おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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【最終章①】廃界突入編

第161話  雷竜と銀竜

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「さあ、かかってまいれ!」

 数で不利のはずが、エルメルガは心底楽しそうに笑った。これから死闘を始めるとは思えない心理状態だ。

「戦う前に、ひとつ問いたい」

 痺れるような緊張感の中で、唐突にメアが口を開いた。

「なぜ貴様は我らに敵対する」
「愚問じゃな」

 メアの質問をエルメルガ一蹴――その理由をゆっくりと語り出した。

「お主は何者じゃ?」
「……貴様の質問の意図が読めぬ」
「わからぬのならもっと噛み砕いて言おう。お主は竜人族じゃな?」
「そうだ」
「そして私も竜人族――ならば、戦うのは必定じゃろう」
「…………」

 最初、メアはエルメルガの言葉の意味を理解しきれなかった。だが、すぐにあるワードが頭の中に浮かび上がった。

「竜王選戦か」
「左様」

 ニッと薄ら笑いを浮かべるエルメルガ。

「竜人族に生まれたからには目指す道はただひとつ――竜王の座!」
「そういうことか……」
「人間や他のドラゴンたちとの慣れ合いばかりで随分と軟弱な考えを持つようになってしまったのじゃな。嘆かわしいことじゃ。かつてのお主はその鋭い眼光だけで心を切り刻むことができそうなくらいに獰猛であったのに」
「何? ……我を知っているのか?」
「銀竜メアンガルド――かつてお主と戦ったことがあるのじゃが、先ほどの反応といい、忘れてしまっておるようじゃな」

 少し残念そうに言ってから、グッと両足を踏み込む。

「てっきりハルヴァにいると思っておったのじゃが……まさか護衛団についてダステニアにいるとはな。まさに僥倖じゃ。あの時は惜敗したが、修練を積んで強くなった妾の力をここに示そう」
「ふん。やれるものならやってみるがいい」

 氷を操る銀竜と雷を操る雷竜。

 どちらも自然界の力を操る――他の竜人族に比べると戦闘面に突出した能力を持つ。そんな両者が本気でぶつかり合ったら、一体どれほどの被害になるのか。
 少なくとも、颯太たちがこの場に留まってはメアにとって邪魔になるのは明白であった。

「パパ、騎士団の人たちと一緒にここから離れて。私が援護するから」

 トリストンは颯太たちに逃げることを推奨した。
 
「……わかったよ」

 オーナーとして、メアを残したまま撤退するのは避けたいところであったが、この場に残ったところで、颯太にできることは応援くらいだ。
そのわずかなプラスに対し、マイナス面の方が大きく勝っていると言わざるを得ない。例えをひとつ挙げるならば、メアが勝利目前まできたら、エルメルガは颯太を捕まえて人質にするかもしれない――と言ったところか。

 メアが心配なのは言うまでもないが、ここは一時距離を取った方がいい。
 そう判断した颯太は、メアとトリストンの会話をジェイクたちに話し、すぐにここから退くよう提案する。

「ぐっ……今はそうするしかないのか」

 もう少し大規模な軍勢であったなら、メアの援護ができたかもしれない。しかし、少人数で竜人族を相手にする危険性は、かつてノエルに石像化されたジェイクはまさに身に染みてその恐怖を知っていた。おまけに今はキャロルやブリギッテと言った非戦闘要員もいる。

「どのみち、シャオ・ラフマンが廃界へさらわれたのなら、兵力を整える必要がある。国王会議が終了するまでは身動きが取れそうにないな」
「で、ですが、このままではシャオお嬢様が!」
「その辺、あの竜人族は言及していたか、ソータ」
「連れて行ったとは言っていましたが、殺したとは言っていませんでしたね」
「ふむ。それだけでは情報不足だが……」
「あ、あの、いいですか?」

 ここまで沈黙していたキャロルが挙手をする。

「どうした?」
「何か、そのシャオさんが誰かに誘拐されてしまう可能性があるような……例えば、ソータさんみたいな特殊な能力が隠されていたりとかはありませんか?」
「そ、それは……ありません」

 いきなりジェイクに話を振られたダステニアの騎士は一瞬言葉に詰まった。

「……まあ、話は王都で聞くさ」

 ジェイクも何かを感じ取ったようだが、今ここで追及している暇はない。

「メアンガルド! あんまり突っ張るなよ! 無理だと思ったら潔く引いて来い! 今ここでおまえを失うわけにはいかないからな!」
「了解した」

 人間側の言葉は竜人族に伝わるため、ジェイクの指示を受け取ったメアはそう返事をする。

「かっかっかっ! 人間を逃がすため盾になるか」
「逆だ」
「? なんだと?」
「我は剣。人と竜人族が紡ぐ未来を魔手から守る剣だ」

 メアの全身に白い冷気が立ち込める。それが肉眼で捉えられるほどハッキリとした濃さを纏った時、パキパキと音を立てて森の木々が凍りついていった。

「銀竜メアンガルドの力――とくとその身で味わえ!」
「もう十分味わったと言ったじゃろうが!」

 メアとエルメルガはほぼ同時に飛びかかった。
 
「せあっ!」

 先制はエルメルガ。
 振りかぶって放たれるローキック。
 だが、メアは落ち着いてその蹴りをいなすと、エルメルガに向かって細かな氷の礫をシャワーのように浴びせた。

「この程度!」

 両腕をクロスさせてやり過ごす。――しかし、メアの狙いは敵にダメージを与えるためではなかった。

「!?」

 腕のガードを外すと、メアはあっという間にエルメルガとの距離を詰めていた。数十センチ先にまで迫っていたメアは、強烈な冷気を含んだ右ストレートをエルメルガの右頬に叩き込んだ。その強烈な一撃を食らったエルメルガはもの凄い速度で吹っ飛び、無数の木々をなぎ倒していった。

「な、なんて攻撃だ……」

 思わずそう呟いてしまうほどの威力。
 人間ならひとたまりもない一撃であったが、

「かっかっかっ!」

 高笑いが森中に響き渡る。

「愉快! 実に愉快だ!」

 派手に吹っ飛ばされたわりに、エルメルガへのダメージは軽いようで、出血さえしていなかった。
 
「じゃが、明らかに弱くなったな――メアンガルド」
「なんだと?」

 エルメルガの挑発とも取れる発言――だが、真に受けたメアにはカチンときたようで、

「ならば……次の一撃はもっと力を込めるぞ」
「何を言う。今度は――妾の番じゃ」

 バッと両手を広げたエルメルガ。その全身を覆いつくように、黄色のオーラが出現する。メアのが冷気だとすれば、こちらは電気か。

「……いや、電気ってあんな肉眼でハッキリ見えるものなのか?」

 科学の成績が芳しくない颯太にはその辺の原理はよくわからないが、ともかく、あのオーラを纏ったエルメルガは間違いなく危険だ。知識とかそんな堅苦しい話じゃなく、本能がそう警鐘を鳴らしていた。

「メア……」

 王都へ向かう足は自然と止まっていた。
 なんだか、とても嫌な予感がする。

「パパ! 急いで!」
「…………」

 急かすトリストンの言葉は耳に入らなかった。

「! パパ!?」

 颯太は騎士団たちとは逆方向――メアの方へと走り出した。
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