おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第122話   明らかになる目論見

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「はあ、はあ、はあ……」

 颯太とエインが会談中の旧レイノア城――そのすぐ近くにある、木造3階建ての家屋の一室にシュードとトリストンは身を潜めていた。
 国土譲渡が成立し、国民のほとんどがハルヴァへ移り住んで以降、一切手を加えられていないその家屋は、壁に穴が開いていたり、床が腐り落ちていたりと欠陥だらけだが、身を潜めるくらいなら問題なく機能する。

「なんとかここまで来られたか……」

 教団員と魔族の監視の目を掻い潜り、なんとか城から近い位置までたどり着くことができたのだが、見つかる=死という現状から来る度重なる緊張に精神は擦り減り、すでに疲労はピークに達しようとしていた。
 だが、そんなシュードの疲労を知ってか知らずか、元気いっぱいのトリストンはグイグイと腕を引っ張って「早く行こう」と催促している。
 
「悠長なことを言っていられない現状だっていうのは理解しているけど……ほんの少しでいいから休憩しないか?」

 森の中で一睡したとはいえ、完全に体力が回復し切ったわけではない。そんなコンディションの中、竜人族と言ってもまだ幼いトリストンを連れて敵陣へ潜入しているのだ。

 トリストンも、シュードが本気でヤバそうだと感じ取ったのか、腕を放してペタンのその場に座り込んだ。準備が整うまで待つという意思を示すための行動のようだった。

「ありがとう。……ふぅ」

 許可も下りたところで、シュードも腰を下ろした。

 改めて、自分たちのいる部屋の中を見回してみると、床のあちらこちらに手作りと思われる木製のおもちゃが散乱していることに気づく。壁には子どもの作品と思われる絵や作文などが貼られていた。
 それらに目を通しているうちに、この建物で生活していたと思われる子どもたちの実態が浮かび上がって来た。

「ここは……孤児院だったのか」

 魔族の襲撃を受けて親や住む場所を失くした子どもたちを、レイノアはこの施設で育てていたようだ。
 
 ――ふと、トリストンが一枚の絵に熱い視線を送っていることに気づく。

「その絵がどうかしたのか、トリストン」

 つられてシュードもその絵を見る。
 描かれているのは三人の少女。
 その誰もが、

「角や尻尾……獣人族の子どもか?」

 子どもが描いた絵なのでどこまで正確なものかはわからないが、明らかに人間ではない。その絵の下には題名なのだろうか、「いつも仲良し」と拙い字で書かれていた。

「この子たちも、国土譲渡の際にハルヴァへ移り住んだのかな――うん?」

 獣人族の少女たちの絵。
 ――だが、ここに描かれているのは、本当に獣人族なのだろうか。角と尻尾という共通点であれば、今目の前にいる竜人族のトリストンも当てはまる。

「ま、まさか……」

 ジッと絵を見つめるトリストン。
 そこに描かれているのが獣人族ではなく――同族である竜人族だと感じているから見つめているのだろうか。

「だ、だとしたら……」

 描かれているのがレイノアに住む竜人族3匹と仮定するなら――

 うち1匹はドラゴンを狂わせる能力を持つ竜人族。
 うち1匹は死体を操る能力を持つ竜人族。

 ならば、ここに描かれているもう1匹は――

「……敵側にまだ竜人族がいるかもしれない!」

 ただ壁に飾られた絵から推測したものであり、なんの根拠もない。トリストンだって、そこまで深い意味を込めてこの目を眺めていたとは断言できない。

「いや、こんなのただのこじつけだ」

 それでも、妙な不安感があった。

 これまで、レイノアに竜人族がいたという話は聞いたことがない。だが、禁竜教の教団員が元レイノアの人間であるなら、彼らに味方をする2匹の竜人族は――かつてこの孤児院でレイノアの民と一緒に生活を送っていた竜人族である可能性が高い。

 だが、それならなぜレイノア側は竜人族がいたという事実を隠していたのか。そして、晩年に姿を現した禁竜教の存在。

すべては偶然なのか、それとも――
 
「いずれにせよ……こんなところでグズグズしている暇はないな」

 自らを奮い立たせて、シュードは腰を上げる。

「行こう、トリストン」

 シュードの呼びかけに、トリストンは静かに首を縦に振った。
 

 ◇◇◇


「スウィーニー大臣がレイノアに?」
「ああ」

 旧レイノア城の一室では、颯太とエインによる会談が続いていた。

「一体、スウィーニー大臣は何をしにレイノアへ?」
「話し合いに来たらしい。その際、スウィーニーの相手をしたのは先代国王の時代から側近として働き、王家から絶大な信頼を寄せられていたジャービス・バクスターという男だった。彼はハルヴァで言うところの外交大臣に近い役割と権限を与えられていたのだ」

 ハルヴァとレイノアの外交トップによる話し合い。
 どうやら、それが大きなキーポイントになっているようだ。

「話し合いの内容については?」
「非公開の会議ゆえ、その詳細を知る者は少ないのだ。――が、それからすぐにレイノアの国土譲渡が発表された」
「じゃ、じゃあ!」

 エインは頷く。

「恐らく、スウィーニーとジャービスの話し合いとやらは……レイノアの国土譲渡に関するものであったと推察された」
「し、しかし、そんなことをダリス女王は認めたのですか!?」
「……認めてはいない――はずだ。だが、スウィーニーが持ってきたと言われる証明書にはたしかにレイノア王家の王印が押されており、公式にダリス女王が認めたと主張してきた」
「王印?」
「王が正式に承認したという証に、王家に伝わる印を押すのだが、それが証明書にはしかと押されていたのだ。恐らく、ジャービスが盗み出したのだろう。王印の管理を任されていたのはジャービスだったしな」
「そ、そんな……」
「王家の人間はそれほどジャービスを信頼していたのだよ」
「ならジャービスという人は王印を盗み出して、それを使い、スウィーニー大臣から持ち掛けられた国土譲渡の書類に……でも、なぜスウィーニー大臣はこのレイノアに目をつけたのでしょうか」

 あのスウィーニーのことだ。
 適当にこのレイノアを選んだとは思えない。

「考えられる理由はふたつある。――ひとつは、このレイノアの土壌が非常に豊かであったという点だ」
「農地として整備していたことを考えたら、やはりそれが有力ですよね」
「そもそもハルヴァ大飢饉が起きた原因のひとつに生産局主導で行われた農地改革の失敗が挙げられる。それにより、例年以上に収穫低下が予想されていた中での大寒波発生だっため、そのダメージは国家運営を揺るがすほどの甚大な被害をもたらしたのだ」
「スウィーニー大臣がレイノアの国土を求めたのは、大飢饉の発生で起きた食糧不足を解消するために?」
「いや、大飢饉自体はダステニアの協力もあって免れることができた。ヤツが目指したのは二度とこのような事態が起きないようにするためだろう。結局、ハルヴァはこの時にダステニアへ大きな貸しができたからな」
「なるほど」
「その見返りとして、ハルヴァ国内におけるダステニア商人の受け入れ条件が大幅に緩和されたと聞く。ハルヴァを大国へと押し上げようと目論んでいたスウィーニーとしては、これが面白くない状況だったのだろう。――もっとも、国王同士の関係は良好のままであり、しかもハルヴァの王はダステニアに深く感謝していたようなので、この政策が覆ることはあり得なかったろうが」

 スウィーニーがどれだけ手を尽くそうが、ハルヴァのダステニアに対する感謝の気持ちは消えないというわけだ。
 古くからの付き合いある国同士だから、余計に国民のダステニアに対する思いは強かったろうし、スウィーニーとしても、そんな国民の強い気持ちに真っ向から挑もうなどとは思っていないようだ。

 大飢饉という不測の事態を避けるため、国土を増やそうとしていたスウィーニーが、土壌豊かなこのレイノアに目をつけるのは必然と言えた。

「レイノアの国土をハルヴァのものにしようと企んだスウィーニーだが、魔族討伐に向けて各国が協力体制を整える――いわゆる平和路線に世界情勢が変わりつつあった中で、小国のレイノアを戦いで奪おうというマネは今後の国際関係構築のためにも実行に移すことはできなかった」
「それって……侵略戦争ですもんね」

 実現していたら、平和路線を目指していたペルゼミネやガドウィンからは批判の声が相次いで出ていただろう。

「国土譲渡が正式に決まり、王都から離れなければいけなくなってから、私は独自にこのあまりに不自然な事件の真相を追っていた。ハルヴァへ移り住んだジャービスをはじめ、当時外交関係の交渉人として活動していた者たちを訪ねたが、門前払いを食らったよ。――ただひとりを除いて」
「ひとりを除いてって……じゃあ、そのひとりが、今エインさんが言った事件の裏側を暴露したと?」
「そうだ。暴露してくれた勇気ある男の名はバラン・オルドスキーと言い、彼はハルヴァ王都から離れた森の中で自給自足の生活を送っていた。そんな彼が、涙ながらに裏事情を語ってくれたよ」
「裏事情……」

 ゴクリ、と颯太は唾を飲んだ。
 恐らくここから――より深い闇に触れる部分だ。

「今回の事件はそもそもスウィーニーからジャービスへ話し合いがしたいと持ち掛けられたことがきっかけだった。そこで彼は国土譲渡を認める代わりにハルヴァ外交局へ高官として招き入れると言われた」
「……裏取引ですね。――でも、いくら高官が約束されているからといって、信頼されているレイノア王族を裏切るなんて」
「ジャービスという男は野心という言葉が服を着て歩いているような男だったからな。前々から一部の部下に小国の官職で終わるつもりはないと言っていたらしい」
「そ、そんな……」

 王家は信頼を置いていたのに、ジャービス自身は誘いさえあればいつでも国を出ていく気構えがあっということか。

「だからこそ有能だったのだ。目上の人間に気に入られる立ち回りの上手さは天性のものだった。もっとも、ヤツ自身はスウィーニーに対して裏取引を持ちかけたと脅し、やがてはハルヴァ外交局のトップに立とうと思っていただろうがな。逆にその強過ぎる野心をスウィーニーに利用される結果となった」
「で、でも、真実を知るその人たちを捕まえて真相を語らせれば!」
「無理だ。――ジャービスたちレイノアの外交関係者は全員殺されている。さっき話したバランも含めてな」
「殺されたって……」

 それはきっと、ダヴィドたちの仕業だろう。
 外交局からの依頼を受けて口封じのために殺したのだ。

「そ、それなら……もうひとつの理由というのは?」
「その話に入る前に――入って来なさい」

 エインが手をパンパンと叩いてそう言うと、部屋のドアが開けられた。
 そこにはふたりの少女が立っている。
 ――特徴的な角と尻尾が生えた少女たちは、

「こ、この子たちは……」
「紹介しよう。我が禁竜教――いや、新レイノア王国竜騎士団が誇る竜人族たちだ」

 エインは誇らしげに告げた。
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