おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第178話  会敵

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「ここから先は旧オロムの領地になる。――つまり、敵が出てくるというわけだ。全員、気合を入れ直していくぞ」

 旧オロム領地へと足を踏み入れる直前、ルコードが部隊に気合を注入すると、騎士たちからは「おう!」と威勢の良い返事がきた。

「どうやらもう大丈夫のようね」
「そうみたいだな」

 ブリギッテはエルメルガの襲撃から騎士たちが立ち直ったことを確信した。
 颯太も、騎士たちのヤル気が漲っている表情を見て安堵する。あのハドリーでさえ、緊張は隠せない状態であったが、今の騎士たちを見たら、その心配は杞憂に終わったと。きっぱりと断言できる。

 だからと言って、楽観視もしていられない。

 エルメルガからの宣戦布告――それが、颯太の頭の上をずっと旋回飛行していた。あれが脅しでなければ、この先にエルメルガたちが待ち構えていることになる。

「……大丈夫だ。みんななら」

 ハルヴァ、ペルゼミネ、ガドウィン、ダステニア――4国の力が集結した今の連合騎士団ならば、エルメルガをはじめとする竜人族たちにも勝てるはずだ。

 ただ、実際に戦う騎士たちはそう簡単に割り切れないだろう。
 ルコードの激励もあって騎士たちの士気は高まっているが、大半の者が初めて廃界に足を踏み入れた廃界初心者であった。ペルゼミネの騎士の中でも、数回に渡って廃界を往復している者はルコードを除くと数人しかいなかったのだ。

 今回の討伐作戦における最大の不安材料はまさにそれだった。
 経験者の数が少ない――道案内役こそ、長年に渡り廃界の地理を研究しているイワン・モスゴワルが務めたが、同じペルゼミネの騎士であっても、廃界のことをよく知る者は大勢いるわけではない。

 それでも、4大国家の主力が集結したこの布陣ならば大抵の敵はゴリ押しでねじ伏せられる底力はあるだろう。

 それぞれが落ち着いて本来の力を発揮できれば――という最低限の条件はついてくるが。

 不安要素は多々あれど、それをひっくり返すだけの地力もある。
 そして――その力が試される場面が、旧オロム領地に入って早々に訪れた。

「! 魔族だ!」

 先頭を進むペルゼミネの騎士たちがこちらに向かって進撃してくる魔族の存在を捉えた。それを皮切りに、各所でも続々と魔族が姿を現す。
 その数は計り知れず。
 全体像を把握できないほどの魔族が、討伐部隊へと襲いかかる。

「狼狽えるな! 迎撃せよ!」

 迎え撃つ討伐部隊はルコードの指示により攻撃を開始。
 陸戦型ドラゴン部隊は勇猛果敢に魔族へと立ち向かっていった。その中には当然、ハドリーとイリウスの姿もある。
 ジェイクやファネルにリートとパーキース――人とドラゴンが、そのすべてを賭けて長年に渡る宿敵である魔族を迎え撃つ。

「いよいよ始まったわね」
「ああ……」

 戦闘が始まれば、颯太は何もできない。
 それでも、竜の言霊の効力から、対竜人族用の切り札として魔族討伐における最重要キーマンとして指名されていた。
 
 まだ、竜人族は姿を見せていない。

 獰猛な魔族たちが相手なのだが――騎士たちは怯むことなく魔族の数を着実に減らしていった。
 一体、どれだけの数がいるのか。
 皆目見当がつかない。
 それは無理もないことで、騎士団を襲ってくる魔族の群れは、その勢いをまったく落とす気配がなかった。
 倒しても倒しても次から次へと生まれてくる――まるで工業製品のように量産化でもされているのかと疑いたくなるほどの数だった。

「魔族精製……」

 ふと、颯太の脳裏をよぎったのはその言葉だった。

 旧オロム王都内にあるとされる魔法学研究施設。そこでは魔族精製を永久的に継続できるよう、大量の魔力を生み出す魔法陣が存在しているらしく、そのせいで魔族が全滅することはないと研究者たちは語っていた。

 となれば、ここでいくら魔族を打ち倒しても意味はない。

 その根源を断たなければ。
 今でこそ魔族側を押し込んでいるが、騎士たちは肉体的にも精神的にも着実に消耗していっている。このままではジリ貧だ。

 しかし、最高指揮官を務めるルコードはその辺まできちんと考えが通してある。

「ガドウィンとハルヴァの竜人族を中心に第8班から第16班まではこの場にとどまり魔族の迎撃を続行! 第1班から第7班までは王都へ向けて進軍する!」

 事前に打ち合わせた通りの動きを見せ、討伐部隊は大きく2つに分裂。
 即席連合軍であることを忘れるほど滑らかな動きで狙い通りの陣形を瞬時に形成し、それぞれがそれぞれの仕事を100%発揮できる形を取ることができた。

 まず、ハルヴァの竜人族《歌竜》ノエルバッツの石化の歌により、正面から向かって来た魔族たちはたちまち石像へと姿を変えた。その数はざっと見積もっても300以上はいる。
 さらに、パウルやドルーが配属されている空戦型ドラゴン部隊の援護を受けつつ、《樹竜》キルカジルカとガドウィンの竜人族が連携して魔族たちを狩っていく。

 颯太たちは王都へ向かう部隊に属するため、ノエルやキルカとはここで一旦別れることとなる。

「ノエル、キルカ……気をつけろよ」

 2匹の無事を祈りつつ、颯太の気持ちは旧オロム王都へと向けられていた――その時、


【~~~~♪】


「!? な、なんだ!?」

 滅茶苦茶に楽器を叩きながら演奏しているような騒音が辺りに鳴り響く。
 突然の不協和音に、颯太とブリギッテはたまらず耳を塞いだ。騎士たちも、あまりの騒音に悶え苦しんでいる。

「い、一体なんなのよ、この騒音は!?」
「わ、わからない……だけど、こんなことができるのは――」

 颯太は馬車の窓から外の様子をうかがう。
 悶え苦しむ騎士たち。
 先頭部隊はそのまま王都へ向けて直進しているようだが、ちょうどその騒音の中心地に居合わせてしまった颯太たちの班は、そこで足止めを食らう形になった。颯太の乗る場所も、御者が騒音に耳を塞いでいるため、馬を止めるしかなかった。
 その原因は、

「! あいつか!?」

 王都へと繋がる森の中で、ひとりの少女が心地よさそうに目を閉じていた。

「人間はやっぱり愚かなのです。この美しい音色を理解できないなんて」

 そう言い放つ少女には赤い角が生えており、細いふたつの尾がリズミカルに揺れている。そんな少女の頭上には、音を奏でる数種類の楽器らしき物が浮いていた。


 竜人族《奏竜》ローリージン。


 哀れみの森で、フェイゼルタットと戦った竜人族だった。

「この騒音の正体って――」
「あのふざけた女が演奏している楽器の音色だ」

 この時を待っていたと言わんばかりに現れたのは、

「フェイゼルタット!? どうして!?」
「ルコードの命令だ。一度仕留め損ねたなら次は確実に仕留めよ――つまり、遠回しにリベンジをして来いと送り出されたのだ」

 先頭集団にいるはずの鎧竜フェイゼルタットであった。

「そういうわけなので……たしか、奏竜ローリージンとか言ったな。貴様との決着はこの場でつけさせてもらうぞ」
「またあなたですか……懲りないのです」
「中途半端が嫌いなだけだ。貴様と私――どちらか強いか、ハッキリとさせようじゃないか」
「あなたの能力は私の能力と相性最悪だと身をもって知ったはずなのです。それでも立ち向かってくるのですか?」
「いけないか?」
「……あなたはなんとなくうちの雷竜と似ているのです」
 
 はあ、と軽くため息をついたローリージン。
 そんな奏竜との再戦を心から望んでいたフェイゼルタットはヤル気満々といった感じに拳を握って構えた。


 奏竜ローリージンVS鎧竜フェイゼルタット。


 討伐部隊所属の竜人族と廃界の竜人族による最初の戦いの幕が上がった。
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