おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

文字の大きさ
上 下
114 / 246
レイノアの亡霊編

第134話  小休止

しおりを挟む
 颯太が次の交渉人の準備として1時間の猶予をもらった。
 エインはより専門的な治療を受けるため、ハルヴァ王都へと移送されることとなった。
ハルヴァを脅そうとした禁竜教のトップだった男のため、そのような行為な反感を呼ぶ可能性もあったが、そのような声は誰からも上がらなかった。

 竜騎士団時代のエインを知っている者たちが多かったため、彼の人間性を考えれば、「私利私欲ためにこのようなマネをするとは思えない。きっと何かわけがあるに違いない」と見ている者が大多数だった。
 
 スウィーニーが別室で教団員たちから身体チェックを受けている中、ガブリエルは数名の騎士を城門前に呼び寄せて今後の対策を検討することとなった。
 そこには、新しい交渉人の用意が済むまで待ってくれと提案した颯太の姿もあった。

「それで、ソータ殿――新しい交渉人とは誰なのだ?」

 ガブリエルがたずねると、颯太はためらいもなく、

「ダリス女王陛下です」

 そう言い放つ。
 途端に、周囲は騒然となった。

「ダリス女王陛下だって」
「領地譲渡の件以来、公の場に姿を見せなかったはずだが」
「死亡したという話も聞いたことがあるぞ」

 ざわざわざわ。
 騒がしさが増していくのを止めるため、ガブリエルが「ううん!」と軽く咳をする。静かになってから、

「本当にダリス女王が交渉の場にやってくるのか?」
「間違いありません。今、そのための準備をしているところです」

 颯太は自信たっぷりに答える。
 その様子から、嘘ではないようだとガブリエルは判断した。――もっとも、颯太がこの場面でそんな悪趣味な嘘をつくとは思えない。
 だが、騎士たちが話していたように、領地譲渡が行われて以降、その行方がわからなくなっていたダリス女王が、なぜ今になって立ち上がったのか――ガブリエルはそこが気になっていた。なので、

「ソータ殿、できれば交渉の前に一度ダリス女王にお会いしたいのだが……可能だろうか」
「問題ないと思います。城の2階にいらっしゃいますよ」
「わかった。――ジェイク、君も一緒に来てくれ」
「はっ!」

 ガブリエルはジェイクを連れて城の2階へ――ダリス女王のもとへと向かった。

 残された者たちには待機命令が出された。

「ふぅ……」

 ここで、颯太は一息をついた。
 すでに辺りは真っ暗になっており、空には月が浮かんでいる。
 
 思えば、南方領ガドウィンでバカンスを楽しんでいたはずが、国の未来を左右する大事な交渉に関わる事態にまで発展していた。
 この世界に来てからいろんなことがあったが、その中でもトップクラスに濃い数日間を味わっている――そう思った。

 エインの容態は気になるところではあるが、ノエルからもたらされた情報から、もしメアとキルカの2匹が「それ」を成功させたら、もしかしたらエインは助かるかもしれない。エインの命が助かれば、すべての謎が明かされる。

「ソータさん……」

 適当な大きさの石に腰かけていた颯太に、ノエルが話しかける。

「ノエル、か――あ」

 ふと、颯太はあることを思いつく。
 ノエルの歌の力――あれでエインの容態を回復させることはできるのではないか。
 期待に胸を膨らませた颯太であったが、ノエルの返答は「ノー」だった。
 石化を戻したり、狂気に暴れるドラゴンを鎮められる効力はあっても、弱っている人間をよみがえらせることはできないと言う。

「そううまくはいかないか……」
「ごめんなさい……」
「ああ、いや、いいんだよ。ノエルは何も悪くない。――それで、俺に何か話があったんじゃないのか?」
「いえ、あの……とっても疲れた顔をしていたので、大丈夫かなって」

 ノエルは心配そうにたずねてくるが――むしろ颯太としては、

「すっかり仲良しだな」
「え?」

 ノエルの右腕にしがみつくトリストンが目についた。

「お姉ちゃん……」

 上目遣いにノエルを見つめるトリストン。その仕草に、さすがのノエルも「にゅっ?!」と変な声を出したと思ったら一生懸命トリストンの頭を撫ではじめる。
 見ていて微笑ましい光景だが、本題から外れてしまったので路線を修正。

「ところでノエル、さっきの話だけど」
「あ、は、はい!」

 正気に戻ったノエルは、先ほど颯太に話した内容を改めて説明する。
 もし実現すれば最高なのだが、一歩間違えば――さらに問題がこじれてしまうかもしれない。
 ノエルもそれを心配しているようで、

「あの、ごめんなさい……勝手なマネをしてしまって」
「いや、きっと大丈夫だよ。――それに、もし俺がそのことを思いついていたら、きっとメアとキルカに同じことを頼んでいただろうし」
「ソータさん……」
「やっぱりパパは優しいね」

 トリストンは思わず撫でたくなる笑顔でそう言った。

 トリストンの影の中には、颯太たちを襲ったダヴィドをはじめとする獣人族たちが捕らえられている。

 その事実を直接スウィーニー本人へ突きつけたらどうかとも提案したが、スウィーニーと彼らを結びつける決定的な証拠は切り札としてとっておきたいというガブリエルの指示により未だ伏せられたままとなっていた。

 というのも、国防局から送られた伝令が、ある情報を届けてくれていた。
それによると、ある有力な情報を国防局がキャッチしたため、今はその情報の裏付けを行っている最中なのだという 
 実は、1時間という時間設定を言い出したのはそのことを知っていたガブリエルだった。もちろん、その時間は裏付けを行うための時間稼ぎである。

 もし――エインの症状がスウィーニーによってもたらされたとするなら、ダリス女王との交渉でも何かが起きるかもしれない。ダリス女王の身に異変が起きたら、今度こそこの交渉がお流れになってしまうだろう。

「このままダリス女王が交渉人としてスウィーニー大臣の悪事を暴露してくれれば……志半ばで退場していったエインさんの無念を晴らせる」

 それどころか、これまでダリス女王を苦しめていた、その根源を断つことにつながってくるのだ。

 すでに国防局の中でスウィーニーの包囲網は整いつつある。
 だから、ここからの交渉は失われた王国――レイノアを思い続けた人々の魂の訴えとなっていく。

 颯太がキュッと唇を噛みしめていたら、

「少しよろしいですか?」

 ノエルたちの背後から声。
 フライア・ベルナールだった。

「フライアさん? どうかしましたか?」
「いえ、あなたに一度お礼をしておかなくては思いまして。――人質解放が無事に行われたのはあなたのおかげです」
「そんな……俺は何もしていないですよ。元から禁竜教に、人質をどうこうするって選択はなかったみたいですし」
「ご謙遜を」

 何気ない会話に思えたが、ふとフライアの顔が険しくなった。

「あの、ソータさん」
「なんですか?」
「先ほど少し聞こえてしまったのですが……エインディッツ・ペンテルス氏に代わって交渉をするのは元レイノア王国のダリス女王とうかがいましたが」
「ああ、そうなんですよ」

 あっさりと答えて、颯太は口をつぐむ。
 今のは外部に漏らしてはいけない情報だったかも、と後悔したところで遅い。すでにフライは颯太の告げた真実に目を見開いて驚いている。

「そう……ですか」

 しかし、意外にも淡々とした様子でフライアはその場を立ち去った。

「? なんだったんだ?」

 首を傾げる颯太とノエルとトリストン。

 ――だが、颯太たちに背を向けて歩くフライアの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

なんでも奪っていく妹とテセウスの船

七辻ゆゆ
ファンタジー
レミアお姉さまがいなくなった。 全部私が奪ったから。お姉さまのものはぜんぶ、ぜんぶ、もう私のもの。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。