おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第168話  朝食会議

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 アークス学園の食堂。
 いつもなら学生で賑わっているここも、すでに朝食の時間帯は過ぎているため、今は颯太とカレンとアイザックの3人だけしかおらず閑散としていた。

「それで、話というのは?」

 朝食を取りながら、颯太はカレンとアイザックに問う。
 口を開いたのはカレンの方だった。

「単刀直入に言えば――あなたに廃界遠征へ帯同していただきたいのです」
「俺に? ……じゃあ、背後にいるのは」
「竜人族です。その中には、メアちゃんを襲ったあの雷竜もいるはずです」

 やっぱりか、と颯太は天を仰いだ。

「ソータさん?」
「……いや、なんでもない」

 雷竜の名を聞いた時、颯太の脳裏にメアが雷撃を受けた瞬間のシーンが浮かび上がった。表情が曇った颯太の様子を見たカレンは、

「ソータさん、メアちゃんのことがまだ……」
「ああ……」

 カレンの指摘に、颯太は力なく返答する。
 普段の颯太からは考えられないくらいに憔悴しているというか、覇気のない感じにアイザックも不安になった。
 これまで、ハルヴァ竜騎士団と共に数々の修羅場を経験してきた颯太は、本人が思っている以上に心身ともに鍛えられ、周りから頼もしさを覚えられるほどだった。アイザックも、レイノアの領土返還事件の際にその片鱗を目の当たりにし、今回の作戦の要にもなり得る颯太の活躍に期待していた。

 だが、今の状態の颯太ではその活躍を期待するのは酷だ。
 メアとエルメルガの件がここまで颯太の心にダメージを負わせていたとは――ハルヴァ外交局からすれば、それは大きな誤算であった。


 ――それでも、颯太しかいない。


 人類側にとって、長年の悲願であった魔族討伐。
 4大国家が一丸となって魔族の巣窟となっている廃界へ侵攻する――それが叶い、魔族を完全に殲滅させることができれば、これまで回避され続けていた中央領を復活させられる。それもまた、人々の願いであった。

 この世界に来てから数ヶ月――いろんな国を見て回ってきた颯太には、そんな人々の気持ちが強く伝わって来た。だから、

「……やるよ。廃界に住み着く魔族を征することが4大国家の悲願であることはわかっているつもりだし、俺もそれを強く願っている。みんなが魔族の脅威に怯えず、平和に暮らせるようになるために」
「ソータさん……」

 嘘偽りのない本音だった。

「敵の中にメアを倒した竜人族たちがいるなら……俺の出番は多いだろうな」
「実際、彼女たちが廃界で何をしているのか、その詳細がわからないため不気味ではありますが……」
「関係があるとするなら廃界にいると言われる2人の人物でしょうか」

 その人物とは――ミラルダ・マーズナーとランスロー王子。

「俺はミラルダ・マーズナーさんと面識がないからどういった人物かわからないのだけど……かつて、ハルヴァで一番のドラゴン育成牧場を経営していたミラルダさんが竜人族を率いて4大国家を攻撃するなんてことは考えられるのか?」
「「…………」」

 カレンとアイザックは無言だった。
 しかし、裏を返せば「否定はしない」という回答でもあった。

「……考えられるのか」
「なんというか……あの人は掴みづらい方なので」

 控え目に言っているが、その辺の評価は他者のしているものと同等と見ていいだろう。となれば、黒幕ミラルダ説もなくはないということだが、

「…………」

 颯太にはどうしてもミラルダが悪党だとは思えなかった。
 気難しいというか、誤解を受けやすい性格の人間は存在する。深い付き合いをしなければ真の人間性を表に出さないタイプの人間――ミラルダはそれに分類されるのではないだろうかと考えていた。

 その根拠――というか、証言だが、どうしても脳裏を離れないのは、マーズナー・ファームにいた結竜アーティーの言葉であった。
 アーティーはミラルダに深く感謝していたし、「誤解を受けやすい」と語っていた。
 アーティーだけではない。
 マーズナー・ファームには舞踏会以降何度か足を運んでいるが、その際に話をしたドラゴンたちは皆口を揃えてミラルダへ感謝の言葉を述べていた。

そこまで言わせるくらいなのだから、少なくともドラゴンに対する愛情は間違いないと思っていい。

「俺は以前、マーズナーの牧場にいる結竜アーティーから話しを聞いた。その内容から……俺はミラルダさんが今回の黒幕ではないと推察している」
「え?」
「どんな人だったのかは知らないけど、マーズナーのドラゴンたちはみんなミラルダさんに感謝をしていた。そんな人が、竜人族を率いて戦いを仕掛けるなんてマネをするとは到底思えないんだ」
「た、たしかに……」
 
 カレンとアイザックとしては、「ドラゴン側のミラルダ評」というのは初耳のため、少し驚いた様子だった。

「そうなると、もうひとりの方が黒幕だと」
「ランスロー王子か……でもさ」

 颯太はここであることに気づく。

「あくまでも確認されているのがそのふたりなんだけど――もしかしたら他にも廃界に潜んでいる人がいるって可能性はないかな」
「他の人、ですか」

 目撃情報のあるミラルダとランスローに焦点が当てられがちだが、それとはまた別の第三者が竜人族襲撃事件に関わっている可能性があるのではないかと颯太は考えたのだった。

「あそこは魔族の巣窟ですから、そうそう人が立ち入るなんて――」
「な、なあ、あの人はどうだろう?」

 カレンは否定的な意見だったようだが、アイザックは少し違ったようだ。

「あの人? 一体誰なんだ?」
「アイザック……もしかして、あなたが言っているのは《魔女》のことですか?」
「ああ。魔女が関わっているんじゃないか?」
「魔女?」

 魔族の巣となる前――今では封印されている魔法で栄えた廃界オロム。
 魔法が現実に存在するこの世界ならば、魔女と呼ばれる存在がいたところで何も驚きはしないのだが、

「魔女って……そんな昔話が現実にあるわけがないじゃないですか」

 カレンは苦笑いを浮かべながら言う。

「なあ、その魔女っていうのは……」
「オロムに伝わるおとぎ話ですよ。聞いたことありませんか?」
「まったくないな」
「簡単に説明しますと、昔々、魔法を極めたとある女性が、人の生死や理を覆すほどの魔法を生み出したことで神の怒りに触れ、魔力をすべて吸い取られた挙句、永遠に死ぬことができない不死の体にされたのです」
「不死の体……」
「死なないって、いいことのように聞こえますけど、実は何物にも勝る拷問なのだという考え方もできますからね」
「そうだな。……て、その昔話に出てくる魔女がいるっていうのか?」

 それはさすがに、と思う颯太であったが、

「これ自体は創作なのですが、実はこの話にはモデルがいると言われています」
「神の怒りに触れると言われて国を追われた女性――イネス・ハーディンガルです」
「イネス・ハーディンガル……」

 オロムの魔女伝説。
 その全貌を、カレンとアイザックは語りはじめた。
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