おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第133話  次なる一手

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 颯太たちがダリス女王を説得している最中、城外ではハドリーたちが近くに魔族が潜んでいる事実を騎士たちへと告げた。

「バカな!」
「そんな話は聞いていない!」

 騒ぎ出す騎士たち。
 まさにバケモノと呼ぶに相応しい魔族がうろついているとあっては、暢気に交渉が終わるのを待ってなどいられない。騎士たちを落ち着かせようとするハドリーだが、ふと城の方へ目を向けると、何やら様子がおかしいことに気がついた。

「? なんだ?」
「どうかしましたか?」

 目を細めて城を見つめるハドリーに、シュードがたずねる。

「城門周りにいる連中……なんだか慌てているようだが」

 嫌な予感がした。
 漠然と、フワフワとした感覚だが、妙な現実味があってハドリーを不安にさせる。もしかして――

「エイン先生の身に何かあったのか!?」

 そんな思考がよぎった途端、ハドリーは駆け出した。騎士たちをかき分けて、城門へと続く桟橋に差しかかった頃、城門から飛び出してきたひどく狼狽しているひとりの騎士を捕まえて問いただす。

「どうした! 何があった!」
「え、エインさんが――」

 ハドリーの予感は、

「倒れました! 意識不明の重体です!」

 的中した。


  ◇◇◇


 交渉のために用意された部屋の前ではエインの治療が続いていた。

「エインさんの容態は?」
「今のままでは危険です。一刻も早くきちんとした治療を――」

 同行していた医師はそこで言葉に詰まった。
 戦闘を想定して包帯や傷の痛み止めといった薬は充実しているが、病に対する治療具は不足していた。おまけに、肌色の変化や発疹が出るといった外的判断可能な症状が一切なかったため、その症状を特定することさえままならなかった。

 ――だが、治療に当たっていた医師は以前にも似たような経験をしていた。

「ガブリエル騎士団長」
「うん?」

 これからのことを協議しようとスウィーニーへ持ちかけようとしたガブリエルに、医師は小声でこう告げた。

「エインディッツ・ペンテルス氏の症状は……例の元レイノア人と同じように感じます」
「何?」

 実は、この城へ到着する直前に、国防局からの使いが極秘裏にこの交渉団の中に紛れ込んでいた。彼らはスウィーニーに存在を気づかれぬようガブリエルに近づき、ブロドリック大臣の秘書であるビリー・ベルガ―が発見した変死体の話を聞いていた。

 やはり、スウィーニーが絡んでいる可能性がある。

 伝令役から伝わったブロドリックの推測――それにはガブリエルも概ね同意だった。
 そんな中で起きた今回のエインの件。
 ガブリエルの中では、スウィーニーが限りなく黒であるという気持ちが強いが――残念なことに決定的な証拠がない。
 身体検査を要請しようかとも思ったが、あのスウィーニーが応じるはずがない。いや、そもそもいつまでも証拠を手元に残しておくはずがなかった。仮に、なんらかの毒を使っていたとしても、きっとうまく処理しているのだろう。

 自分へ嫌疑がかけられているとわかれば、恐らくスウィーニーは激昂するだろう。――もしかしたら、「スウィーニーを怒らせる」というのが狙いなのかもしれない。それで証拠が出なかったら、さらに国防局の立場は悪くなる。いや、或は、今のガブリエルが陥っている状況のように、終わらない葛藤をさせて嫌疑をうやむやにしようとしているのかもしれない。
 
「ガブリエル騎士団長」

 深い思考のスパイラルに嵌っていたガブリエルへ、

「私の身体検査をしてほしい」
「えっ!?」

 スウィーニーから思わぬ提案が寄せられた。

「何をそんなに驚くことがある? ――ああ、そうだな。身内である騎士団長の君が身体検査を行ったとあっては信憑性に欠けると言いたいのか?」
「あ、い、いえ、その」
「一理あるな。よろしい。禁竜教の人間に身体検査をしてもらい、私が潔白であると証明してみせよう」

 自ら身体検査をするよう申し出て、しかもそれを禁竜教の人間にやらせるという。
 たしかに、薬物を使用した毒殺だとするなら、真っ先に疑われるのはスウィーニーだ。しかし、まだ彼が毒殺と決まったわけではない。
 それでも、エインの倒れた理由が自分でないと証明する――そうすることで、禁竜教と騎士団から向けられている疑念を根本から晴らすというのか。

 つまり、それほど自信があるのだ。
 どれだけ調べようと、自分がエインに毒を盛った証拠などない、と。

「……わかりました。私が話をしてきます」
「よろしく頼むよ」

 スウィーニーの提案を受けたガブリエルは、彼の身体検査を行う教団員を選ぶためにその場を離れた。

 一方、エインの治療には使用許可の下りている簡易魔法が使用されていた。――とは言っても、本当に簡単なもので、完治させることはできず、せいぜい寿命を数時間伸ばせる程度の効果しかない。

 本来ならば、この間に然るべき医療機関へと運び、きちんとした治療を受けさせるべきなのだが、エインがいなくなったあとの交渉役が決定していない以上、このままでは交渉自体がなかったことになってしまう。

「スウィーニー大臣……交渉の方はどうしますか?」
「向こうの回答を待つ」

 ジェイクの言葉に、スウィーニーは即答えた。
 スウィーニーからすれば、エインのいなくなった禁竜教など恐るるに足らずといったところなのだろう。
 
「随分と自信満々でありますね、スウィーニー大臣」

 スウィーニーが離れたのを見計らって、ジェイクにファネルが耳打ちをする。

「そうだな。――て、あれ?」

 その時、ジェイクはある異変に気がついた。

「おいファネル」
「なんでありますか?」
「メアとキルカがいないぞ」

 さっきまでエインを心配そうに見つめていたメアとキルカの姿がない。残っていたノエルに聞いてみたが、何かを必死に訴えようとジェスチャーしているが、言葉が通じないので要領を得なかった。

「この肝心な時にタカミネ・ソータはどこ行ったんだ?」
「はい? 呼びました?」
「ぬおっ!?」

 いきなり背後から声をかけられて、ジェイクとファネルは飛び上がって驚く。

「大袈裟ですね」
「心底ビックリしたんだよ。それより、ノエルが何か言いたそうなんだ」

 ジェイクからの依頼を受けて、颯太はノエルに何を伝えたかったのかとたずねた。すると、

「なっ!?」

 颯太は驚きのあまり大声をあげた。

「そうか……その手があったな! それなら、逆転できるかもしれない!」
「な、なんだよ。ひとりで勝手に納得するなよ」
「すぐに話します。――その前に、交渉の打ち切りをもう少し先延ばしにしてもらえませんか?」
「何?」

 颯太の言葉に、ジェイクたちは顔を見合わせた。それはつまり、

「次の交渉人の準備が整うまで、時間をください」
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