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【最終章①】廃界突入編
第177話 再出発
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エルメルガの襲撃による被害は実質ゼロと読んで差し支えなかった。
ただ、颯太たちの乗る馬車が吹き飛ばされたことで全壊し、おまけに御者が負傷したが、別の馬車へ乗ることで問題は解決。騎士やドラゴンたちに肉体的なダメージがあったわけではないのでそのまま進軍を決定。
――だが、精神的なダメージはそうもいかない。
魔族討伐作戦は万全の状態で挑んだ。
各国の騎士たちが勢揃いし、おまけに竜人族も惜しみなく投入し、全戦力を注いでいるといって過言ではない。
負けるはずがない。
騎士たちの間にはそんな空気が流れていた。
それは決して慢心ではない。
巨大戦力を有していることを心にとどめつつも気持ちは緩めなかった。そのため、老若男女がその悪名を知る廃界へ足を踏み入れるという恐怖に対しても、力み過ぎず、程よい緊張感を持って行えた。
しかし、そのいい雰囲気はエルメルガの急襲によって脆くも崩れた。
やはりダメかもしれない。
誰かが口にしたわけではないが、陣形を立て直す際にそんな空気が充満していた。
マイナスの雰囲気が討伐部隊全体を包み込む中、
「急襲したエルメルガが早々に退散したことからも、敵の作戦は今のような暗い空気を生み出すことだ。裏を返せば、直接攻撃をせずにそのような回りくどい方法を取らなければならないほど、向こうも慎重に行動していると言える」
魔族討伐作戦の最高指揮官を任されているペルゼミネのルコード騎士団長だった。
何度も廃界から生きて帰って来た経験豊富なルコードが騎士たちによう語りかけたことによって、それまでのどんよりした空気は徐々に晴れていった。
「うまいな、ルコード騎士団長は」
颯太たちを新しい馬車へ案内したハドリーが、未だに演説を続けているルコードを見ながら呟いた。
「ハドリーさんだって魔族との戦いに何度も勝利してきたじゃないですか」
「そうですよ」
颯太とブリギッテがフォローを入れる。
ふたりとも、ハドリーの分団長としての能力の高さは良く知っている。特に颯太はレイノアで魔族との大立ち回りを経験しているので説得力があった。
「そう言ってもらえるとありがたいが……騎士としての経験はあっちの方が相当上だ。初めて廃界へ足を踏み入れた騎士も彼のようだしな」
「そうだったんですね……」
閉ざされた世界へ足を踏み入れる勇気――それはきっと、颯太の想像にも及ばないほどの恐怖に打ち勝つ強い勇気と精神力がなければ不可能だろう。
「俺がペルゼミネにて、ルコード騎士団長と同じ立場だとして……果たして初めて廃界へ足を踏み入れるなんて大役をこなせるかどうか」
珍しく、ハドリーの言葉には覇気がなかった。
それほど、この世界の人々にとって廃界とは特別に危険な存在なのだろうと颯太は改めて感じた。
その颯太は、ハドリーの横につけるイリウスのもとへ向かった。
「? どうしたんだよ、ソータ」
「そういえば、まだお礼を言っていなかったね」
「お礼だぁ?」
イリウスの反応は「何言ってんだ、こいつは」という感じだったが、颯太にはイリウスに礼を言わなければいけない理由がきちんとあった。
「エルメルガに怒ってくれた時さ」
「怒った?」
「俺がメアを洗脳したのかって言ったら、ほら」
「あ」
イリウスは思い出した。
『ソータがそんなマネするかよ!』
疑いをかけられたソータを、イリウスは間髪入れずに否定した。
それがとても嬉しかった。
即座に否定をしてくれたということは、イリウスは心から颯太がそのような卑怯なマネをする男ではないと認めているからに違いなかったからだ。
「あれか……あんなの大したことじゃないだろ」
「そんなことないさ。俺はあの一言がとても嬉しかったよ」
「……そうかよ」
真正面からお礼を言われたイリウスは照れ隠しなのか目を逸らした。
この世界に来てから、家族以外で自分という人間を肯定――もっと言うなら、自分のために怒ってくれる存在なんていなかった。
颯太はまだ気づいていないが、あの状況でもしブリギッテやキャロルがエルメルガの言葉を理解していたなら、きっとイリウスと同じような反応を示しただろう。
「それよりソータ、エルメルガの言っていたことはちゃんとペルゼミネの最高指揮官殿には伝えたのか?」
「ああ、包み隠さず伝えたよ」
エルメルガによる宣戦布告。
最終ラインを越えた先に待っているのは――エルメルガを含む各国を襲撃した4匹の竜人族たち。いや、もしかしたら、もっとたくさんの竜人族が待ち構えているかもしれない。
彼女たちの目的は竜王選戦。
だが、敵はそれだけではない。
この世界に恐怖をまき散らしている凶悪な魔族たち。
その根源を断ち切り、真の平和をもたらすために、颯太たちは持てる力のすべてを注ぎ込んでこの廃界へとやって来たのだ。
そして――敵とは言い切れないが、気になる存在はまだ他にもいる。
レイノア王国のランスロー王子。
さらに、元マーズナー・ファームのオーナーで、この廃界に足を踏み入れたという情報があるミラルダ・マーズナーのふたりだ。
ただ、颯太には拭いきれないある予感があった。
それは、アイザックが語ってくれた魔女イネスの伝説。
約200年前にオロムを震撼させた魔女。
その魔女が現代まで生きている可能性――例の禁忌魔法を駆使して、今もなおこの廃界オロムで生きていたとしたら。
「ソータさん、馬車の用意ができました!」
呼びに来たルーカの声で、颯太は思考を一旦中断。
体勢を立て直した討伐部隊は、ルコードの演説のおかげで士気が戻っていた。
ダステニアを発った時と同じくらいの士気の高さを維持しながら、いよいよ討伐部隊は旧オロム王国の領地へと入る。
それ即ち――全面戦争の幕開けを意味していた。
ただ、颯太たちの乗る馬車が吹き飛ばされたことで全壊し、おまけに御者が負傷したが、別の馬車へ乗ることで問題は解決。騎士やドラゴンたちに肉体的なダメージがあったわけではないのでそのまま進軍を決定。
――だが、精神的なダメージはそうもいかない。
魔族討伐作戦は万全の状態で挑んだ。
各国の騎士たちが勢揃いし、おまけに竜人族も惜しみなく投入し、全戦力を注いでいるといって過言ではない。
負けるはずがない。
騎士たちの間にはそんな空気が流れていた。
それは決して慢心ではない。
巨大戦力を有していることを心にとどめつつも気持ちは緩めなかった。そのため、老若男女がその悪名を知る廃界へ足を踏み入れるという恐怖に対しても、力み過ぎず、程よい緊張感を持って行えた。
しかし、そのいい雰囲気はエルメルガの急襲によって脆くも崩れた。
やはりダメかもしれない。
誰かが口にしたわけではないが、陣形を立て直す際にそんな空気が充満していた。
マイナスの雰囲気が討伐部隊全体を包み込む中、
「急襲したエルメルガが早々に退散したことからも、敵の作戦は今のような暗い空気を生み出すことだ。裏を返せば、直接攻撃をせずにそのような回りくどい方法を取らなければならないほど、向こうも慎重に行動していると言える」
魔族討伐作戦の最高指揮官を任されているペルゼミネのルコード騎士団長だった。
何度も廃界から生きて帰って来た経験豊富なルコードが騎士たちによう語りかけたことによって、それまでのどんよりした空気は徐々に晴れていった。
「うまいな、ルコード騎士団長は」
颯太たちを新しい馬車へ案内したハドリーが、未だに演説を続けているルコードを見ながら呟いた。
「ハドリーさんだって魔族との戦いに何度も勝利してきたじゃないですか」
「そうですよ」
颯太とブリギッテがフォローを入れる。
ふたりとも、ハドリーの分団長としての能力の高さは良く知っている。特に颯太はレイノアで魔族との大立ち回りを経験しているので説得力があった。
「そう言ってもらえるとありがたいが……騎士としての経験はあっちの方が相当上だ。初めて廃界へ足を踏み入れた騎士も彼のようだしな」
「そうだったんですね……」
閉ざされた世界へ足を踏み入れる勇気――それはきっと、颯太の想像にも及ばないほどの恐怖に打ち勝つ強い勇気と精神力がなければ不可能だろう。
「俺がペルゼミネにて、ルコード騎士団長と同じ立場だとして……果たして初めて廃界へ足を踏み入れるなんて大役をこなせるかどうか」
珍しく、ハドリーの言葉には覇気がなかった。
それほど、この世界の人々にとって廃界とは特別に危険な存在なのだろうと颯太は改めて感じた。
その颯太は、ハドリーの横につけるイリウスのもとへ向かった。
「? どうしたんだよ、ソータ」
「そういえば、まだお礼を言っていなかったね」
「お礼だぁ?」
イリウスの反応は「何言ってんだ、こいつは」という感じだったが、颯太にはイリウスに礼を言わなければいけない理由がきちんとあった。
「エルメルガに怒ってくれた時さ」
「怒った?」
「俺がメアを洗脳したのかって言ったら、ほら」
「あ」
イリウスは思い出した。
『ソータがそんなマネするかよ!』
疑いをかけられたソータを、イリウスは間髪入れずに否定した。
それがとても嬉しかった。
即座に否定をしてくれたということは、イリウスは心から颯太がそのような卑怯なマネをする男ではないと認めているからに違いなかったからだ。
「あれか……あんなの大したことじゃないだろ」
「そんなことないさ。俺はあの一言がとても嬉しかったよ」
「……そうかよ」
真正面からお礼を言われたイリウスは照れ隠しなのか目を逸らした。
この世界に来てから、家族以外で自分という人間を肯定――もっと言うなら、自分のために怒ってくれる存在なんていなかった。
颯太はまだ気づいていないが、あの状況でもしブリギッテやキャロルがエルメルガの言葉を理解していたなら、きっとイリウスと同じような反応を示しただろう。
「それよりソータ、エルメルガの言っていたことはちゃんとペルゼミネの最高指揮官殿には伝えたのか?」
「ああ、包み隠さず伝えたよ」
エルメルガによる宣戦布告。
最終ラインを越えた先に待っているのは――エルメルガを含む各国を襲撃した4匹の竜人族たち。いや、もしかしたら、もっとたくさんの竜人族が待ち構えているかもしれない。
彼女たちの目的は竜王選戦。
だが、敵はそれだけではない。
この世界に恐怖をまき散らしている凶悪な魔族たち。
その根源を断ち切り、真の平和をもたらすために、颯太たちは持てる力のすべてを注ぎ込んでこの廃界へとやって来たのだ。
そして――敵とは言い切れないが、気になる存在はまだ他にもいる。
レイノア王国のランスロー王子。
さらに、元マーズナー・ファームのオーナーで、この廃界に足を踏み入れたという情報があるミラルダ・マーズナーのふたりだ。
ただ、颯太には拭いきれないある予感があった。
それは、アイザックが語ってくれた魔女イネスの伝説。
約200年前にオロムを震撼させた魔女。
その魔女が現代まで生きている可能性――例の禁忌魔法を駆使して、今もなおこの廃界オロムで生きていたとしたら。
「ソータさん、馬車の用意ができました!」
呼びに来たルーカの声で、颯太は思考を一旦中断。
体勢を立て直した討伐部隊は、ルコードの演説のおかげで士気が戻っていた。
ダステニアを発った時と同じくらいの士気の高さを維持しながら、いよいよ討伐部隊は旧オロム王国の領地へと入る。
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