディスにも大きな川はあるけど、それよりもさらに上なのか。
 先頭を歩いていくブリッツの後を追っていくと、やがて森を抜け出した。その先には彼の言うように、これまでに見たことのないサイズの川があった。

「こいつは……想像以上だな」

 ブリッツが見たことがないなんて言うだけはあるな。

「周囲を可能な限り調べてみたのですが、どうやらこの川の一部が農場や牧場方面に伸びているようです」
「なら、農業用水としても利用できそうだな」

 これは朗報だ。
 カークたちが頑張って素晴らしい農場にしてくれているが、最大のネックはそこで使う水の確保だった。生活用の水はキープできているので、あとはそちらで使う水をどうするかって話だが、この川のおかげで解決しそうだ。
 ただ、ひとつだけ心配な要素がある。

「これだけ大きな川だと、嵐が起きた時の水害が心配だな」

 ラウシュ島近辺の海には、毎年数回ほど嵐がやってくるらしい。その際、大雨が降るとどれくらい増水するのか……そこが怖いな。

「俺もそこが不安要素とにらんでいます」
「こればかりは実際に雨が降らないと把握しきれないな」

 少なくとも、この近辺にテントなんかを張らないようにしないといけないな。



 第3話 総力調査開始


 川の様子を見届けると、さらに奥へ進む。
 気になったのは、ここまでモンスターとの遭遇がまったくないという点。
 道中は穏やかでこれといったトラブルもなく、非常に安全だった。
 ただ、モンスターがまったく存在しないというわけじゃない。
 チラチラと見かけるのだが、先頭を黄金世代の四人で固めたところ、モンスターはその強烈なオーラにおくしたのかこちらへ近づこうともしなかった。
 まあ、彼らが王立学園に通っていた頃から、漂わせている雰囲気は別格だったが……
 卒業し、それぞれの舞台で活躍をした今ではそれがさらに研ぎ澄まされている。エストラーダ舞踏会の際にミラード卿絡みの事件が起きた時も、その力をいかんなく発揮していた。
 改めてその凄さを肌で感じるよ。
 黄金世代四人の実力に感心しているのは俺だけじゃない。

「戦わずして勝利……これが黄金世代の実力ですね!」

 目を輝かせ、憧れの先輩を見つめるパトリシア。
 ……だが、俺はそのパトリシアこそ、黄金世代の四人を超える逸材と思っている。
 本人に自覚はないのだろうが、これからの成長次第で間違いなく黄金世代を凌駕りょうがする存在となり得るだろう。
 黄金世代超えの可能性を秘めているのは、何もパトリシアだけではない。
 イムもまた、彼女に匹敵する才能を持ち合わせていた。
 ただ、イムの場合はこれまで専門的な指導を受けてきたわけではないので、現状ではまだまだパトリシアに及ばない。
 それでも、高いポテンシャルに加えて持ち前の物覚えの良さとひたむきな努力で、着実に差を埋めつつあった。それにラウシュ島をあちこち駆け回っていただけあって、凄まじい体力を誇っている。
 パトリシアも決して体力がないわけではなく、むしろ学園ではトップクラスにスタミナはあったのだが、イムと比較すると平均くらいに見えるから恐ろしい。
 最近はパトリシア自身もイムの急激な成長を感じているようで、これまで以上に俺との鍛錬へ熱を入れている――が、両者は険悪な関係というわけではなく、理想的なライバル関係を構築していた。
 新たに加わったエストラーダ王国から参加している五人――若手騎士バリーとカークとリンダ、商人のドネル、魔法使いのルチアも、才能豊かで将来有望だ。
 ここにいるメンツは、同年代と比べると突出した実力の持ち主ばかりだが、五人はそこに絶望するわけではなく、目標として接しているように見える。
 彼らにとっても、プラス効果となったわけだ。


 そうこうしているうちに、俺たちはある場所へとたどり着く。
 そこは広大な湿原だった。

「あれ? ここって……前にイムが大蛇だいじゃを倒したところでは?」
「そうだな」

 不気味な雰囲気とは対照的に、モンスターが出現してこないと思ったら、ここのヌシともいえる大蛇をイムが秒殺したんだったな……
 ここまで来るのにモンスターと遭遇しなかったのはそれも関係しているのかもしれない。
 けど、あのルートで進むと湿原に出るのか。
 これはただちに地図へと書き込み、情報を共有しよう。
 だんだんと詳しい地理が明らかとなってきたな。今後の調査にも役立てそうだ。

「となると、近くにターナーたちが作ってくれた中継地点用の屋敷があるはず」

 以前、ターナーたちに作ってもらった屋敷までの距離が近いのは助かるな。
 前回この湿原に来た際は大蛇と記念硬貨を発見して終了している。その後も近辺の調査を続けてきたが、あの大河には今まで気づけなかった。
 そうなると、まだまだ新しい発見に期待が持てそうだ。


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