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番外編 西の都の癒しツアー?
第147話 廃界
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ダステニアへ向かう日。
リンスウッド・ファームには竜騎士団より派遣された騎士たちで編成された護衛団が来てくれることになっているのだが、
「……豪勢過ぎない?」
「? そうでしょうか?」
「これくらいの規模は必要だと思いますよ」
牧場周辺を埋め尽くす兵士たち。
その数はざっと見積もって50人はいるだろうか。
これまでも移動に護衛がつくことはあった。しかし、今回は過去の護衛とは比べ物にならないほど大規模なものだった。
護衛団の一員として同行するテオとルーカに大袈裟じゃないかと告げたが、ふたりから返って来たリアクションは「そうですか?」――どうやら、テオとルーカにはこれくらい当然だという認識らしい。
というのも、
「ソータさんはご自分がどれほどこのハルヴァにとって重要な人物であるかという自覚が欠けていますよ」
「そ、そうなのか?」
「そうです。銀竜の件から始まり、先日のレイノアの件――もはやあなたはこの国になくてはならない存在なのですから」
熱く語るふたり。
――そんな、国にとって重要人物だという颯太はこれからお見合いへ向かう。
相手はハルヴァにとって恩ある大富豪の娘。
「…………」
そんなことはあり得ない――と前置きをしておいて、颯太は一瞬だけ浮かび上がった考えを再び脳内に呼び起こす。
これは……政略結婚というヤツか?
ハルヴァの要人とダステニアの要人。
両者が結びつくことは、両国の絆をより深める良いきっかけとなり得る。
ハルヴァとダステニアはペルゼミネやガドウィンよりも古くから友好的な間柄にある、言ってみれば特別な関係なのだ。仮に、颯太とシャオ・ラフマンの婚約が成立したら――かつてスウィーニーが懸念していた「ダステニアとの敵対」という未来を迎える可能性は潰えると言っていいだろう。
「どうかされましたか、ソータさん」
「何やら難しい顔をしていますが」
テオとルーカに声をかけられて、颯太はハッと我に返る。
「いや、なんでもないよ」
何事もなかったように振る舞う颯太。
両国の関係強化はブロドリックや新大臣のレフティにとって悲願と言っていい。それに、これは憶測だが、この話がダステニア側から持ち掛けられたということは、向こうも少なからずそうした思惑が入っているのではないか。
しかし、そうなると問題なのは相手側の女性だ。
もし、颯太の考えた通りに、向こうにもお見合いを通して関係強化の思惑が込められているとしたら――相手の女性は、好きでもない自分と結婚をするよう迫られているのではないか。
冷静になって振り返れば、会ったこともない自分を噂だけで好きになってお見合いをセッティングしようとするだろうか。あらゆる情報が父であるリー・ラフマンからの発信であるため詳細は不明となっている点も不信感を煽る。
「……やめよう」
颯太はこれまでの考えを一掃するように首を振った。
今回は一応癒しツアーという名目も含まれている。
宿こそ譲ったが、颯太が宿泊する予定の宿にも、かつて住んでいた世界で言う温泉があるのだという。
そっちの方に意識を集中することにしよう。
精神衛生上、その方がよさそうだ。
「そろそろ出るとするか」
護衛団を率いるジェイク・マヒーリスが颯太を呼ぶ。
うだうだ考えていてもはじまらない。
今回はレイノアの時とは違い、命を失う心配はない――とはいえ、何か裏がありそうではある。とりあえず、ダステニアへ着いてみなければ何もわかりそうにない。
――ちなみに、キャロルたちはマーズナー・ファームで集まり、別ルートでダステニアへと向かうようだった。
◇◇◇
ダステニアまでの道のりはガドウィン以上ペルゼミネ未満だと馬車の中でジェイクから教えてくれた。
東のハルヴァと西のダステニア。
位置関係で言うと、他の2国よりも距離としては遠いものになるが、それでも山岳地帯を通らなければならないペルゼミネよりは早く到着できるという。
レスター川という大きな川を横目に見ながら、馬車は西へ進む。
その途中、地図を広げたジェイクに現在位置を示してもらったのだが、
「あれ?」
そのルートに、颯太は首を捻った。
「あの、ジェイクさん」
「なんだ?」
「西へ真っ直ぐ突っ切るんじゃなくて、川に沿って進んでいるのはどうしてですか?」
最短ルートを考慮すると、ひたすら真っ直ぐ行くのかと思いきや、アマゾン川のように曲がりくねったレスター川に沿っている現ルート――地図から見ている分には効率が悪いように思えた。
颯太の質問に、ジェイクは、
「なんだ、おまえ《廃界》を知らないのか?」
「廃界?」
初めて耳にする単語だった。
「なんですか、廃界って」
「そいつを語るにはまずちょいと歴史の話をしなくちゃいけないな」
ジェイクは馬車の窓から外の景色を一瞥してから、
「まだ時間はありそうだな……いいさ。一から説明しよう」
そう言うと、ジェイクは地図のど真ん中を指さした。
実は、颯太もそこが気になっていた。
地図の中心部分はなぜか真っ黒に塗り潰されていた。
まるで、本来そこにあるモノを隠すかのように。
「この部分……何かあったんですか?」
「ああ……ハルヴァ、ダステニア、ペルゼミネ、ガドウィン――そして、ここに5つ目の大国がかつて存在していたんだ」
それもまた初耳だった。
「その国の名はオロム――中央領オロムだ」
「中央領オロム……」
「とっくの昔に消滅した幻の国だ。俺も昔話でしか知らない」
「そんなに……」
場所の名前はわかった。次の疑問は、
「なぜ、そのオロムは黒塗りに?」
「魔族っているだろ? 今、そこは魔族どもの巣になっているんだ」
「えっ!? 魔族の巣!?」
人を襲う魔族。
颯太も何度か遭遇したあのバケモノたちは、そのオロムに生息しているらしい。
「なぜオロムに魔族が?」
「詳しい原因はわからない。今からも100年以上前の話らしいからな。一説によると、オロムが魔族を生み出したって話だ」
「オロムが……」
「その頃から、世界中では《魔法撤廃》の運動が始まり出したって話だ。どこよりも魔法文化が進んでいたオロムで何やら事件があったのが原因らしいが」
「魔法撤廃ですか……」
技術大国ペルゼミネ。
農業大国ガドウィン。
医療大国ダステニア。
商業都市国家ハルヴァ。
――そして、魔法国家のオロム。
そのオロムは魔法撤廃運動によって消滅した――というのが、通説らしい。
「そのせいで、魔法に関する書物のほとんどは焼き払われた。地方にはまだわずかに残っているという話も聞くが、現在、国家で認定されている簡易魔法以外の魔法を使いこなせるヤツなんて存在しないだろう」
「そうですか……」
中央領改め、廃界オロム。
言い知れぬ悪い予感が颯太の胸中を埋め尽くす。
それから約1時間後――護衛団はダステニア王都へと到着した。
リンスウッド・ファームには竜騎士団より派遣された騎士たちで編成された護衛団が来てくれることになっているのだが、
「……豪勢過ぎない?」
「? そうでしょうか?」
「これくらいの規模は必要だと思いますよ」
牧場周辺を埋め尽くす兵士たち。
その数はざっと見積もって50人はいるだろうか。
これまでも移動に護衛がつくことはあった。しかし、今回は過去の護衛とは比べ物にならないほど大規模なものだった。
護衛団の一員として同行するテオとルーカに大袈裟じゃないかと告げたが、ふたりから返って来たリアクションは「そうですか?」――どうやら、テオとルーカにはこれくらい当然だという認識らしい。
というのも、
「ソータさんはご自分がどれほどこのハルヴァにとって重要な人物であるかという自覚が欠けていますよ」
「そ、そうなのか?」
「そうです。銀竜の件から始まり、先日のレイノアの件――もはやあなたはこの国になくてはならない存在なのですから」
熱く語るふたり。
――そんな、国にとって重要人物だという颯太はこれからお見合いへ向かう。
相手はハルヴァにとって恩ある大富豪の娘。
「…………」
そんなことはあり得ない――と前置きをしておいて、颯太は一瞬だけ浮かび上がった考えを再び脳内に呼び起こす。
これは……政略結婚というヤツか?
ハルヴァの要人とダステニアの要人。
両者が結びつくことは、両国の絆をより深める良いきっかけとなり得る。
ハルヴァとダステニアはペルゼミネやガドウィンよりも古くから友好的な間柄にある、言ってみれば特別な関係なのだ。仮に、颯太とシャオ・ラフマンの婚約が成立したら――かつてスウィーニーが懸念していた「ダステニアとの敵対」という未来を迎える可能性は潰えると言っていいだろう。
「どうかされましたか、ソータさん」
「何やら難しい顔をしていますが」
テオとルーカに声をかけられて、颯太はハッと我に返る。
「いや、なんでもないよ」
何事もなかったように振る舞う颯太。
両国の関係強化はブロドリックや新大臣のレフティにとって悲願と言っていい。それに、これは憶測だが、この話がダステニア側から持ち掛けられたということは、向こうも少なからずそうした思惑が入っているのではないか。
しかし、そうなると問題なのは相手側の女性だ。
もし、颯太の考えた通りに、向こうにもお見合いを通して関係強化の思惑が込められているとしたら――相手の女性は、好きでもない自分と結婚をするよう迫られているのではないか。
冷静になって振り返れば、会ったこともない自分を噂だけで好きになってお見合いをセッティングしようとするだろうか。あらゆる情報が父であるリー・ラフマンからの発信であるため詳細は不明となっている点も不信感を煽る。
「……やめよう」
颯太はこれまでの考えを一掃するように首を振った。
今回は一応癒しツアーという名目も含まれている。
宿こそ譲ったが、颯太が宿泊する予定の宿にも、かつて住んでいた世界で言う温泉があるのだという。
そっちの方に意識を集中することにしよう。
精神衛生上、その方がよさそうだ。
「そろそろ出るとするか」
護衛団を率いるジェイク・マヒーリスが颯太を呼ぶ。
うだうだ考えていてもはじまらない。
今回はレイノアの時とは違い、命を失う心配はない――とはいえ、何か裏がありそうではある。とりあえず、ダステニアへ着いてみなければ何もわかりそうにない。
――ちなみに、キャロルたちはマーズナー・ファームで集まり、別ルートでダステニアへと向かうようだった。
◇◇◇
ダステニアまでの道のりはガドウィン以上ペルゼミネ未満だと馬車の中でジェイクから教えてくれた。
東のハルヴァと西のダステニア。
位置関係で言うと、他の2国よりも距離としては遠いものになるが、それでも山岳地帯を通らなければならないペルゼミネよりは早く到着できるという。
レスター川という大きな川を横目に見ながら、馬車は西へ進む。
その途中、地図を広げたジェイクに現在位置を示してもらったのだが、
「あれ?」
そのルートに、颯太は首を捻った。
「あの、ジェイクさん」
「なんだ?」
「西へ真っ直ぐ突っ切るんじゃなくて、川に沿って進んでいるのはどうしてですか?」
最短ルートを考慮すると、ひたすら真っ直ぐ行くのかと思いきや、アマゾン川のように曲がりくねったレスター川に沿っている現ルート――地図から見ている分には効率が悪いように思えた。
颯太の質問に、ジェイクは、
「なんだ、おまえ《廃界》を知らないのか?」
「廃界?」
初めて耳にする単語だった。
「なんですか、廃界って」
「そいつを語るにはまずちょいと歴史の話をしなくちゃいけないな」
ジェイクは馬車の窓から外の景色を一瞥してから、
「まだ時間はありそうだな……いいさ。一から説明しよう」
そう言うと、ジェイクは地図のど真ん中を指さした。
実は、颯太もそこが気になっていた。
地図の中心部分はなぜか真っ黒に塗り潰されていた。
まるで、本来そこにあるモノを隠すかのように。
「この部分……何かあったんですか?」
「ああ……ハルヴァ、ダステニア、ペルゼミネ、ガドウィン――そして、ここに5つ目の大国がかつて存在していたんだ」
それもまた初耳だった。
「その国の名はオロム――中央領オロムだ」
「中央領オロム……」
「とっくの昔に消滅した幻の国だ。俺も昔話でしか知らない」
「そんなに……」
場所の名前はわかった。次の疑問は、
「なぜ、そのオロムは黒塗りに?」
「魔族っているだろ? 今、そこは魔族どもの巣になっているんだ」
「えっ!? 魔族の巣!?」
人を襲う魔族。
颯太も何度か遭遇したあのバケモノたちは、そのオロムに生息しているらしい。
「なぜオロムに魔族が?」
「詳しい原因はわからない。今からも100年以上前の話らしいからな。一説によると、オロムが魔族を生み出したって話だ」
「オロムが……」
「その頃から、世界中では《魔法撤廃》の運動が始まり出したって話だ。どこよりも魔法文化が進んでいたオロムで何やら事件があったのが原因らしいが」
「魔法撤廃ですか……」
技術大国ペルゼミネ。
農業大国ガドウィン。
医療大国ダステニア。
商業都市国家ハルヴァ。
――そして、魔法国家のオロム。
そのオロムは魔法撤廃運動によって消滅した――というのが、通説らしい。
「そのせいで、魔法に関する書物のほとんどは焼き払われた。地方にはまだわずかに残っているという話も聞くが、現在、国家で認定されている簡易魔法以外の魔法を使いこなせるヤツなんて存在しないだろう」
「そうですか……」
中央領改め、廃界オロム。
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