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レイノアの亡霊編

第136話  悲願

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「交渉の場に同席させる騎士の選抜はどうしますか?」

 ガブリエルがスウィーニーへたずねるが、返事はない。

 ジーナとカルムが人間の言葉で謝罪をした。
それを受けたダリス女王の脳内には、これまでの記憶がフラッシュバックされたように次々と浮かんできていた。
 父と夫を失いながらも懸命に国を支えてきた。
 大変ではあったが、自分を信じてくれている家臣たちのおかげでなんとかやって来られた。

 だが、その家臣の中でも特に信頼を寄せていたジャービスの裏切りと、それがきっかけで誕生した禁竜教を巡り、最愛の息子は災いの源と疑っていた竜人族シャルルペトラたちと共に国を出ていった。

 なんとか踏みとどまっていたダリスの心は、この一連の騒動により完全に崩壊。

 ただ、そんな女王の復活を信じて行動を続けていた者たちがいた。
 マクシミリアンと名を変えて禁竜教の代表となり、ダリス女王とレイノア王国を再び取り戻すために戦っていたエインとかつての家臣たち。

 その成果が実るかもどうかも不透明のまま、エインはかつてレイノアの外交担当者であったバラン・オルドスキーの居所を突きとめてその真実を知った。

 それを切り札にスウィーニーと領地返還の交渉を行うはずだったが、スウィーニーの強引な手によって途中退場を余儀なくされた。

 その無念を――ダリスは今まさに晴らそうと立ち上がった。
 このレイノアで、平和に暮らしていたあの日を取り戻すためにも。

 甦ったダリス女王を前に、追い詰められたスウィーニー。
 交渉の同席を認めないと押し切る手もあるが、それではガブリエルたちに追及されてしまう可能性は高い。自分を疑っているブロドリック国防大臣の右腕であるガブリエルが、そのような好機をみすみす逃すはずがなかった。

「大臣?」

 無言のスウィーニーはゆっくりと口を開く。

「……人選は任せる」

 力なく肩を落として歩き出したスウィーニーは、いつの間にか自分の目の前に騎士たちによって人だかりができていることに気づいた。
 騎士たちは皆、あり得ない光景を見ているかのように目を見開いて一点を見つめている。一体何があるのかとスウィーニーが騎士たちの視線を追った時――衝撃が走った。


「禁竜教――いや、レイノア側については私が同席しよう」


 スウィーニーは言葉を失った。
 騎士たちに囲まれるように立っていたのは――毒を浴びて意識不明の重体となっていたはずのエインだった。

「エイン!」

 まず嬉しそうな声をあげたのはダリス女王。次いで、

「え、エイン……」

 驚愕の表情で、スウィーニーが呟いた。
「なぜだ!?」――と、続ける前に、そのあり得ない状況を生み出した原因を見つけた。
 エインの背後にはメアとキルカがいる。
 その横には、見知らぬ竜人族がいた。
 
「まったく、いきなり連れられて来てみれば……あとちょっとでも遅れていたら、俺の能力でも無理だったぞ」
「間に合ったのだからよかったではないか」
「そうそう」

 メア、キルカと話をしていたのはペルゼミネにある哀れみの森に棲む双子の竜人族の姉――《癒竜》レアフォードであった。

 妹である《病竜》ミルフォードの能力によって病に侵されたドラゴンたちを回復させた能力を持つレアフォード。その力が人間にも作用するのであれば――その考えに至ったのは、ペルゼミネに出張していた颯太から話しを聞いていたメアだった。

 ノエルの歌の能力では人体回復の効果がなくても、最初から「治癒力」に重点を置いている能力を持ったレアフォードなら、と思いついたらしい。

 確認を取ろうにも通訳である颯太がいなかったため、メアとキルカは独断でドラゴンへと姿を変え、ペルゼミネに飛んで行ったのだ。
 雪に覆われた哀れみの森で、妹と共に暮らしているレアフォードを見つけ出し、半ば強引に連れ出してきたのだ。

 メアとキルカがここまで強引にできた理由のひとつに、颯太が語っていたある事実が関わっていた。


『まだあの子たちはペルゼミネ竜騎士団に入っていないんだよ。でも、正式に入団するのは時間の問題だろうから、そうなったら演習で顔を合わせるかもしれないね』


 何気なく颯太が語った内容を、メアとノエルはしっかり覚えていた。
 軍属でないなら、竜人族の行動は縛られない。正規の手続きを踏まなくても国外へ連れ出すことができる。なので、たとえ無理矢理に近い形で連れてきたとしても、国際問題に発展することはないと判断したのだ。

 レアフォードはわけがわからない状態であったが、妹を助けてくれた恩人である颯太の牧場からやって来たというメアの願いを聞き入れ、意識を失ったエインを救った。ただ、レアフォード自身も人間相手にはあまり経験がないため、うまくいくかはわからないと前置きをしての能力治療であったが、それが成功し、こうしてエインは再び交渉の場へ戻って来たのだ。

 他国の竜人族に助けを求める。
 借りを作ることに対して強い反対姿勢を貫いていたスウィーニーには思いつかないことであった。
 
「らしくない強引な行動だったな、スウィーニー」

 咎めるような口調で、エインはスウィーニーへ言い放つ。
 ダリス女王とエイン。
 ハルヴァ外交局の闇と対面したふたりが、こうしてその元凶であるスウィーニーの前に立ちはだかっている――決定的な生き証人の登場であった。

「スウィーニー……すべてを語るんだ。すべてを語り、不当に奪ったレイノアの領地を返還するのだ」
「……何?」
「先ほどハルヴァから伝令が来た。バレン・オルドスキーの家を突きとめ、その家の地下にあった日記と大金が出てきたという。その金――紙幣の製造番号を照合すれば、誰がなんのために用意した金なのかがハッキリする」

 外交局が用意した謝礼の金と、真実を語ったバレンの日記。
 
「さらに、外交局のアイザック・レーンが、保護されていたガドウィン王都からハルヴァ王都へ戻って来たそうだ。彼は今、アルフォン王の前でおまえにされた仕打ちについて証言している」
「…………」

 反論はない。
 それはつまり、無言の肯定。
 スウィーニーの悪事のすべてが、アルフォン王に伝わっていた。

「終わりだ……スウィーニー」

 たった数十人で大国ハルヴァに立ち向かってきた禁竜教こと元レイノアの民たち。
 紆余曲折を経て、数年越しの悲願は、スウィーニー外交大臣の敗北という形で今まさに叶おうとしていた。
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