おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第190話  【幕間】魔女の目論見

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 オロム城内一室――そこに、シャオ・ラフマンは幽閉されていた。
 すでに外は夜となり、淡い月明かりが大地を照らしている。

 シャオのいる部屋は決して広くはないが、だからといって悪い環境だとも思わないサイズのもので、拷問や尋問の類はなく、ただその身柄を拘束されているという状況に、シャオは戸惑いを隠せないでいた。

 相手が欲しがっているのは聖女の能力。
 なので、手厚い歓迎とまではいかなくとも、身の危険に晒されることはないだろうと踏んでいたシャオは、自身の待遇に驚きつつも冷静に状況を分析していた。

「メリナ姫様……どうしてこんな……」

 中でも、面識のあったフライア・ベルナールことバジタキスのメリナ姫についてはショックが大きかった。
 それでも、気をしっかり持とうと奮い立たせる。
 優しくて美しい――ずっと憧れていたあのメリナ姫が、魔族や竜人族を率いて世界と敵対している。それが、シャオにはどうにも信じられなかった。
 ふと、窓の外に2匹の竜人族が城へ向かって飛んでくる様子が目に飛び込んでくる。

 雷竜エルメルガと焔竜ニクスオードだった。

 討伐部隊を相手に出撃した2匹が戻って来た――それは即ち、作戦が成功したことを意味するはずだが、わずかに見える王都の街並みにはまだ大勢の連合竜騎士団と思われる騎士たちの姿が見える。
 さらによく観察してみると、焔竜ニクスオードは負傷していた。

「……逃げ帰ってきたの? それに、奏竜と磁竜がいない?」

 状況から察するに、そう考えるのが妥当。
 きっと、竜人族同士の戦闘によって負った傷だろう。

 城内で見かけた4匹の竜人族――そのうち、奏竜と磁竜は戦闘慣れしているとはいえ、能力は竜人族の中では特別秀でたものではない。連合竜騎士団にいる竜人族と激突すれば、どのような結果になるか、想像がつかない。

 しかし、現状、奏竜と磁竜がいないところを見ると、恐らくあの2匹は連合竜騎士団に所属する竜人族に敗れたのだろう。

「自然界の力――炎を操る焔竜に傷を負わせるなんて……誰かはわからないけど、やるじゃない」

 連合竜騎士団の活躍に思わず頬が緩む。
 そんな折、部屋のドアをノックする音が。

「ちょっといいかな」

 その声の主は憧れのメリナ姫ではなく、そのメリナ姫と婚約したとされる元レイノア王国の王子――ランスローだった。

「どうぞ」

 シャオはランスローを招き入れる。
 
「遅い時間に申し訳ないね」
「いえ……」
「ちょっと来てくれるかな。君に紹介したい人がいるんだ」
「紹介したい人?」

 ここへ来て、一体誰に紹介するというのか。
 ただ、恐らく――これは勘だが、その紹介したいという人物が、本件の黒幕となる人物だろうと直感した。
 気を引き締める一方で、
 
「あの、その前にひとついいですか?」
「なんだい? ああ、話は歩きながら聞くよ」
「わかりました」
 
 メリナ姫に憧れ、婚約を心から祝福していたシャオには、その婚約相手であるランスローがすべての元凶ではないのか睨み、いくつか気になった点をぶつけた。

「あなたはレイノア王国のランスロー王子ですよね?」
「……ああ、そうだよ」

 少し間をあけて、ランスローは答えた。
 その間が意味するところはなんなのか――それを知るには、もっと質問をぶつけてみないことには見えてこない。

「あなたとバジタキスのメリナ姫様は婚約を発表され、レイノアで平和に暮らしていたと思っていたのに……」
「まあ、いろいろあってね」
「例の領土譲渡問題が関係しているんですか?」
「僕らがレイノアを出たのはもっと前さ」

 廊下を歩きながら語るランスローの口調は、感情が読み取れない平坦なものであった。
 もっといろいろと聞き出したいところであったが、

「さあ、着いたよ」

 思ったよりも目的地が近かったため、追究したい内容には5割も届かなかった。
 案内されたのは廃墟となっているためボロボロだが、きっと、オロム国全盛期の頃は一際豪華な扉だったに違いない。となると、この先は玉座だろうか。
 
「……私を必要とする人が待っているんですね」
「そう――君の聖女としての力を待ち望んでいる人物がね」

 聖女としての能力。
 現代に残された数少ない純正の「魔力」を有する存在。

 自身の能力の詳細を知るシャオは、その能力を欲しがっている人物に心当たりがあった。それは、連れてこられた場所が廃界というところも大きく関係していた。

 ひとつ、大きく深呼吸を挟んでから、シャオは扉を開けた。

 
「いらっしゃい。待っていたわ」


 想定通り内部は王の間であり、玉座にはひとりの女性が座っている。先ほどの声の主はこの女性のもののようだ。顔は影になってよく見えないが、髪は真っ白で顔や手には年輪のごとく刻まれたシワがあることから、それなりに老齢のようだ。

「あなたが聖女ね」
「はい。そういうあなたは――かの有名な魔女イネスですね」

 一緒に入室したランスローも、まさかシャオがその名を口にするとは思っておらず、驚きに目を見開いていた。

 一方、魔女イネスと呼ばれた老女は、

「うふふ、私のことがわかったのも、あなたの能力のおかげかしら?」

 上品な笑い方――その笑顔は、割れた窓から差し込んだ月明かりによってあらわとなる。その顔を目の当たりにしたシャオは絶句した。

 魔女イネス。

 世界に名を残す大魔法使い。
 その顔はあらゆる書籍に残されていた。魔法の取り扱いなどに関する書物はほとんど廃棄されたのだが、魔女イネスに関する情報だけは伝説のように語り継がれていた。

「聖女の能力は関係ありません。魔力を持つ私を欲し、廃界へと連れてこられた。そんなことができるのは伝説の魔女くらいしかいないと思ったからです」
「その割に、あまり驚いていませんね」
「まさか……おとぎ話の中の人がこうして現実に現れるているのだから、驚き過ぎて反応が薄まっているんですよ」

 平静を装っているが、シャオの全身はわずかに震えていた。
 魔女イネスの放つ異様な威圧感。
 直視さえできないほどの強烈なオーラに気絶しそうなほどだった。

「今日は顔合わせのためにここへ来てもらったわ。もう少ししたら……儀式をはじめるわ」
「儀式……?」

 その言葉に得体の知れない恐怖を覚えるシャオ。

 討伐部隊による包囲網が迫る中、事態は大きく動き出そうとしていた。
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