おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
168 / 246
【最終章①】廃界突入編

第188話  忠告

しおりを挟む
「冷静にならぬか、バカ者め」
「……うん。ごめん。ちょっと取り乱していたよ」

 エルメルガは暴走しかけていたニクスオードをたしなめる。
 自分の力に絶対的な自信を持っているニクスオードであるが、エルメルガの言葉に対して素直に反省している様子――そこからも、エルメルガの実力がうかがえる。

「あいつが雷竜か……炎を操る方の竜人族をたしなめたところを見ると、やはりあいつの方が格上ってことらしいな」

 イリウスに乗り、剣を構えた戦闘態勢をキープしたままのハドリーは、新たな強敵の登場に身震いしていた。
 この場にいる騎士とドラゴンの総力を結集しても、焔竜ニクスオード1匹を抑え込むことで精一杯だったのに、それよりも強いと思われる雷竜が加わったことで戦況は一気に討伐部隊の圧倒的不利へと変わった。

 こちら側の勝機――というより、まともに渡り合えそうなのは影竜トリストンただ1匹。

「…………」

 そのトリストンは唇をキュッと締めて眼前の2匹から視線を外さない。
 気持ちだけでも負けまいとするトリストンの意地だ。

 ――とはいえ、もちろんただ気持ちの問題だけではない。

 間もなく援軍が駆けつけるだろう。

 奏竜と磁竜の2匹と交戦中と未だ思われるキルカジルカとフェイゼルタットがこの場に来ることは望み薄だが、まだ同じハルヴァの竜人族のノエルをはじめ、各国の竜人族たちが控えている。

 もうちょっと時間を稼げば――

「少しいいか」
「!?」
 
 てっきり、雷撃で先制攻撃を仕掛けてくると思いきや、至って普通のトーンで話しかけてきた。肩に力の入っていたトリストンも、さすがに拍子抜けした。

「お主の着る服にあるその紋章はハルヴァのものだな? ……もしや、タカミネ・ソータの関係者か?」
「! パパをどうしようというの?」
「パパ? 我ら竜人族の父は竜王レグジートであろう?」

 エルメルガの正論に、トリストンの全力の横首振りで「NO」の意思を伝える。

「理屈ではないというわけか……まあ、これ以上その話題については詮索しないでおく。――ただ、妾の質問には答えてもらうぞ?」
「質問?」
「うむ。――タカミネ・ソータはどうやって銀竜メアンガルドを変えたのじゃ?」
「?」

 質問の意図が読み取れないと、トリストンは首を傾げた。

「銀竜は断じて人間に協力的な態度を取るようなヤツではなかった。それが、あのソータとかいう男と出会ってから――まるで爪牙が抜け落ちたように変わり果てた」
「…………」

 仲間であるメアがバカにされているにも関わらず、トリストンは反論しない。――というより、しようにもそれを躊躇っていた。


 雷竜は明らかに困惑していた。


 ダステニア王都の外れにある森の中で、宿敵である銀竜メアンガルトと交戦し、念願の勝利をおさめたはずが、哀愁さえ漂ってきそうなその表情からはまるで嬉しさややり遂げた達成感のようなものは伝わってこない。

 むしろのその逆――そう感じていたのはイリウスだった。

 報告では、雷竜エルメルガは銀竜メアンガルドに勝利したとあった。
 現に、ボロボロになってアークス学園に運ばれたメアを目の当たりにしているイリウスはそのことをよく知っている。
 
 ところが、勝者であるはずのエルメルガは苦しんでいる。
 その表情は敗者のそれであった。

「あいつ……」

 イリウスはエルメルガの様子の変化に驚いていた。

 奏竜ローリージン。
 磁竜ベイランダム。
 焔竜ニクスオード。

 少なくとも、この3匹は戦うことに迷いがなかった。
 エルメルガとメアンガルドの初顔合わせに立ち会ったわけではないが、今、エルメルガを包む深い迷いの原因が颯太にあるとするなら、メアとの戦闘後になんらかの心変わりがあったということだろう。

「エルメルガ、さっさとこいつらを倒そう」
「急かすな。妾はこの影竜とやらにたずねたいことがあるのじゃ」

 エルメルガはニクスオードの要求を却下。
トリストンからの返事を待っている。

「あなたは……その真実を知ってどうするの?」
「どうするの、か……わからぬ。ただ、妙に気になるのじゃ。そのタカミネ・ソータという人間は、人と竜人族――その関係に大きな変化をもたらす存在となるやもしれぬ」

 その点についてはイリウスもまた同感だった。
 あの男は――高峰颯太はこれまであったどの人間とも異質だった。その能力だけでなく、人間性なども含め、会ったことがないタイプであった。

 一方、答えを受け取ったトリストンは――ニコッと微笑んだ。

「? なぜ笑う?」
「あなたはメアお姉様にそっくり」
「何?」
「前に一度……眠れない夜の日にメアお姉様が話してくれた。パパとお姉様の出会いを――その時にお姉様がパパに言われた言葉――」

 それは、山の洞窟で毒の矢を受けてうずくまっているメアに颯太が放った言葉。

『なら、なぜ貴様はそこまで我にこだわるのだ!?』
『苦しんでいるおまえを助けたいって以外にこだわる理由なんてないだろ!』

 純粋な「助けたい」という颯太の心情。
 それを聞いたメアは、トリストンにこう語っていた。

『我を変えたのは間違いなくソータだ。あの男は……きっと我ら竜人族と人間の絆を深める架け橋となる男だ』

 まるで、エルメルガの言葉を先読みしたかのような発言だった。


「あの銀竜がそのようなことを……」
「あなただって、パパと会えばきっとこれまでと考え方が変わるはず」
「そんなわけがあるものか!」

 焔竜ニクスオードは力いっぱい叫んで否定する。

「人間どもは僕たち竜人族を利用しているだけに過ぎない! そのタカミネ・ソータという人間だって、ハルヴァ国家から依頼されておまえたちを騙し、利用しているだけだ!」

 人間に対して何かトラウマがあるのか、ニクスオードはトリストンの話を信じなかった。
 その横で、口を閉ざしていたエルメルガがようやく話し始める。

「トリストン……戦力を整えたらオロム城へと来るがいい。そこが妾たちの――竜王選戦の決着の場となろう」
「え?」
「すでにこの世界で生き残っておる竜人族は、お主ら連合竜騎士団に所属している者たちのみじゃ。他の竜人族たちはすべて――ナインレウスによってその能力を奪われ、意識不明の状態にある」
「そ、そんな……」
「それと、周りの人間どもにも忠告しておく。魔族精製を食い止めたいなら、ここを調査しても無駄だ。同じくオロム城を目指せ。そこにすべての謎が隠されている。――タカミネ・ソータにその旨を伝えよ。それでもまだ妾たちに立ち向かうという意思があるのならば、オロム城にて待つ」
 
 そう言い残して、エルメルガとニクスオードはオロム城へと戻っていった。ニクスオードは腑に落ちないといった様子であったが、エルメルガの意向に大人しく従い、その背中を追って行った。

「エルメルガ……」

 影竜トリストンは飛び去る2匹を静かに見送った。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

無名の三流テイマーは王都のはずれでのんびり暮らす~でも、国家の要職に就く弟子たちがなぜか頼ってきます~

鈴木竜一
ファンタジー
※本作の書籍化が決定いたしました!  詳細は近況ボードに載せていきます! 「もうおまえたちに教えることは何もない――いや、マジで!」 特にこれといった功績を挙げず、ダラダラと冒険者生活を続けてきた無名冒険者兼テイマーのバーツ。今日も危険とは無縁の安全な採集クエストをこなして飯代を稼げたことを喜ぶ彼の前に、自分を「師匠」と呼ぶ若い女性・ノエリ―が現れる。弟子をとった記憶のないバーツだったが、十年ほど前に当時惚れていた女性にいいところを見せようと、彼女が運営する施設の子どもたちにテイマーとしての心得を説いたことを思い出す。ノエリ―はその時にいた子どものひとりだったのだ。彼女曰く、師匠であるバーツの教えを守って修行を続けた結果、あの時の弟子たちはみんな国にとって欠かせない重要な役職に就いて繁栄に貢献しているという。すべては師匠であるバーツのおかげだと信じるノエリ―は、彼に王都へと移り住んでもらい、その教えを広めてほしいとお願いに来たのだ。 しかし、自身をただのしがない無名の三流冒険者だと思っているバーツは、そんな指導力はないと語る――が、そう思っているのは本人のみで、実はバーツはテイマーとしてだけでなく、【育成者】としてもとんでもない資質を持っていた。 バーツはノエリ―に押し切られる形で王都へと出向くことになるのだが、そこで立派に成長した弟子たちと再会。さらに、かつてテイムしていたが、諸事情で契約を解除した魔獣たちも、いつかバーツに再会することを夢見て自主的に鍛錬を続けており、気がつけばSランクを越える神獣へと進化していて―― こうして、無名のテイマー・バーツは慕ってくれる可愛い弟子や懐いている神獣たちとともにさまざまな国家絡みのトラブルを解決していき、気づけば国家の重要ポストの候補にまで名を連ねるが、当人は「勘弁してくれ」と困惑気味。そんなバーツは今日も王都のはずれにある運河のほとりに建てられた小屋を拠点に畑をしたり釣りをしたり、今日ものんびり暮らしつつ、弟子たちからの依頼をこなすのだった。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。