おっさん、異世界でドラゴンを育てる。

鈴木竜一

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レイノアの亡霊編

第119話  魔族の正体

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「まさか、はぐれたんでしょうか」
「ケルドがいる以上、それはないだろう……」
「では一体?」
「うぅむ……うん?」
 
 口を真一文字に結んだハドリーのズボンが引っ張られる。
 そんな位置に手が届く者といえば、

「どうした、トリストン」

 何か言いたげにハドリーを見上げるトリストン。
 颯太がいない今では誰もその言葉を理解できないのだが、必死に何かを伝えようと旧レイノア王都方面を指さしていた。そのジェスチャーから、トリストンが言いたいことを推測してたずねてみる。

「おまえ……ソータがあっちの方向へ連れ去られた瞬間を見たのか?」
「!」
 
 伝わったのが嬉しかったのか、パッと表情が明るくなるが、すぐに颯太がさらわれたという事実を思い出して暗い顔へ。

「さらわれたって……魔族たちがさらっていったって言うんですか?」
「その点についてだが、ヤツらは普通の魔族じゃ――」
「ガアッ!」

 会話の途中であったが、茂みの中から1匹のオークが襲いかかって来た。
 突然の魔族襲来に怯む騎士たちだが、ハドリーは別だった。

「ふん!」

 振り抜いた剣は、あっさりと魔族の両腕を斬り飛ばした。両腕を失ったことでバランスを崩した魔族は派手に転倒し、そのままピクリとも動かなくなる。本来の魔族ではあり得ないほど耐久力が低いし、腕を斬り落としたくらいで動かなくなることもない。

「こ、これは!?」
「落ち着け。――こいつが魔族の正体だ。見ろ」

 ハドリーは転がっているオークの脇腹辺りを指さす。そこには古い傷があった。

「その傷がどうかしたんですか?」
「こいつはな……俺が以前こいつにつけた傷だ」
「えっ?」
「かつて、メアンガルドが山の洞窟に立てこもっているのを説得しに行った際、近隣の村が魔族の襲撃を受けた」
「は、はい。その報告は受けていますが――まさか!?」 
「そのまさかだ。こいつはその時に村を襲ったオークで、間違いなく俺がとどめを刺したヤツだ」

 颯太がこの世界に転移して間もなく――まだメアが人間不信だった頃だ。
 洞窟で毒の矢に苦しむメアを颯太が必死に説得している間、襲撃してきた魔族たちとの戦闘中に倒したうちの一匹だという。

「間違いない。こいつは最初から右目が潰れていたので特に印象に残っていた。棍棒を振りかざした隙に深々と脇腹を突き刺し、派手にぶっ倒れたあとは首元をバッサリ。動かなくなったのも確認している」
「じゃ、じゃあ、さっきまで動き回っていたこいつは――」
「ああ……最初から死んでいたんだ。だから、木を切って俺たちの行く手を阻んだり、煙幕弾を使って目くらましをするなんて知恵のある行動ができた――すべて、裏で操っているヤツがそうさせていたんだからな」
「そんな……」
「その力を駆使して俺たちを襲撃し、そして颯太をさらった……連中の筋書き通りに運んだってわけだ」

 ハドリーの言葉に、騎士たちは騒然となった。

「こんな芸当ができるのは――」
「恐らくこれは敵側の竜人族の能力だろう。……差し詰め、死体を操る能力といったところかな」
「死体を操る能力……」
「ヤツらの体が、俺たちが戦ってきた魔族に比べてやけに脆かったのも腐りかけた死体だったからだ。そのくせ死臭はしないってんだからタチが悪い。パッと見での判断は不可能だ」
「……そんなことができるのは竜人族しかいないですね」

 結論は出た。
 敵にはまだ竜人族がいる。
 それも、かなり厄介な能力を持った竜人族だ。

「すぐに交渉団の護衛をしている本隊と合流するぞ。連中が交渉を望んでいる以上、俺たちにしたような手荒な真似はしないだろうが……このカラクリに気づいていないと厄介だ」
「いくら脆いとはいえ、外見は生前と変わらないわけですからね。精神的に後手に回るのは間違いありません」
「それに、耐久性は低いとはいえ攻撃の威力はまったく変わらないからな」

 情報を知っているかいないか。
 事態が急変しても、その情報があるかないかで騎士たちの士気は大きく変化する。

「この事態を早急に騎士団へ伝える必要がある。――が」

 颯太を放っておくわけにもいかない。
 なぜ、敵が魔族の死体を操って颯太をさらったのか――その意図は読み取れない。さらっていたのならすぐに殺すことはないだろうが、何かを聞き出そうと拷問にかけられる恐れは十分に想定できた。
 他の人質と違い、颯太がここへ来たことは敵としてもイレギュラーだったはず。
 そうなると、颯太の誘拐は最初から計画されていたことではなく、突発的に行われたものである可能性が高い。そうまでして颯太をさらったからにはそれなりの理由があるのだろう。そして、その理由として真っ先に挙げられるのが、

「ヤツらは颯太の能力に目をつけたのか……」
「ソータ殿の能力というと――ドラゴンと話せるという能力ですね」

 それしか考えられない。
 前に旧レイノア王都を占領した際に颯太の能力に気づき、それを利用するためさらったのではないか。

「彼をこのままにしておくわけには」
「当然だ。颯太の救出も頭に入れる。偶然居合わせた颯太をさらったくらいだ。恐らくヤツらに取って、それほどの価値を颯太に見出している――他の人質とは明らかに扱いは変わってくるはずだ」

 それに、トリストンも「すぐに助けに行く!」と言わんばかりに森を突っ切ろうとして騎士たちに止められている。
 あの状態のトリストンを会話ができない現状で説得するのは不可能だろう。

「分団長」

 ハドリーのもとへシュードがやって来る。

「自分がトリストンと共に旧レイノア王都へ行き、ソータ殿を救出してきます」
「シュード……わかった」

 即決だった。
 技術と経験のあるシュードなら、適任だろう。

「だが、無理をするな。他にも人質はいるし、俺たちが合流すれば交渉が始まる。そうなれば向こうとしても下手に人質へ手を出すことはないだろうからな」
「心得ています。行こう、トリストン」
 
 颯太の救出を1人と1匹に託し、ハドリーたちは交渉団と合流するため森を進む。
 

 ◇◇◇


「う、うぅ……」

 颯太が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
 朦朧とする意識。
 煙幕の中をケルドに任せて突き進んでいたが、煙の色が少し変わったかなと思った瞬間に意識を失い、気がついたらここへ寝かされていたのだ。

「気分はどうかね」

 いきなり声がして、バッと飛び起きる。

「驚かせてすまなかったね」

 イスに腰掛けていた仮面の男――マクシミリアンはゆっくりと立ち上がった。

「私はマクシミリアン。禁竜教の代表を務めている。――君は、タカミネ・ソータくんでいいかね?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取ろう」

 颯太としては混乱していて答えられないだけだったのだが、この男は最初から颯太の正体に気づいているようだった。

「少々強めの睡眠粉を散布したから、まだ頭がうまく働かないか? ――ああ、君の乗っていたドラゴンは無事だよ。こちらで預かっている」
「なん、で」
「禁竜教と名乗っている割にドラゴンの扱いが丁寧で驚かれたかな?」
「ちが、う。なん、で、俺、を」

 まだ意識がハッキリとせず、呂律が回らない中で、颯太は疑問を率直にぶつけた。

「そう構えなくていい。私はただ君と話がしたかったのだ」
「はな、し?」
「ああ……語ろうじゃないか。まだ時間はあるのだし」

 こうして、颯太とマクシミリアンによる緊急の会談が始まった。
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