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レイノアの亡霊編
第121話 語られる過去
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「すべてを語る前に――もうこの用済みな仮面は外すとしよう」
そう言って、マクシミリアンは仮面を取り外す。
その素顔は歴戦の勇士と呼ぶに相応しい凛々しさを称えた紳士であった。
「ここからはレイノアとハルヴァの真実に触れる。――もう、名前も偽る必要はないな。君には私の本当の名前を語ろう」
「本当の名前……」
「私の名はエインディッツ・ペンテルス。元ハルヴァ竜騎士団で騎士をしていた者だ」
「エインディッツって……」
颯太は、かつてハドリーと交わした会話を思い出していた。
『ランスロー王子が早くに亡くなったのが衰退の原因なんですか?』
『そう言われている。なんでも、女王様の落胆ぶりがハンパじゃなかったらしい。エインさんの話では、葬儀のあとまったく表舞台に姿を現さなくなったと聞いている』
『エインさん?』
『ああ――エインさんっていうのは竜騎士の先輩だ。将来は騎士団長にもと期待されていたのだが、魔族との戦いで右腕を失ってな。一応、義手になって、日常生活に支障はないとのことだったが、さすがに竜騎士を続けることはできなくて自ら辞めてしまったよ』
『なんだか……残念ですね』
『まったくだ。人格的にもとても素晴らしい人だったが……隻腕になったことにかなりショックを受けていたようだったからな。騎士団は指導者としての道を用意していたようだが、本人が断ったらしい』
竜騎士団のメンバーで、ハドリーの先輩だという「エインさん」という人物。それが、目の前にいる禁竜教代表。
「私の名を知っているようだね」
「……以前、ハドリー分団長があなたの名前を出していました」
「ハドリー、か。修練場で剣術や竜操術を教えていた頃が懐かしいな。……私の腕がこのようなことにならなければ、今頃は共に戦場を駆けていたろうに」
そう言って、マクシミリアン――ではなく、エインは義手である右手を眺める。
「あなたには指導者としての道もあったと聞きました。なぜ、竜騎士団を去ったのですか?」
「騎士とは戦場を駆けてこそ騎士と呼べる――少なくとも、私はそう思っていた。……だが、こうなってしまってはただの役立たず。ハルヴァに私の居場所はもうなかったのだ」
そう言って、エインは義手を取り外す。
ハドリーの話では、周りからの信望が厚かったようだが、それが逆にプレッシャーとなって前線で戦えなくなった自分に苛立っていたのだろう。
「ハルヴァを去ってから、私はこのレイノアに身を寄せた。そこで、この城専属の庭師として新たな生活を始めたのだ」
「庭師……ですか」
4大国家のひとつであるハルヴァの竜騎士として辣腕を振るっていた男のセカンドライフにしては、随分と淑やかに感じる職業だった。
「似合わんと思うか? しかしこれがなかなか楽しくてな。元々、ハルヴァと友好関係にあったレイノアには竜騎士時代から何度か訪ねたことがあったので城の関係者に顔見知りも多くてね。騎士をしていた頃と遜色ないくらい充実していたよ。――あの日が来るまでは、ね」
「あの日……」
その「あの日」というのが、レイノアとハルヴァの関係を崩壊させたXデーのようだ。
「一体、その日に何があったんですか?」
「そう焦るな。それほど簡単ないきさつではない。順を追って話していくよ」
エインはコルヒーを飲んで一息をついてから話しを再開する。
「庭師として生活していたある日、私のもとへひとりの少女がやって来た。――若かりし頃のダリス女王だ」
「レイノア最後の女王――でしたよね?」
「そうだ。あの時はまだ10代前半だったな。誰とでも分け隔てなく接することができるダリス様は庭師である俺にも優しく話しかけてくださった」
ダリスのことについて話すエインの表情は、どこか緩んで見えた。
「それからしばらくして、前国王が急病によって他界。すでに婚約をしていたダリス様の夫が国王に就任されたが、その新国王様も1ヶ月もしないうちに病死してしまったね」
「不幸が続いたんですね」
「誰も責められない予期せぬ不幸だ。……しかし、まだ若かったダリス様には耐えられない現実だった」
「それでも、ダリス様が王位を継承されて女王になったんですね」
「まだ経験の浅い――いや、皆無に等しいダリス様が女王になることへは反発もあった。しかし、父君や夫だった先代の国王陛下に仕えていた者たちもダリス様を支えた。ハルヴァやソランからの経済支援もあり、レイノアはかつての活気を取り戻しつつあった……」
そこまで喋って、エインの顔が曇った。
「雲行きが怪しくなったのはこの頃だ」
「? 何があったんですか?」
「ハルヴァ大飢饉――というのを君は知っているかい?」
「……詳細はわかりませんが、そう言った事態が発生したというのは以前耳にしたことがあります」
颯太が正直に言うと、エインは、
「その年は例年以上に寒い日が続き、農作物はほぼ壊滅状態となった。市場は混乱し、まともな商売が成り立たなくなっていた。すでに4大国家に数えられ、勢いに乗っていたハルヴァが友好国であるダステニアから支援を受けなければならないほど弱っていたのだ」
「そんなことが……」
この世界に来てからまだ1年と経っていない颯太には、そのような過去のハルヴァの姿は知らなかった。
「すでにレイノアはハルヴァやソランからの支援なくとも国として十分やっていけるだけの力があった。ダリス様も、父親と夫と息子であるランスロー様の死から立ち直りかけていた。議会では、レイノアにも竜騎士団を作ろうという動きもあったくらいだ」
「ランスロー様っていうのは、廊下に飾られていた絵画の少年ですよね」
「ああ。あれは生前の姿だが、もし生きておられたら今頃は立派な青年になっているだろうな」
「…………」
エインが嘘を言っているようには思えなかった。
では、本当にランスローは死んだということなのか。
ペルゼミネで見たローブの男の素顔は――瓜二つの別人なのか。
ただ、今ここでそれを考えたところで答えは出ない。
そう悟った颯太は話題を変える。
「もしかして、あなたはその竜騎士団創設に関わって……」
「いや、レイノアに竜騎士団ができることはなかったんだ。それに、私はその頃、ダリス様からの願いを受けて王都内にある孤児院の院長を務めていたんだ」
「孤児院の?」
さらに意外な勤め先に思わず声が出た。
「それからすぐに事態が急変して禁竜教なんてものができたからな」
「あ……」
そういえば、と颯太は思う。
エインが元ハルヴァの竜騎士団の人間ならば、なぜドラゴンを目の敵とする禁竜教の代表なんて勤めているのだろう、と。それに、なぜ禁竜教なのに竜人族を連れているのか。それもまた疑問だった。
「私が禁竜教のトップになった経緯についてはまたあとで語るとして――ともかく、ハルヴァが大飢饉で大変な時期、このレイノアは逆に平穏な時が流れていたのだ」
在りし日のレイノアを思い出しているのか、エインの顔は穏やかなものだった。――ところが、その表情はすぐに一変する。
「あの日を、私は生涯忘れない。新しく孤児院に入ることになった子どもたちの入国登録のためにここへ――レイノア城へ来た私は……かつて同期として共にハルヴァのために尽力したあの男と再会した」
「あの男?」
「今回の交渉相手――ロディル・スウィーニーだ」
そう言って、マクシミリアンは仮面を取り外す。
その素顔は歴戦の勇士と呼ぶに相応しい凛々しさを称えた紳士であった。
「ここからはレイノアとハルヴァの真実に触れる。――もう、名前も偽る必要はないな。君には私の本当の名前を語ろう」
「本当の名前……」
「私の名はエインディッツ・ペンテルス。元ハルヴァ竜騎士団で騎士をしていた者だ」
「エインディッツって……」
颯太は、かつてハドリーと交わした会話を思い出していた。
『ランスロー王子が早くに亡くなったのが衰退の原因なんですか?』
『そう言われている。なんでも、女王様の落胆ぶりがハンパじゃなかったらしい。エインさんの話では、葬儀のあとまったく表舞台に姿を現さなくなったと聞いている』
『エインさん?』
『ああ――エインさんっていうのは竜騎士の先輩だ。将来は騎士団長にもと期待されていたのだが、魔族との戦いで右腕を失ってな。一応、義手になって、日常生活に支障はないとのことだったが、さすがに竜騎士を続けることはできなくて自ら辞めてしまったよ』
『なんだか……残念ですね』
『まったくだ。人格的にもとても素晴らしい人だったが……隻腕になったことにかなりショックを受けていたようだったからな。騎士団は指導者としての道を用意していたようだが、本人が断ったらしい』
竜騎士団のメンバーで、ハドリーの先輩だという「エインさん」という人物。それが、目の前にいる禁竜教代表。
「私の名を知っているようだね」
「……以前、ハドリー分団長があなたの名前を出していました」
「ハドリー、か。修練場で剣術や竜操術を教えていた頃が懐かしいな。……私の腕がこのようなことにならなければ、今頃は共に戦場を駆けていたろうに」
そう言って、マクシミリアン――ではなく、エインは義手である右手を眺める。
「あなたには指導者としての道もあったと聞きました。なぜ、竜騎士団を去ったのですか?」
「騎士とは戦場を駆けてこそ騎士と呼べる――少なくとも、私はそう思っていた。……だが、こうなってしまってはただの役立たず。ハルヴァに私の居場所はもうなかったのだ」
そう言って、エインは義手を取り外す。
ハドリーの話では、周りからの信望が厚かったようだが、それが逆にプレッシャーとなって前線で戦えなくなった自分に苛立っていたのだろう。
「ハルヴァを去ってから、私はこのレイノアに身を寄せた。そこで、この城専属の庭師として新たな生活を始めたのだ」
「庭師……ですか」
4大国家のひとつであるハルヴァの竜騎士として辣腕を振るっていた男のセカンドライフにしては、随分と淑やかに感じる職業だった。
「似合わんと思うか? しかしこれがなかなか楽しくてな。元々、ハルヴァと友好関係にあったレイノアには竜騎士時代から何度か訪ねたことがあったので城の関係者に顔見知りも多くてね。騎士をしていた頃と遜色ないくらい充実していたよ。――あの日が来るまでは、ね」
「あの日……」
その「あの日」というのが、レイノアとハルヴァの関係を崩壊させたXデーのようだ。
「一体、その日に何があったんですか?」
「そう焦るな。それほど簡単ないきさつではない。順を追って話していくよ」
エインはコルヒーを飲んで一息をついてから話しを再開する。
「庭師として生活していたある日、私のもとへひとりの少女がやって来た。――若かりし頃のダリス女王だ」
「レイノア最後の女王――でしたよね?」
「そうだ。あの時はまだ10代前半だったな。誰とでも分け隔てなく接することができるダリス様は庭師である俺にも優しく話しかけてくださった」
ダリスのことについて話すエインの表情は、どこか緩んで見えた。
「それからしばらくして、前国王が急病によって他界。すでに婚約をしていたダリス様の夫が国王に就任されたが、その新国王様も1ヶ月もしないうちに病死してしまったね」
「不幸が続いたんですね」
「誰も責められない予期せぬ不幸だ。……しかし、まだ若かったダリス様には耐えられない現実だった」
「それでも、ダリス様が王位を継承されて女王になったんですね」
「まだ経験の浅い――いや、皆無に等しいダリス様が女王になることへは反発もあった。しかし、父君や夫だった先代の国王陛下に仕えていた者たちもダリス様を支えた。ハルヴァやソランからの経済支援もあり、レイノアはかつての活気を取り戻しつつあった……」
そこまで喋って、エインの顔が曇った。
「雲行きが怪しくなったのはこの頃だ」
「? 何があったんですか?」
「ハルヴァ大飢饉――というのを君は知っているかい?」
「……詳細はわかりませんが、そう言った事態が発生したというのは以前耳にしたことがあります」
颯太が正直に言うと、エインは、
「その年は例年以上に寒い日が続き、農作物はほぼ壊滅状態となった。市場は混乱し、まともな商売が成り立たなくなっていた。すでに4大国家に数えられ、勢いに乗っていたハルヴァが友好国であるダステニアから支援を受けなければならないほど弱っていたのだ」
「そんなことが……」
この世界に来てからまだ1年と経っていない颯太には、そのような過去のハルヴァの姿は知らなかった。
「すでにレイノアはハルヴァやソランからの支援なくとも国として十分やっていけるだけの力があった。ダリス様も、父親と夫と息子であるランスロー様の死から立ち直りかけていた。議会では、レイノアにも竜騎士団を作ろうという動きもあったくらいだ」
「ランスロー様っていうのは、廊下に飾られていた絵画の少年ですよね」
「ああ。あれは生前の姿だが、もし生きておられたら今頃は立派な青年になっているだろうな」
「…………」
エインが嘘を言っているようには思えなかった。
では、本当にランスローは死んだということなのか。
ペルゼミネで見たローブの男の素顔は――瓜二つの別人なのか。
ただ、今ここでそれを考えたところで答えは出ない。
そう悟った颯太は話題を変える。
「もしかして、あなたはその竜騎士団創設に関わって……」
「いや、レイノアに竜騎士団ができることはなかったんだ。それに、私はその頃、ダリス様からの願いを受けて王都内にある孤児院の院長を務めていたんだ」
「孤児院の?」
さらに意外な勤め先に思わず声が出た。
「それからすぐに事態が急変して禁竜教なんてものができたからな」
「あ……」
そういえば、と颯太は思う。
エインが元ハルヴァの竜騎士団の人間ならば、なぜドラゴンを目の敵とする禁竜教の代表なんて勤めているのだろう、と。それに、なぜ禁竜教なのに竜人族を連れているのか。それもまた疑問だった。
「私が禁竜教のトップになった経緯についてはまたあとで語るとして――ともかく、ハルヴァが大飢饉で大変な時期、このレイノアは逆に平穏な時が流れていたのだ」
在りし日のレイノアを思い出しているのか、エインの顔は穏やかなものだった。――ところが、その表情はすぐに一変する。
「あの日を、私は生涯忘れない。新しく孤児院に入ることになった子どもたちの入国登録のためにここへ――レイノア城へ来た私は……かつて同期として共にハルヴァのために尽力したあの男と再会した」
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