おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第129話  真相

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 旧レイノア城の一室でスウィーニーとエインの交渉が始まった頃、

「わっ! もう竜騎士団が到着してる!」

 魔族たちを警戒しながら、颯太を救出するためトリストンと共に旧レイノア城を目指していたシュードは、旧王都内に展開しているハルヴァ竜騎士団を見て間に合わなかったことを悟って落胆したが、同時にもう魔族の恐怖に怯えなくいいという安堵の気持ちも少なからずはあった。
 その心情を察したのか、一緒に行動していたトリストンはポンポンと慰めるようにシュードの腰を叩く。

そこへ、

「シュード! トリストン! 無事だったか!」

 声をかけてきたのはハドリーたちだった。

「ハドリー分団長!」

 駆け寄るシュードだが、自分に課せられていた任務を失敗していたことを思い出して一瞬足が止まった。

「す、すいません、分団長……私は……」
「そのことだがな――どうもソータは禁竜教代表と行動を共にしていたそうだ」
「え?」
 
 救うはずの颯太が、救い出す相手組織のトップと行動を共にしていたというのはどういうことだろうか。

「城内に入ったファネルが出てきて教えてくれた。――それと、敵の親玉は……あのエインディッツ・ペンテルスさんだそうだ」
「! そ、その方はたしか、分団長の――」
「ああ……恩師だよ」
 
 複雑な表情のハドリー。

 隻腕となって以降、ハルヴァを離れてこのレイノアに移り住んだまでは知っていた。ところが、領地譲渡の件で多くのレイノア国民がハルヴァへ移住する際、そのリストを確認した時にはエインの名前がなかった。

 その頃から気がかりではあったが、ちょうど同じ時期に分団長へ就任したため一気に多忙となり、探そうにも探せない状況が続いて今に至る。

「こんな形で再び会うことになるとは……」

 養成所時代、病み上がりで貧弱だったハドリーにつきっきりで稽古をしてくれたエインはまさに恩師であった。

(エイン先生……もし叶うならば、この交渉が終わったあと、あなたとは一度じっくりと酒でも飲みながら思い出話に花を咲かせたいものですな)

 ハドリーがそんなことを考えていると、

「ハドリー分団長、ご無事でしたか」
 
 ひとりの若い騎士がやって来た。

「ちょうどよかった。今この場の責任者は誰になっている?」
「グレン分団長が任されておりますが」
「わかった。悪いが、できるだけたくさんの騎士たちを集めてくれ。――外交局の人間であるアイザック・レーンが重要な情報を持ってきた」
「! しょ、承知しました!」

 若い騎士は慌てて周りの騎士たちへ呼びかけに走った。
 その背中を見送ったハドリーは視線を旧レイノア城へ向ける。

「エイン先生……」

 小さな声は夜風に流され、誰の耳にも入ることなく消え去った。


 ◇◇◇


「ぐおっ……」

 交渉の場で、エインは膝から崩れ落ちた。
「交渉途中に相手が心臓発作を起こして急死――なんと不運な出来事だろう。君の交渉術に期待していた旧レイノアの民たちはさぞ落胆するだろうな」

 床に横たわり、意識が朦朧とする中で、エインはスウィーニーを見上げた。そこには、かつて共にハルヴァの繁栄を目指して切磋琢磨していた青年の面影は微塵もなかった。

「す、スウィーニー……」

 苦し紛れにひり出した声は、しかしスウィーニーに届かない。

「この毒の素晴らしいところはしばらく時間が経つと毒素が体に馴染み、死因が判別できない点にある。その効果はジャービスたちで証明済みだ」

 ジャービスをはじめとする元レイノア外交関連者が軒並み死因不明だったのは、今まさにスウィーニーが使用した毒のためだった。

「完全に毒が消え去るまでもうしばらく寝転がってもらうことになるが――その頃にはもう君の命の灯は消えているだろうな」

 スウィーニーは再び椅子に腰かける。

「医師に診せたところで死因は心臓発作。しばらくしてから私が外で待機している騎士たちに突然倒れたとでも言えば――レイノアの真相は再び闇の中へと沈む。残念ながら、魔獣隠蔽の問題を突かれたら竜騎士団を支配下に置くことは難しくなるが……それもまた時間の問題。すぐに次の手を考えるさ」
「ぐ、ぐぅ……」
 
 嘲笑するようなスウィーニーへ抗うように、エインは気力を振り絞って立ち上がる。胸を抑え、全身を駆け巡る激痛に耐えながら、真っ直ぐにスウィーニーを見据える。

「ほぅ……ダヴィドの話では、ジャービスたちは毒を吸引するとすぐに倒れて動かなくなったそうだが――さすがは耐毒訓練を受けた竜騎士だ」

 パチパチと、スウィーニーはこれまた軽い態度で手を叩く。

「レイノアを解放しろ――スウィーニー!」
「断る。レイノア領地の広く、そして豊かな土壌で栽培された多くの作物によって、ハルヴァの食糧自給率は飛躍的に上昇する。それにより、もう大飢饉に怯える必要はない」
「そのために……レイノアの領地を……」
「飢饉対策だけじゃないさ。この新しい農地で収穫された作物の一部は、ペルゼミネなど他の国へ出荷する――これが意味するところ……君には理解できるはずだ」
「……輸出か」
「そうだ。ハルヴァが長年抱え続けた懸案事項――対外政策の要であった貿易問題は解決だ」

 元々は商業都市として栄えた位置に城を構えて発展したのがハルヴァである。
 つまり、人や物はよそから来るのが大前提だったのだ。
 そのため、今のような同盟関係が広まるまでは、何度も苦境に立たされていた。若かりし頃のスウィーニーは、そのたびに他国と交渉し、ハルヴァにとって有益となる条約などをいくつも成立に導いて来た。
 
 言うなれば、ハルヴァは他国によって支えられ続けた国だったのだ。

「ハルヴァは自力では歩くこともままならない赤ん坊同然の国だった。それをここまで発展させたのはこの私だと自負している」

 その点についてエインも異論はない。
 だが、

「君のその強引なやり方が――レイノアの亡霊を生んだのだ」
「亡霊ならば亡霊らしく土へと還るのだな。そして見届けるがいい。この私の手により、ハルヴァはペルゼミネにも負けない大国となる様を」
「王にでもなるつもりか……」
「それもまた一興だ」

 本気とも冗談とも取れないスウィーニーの態度に困惑していたエインだが、いよいよ意識がぼんやりとしてきたのか、俯いたまま一言を喋れなくなる。

「おっと、忘れるところだった。君がくたばる前に、ひとつ教えておかなければいけないことがあったのだ」
「……何?」
「私としてはむしろこちらの方が本題なのだがね」

 スウィーニーはひと呼吸おいてから、

「我々外交局は――ランスロー王子の居場所を突きとめた」
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