おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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番外編  西の都の癒しツアー?

第146話  一方その頃、マーズナー・ファームでは

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 颯太が招待状をキャロルに渡した翌日――マーズナー・ファームにて。

「ふぅ、とりあえず午前中はこんなところかしらね」
 
 一仕事を終えたブリギッテ・サウアーズは息を吐いてから額の汗を二の腕で拭った。
 目の前には横たわる大きな陸戦型ドラゴン。
 竜医であるブリギッテの仕事――このマーズナー・ファームに暮らすドラゴンたちの定期健康診断であった。

「はあ……」

 仕事に打ち込むあまり気になっていなかったが、一段落ついた途端にズシンと響くような疲労が全身を襲った。まだまだ肌寒さは残るが、ドラゴンたちの健康状態をチェックして回っているうちにすっかり汗だくになってしまっていた。

「汗が凄いわねぇ。疲れたし、お風呂に入りたいわ」
「でしたら、あとで屋敷の方へお寄りください」
「わっ!?」
 
 誰に放ったわけでもない独り言に返事が来て、ブリギッテは飛び上がりそうなくらいに驚いた。不意打ちを食らわせた声の主は、この広大な牧場の持ち主であるアンジェリカ・マーズナーであった。
 ドラゴンたちが生活している牧場内でありながら、高そうなドレスを身にまとっている。まさに絵に描いたようなお嬢さまの出で立ちであった。

「い、いつからそこにいたのよ」
「つい先ほどです。それで、お風呂の件ですが、メイドたちに用意させておきますので、準備が整うまでお茶でもいかかがですか?」

 アンジェリカはそう言ってお茶会へ誘った。何百匹というドラゴンの定期健康診断という大仕事を実行中のブリギッテを労ってのことだった。

「いただくわ。汗臭くて申し訳ないけれど」
「そんなことありませんわ」

 にこやかに微笑むアンジェリカは本心からそう思っている。
 彼女にとって、牧場で働く者の匂いは好ましかった。
 それは、現在消息不明になっている父のミラルダ・マーズナーを思い出すから。

 他人からいろいろと言われている父のミラルダ。


 ある者は凄腕のドラゴン育成者と呼ぶ。
 ある者は欲に溺れた守銭奴と呼ぶ。


 彼の評価のほとんどは後者である。
 実の娘であるアンジェリカでさえそう思っているのだ。

 しかし――前者の評価も決して的外れではない。

 腕はある。
 今のハルヴァ竜騎士団があるのはミラルダのおかげと言って過言ではないのだ。
 それだけの功績がある父から牧場を受け継いだアンジェリカ。その双肩にかかる期待は計り知れない。
ここ最近は、高峰颯太という飛び道具を手に入れたリンスウッド・ファームが勢いを増してきている。
幼馴染のキャロル・リンスウッドが両親を亡くしてからどうにも空元気でないかと少し心配していたが、颯太の登場で杞憂に終わった。今となっては、国内で唯一このマーズナー・ファームに対抗できる牧場にまで成長している。

 ――そのキャロル・リンスウッドが、ある提案をするため今朝方このマーズナー・ファームを訪問していた。

 その提案を耳にしたアンジェリカは、ブリギッテにも報告をするべきだろうとキャロルに持ちかける。キャロルも、最初からそのつもりであったらしいので、定期健康診断に来た際に話しておくと預かった。

 このお茶会は、その報告の機会でもあった。

 会場はマーズナーの屋敷の一室。
 メイド長ヘレナを中心とする数名のメイドたちが準備を進めており、アンジェリカとブリギッテが部屋に入る頃にはすでに整っていた。
 席につき、ヘレナの淹れたお茶を一口飲む。
 それから、まずアンジェリカが口を開いた。

「今朝、キャロルが来ましたわ」
「へぇ、何の用だったの?」
「ソータさんがお見合いをなさるようですわ」
「ふーん――うぅん!?」

 いきなりの爆弾発言に、飲んでいたお茶を噴き出しそうになったブリギッテだったが、淑女としてあるまじき事態になってしまうのでなんとか耐えた。

「お、お見合いって……一体誰と!?」
「わたくしたちがよく知る人物の娘――と言えばわかりますか?」
「私たちがよく知っている人の娘?」

 ブリギッテは記憶を巡らせるが、いまひとつピンと来ない。
 そこで、アンジェリカがさらにヒントを出す。

「アークス学園」
「! まさか……リー学園長の娘!?」
「ご名答」

 自分の娘にとことん甘いことは、卒業生であるブリギッテの耳にも届いていた。なのですぐに察しがついたわけだが、

「学園長の娘ってかなり若いんじゃない? あなたやキャロルちゃんとそれほど変わらない気がするんだけど」
「詳しくはわかりませんが、少なくともブリギッテさんよりお若いですわね」
「…………」

 ブリギッテはアンジェリカの言葉を振り払うように「コホン」とわざとらしい咳をひとつ挟んでから、

「でも、リー学園長は本気で娘を嫁がせる気なのかしら」
「わたくしもそれが気になっていました。誕生日だからと学園の中庭に巨大な娘の胸像を設置するくらいの方でしたからね」

 ブリギッテとアンジェリカ。
 かつて、アークス学園でドラゴンについて学んだふたり。
 その時世話になったリー学園長――人当たりの良さは知っていたが、同じくらい娘に甘いということで評判になっていた。
 なので、その娘を嫁に出すとは考えづらく、

「そう考えると、嫁入りではなく、婿入りなのかもしれませんね」
「婿入り? ソータを?」
「あの方はドラゴンと話しができるという唯一無二の能力を持っている――そんな能力を持った人は次期学園長に相応しい。だから娘のもとへ来い……わたくしには遠回しにそう言っているのではないかと思います」
「ああ……」

 即座に否定できないところが妙にリアルで困る。

「ちなみに、キャロルはガドウィンでの休暇が潰れた穴埋めのためにブロドリック大臣がソータさんへ渡したという宿の招待状を持っていました。その招待状で5人までは宿に泊まれるそうで、私を誘いやってきました。もちろん、あとであなたのところへも行くと言っていましたわ。まあ、今日こちらにいらっしゃる予定でしたので、私の方から話しておくと伝えましたけど」
「なるほど。ソータのことだから『キャロルが行っておいで』とか言ったんでしょうね」
「お察しの通りですわ。――で、その目的地は偶然にもダステニアなんですの」
「……アン」
「皆まで言わなくて結構ですわ。出発は4日後だそうです」
「了解。なら、それまでに全ドラゴンの診断を終えちゃうわね」
「よろしくお願いしますわ」

 こうして、アンジェリカとブリギッテはキャロルの提案に乗り、ダステニアへ向かうことを決めたのだった。
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