おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第132話  揺れ動く心

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 気がつくと、ダリス女王だけでなく、その場にいた教団員たちからも嗚咽が聞こえてきた。

「違う」
「君たちは……君たちは何も悪くない……悪くないんだよ……」

 次々に飛び出す否定の言葉。
 中には大声をあげて泣き出す者もいる。
 その言動から、教団員たちと竜人族の関係が透けて見えた。彼らは決してジーナとカルムを敵視しているわけではない。元々、ダリス女王の一存で結成した組織であり、トップであるエインも表向きは禁竜教と名乗りつつ、裏では不当に奪われたレイノアの領地を取り戻すために活動を続けていたに過ぎない。

 幼い少女の容姿をしているとはいえ、人間よりずっと高い身体能力を有している竜人族に対して、彼らは涙を浮かべた。

 思い入れのない存在に対してあそこまで感情をあらわにはできない。
 少なからず、禁竜教――いや、元レイノアの人間たちにとって、ジーナとカルムは涙を流すだけの思い入れがあるということ。

 そんな2匹の竜人族による、人間の言葉での謝罪。

 それを受けたダリス女王はまだ立てない。
 肩を震わせて俯いたまま動かない。

「ダリス様……」

 その時――ひとりの教団員が女王へ近づく――扉の前で見張りをしていた男だ。
 彼らは揃いの白装束っぽいのだが、歩み寄る途中でそれを乱雑に脱ぎ捨てた。

「女王陛下……スウィーニー外交大臣と交渉中だったマクシミリ――いえ、エインさんが倒れました。意識不明だそうです」
「!?」

 女王が男を見上げる。
 その顔つきは驚愕の色に染まっていた。

「ダリス女王……再びレイノアを取り戻すには、あなたの力が必要です」
「…………」

 男の言葉に耳を傾けるダリス女王。すると、

「ダリス様!」
「エインさんの無念を晴らしましょう!」
「今こそ立ち上がる時です!」

 周りの教団員たちも皆衣装を脱ぎ捨て、本来の姿でダリスの前に立つ。恐らく、全員がハルヴァへの移住を断り、領土奪還のために今日まで活動してきた元レイノアの国政関係者なのだろう。

「ダリス女王は、きっと真実を知っている」
「え?」

 いつの間にか颯太の真横に立っていたカルムプロスが語る。

「ダリス女王はジャービスたちから直接領地譲渡の件を告げられている……」

 今度は反対側からジーナの声がした。

「女王陛下が交渉の場に立てれば、これ以上ない証人になる」
「! なるほど!」

 精神状態が不安定だったダリス女王が立ち直り、エインに代わってスウィーニーと交渉をする。ダリス女王は不正に領地を奪われた際、ジャービスたちの手口を目の当たりにしているはずだ。
 
 ――証拠はないが、もしスウィーニーが不正な領地譲渡の件に関わっていて、エインがその確たる証拠を握っていたとすれば、それを突きつけて不正を暴こうとした。「エイン以外に交渉の適任者がいない」というのは、恐らく、外部にその情報が漏れないよう、証拠はエインのみが知っていたからだろう。

 だが、ダリス女王が立ち上がってくれれば、その心配も解消する。

 ジーナとカルムは、エインを手伝うため、ダリス女王に直接交渉の場に立つようお願いしにきたのだ。
 周りの教団員たちも、2匹が女王に対して謝ったことでその狙いに気づいたのだろう。禁竜教なんてものを立ち上げた原因は自分たちにある。ごめんなさい。だけど、エインへ力を貸してほしい――そう受け取ったのだ。

「ここでダリス女王が立ち上がってくれれば……」
「きっと立ち上がるさ」

 颯太の願望を、教団員のひとりが肯定する。

「ああなる前のダリス女王は――ジーナラルグとカルムプロスを可愛がっていたからな」
「え?」

 意外な事実だった。
 禁竜教を立ち上げたくらいだから、大嫌いとはいかなくとも脅威のように感じていたと思っていたのだが。

「エインさんの身に何があったのか……君は知らないか?」
「いえ……でも、スウィーニー大臣が言うには以前から心臓を患っていたと」
「心臓を? ……変だな。そんな話は聞いたことがない。あの人のことだから、我々を気遣って体の変調を隠していたのかもしれないが」
「そうですか……」

 禁竜教の人間も知らないエインの病状。
 いよいよもってきな臭くなってきた。
 このまま女王が立ち直れず、エインの容態も回復しないのなら、この交渉自体がなかったこととして処理される。

「まさかスウィーニー大臣はそれも見越して……」

 エインはスウィーニーをかつての同期だと言っていた。少なくとも10年以上は一緒に仕事をしていたことになる。

 互いが互いをどのような人間がわかっていた。だからスウィーニーはエインが一撃必殺の威力を保つために決定的な証拠を他者へ漏らさなかったと踏んだ――だから、邪魔なエインさえいなくなれば、あとは自然消滅的に禁竜教の願いは消える。

 エインの誤算としては、彼がハルヴァを離れて以降のスウィーニーの変化に気づかなかったということか。

「国を守り、繁栄させる」――その強過ぎる思いが暴走し、今のスウィーニーはどんな手段を講じて来るか読めない。

 だから、何かしらの手を使ってエインを――


「じょ、女王陛下!?」

 
 颯太が思考を巡らせていると、女王に寄り添っていた教団員たちから声が上がった。その声につられて視線を移すと――そこには真っ直ぐと前を見据えて立つダリス女王陛下の姿があった。

「……私たちはいつかそうなると思っていました」

 おもむろに、ジーナが口を開く。

「本当なら、エインさんのもとへ走っていきたいところですが……きっとダリス様を守れって言うでしょうから」
「……たしかに」

 ジーナもカルムも、エインが死を覚悟していたことを知っていたようだった。
 だが、そう心に誓っていても、実際にそれが現実になったらうまく切り替えるのは思った以上に難しい。

 それでも、あの2匹が落ち着いて行動できているのは、それだけエインのことを信頼している証しだ。


 そして――その信頼は、女王陛下の心に大きな変化をもたらしていた。
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